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34号室(仮)


私が大学生の時、男女六人で飲み会という名の合コンをすることになった。
日頃、友人のアイとアヤコは好きで合コンに参加していたようだけど、人見知りの私はどうも苦手で、二人もそれを知っているから普段は別の子を誘っていた。
けれど、その時は女の子が直前に行けなくなり、どうしてもと誘われた。
乗り気ではなかったけれど、断ってばかりでは悪いと思って仕方なく参加をすることになった。
ようするに私は人数合わせということ。

当日、待ち合わせ場所に到着すると、そこにはオシャレをしたアヤコがすでに待っていた。
アヤコはしっかり者で、常に約束の時間よりも前に来ている。
普段とは違う服装にアクセサリー、そして大人っぽいメイク。唇の赤い紅に、私は少しドキリとした。
それに引き換え、私は普段通りの服にメイク。アクセサリーもいつも付けているピアスで気が引けた。
アイは遅刻魔だから、当然まだ来る様子はない。

待ち合わせの時間になると、遠くからこちらに近づいてくる三人の男性が現れた。
一人は茶髪にカジュアルな服装で、ポケットからスマホを取り出し、何かを確認したあとで私たちに手を振った。
どうやら、アイから事前に私たちの写真を貰っていたようだった。
顔を合わせると、私たちは軽く自己紹介をした。
茶髪で社交的な彼の名前はリョウタさん。
長身でメガネをかけた物静かな彼はカズキさん。会社の説明会があったそうでスーツ姿だった。
二人の後ろで遠慮がちに私たちに挨拶をしたのが、ノボルくんという二人の後輩の男性だった。
待つこと十五分、遠くから「ごめーん」という声と共にファンシーな服装のアイが小走りで現れた。
アイもまた、普段以上に気合の入ったメイクであった。
アヤコやリョウタさんから遅刻を咎められても、笑顔でそれを受け流しつつ、私たちは予約していたお店に向かうのだった。

そこではお互いの自己紹介から始まり、学校や趣味のことを色々話した。相手は私たちとは別の大学に通う三人。そのうちのリョウタさんとアイが、アルバイト先の従業員とお客さんという間柄で知り合い、仲良くなったそうだ。
明るくて目立ちたがり屋のリョウタさんは、終始場を盛り上げていた。アイとも息が合っているようだった。
カズキさんはアヤコと似ていて、料理を分けてくれたり、飲み物を頼んでくれたり、仲間はずれが出来ないように気にかけてくれた。ノボルくんは私の一つ上だけど同じく合コン初心者のようで、ずっと緊張しているようだった。

けれど、時間が経つにつれてだんだんと緊張も解けて楽しくなった。
コップのお酒はあっという間に空になり、おかわりを何度も繰り返した。
みんなお酒が強いようで、酔いつぶれることも陽気になる一方だった。
同じ合コン初心者であるノボルくんさえも、顔を赤らめるだけで変わりがない。
それに引き換え、私は強くもないお酒を断れずに勧められるがままに飲んでしまった。
結果、気分がとても悪くなっていた。
それを察してくれたのか、
『そろそろ時間も遅いから出ようか』
とカズキさんが言ってくれた。

そこで解散するかと思いきや、アイがカラオケに行きたいと言い出した。
私は今にも吐きそうで、みんなに謝って先に帰ることにした。
すると、カズキさんが『自分も明日朝からバイトがあるから』と、私とカズキさんはみんなと別れて駅前に向かった。
カズキさんは『大丈夫?』と気遣いながら、フラフラの私を支えて歩いてくれた。
駅までは遠く、途中で休憩しながら歩いた。

「少し休憩してから帰った方がいいかもしれないね。俺に任せて」

そう言って、カズキさんはスマホで何か調べたあと、私を抱えながら駅とは別の方角に歩き出した。
たどり着いたのはピンク色のネオンが煌めくホテルだった。

「心配しないで。何もしないから」

酔いと気分の悪さで冷静さに欠けていた私は、何の疑いもなくカズキさんとホテルに入った。

34号室。
チェックインを済ませて部屋に入ると、落ち着いた明るさの中で青い光を照らすオシャレな照明器具があり、大きなテレビと大きなベッド、そして大きな鏡が壁にはめ込まれていた。部屋の奥にはすりガラスがあって、そこは浴室になっていた。
初めて見る部屋に、私は少し感動していた。

