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マーガレット - マヤ暦「青い夜」のストーリー

マヤ暦を音楽で表現する THE FUJI BAND です。

noteで素敵なエッセイを執筆されている「もよもよ」さんに、マヤ暦の紋章「青い夜」をイメージしたストーリーを書いていただきました。

▼もよもよさんのnoteはこちら▼

マヤ暦「青い夜」の人は、マイペースでやりたいことが次々にあふれる人。目標を定め、夢を叶えることで、大きな喜びを感じる紋章です。

▼マヤ暦「青い夜」について▼

『マーガレット』はそんな青い夜のイメージにぴったりの物語。
ぜひ最後までお読みください♪

マーガレット

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私は今、ひとりで「川と海の境目」を眺めている。少し右に歩くと海がひろがり、少し左に歩くと川になる。ちょうどそんな場所。

いつも隣に座っているはずのアスカもいない。今日は何となくひとりでここに来たかったから、誘わなかったのだ。大好きなカルピスチューハイを片手に、まん丸の月の下で、ほんのり海の匂いのする風を感じながら、ただただぼんやりと水が左から右に流れていくのを眺めていた。

「今日は満月だったんだ」

ふと真っ黒な夜空を見上げると、そう気づいた。

私はあのまん丸の月みたいに、今満たされている。いや、今だけじゃない。私は生まれた頃から、いつも満たされていた。

大企業で順調に出世コースにのっているサラリーマンの父と、料理や手仕事が大好きな専業主婦である母。そんな絵に描いたような夫婦の間に生まれた1人娘。大事にされないはずがない。仲のいい両親と、手入れの行き届いた大きな2階建ての家と、お金の心配なんてしたことのない日々。

整ったキレイな顔をしていると、親戚やご近所さんや友達によく言われた。友達は多くはないけれど、その時々で仲のいい友達が数人いたし、男の子からめちゃくちゃモテるわけではないけれど、その時々でいつも気の合う男の子が隣にいて、仲を深めてきた。でも1人で過ごすことも好きだったから、だれかが離れていくことを恐れていなかった。むしろずっと一緒にいられることの方が不自然だと思っていたので、今目の前にいる人と楽しく過ごすことしか考えてこなかった。

そんな私のことを周りの人たちは「いつも幸せそう」とか「落ち着いている」とか「悟っている」とか言うけれど、私だって私なりにその時々でいろんな想いや葛藤を抱えている。

人とは不思議なものだ。

欠けているならば、満ちたいと思う。満ちることを目標に体や心をせっせと動かす。

そして満ちているならば、欠けたいと思うのだ。わざわざ満ちている自分を捨てて、欠けている自分を手に入れたいと思う。

そもそも、何が満ちていて、何が欠けているのかは曖昧なのだけれど。

ただ、「自分が自分に満足している」ということを「満ちている」というのだとしたら、私はどんなときも満ちていた。

満月のときはもちろん、欠けているように見える半月や三日月のときも、そして欠けているどころか何もなくなったようにさえ見える新月のときも。

私はいつでも満ちている。

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ブライダルプランナーの仕事に就いて、もう5年くらいになる。1人で立派に新郎新婦に寄り添って、最高の結婚式を挙げるお手伝いができるようになった。やりがいを感じている。楽しいと思う。お給料もこの年にしては十分すぎるほどにもらっている。

夫婦にとって1番華やかな瞬間。人生で1番豪華であろう服。この日のために絞られ磨かれた花嫁の肉体。色とりどりに咲き誇る花と、キラキラ光り輝くシャンデリア。そんな中、大好きな人たちが一斉に自分たちのために集まってくれて祝福してくれる。

新郎新婦にとって、まるで夢のような1日のお手伝い。

「最高の瞬間」が集められた空間は、華やかでキラキラしていて、大学生の私はその世界に憧れた。その世界に身を置きたいと思ってこの仕事を選んだ。でも5年間もの歳月をその世界で過ごしていると、なんとなくその世界から離れてみてもいいのかもしれないなと感じている自分がいる。

やりがいもあって、たのしくて、華やかで、やっと一人前になれたのに、辞めるなんてもったいない。

誰に答えを求めてもそんな答えが返ってくるだろう。私だって冷静に考えてみるとそう思う。でも頭ではそう思っていても、もう1人の自分が「そろそろ違う場所で違うことをやりたいよ」と訴えているような感覚があった。

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ブーブーブー、ブーブーブー。

スマホが振動し、ふと画面を見ると、母からの電話だった。

「もしもし、ミチル? そろそろマーガレットの切り戻しをするよ。今年も手伝ってくれるんでしょ?」

母はのんびりとそう言った。

「もちろん。次の休みのときに帰るから、それまで待っててよ。絶対ね」

私はそう言って電話を切った。

私が幼い頃から、実家の庭にはいつも花があふれていた。私はその中でもマーガレットの花が1番好きだった。毎年梅雨に入る少し前になると、母はきれいな花をまだまだたくさん咲かせているマーガレットをチョキチョキと切ってしまった。

