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【怖い商店街の話】 ネイルサロン

商店街に新しくできたネイルサロンのオーナーレイコさんは、いつもおしゃれで美しく、近くにいくと香水のいい香りがして、何より明るくて優しい理想の女性でした。
レイコさんは大学を卒業後にニューヨークで数年ネイルの勉強をした後、生まれ育った街に戻り、自分のお店を開いたそうです。
ちょうどその時にアルバイトの募集の貼り紙を見つけ、ネイルに興味が芽生えた私は、未経験者でもいいということで、働かせてもらえることになりました。

お店のアルバイトは私の他にももう一人、ミキさんという女性もいました。
ミキさんも未経験者でしたが、レイコさんは私たちにとても親切にネイルのことを教えてくれました。
おかげで、私たちのネイル技術はみるみるうちに上がっていったのでした。
レイコさんのネイル技術もさることながら、親しみやすさと聞き上手なその性格で、オープンしてすぐ固定客が何人もついたのでした。
みんなレイコさんを憧れたのです。

彼女が現れたのは、オープンして一ヶ月ほど経った頃でした。
閉店三十分前になり、店には私とレイコさんが最後のお客さんのネイルを施術していました。
すでに日が落ちて、窓ガラスの向こうはアーケードの控えめな明かりが見え、向かいのお店はすでにシャッターが閉まっていました。
ふと、一人の女性が店の前に立ち止まりました。
手にはオープン時に配布したチラシを持っていて、店に入ろうかどうかと右往左往している様子でした。
私はレイコさんに知らせようとしましたが、すでにレイコさんも気づいているようでした。
レイコさんが施術を終えてお客さんを丁重に送り出すと、店の外にいた彼女に話しかけていました。
最初は遠慮しているようでしたが、レイコさんの話術で警戒心を解け、彼女は店に入ってきました。

「いらっしゃいませ」

私は他のお客さんの施術をしながら、彼女に挨拶をしました。
彼女の服装は上下グレーのセーターとロングスカートというとても地味な恰好で、髪はボサボサで不揃いでした。
挙動不審にしきりに指先を気にしながら、私のことをチラリと見て会釈すると、レイコさんの相席に座ったのでした。
私のお客様はそんな彼女を見て苦笑いをして、施術が終わるとそそくさと帰って行ってしまいました。
私は彼女を見て、変わった人だなぁ、と思う程度でした。

そんな彼女にも、レイコさんは隔てなく優しく接していました。

「細くてとても素敵な指をしていますね」

レイコさんがそう言うと、彼女は恐縮しながらも喜んでいました。
ただ彼女の爪はかなり伸びていて、爪の先は割れていました。
施術中は何も話さずじっと自分の爪を見つめる彼女に、いつも聞き手だったレイコさんが終始話しかけていました。
彼女からの要望はなかったようで、レイコさんの見立てでネイルが塗られていきました。

淡いピンクのグラデーションカラーに、小さなラインストーンをデコレーションした、レイコさんのお気に入りのデザイン。

「私とお揃いよ」

そう言ってレイコさんが微笑むと、彼女もネイルされた自分の爪を見て感動している様子でした。

そして、満足げに彼女は帰って行ったのでした。

レイコさんもその様子に大変満足していました。

それから、頻繁に彼女は店を訪れるようになりました。
決まってレイコさんを指名して。

レイコさんがいない時には、私やミキさんが代わりに施術をしますと言っても、それを拒んでまた来ると言って帰ってしまいました。

レイコさんには少しずつ自分の話をするようになったのですが、それは自分に暴力を振るう父親や宗教にはまった母親のこと、アルコール中毒の兄への恨み言でした。
レイコさんは親身になって話を聞いてあげ、アドバイスもしていました。

彼女はいつもレイコさんと同じネイルを要望し、彼女もまたレイコさんに憧れていったのでした。
彼女は店を訪れるたび、レイコさんのことを聞いていました。
買っている服のブランド、普段行っている美容室、使っている化粧品。
レイコさんはいい人なので、素直に答えていました。

そのうち、彼女の服装や身なりが変わって行きました。
地味だった色の服装が白やピンクの明るい色に変わり、アクセサリーもつけていました。
その変化に、私も含めレイコさんも驚いていました。

「この服、レイコさんから教えてもらった洋服屋で買ったんです」

と微笑んでいました。
その服装は、前にレイコさんが着ていた服装とまるで同じでした。

それを見た時、私は少し彼女のことが怖くなったのです。
それでもレイコさんは「変わることはいいことよ」と微笑んでいたのでした。

けれど、彼女のレイコさんへの執着が、はた目からもわかるほど恐ろしく増していきました。

次に訪れた時には、ボサボサだった黒い髪が整えられ、そこにパーマをかけ、色はライトブラウンに染まっていました。

その次には、レイコさんと同じメークをして、同じ香水を使っていました。
彼女はレイコさんのすべてを真似し始めたのです。
さすがのレイコさんも少し困惑した様子でした。

けれど、レイコさんは地域雑誌にネイリストとして掲載されたことをきっかけに、その容姿と才能でみるみるうちに取材が増えていき忙しくなっていったのでした。
ネイリストとしても各地で指導に出かけ、あまり店には来られなくなりました。

一方、彼女は毎日のように店に来ては、レイコさんがいないとわかると、寂しげに帰っていくのでした。
私たちが担当すると言っても、レイコさんじゃないと嫌だと彼女は拒否をするのでした。
それは仕方がないことです。

