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Down Roundの時代が来る!現在の米国のスタートアップ資金調達市場で何が起きているか?「Navigating Down-Round Financings」 BY WSGR(シリコンバレーの一流ローファーム)

先々週の水曜日にシリコンバレーで最も有名な大手弁護士事務所のWilson Sonsini Goodrich & Rosati(WSGR)が「Navigating Down-Round Financings」というテーマで、オンラインの講演を行ってました(NASDAQが主催)ので、参加してきました。

Wilson Sonsiniの紹介については、こちらのブログにお任せしますが、1980年のAppleのIPO、2004年のGoogleのIPO、2016年のMicrosoftによるLinnkedInの買収など米国テック界の歴史的な案件を担当してきた名門のローファームです。

そんなシリコンバレー御用達の事務所のパートナーの方3名が「Navigating Down-Round Financings」というテーマで講演を行っており、「最近の米国のスタートアップ向け資金調達マーケットで何が起きているのか」や「VC等の投資家が「Down Round」(前回のバリュエーションよりも低い価格で資金調達をすること)で投資をする際にに気をつけるべきポイント」などが詳しく述べられていました。後者の方はテクニカルな内容も詳しく説明されていましたが、そのあたりは記載するとかなり長くなるので省きます。もし興味があればこちらで動画が公開されていますので、ご覧になってみてください。また、配布資料に興味のある方がいらっしゃれば、(確認の上共有しますので)、コメントください。

米国のスタートアップ資金調達市場で何が起きているか?

まずは、Post Corona/ With Coronaの世界が始まった2020年5月現在、WSGRが調達市場で観測している風景についてです。

基本的にはディールのパイプラインの進捗は以前より遅くなり、最終的にクローズする案件の数はかなり減っているように感じている。特に投資前に行うデューディリジェンスに関しては、以前よりも時間がかかっている。これは、ビジネスサイドでも、リーガルサイドでもタームシートを詰めるのに時間がかかっている為でもある。これは状況が良かった時代には入ることのなかった又は、詳細にまで議論されるない傾向にあった条項(Anti-Dilution Provision、Liquidation Rights、その他の条項)を入れることによって、会社を畳むことになる等の最悪の事態を想定した際に、投資家が持てる権利を最大限に持った上で投資を決めることができるように、タームシート作成に時間をかける傾向になっていることのようです。

また、特にアーリーステージやグロースステージのスタートアップのバリュエーションが下がっている傾向にある。また、ラウンドのサイズも縮小傾向にあり、リードインベスターは投資額を限定する代わりに、他の投資家にラウンドに参加して投資を呼びかけるケースが増えている。リードインベスターが最初に投資額をコミットして、他のインベスターに追加の投資を呼びかけているということです。

また、Liquidation preferenceのマルチプルについては、今まではそもそもLiquidation preference自体契約書に含まれていなかったが、最近では2〜3倍のAnti Dilutionの条項が折り込まれ、投資家側が投資条件に慎重になり、当然起業家にとっては不利になってしまうケースが増えているとのこと。

Debt Facilityについても、借入可能な上限を引き下げたり、そもそも一部返済を求めるようなことも起きている。このような自体はドットコムバブルの直後や2008年の金融危機の際にも見られたが、最近でも見られるようになっており、2020年を生き抜くには「Cash is kind」(何よりも現金が強い)との考え方が大事である共通認識を持ち始めているとのこと。

ポイント:米国のベンチャー投資に関しては上記のように減速傾向が強くなっているそうです。先週エンジェル投資家のジェイソンカラカニスが自身のユーチューブチャンネルで「今からファンドを設立してLPから資金を引っ張るのは難しい(タフ)だ。あと向こう3年くらいは新しいファンドとか無理なんじゃないか」とコメントしてましたが、新しい資金の流入も難しくなっているそうです。四半期の終わりにや年末に数字として現れてくると思いますが、定量的にどの程度ダメージを受けているか知りたいですね。 

Down Round(ダウンラウンド)とは?