ベッドに腰を下ろすと、カズキさんが手馴れた様子で部屋にある冷蔵庫からペットボトルを引き抜くと私にくれた。

「水だよ。飲みな」

そう言って、冷蔵庫からもう一本取り出し、ネクタイを緩めながらカズキさんは水を豪快に飲んだ。
口から溢れる水が首筋を流れていく様子を見て、私は少しドキッとしていた。
それに気づいたのか、カズキさんは私を見ながら少し微笑んだ。

「シャワーを浴びてくるといい。酔いが少し覚めるよ」

少し迷いはあったが、私は勧められるがままシャワーを浴びることにした。
浴室のガラスはすりガラスで、部屋にいるカズキさんの動く影が見えて少し恥ずかしかった。
それでも、シャワーを浴びることで酔いが少し覚めて気持ち悪さも軽減された。
初めて会った人とこんな場所に来てしまい、私は戸惑っていたけれどカズキさんが優しくて少し安心をしていた。

しかし、浴室から出るとカズキさんの姿がなく、ベッドの上にはホテルのメモ帳の紙切れが置かれていた。

『忘れ物をしてしまった。すぐに戻るから待っていて』

そう書かれていた。

私は迷っていた。
帰った方がいいのではないかとも思いながらも、介抱してくれた彼にお礼も言わずに勝手に帰るのは失礼じゃないかと。

バスタオルで髪を乾かしながら考え、お礼を伝えて帰ろうと決めた。

その時、突然浴室からシャワーの水が出る音がして、私は驚いてビクリと肩を震わせた。
浴室を覗くと、シャワーヘッドから勢いよく水が出ていた。

―え、なんで? ちゃんと閉めたはずなのに。

蛇口を締め直すとシャワーの水は止まり、コポコポと音を立てながら水は排水口に流れていった。
部屋に戻った私は、またベッドに腰掛けた。カズキさんはまだ戻らず、アヤコに報告しようか迷っていた。

すると、また浴室からシャワーの音が聞こえてきた。

―え、また? 故障かな……。

浴室を覗くと、やっぱりシャワーから水が吹き出し、今度は湯が出ているようで、浴室に湯気が立ち上っていた。

私は不安に思いながらも、再び蛇口を締めて水を止め、さらにこれでもかもいうほど強く締めて浴室から出た。
それなのに部屋に戻った瞬間、背後からまたシャワーが出る音が聞こえ、私は大きなため息をついた。

そして振り返った時、誰もいないはずのすりガラスに女性の人影が映っていた。

えっ……。

私はその影に驚き、息を呑んだ。
その人影はわずかに動いているようだった。
浴室から響くシャワーの音。

「誰?」

私はそっと尋ねた。
すると、女性の影が浴室の奥に下がっていき、すりガラスから見えなくなった。

私は、浴室を確認しようと足を踏み出した。

次の瞬間、すりガラスを思いきり叩く音と共に、女性の断末魔のような悲鳴が聞こえた。
その音は明らかに目の前のすりガラスを叩いているはずなのに、その姿は見えず影すらも映っていなかった。

私は怖くなって、思わず部屋の外に飛び出した。

カズキさんはまだ帰ってこない。
廊下で気を落ち着かせていると、アヤコから電話が来た。

「ごめん、今どこ?」

「えっと……、ホテル」

「そこにカズキさんいる?」

「ううん。来てすぐに、忘れ物をしたってどこかに行っちゃった。待っていて欲しいってメモが。でも……」

「良かった!そこからすぐに逃げて!理由は後で教えるから」

アヤコはかなり慌てている様子だった。
私はカズキさんの帰りを待たずに、アヤコに言われるがままホテルを後にした。
そして、駅前でタクシーを拾うとそのまま自宅に帰った。


翌日、私はアイに謝られた。
どうやらリョウタさんとカズキさんはそれほど仲がいい訳ではなく、成り行きで合コンに参加することになった。
リョウタさんは知らなかったようだが、カズキさんには黒い噂があってそれを知っていたノボルくんはあの夜にカラオケ屋で私を心配してみんなに伝えたそうだ。

カズキさんは何人もの女性を優しい素振りでホテルに誘い込み、相手がシャワーを浴びているうちに複数の仲間を部屋に連れ込み無理やり行為をさせていた。
その様子を動画や写真を撮っては怯える女の子達を見て面白がっていたそうだ。

幸い、私は未遂に終わった。
私も同じことをされたかもしれないと思うとゾッとする。
あの浴室の女性は私を助けてくれたのかもしれない。
そう思わずにはいられない出来事だった。

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