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中3のときの担任と再会した

こんにちは。
MAYです。

タイトル通り、中3のときの担任と再会した話です。

中学時代、それは私にとって最も苦い時期だったかもしれません。
大人に絶望し、世の中に絶望し、それでもどこかに希望があると信じて日々を生き延びていた時期でした。

私の中学時代についてはこちらの記事に書きました。

当時母親との関係に大きな問題を抱えていた私は生きることに疲弊しており、学校に行く元気などどこにもなく、半ば不登校のようになっておりました。

中学3年生のときの担任の先生・F先生はそんな私を心配してくれた先生の一人でした。

しかし、相手のためを思ってしたことが、本当に相手のためになっているかといわれると違うことも多々ある世の中。私とF先生の間でもそんなことがよく起きていました。

例えばイベントがあったりすると、先生は自宅まで迎えに来て「参加しよう」と強制的に私を学校へ連れてゆきクラスのなかへ放り込むなどしていたわけです。

先生としては「クラスのみんなと仲良くなって、学校に来やすくなってくれたら」という気持ちだったのかもしれません。

しかし、クラスメイトからしてみれば「普段は学校に来ないのにイベントだけは来るんだ」「どう接したらいいかわからない」的な感じで絶妙に気をつかうんですよね。

そして私も気をつかわれていることに気が付き、こちらも何となく気をつかうという……。

とにかくクラスメイトにとっても私にとってもメリットのない時間を過ごすことになるんですね。

終わるころには気疲れしてもう限界……。

しかし先生は笑顔で「たのしかっただろ!」

サイコパスかな?

先生の心使いなのは理解できましたが、当の本人の気持ちが置いてけぼり。

そんな苦い思いを多々したのがF先生との1年間でした。

だからF先生には気にかけてくれたことへの感謝と、全てが空回りだったことへの「ちょっと待ってくれよ」的な気持ちでだいぶ複雑な思いでいました。

まさかそんなF先生と再会することになろうとは。

現在私は子供に関わる仕事をしており、たまたま仕事の都合で再会したのです。

久しぶりに会ったF先生はちょっと老けてて、当時よりもちょっと元気がなくて「ああ、こんなにも時が過ぎたのか」と時の流れを感じざるを得ませんでした。

F先生は私をみて「わかるよ、○○だよな」と「変わってないな」と少し申し訳なさそうに言っていました。

先生にも当時のことについて思うことがあったのかもしれません。私が子供と関わる仕事をしていることにも「フラッシュバックしたりしないか?」と尋ねるのでした。

そんなことを言うところがまたF先生らしくて、思わず笑ってしまいました。

F先生に対して思うとことはたくさんあったもののの、恨んだことなど一度もありません。なんだかF先生は愛嬌があって憎めないです。だから、再会できた時は素直にうれしかった。

F先生と再会して、何かが変わったかといえば、特に何も変わりはないのですが。F先生と再会できたこと、そしてそこに喜びを感じている私がいることに、なんだか中学生のときの私がちょっと救われたような気がしたのでした。

生きててよかった、大人になるって悪いことばっかりじゃないよ。

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