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【怖い商店街の話】 ゲームセンター~プリクラの噂~

そのゲームセンターの店長を任されたのは、今から二年ほど前だった。

商店街の中で昔からあるゲームセンター。
改装をしたことがなく、窓ガラスにはヒビもあり、壁紙はシミも破れも目立っている。
内容はUFOキャッチャーにビデオゲーム、プリクラ、メダルゲームと一通りのゲーム機は揃えてあるが、すべてが古いものばかり。
それでも、周囲にゲームセンターがないせいか、客は毎日やってくる。
まぁ、客は無口で大人しい人ばかりで、俺はほとんど座っているだけ。
それなりに楽な仕事である。

そんなうちの店に、噂が生まれたのは少し前のことだった。

店の奥にある、一台の古いプリクラ機。
昔は入り口付近にあって、一時期は行列が並ぶほど人気があったプリクラだが、機械が古くなりモニターの画質は悪く、カメラも不具合が起きてたまに歪んでしまう。
突然電源が落ちたり、モニターが真っ暗になったりしてしまう。
修理をすればいいのだが、オーナーからは了承を得られていない。
修理費がないのだろう。
だから、店の奥に細々と置いてあったのだ。

運が良ければ撮影できる。

そんな文言の貼り紙を添えて。
それが噂を生んだ元かと思えば、まるで違うようだった。
噂を聞きつけてやってくるのは、若い女の子ばかり。

それまで、ほとんど使われなかった古いプリクラ機が突然モテ始めたのだ。

その日も、古いプリクラ機を目当てでやって来た女子高生に噂を尋ねてみた。

どうやら、この古いプリクラ機で撮った時、背景に稀にあるものが浮かび上がるというのだ。
それは、眠っている猫の姿だとか。
その模様が現れると、幸せになれるという。

背景とはビニール製の垂れ幕のことだろう。
俺はただ単に、古くてシワや汚れでそう見えるだけだろうと思った。
だが、こんな古くてポンコツの機械。

噂でもない限り、無駄に電気を食うだけなのだから、店長の俺からしたらラッキーなことだ。
何より、女子高生たちが楽しそうで目の保養にもなる。

プリクラ機からカウントダウンとシャッター音が聞こえ、撮影を終えた女子高生たちは、機械の外に出て来た。
そして、シールが出来上がるとすぐに顔を近づけて確認していた。

ほんの数秒後、彼女たちはガッカリした様子でため息をついた。
どうやら写っていなかったようだ。

一人の子が、もう一枚撮ろうと言ったが、一日一度の撮影じゃないと意味がないらしい。
何度も撮れば、リスクが高まると言った。
どういうことだろうか。

帰り際に、俺は彼女たちに尋ねてみた。
本当にそんな猫の模様が写った人がいるのかと。
そして、その人は本当に幸せになったのかと。

答えは両方イエスだった。
とはいえ、その「幸せ」は彼氏が出来たとか、受験が成功したとか、大好きなアイドルと会えたとか、特に若い女の子が願うような幸せだった。
噂なんてそんなものだろうと思いつつ、また来てね。というと女の子たちは「はい」と笑顔で帰って行ったのだった。

その後で、また別の女子高生がやって来た。
噂を聞いてやってきたらしく、プリクラ機を見つけては指を差し「ボロイ」だの「汚い」だの文句を言っている。
さっきの女子高生たちとは違い、たまたま見ていた俺に対して、「見てんじゃねぇよ」と舌打ちをしながら睨んできた。

心の中で「呪われよ」と呪文を唱えた。

彼女たちはプリクラ機に入り、中からコインを入れる音や操作をしている音が聞こえた。

だが、途中で「ふざけんなよぉ」と機械を蹴るような音が聞こえ、俺は慌てて彼女たちに注意した。
すると、中にいた女子高生たちは俺を睨みつけ、「画面がバグってるんだけど」と言って来た。
見れば確かに彼女たちが映っているモニター画像が乱れていた。
古い機械だし、画面が乱れることは想定内だ。