「どうしてそんなことするの? まだこんなにキレイに咲いているのに」

私は悲しい気持ちで母にそう聞いたことがある。

「まだお花は残っているけど、だんだん元気がなくなってきてるでしょ? お花を咲かせるのにはすごくパワーがいるの。マーガレットだって、ずっとお花を咲かせていることはできないんだよ。たくさん花を咲かせて元気がなくなってきた頃に、こうやってチョキチョキ花を切ってあげて、栄養たっぷりの土の中に植え替えて、休憩させてあげるの。そしたらまた元気になって、夏が終わる頃にはまたたくさんの花を咲かせてくれるのよ」

母はそう言いながらなんのためらいもなく、チョキチョキとマーガレットの花を切り落とし続けていた。そしてついに花は1つもなくなってしまった。

「理由はわかったけど、ちょっとさみしいね」

私がそういうと母はケラケラ笑いながら言った。

「また新しい花が咲くってわかっていてもさみしい? お母さんは、もし花がずっと咲いていたとしたらつまらないなって思うけど。種を植えて、芽が出て、ツボミを見つけて、花が咲く。その瞬間瞬間が楽しいし、その変化がおもしろいなって思うけどな」

その言葉は、当時の私の心にはまったく響かなかった。まだまだ幼かった私は、あの可愛いマーガレットのお花を見ること自体が好きだったのだから、花がなくなってしまう時期があるということがただただ悲しかったのだ。

そんな幼い頃の映像が頭に浮かんできた。実家の庭で土いじりをするのがたまらなく好きな私は、次の休日の予定に少し心が弾んだ。

あいかわらず、まん丸の月は夜空に浮かび続けている。

私はカルピスチューハイをゴクッと飲み干して、自転車にまたがって家に帰った。

そして予定通り、次の休みに実家に帰った。

物心のついた頃からこの作業を見てきて、そして母を手伝うようになり、次第に1人でもできるようになった。次第にこのマーガレットの切り戻しは「私担当」になっていった。

私はさっそく、マーガレットの花や茎を切り落とし始めた。

手伝いはじめた頃は、まだまだキレイに咲いている花をチョキンと切り落とすことに罪悪感のようなものを感じていた。「ごめんね、ごめんね」と心の中でつぶやきながらチョキチョキと切っていたっけ。

でも今は「今年もありがとう。また楽しみにしているよ」と心の中でつぶやいている。罪悪感なんて全く感じない。花がすっかりなくなって、緑色の葉っぱだけになったマーガレットを見たとき、スッキリとした気持ちになった。

そして、最近モヤモヤしていた私の心も、なぜか同時にスッキリしていた。

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切り落とされたマーガレットの花がふと目に入る。

私はその花を手にとって、昔よくやっていた「占い」をはじめた。

「仕事をやめる、やめない、やめる、やめない、やめる、やめない⋯⋯」

そう唱えながらマーガレットの花びらを1枚1枚ちぎっていった。ただの占いなのに、ほんの少しだけドキドキした。

「何を占っているの?」

キッチンで昼ごはんの準備をしていたはずの母がいきなり話しかけてきたので、ビクッと心臓が動いた。お母さんに内緒で恋占いをしている思春期の女の子みたいな反応じゃないかと、ちょっとだけ恥ずかしくなった。

「内緒。ちなみに今彼氏はいないし、好きな人もいないからね。残念だけど結婚はまだまだ先だと思うよ」

私はその恥ずかしさを隠すように、母が聞きたかったであろう質問の答えを全部先に答えてやった。

「あら、残念。ミチルはマーガレットの花びらで、よく占いをしてたよね。ミイコのこと覚えてる?」

母は私に聞いた。私がミイコのことを忘れるはずがない。ミイコは私が小学校6年生の時まで飼っていた猫のことだ。

「ミイコがいなくなってしまったときも、ミチルは目を真っ赤に腫らしながらマーガレットの花びらをちぎっていたな。ミイコが見つかる、見つからない、見つかる、見つからない⋯⋯って。そんなミチルにつられて、私とお父さんも花びらをちぎったな。占いの結果は、見事に3人とも「見つかる」だったの。そして次の日にミイコがひょっこり戻ってきた。その占い、案外当たるのかもよ? それに⋯⋯」