けれど、日を増すごとに彼女はレイコさんがいないことに苛立ち始めたのです。

その頃レイコさんは、別の街に支店を出すことが決まり、本店は私が任されることになったのです。
私は嬉しかったのですが、彼女のことが気がかりでした。
彼女はレイコさんにしか施術を望んでおらず、そのことをレイコさんに相談するとなるべく本店に足を運ぶと言ってくれました。

しかし、レイコさんの意思に反して、本店以外の仕事が忙しくなり、彼女が店に来る時にはいつもレイコさんはいない状況でした。

それに我慢が出来なくなった彼女は、「どうして、今日もいないの!!」とついに癇癪を起こすようになり、「いつでも来てくださいって言ったのに!!嘘つき」と暴れだしたのです。

彼女のことを恐れた他のお客さんは、その様子を見て逃げるように出ていってしまいました。
私はなるべく冷静に彼女に対応しました。
レイコさんが忙しいのも、嫌いになったわけではなく、出来たばかりの支店や人材育成の為だと。

それでも、彼女は整えた髪をかきむしり、ネイルが剥げ落ちてしまった爪をかじりながら、ブツブツと文句を言っていました。

「私の苦しみをわかってくれる人は、あの人しかいないのに。レイコさんは私のことが嫌いになったのね。あの人に近づくために、あれだけかけたのに」

ガクッと項垂れた彼女に、私は優しくなだめようと手を伸ばしました。

「触らないで!!」

彼女は私の手を払いのけ、血走ったような目で睨みつけてきました。
そして、そのままブツブツと呟きながら、店を出ていったのです。

私とミキさんは、恐怖でしばらく唖然としていました。

それからというもの、店に彼女が来なくなりました。
レイコさんは相変わらず忙しくて、時々しか店に来ません。
久しぶりに店を訪れたレイコさんは、とても疲れた様子で顔色が悪くやつれていました。
体も依然より痩せていました。

「顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」

私が尋ねると、レイコさんは聞こえなかったのか、椅子に腰かけたままため息をつきました。
レイコさんは私の視線に気づくと、ようやくこちらを向きました。

「あ、ごめんなさい。何か言った?」

私はもう一度同じ言葉をかけました。

「大丈夫。ちょっと頑張りすぎちゃったみたい」

「気を付けてくださいね」

「うん。ありがとう」

そう言いながら微笑みましたが、レイコさんの体調は芳しくなさそうでした。

その日は、レイコさんが一日本店にいるということもあって、朝からお客さんがたくさん来ました。
レイコさんはお客さんの前では、決して体調が悪い様子を見せず、いつものようににこやかに接していました。
ネイルの仕事も、相変わらず素晴らしくて、お客さんはみんな喜んで帰って行きました。
昼休憩になった時、レイコさんは胃のあたりを抑えていました。

「胃が痛いんですか?」

そう尋ねると、レイコさんは大丈夫といいながらも、違和感があることを認めました。
レイコさんは店に置いてあった胃薬を飲むと、留守の間の状況を聞いてきました。
私もミキさんも、日々ネイルの勉強をしながら、常連さんが来てくれるようになったと伝え、レイコさんは喜んでいました。
そして、彼女のことも伝えました。
店にレイコさんがおらず、癇癪を起して暴れて帰ったことを。

「悪いことしたわね」

レイコさんは申し訳なさそうにそう言いました。

昼休憩が終わると、レイコさんがいると噂を聞きつけてか、店にはたくさんお客さんがやってきました。
やはりレイコさんが店にいると、とても華があるし賑やかでした。
しかし、それは突然やってきました。
施術が終わり、お会計をしている時でした。
突然レイコさんは胃を抑えながら、苦痛に顔を歪めてうずくまりました。

「大丈夫ですか!」

その場にいた私を含めた人たちがレイコさんのそばに駆け寄ると、レイコさんは咳きこんで手を口元に覆いました。
レイコさんの喉元から、何かが上がってくるような音が聞こえた後、レイコさんの手から血が溢れました。
床に広がる血を見て、お客さんは悲鳴をあげました。
ゲホゲホとむせながら、レイコさんは胃から何かを吐き出しました。

それは、ピンクのグラデーションに染まった付け爪でした。
レイコさんは、咳をするたびに一つ二つと同じ付け爪を吐いたのです。

「どうして胃の中から付け爪が」

ミキさんが呟きました。
誰もが同じ思いの中で、私は慌てて救急車を呼んだのです。
電話をかけながら、ふと窓ガラスに目を向けました。

すると、そこにはボサボサの黒髪にグレーの地味な服を着て、帽子を深くかぶった女性が立っていました。
その姿を見た瞬間、私は「彼女」だとわかりました。
彼女は床で倒れているレイコさんを見ながら、歯を見せて笑っていました。

すぐに救急車がやって来て、レイコさんは担架で救急車の中に運ばれました。
店のそばでは野次馬と、レイコさんを心配した人が集まり、そこに紛れるように彼女が歯を見せて笑っていました。
彼女の指には包帯が巻かれ、赤黒く染まっていました。

ワタシヲムシスルカラ……

彼女はそう呟いていました。

私と目が合うと、彼女は真顔に戻り野次馬の中に消えていきました。

病院に運ばれたレイコさんは、二週間ほど入院することになりました。
聞いた話では、胃の中には同じ付け爪と一つ残り、胃壁には引っ掻いたような傷跡があったそうです。
痛みと出血は、それが原因だったそうです。
ですが、不可解なのはそんな大きな付け爪が胃の中にあること。
それは結局、わからずじまいでした。

レイコさんはその後退院しましたが、爪を見ると思い出すそうで
支店は半年後に閉店しました。

本店はというと、レイコさんの好意で私が引き継ぐことになりました。

その後レイコさんは、家族で海外に移住したと風の噂で聞いたのでした。



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