大体は電源を入れ返れば直る。

その後、文句を言いながらも、彼女たちはプリクラを撮ったようだ。
シャッター音の後、シールが出てくるまでの間、彼女たちはプリクラ機の中で誰かの悪口を言いながら待っていた。

そして、シールが完成すると一人の女の子が待ってましたとばかりに素早く手に取った。
だが、彼女の顔はすぐに曇り険しくなった。
他の女の子たちは、どうしたのかとシールを覗くのだが、その顔もまた険しくなっていた。

「嘘。マユカの首元に赤い線が入ってる」

一人の女の子が言った。

「単なる故障だって。だって、さっきだってバグってたし」

本人らしき女の子は、シールをそばにいたセミロングの女の子に渡した。

「どうするの、これ」

「捨てといて。帰ろう。気分悪いわ」

マユカという子ともう一人の子はそそくさとゲームセンターを出ていってしまった。
残されたセミロングの女の子は、俺と目が合うと「捨てておいてください」と言ってシールを置いて二人を追いかけていった。

受け取ったシールを見てみると、真ん中に立ってポーズを決めている女の子の首に斬撃のような赤い線が写っていた。

なんとも気味の悪いシールだった。

その後も、学生の女の子が何人かやって来ては、プリクラを撮ってガッカリした様子で帰って行った。
本当に猫の模様なんて現れるのか。
プリクラ機の壁を確認してみるも、それらしきシミもない。

だが、その日の閉店間際に来た中学生らしき女の子。
一人でプリクラの前にやって来て、撮ろうかどうか迷っている様子だった。
未だゲームをしている若者たちに、閉店が迫っていることを告げると、終えた順番にゲームセンターから出て行った。
その間も、女の子はただプリクラ機を見ているようだった。

「やらないの?」

そろそろ電源も落とすため、俺は女の子に声をかけた。
その子は噂を信じてやって来たらしいが、一人で映るのが少し怖いし恥ずかしいと言った。

「また明日、友達と来たらどうだい」と言ったが、友達はいないと彼女は言った。
冗談交じりに、「俺と撮る?」なんて言ってみると、予想外の「いいんですか?」という返事が返って来た。

「俺は構わないよ」

そう言うと、彼女は安堵した様子だった。

まぁ、プリクラに写るだけだしいいかと思いながら、俺は彼女とプリクラ機の中に入る。
機械の案内でポーズを決めると、カウントダウンとともにシャッターが押された。
写りは問題ないようだった。
他の子がやっているようなラクガキはせず、すぐにシールがプリントされた。

恐る恐るシールを手に取って見ていた彼女の表情が、突然笑みを浮かべて明るくなった。
そして、小さく跳ねながら俺にシールを見せて来たのだ。
シールには俺と彼女が写っていて、その間に何かシミのようなものが見えた。

「猫ちゃんいます!」

よく見れば、確かに猫の顔に見えなくもない。
彼女は嬉しそうにシールを抱きしめると、俺に「ありがとう」と頭を下げてゲームセンターを出ていった。
その様子を見て、俺は何だか幸せな気持ちになった。

まさか、これが幸せになる猫ということか!

と一瞬だけテンションをあげて、すぐに閉店準備に取り掛かったのだ。

翌日も、女子高生たちは噂のプリクラ機にやってきた。

あるグループには、ガイコツが写っていたという。

その女の子たちは泣き出してしまい、「故障だから心配するな」となだめるのが大変だった。
次に来た女子グループにも、異変が起きていた。

一人の女の子の左目が、グニャリと曲がっていたのだ。
彼女は怒り、故障しているから早く直せと、俺に詰め寄った。

仕方なく、俺は一度プリクラ機の電源を入れなおした。
この女の子たちは、再びプリクラを撮影したのだが、さっきと同じように一人の女の子の左目が歪んでいた。
それも、さっきよりも歪みがひどくなっていた。