母は言葉を続けた。

「ミチルは小さい頃から花が大好きだったよね。お母さんが庭に出ると、いつもくっついてきてね。花に水をやったり、雑草を抜いたり、タネをまいたり、肥料をあげたりするのも全部楽しそうに手伝ってくれた。お母さんが家の中に入ってもミチルは家に入ろうとしなくて、花をじーっと観察したり、小さな手でそっと花に触れたり、花に何か伝えるみたいに歌ったりしていてね。お母さんも花が大好きだけど、そんなミチルを見ていると、私はそこまで花が好きじゃないのかもしれないって思っちゃうくらい。ミチルは花が大好きで、きっと花もミチルのことが大好きだから、ミチルが困ったり悩んだりしているときは花たちが答えを教えてくれるんじゃないかってお母さんは本気で思うんだけどね」

母はニヤッとしながらそう言って、またキッチンへと戻っていった。

母がキッチンへ戻っていくのを確認すると、私は占いの続きをはじめた。

「仕事をやめる、やめない、やめる、やめない、やめる、やめない⋯⋯」

最後の1枚をちぎったとき、私の心の中で覚悟の決まった音がした。

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今、行きつけのお店「おはな」に向かっている。

もともとバンド仲間のサキとハナの行きつけのお店だったらしいけれど、バンドを再結成してからは私とアスカもよく合流するようになった。

おはなの店主のマサルとサキは付き合っていて、このたびめでたく同棲をスタートさせる。

私の手には、2人に贈る花束がギュッと握られていた。

「こんばんは〜!」

ピンク色ののれんをくぐると、マサルは私に「いらっしゃい!」と笑顔を向けた。「ミチル〜! こっちこっち!」とサキとハナとアスカが手を振っている。

「サキ、このたびは同棲スタートおめでとう。ほんの気持ちです。マーガレットの花言葉は、真実の愛。マサルと幸せになってね」

私はサキにピンク色のマーガレットの花束を渡した。

「さすが花屋さん! ミチル、ありがとう。花ってもらう機会があまりなかったけど、もらうとめちゃくちゃうれしいね」

サキは本当に幸せそうな顔でそう言った。

「あとね、花が枯れちゃう前に、マーガレットの花でぜひ何か占ってみて。このマーガレットには私の想いがたっぷりつまっているから、きっとめちゃくちゃ当たるよ〜」

私がそう言うと、サキは私の耳元でささやいた。

「マサルとこのまま結婚する、しない、する、しない⋯⋯って占ってみる。同棲中にマサルが私のことを嫌になって、そのまま結婚せずに別れちゃったらどうしようって内心ドキドキしてるの」

「サキとマサルは大丈夫でしょ。本当に占ってみてね。必ずだよ」

私はサキにそう伝えながら、ニヤッとした。

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私は今、花屋さんで働いている。将来自分で花屋さんをやりたいと思うようになり、ブライダルプランナーの仕事をやめて、手始めに近所のお気に入りの花屋さんで修行をすることにしたのだ。

その花屋さんの求人に応募して面接に行ったとき、マーガレットの花びらで仕事をやめるかやめないかを占ったという話をしたら、店長さんはウフフと笑いながら私に言った。

「夢を壊して申し訳ないのだけど、マーガレットの花びらの数はほとんどが奇数なの。だからたとえば『仕事をやめる、やめない⋯⋯』って占った場合、答えは『やめる』になるし、『仕事をやめない、やめる⋯⋯』って占った場合、答えは『やめない』になるの。つまり、自分がはじめに言った言葉が答えなんだよね。無意識のうちに、本当にそうなりたい方を先に言ってしまっているっていうことなんだよ。だからマーガレットの花占いは占いじゃなくて、自分の本当の気持ちを応援してくれるものなんだって私は思うの」

店長さんはニコッと笑ってそう言った。その笑顔とその説明があまりに素敵で、私はここに面接に来てよかったなと思った。

「ミイコを見つけたい」とか「仕事を辞めたい」とか、私はいろんな場面で花占いをしてきた。不安な時やどうしていいかわからない時に、私を励ましてくれたり、背中を押してくれた大好きなマーガレット。サキもきっと「マサルと結婚する」という占いの結果に励まされるのだろう。

私は今、新月のようでもあるし、切り戻したマーガレットのようでもある。

新しい夢がはじまって、また1からのスタートだ。

満ちて、欠けて、満ちて、欠けて。

咲いて、枯れて、咲いて、枯れて。

満ち始めるときの、欠け始めるときの、咲き始めるときの、枯れ始めるときの、あの自分の底から湧き上がってくるサインに正直に。

その自然のリズムに乗って生きる私は、いつも満たされている。

次に花が咲くのはいつだろうか。

その日はもちろん楽しみだけれど、これから芽が出て、つぼみを見つけ、花を咲かせるその一瞬一瞬すべてが、私にはキラキラしているように見えるのだろう。

そう感じることのできる私は、今も、今までも、これからも、ずっとずっと幸せであるにちがいない。


▼作者「もよもよ」さんのnote▼

▼藤ハルカのやさしいマヤ暦▼


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