怒った彼女がプリクラ機を蹴ると、モニターは真っ暗になり、操作不能に陥ってしまった。
彼女たちはプリクラを床に捨てると、逃げるようにゲームセンターを出ていった。

追いかけようとしたが、彼女たちの足は早く、追いつきそうもなかった。

店に戻りプリクラ機の電源を入れ直してみたが、モニターは真っ暗なまま、電源のランプもつかなくて完全に故障してしまった。
長く使われた古い機械だし、前から不具合が出ていて覚悟はしていた。
だから、正直なところ彼女が蹴って壊れたのか、それとも寿命なのか微妙なところだ。

俺は「故障中」の張り紙を貼って、プリクラ機の電源を抜いた。

噂目当てに来る女子高生たちは、「故障中」の張り紙を見てガッカリしていた。
「直りますか?」とか「直してほしい」と言われたけど、部品だってないかもしれないし、何よりそんなお金はないだろう。
故障したという噂もすぐに広がり、ゲームセンターに連日来ていた女子高生の姿は減った。

ひと月後には、ほとんど来なくなった。

そういえば、プリクラのシールに異変が起きた子たちはどうなったのだろう。
俺は、カウンターの中に捨てずに置いておいたシールを手に取った。

一枚は、首元に横一直線の赤い線が入ってしまった女の子。

一枚は、背景にドクロが写った女の子たち。

一枚は、左目がグニャリと歪んでしまった女の子。

この三枚は、みんな不快に思い捨てていったシール。
他にも、不気味なものが写った子もいたのかもしれない。

何より気になったのは、猫が写った女の子は噂通りに幸せになれたのかどうか。

そう思いながらプリクラシールを見ていると、ずっとメダルゲームをしていたタケシという常連さんが、メダルの入ったケースを持って俺のところにやって来た。

「店長さん。そろそろ帰るから、これ預かりね」

カウンターの上にメダルケースを置いた。
俺はその横にプリクラシールを置いて預かり証の紙を探した。

タケシはそのプリクラシールを見て、「あ、内村たちじゃん」と言った。

「知り合いの子?」

「学校の同級生なんだけど」

それは、首に赤い線が入った女の子のプリクラシールだった。
タケシは重い口を開き、彼女のことを話した。

彼女は、先日通り魔に首を切られ亡くなったそうだ。
近くに住んでいた同級生が、彼女の壮絶な最後を目撃していたらしい。
彼女の周りは、血の海だったそうだ。

それに、もう一枚のプリクラシールを指差した。
それは、左目がグニャリと曲がった女の子のプリクラシール。
その子のことを、タケシは少し前に商店街の薬局屋の前で見かけたそうだ。
大きな眼帯を左目にしていたから、よく覚えていたという。

ドクロが現れた女子グループと、噂の猫の模様が出た女の子のことは、タケシにはわからないようだった。

そんなある日、商店街の近くの交差点で事故が起きた。
たまたま休みだった俺は、その現場に行きあった。

片側二車線の道路に止まった一台の乗用車の下に、中年男性が血を流して倒れている。
その横には、あの日俺とプリクラを撮った彼女が呆然と立ち尽くしていた。
横断歩道を渡る前、彼女は轢かれた男性と手を繋いでいた。
ざわつく周囲の声に我に返ったのか、彼女は「お父さん!」と血を流している男性に駆け寄った。
父親の体を揺すりながら、彼女は両手で顔を覆い泣いているように震えていた。

何が幸せになれる噂だ。逆じゃないか。

俺は噂に怒りを覚えた。
信号が再び青に変わると、俺の周りにいた人たちが事故を気にしながらも、横断歩道を渡っていった。
遠くからサイレンの音が聞こえてきて、俺も横断歩道を渡りながら彼女に近づいた。
そこにいると危ないと伝えるつもりで。

けれど、彼女の近くで立ち止まった時、俺は気づいてしまった。

彼女は両手で顔を覆いながら、密かに笑っていたのことに。
父親の事故を、彼女は喜んでいる様子だった。

俺は怖くなり、そのまま横断歩道を渡り切ったのだった。

彼女にとっての幸せとは。

これを望んでいたのか?

彼女と俺は一瞬目が合ったが、向こうはまるで気にすることなく、血塗れの父親と救急車に乗り込んでいったのだった。

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