このような厳しい状況下でスタートアップが資金調達を行う際に懸念されるのが、「Down Round Valuation」(と呼ばれる前回のバリュエーションよりも低い価格で資金調達が行われる)が避けて通れない状況になるということで、「ダウンラウンド」で資金調達を行う際に、投資家が気をつけるべきことが述べられていました。

Down Round Valuationを避ける方法

まず、このようなダウンラウンドを避ける方法は、Convertible EquityやConvertible Debtでの資金調達を行い、バリュエーションをその次の資金調達で行うことで、その回の資金調達でのダウンラウンドを避けるやり方があるとのこと。

このようなコンバーティブルでの資金調達は米国ではエンジェル投資家による投資の段階で使われることが多いです。これはエンジェル投資家がターゲットとしているスタートアップはシード期以前のスタートアップが大半で、そもそも売上も上がっていない会社も多く、バリュエーションがつかないような会社向けへの資金調達で使われる手法です。また、エンジェル投資家による投資はバリュエーションを細かく行う為のリソースが割けないということも、使われる理由の一つかと思います。

Down Roundが避けられない際に気をつけるべきポイント

このような環境で当事者が気をつけているのは、「Fiduciary Duty」である(Fiduciary Dutyとは日本語で直接訳すことが難しいのですが、善管注意義務と訳されることがあります)。ボードメンバー達は、たとえ自分が持つ会社の株式の種類や、VCから派遣され兼務している状況である事実に関係なくFiduciary Dutyに注意義務(fiduciary duties of care)と忠実義務(fiduciary duties of loyalty)が含まれていることを理解すべきで、この理解の欠如がダウンラウンドでの資金調達における後々の問題の原因になると語られています。

例えば、優先株を保有している会社が売却される際には、その優先株の利益はLiquidation Paticipatingによって普通株で同様の持分を持っていた時よりも利益が担保される場合があります。一方で普通株主はその権利がない為、ダウンラウンドでの資金調達の際には気をつけるべきとのこと。

訴訟の例

Bloodhoundのポートフォリオの会社がダウンランドによって資金調達をした時の話です。そのラウンドでは、取締役を兼務している既存のファンドメンバーによって投資がリードされました。ダウンラウンドでの資金調達で優先株にAnti Dilution(希釈化防止)の条項がついていた為、その他の普通株の株主の持ち株は希釈化されました。その資金調達の数年後に会社の業績は持ち直し、その会社は売却されました。普通株主の一人が、そのダウンラウンドでの資金調達はでクレームをつけました。その内容は「そのラウンドでは、インサイダーによってリードされていた。私の持株が希釈化されることは不公平なので、訴訟を起こしたい」というもので、その訴訟は示談までに結局1年間かかり、示談金だけでなく莫大な弁護士費用をファンドが負担することになりました。

このような訴訟の中で裁判官が見ているポイントは如何に資金調達の際のバリエーションが公平な視点を持って行われたかにあります。ボードメンバーはよく通常時でも簡易的な方法でバリエーションを決定する傾向がありますが、特にダウンラウンドでの資金調達の場合は、そのような環境下ではファイナンシャルアドバイザーを雇う資金もなければ、緊急的な資金が必要な場合が多い為です。また409Aのドキュメントが過去に発行されている場合であっても、409Aは別の目的のために作成されたドキュメントでありそのような場面にはあまり役に立ちません。

打つべき対策その1:独立した取締役をボードに入れる

独立的な視点を持った取締役は会社の決定をレビューする機能を持つだけでなく、株主としてのコンフリクトを生むことがない為、会社の決定をうまく正しい方向に向かわせる傾向があります。小さな会社では独立的な取締役を雇うことが難しい場合がありますが、余力があれば実施した方が賢明です。

打つべき対策その2:ファイナンシャルアドバイザーを雇う

こちらも小さな会社には出来ないことかもしれませんが、資金調達の際にファイナンシャルアドバイザーを雇うことによって第三者の視点から適正なバリエーションを弾き出すことで、後々のリスクを抑えることが出来ます。また、独立的なアドバイザーは、バリュエーションの実施だけでなく、会社の色々な意思決定に関して、中立的な意見を共有してくれることに価値があり、これも小さい会社であっても余分な資金があればアドバイザーを雇うべきです。

打つべき対策その3:記録を残す

基本的な事柄ではありますが、この点を見過ごしている会社も多いのではないでしょうか。会社の意思決定だけでなく、重要な会議や取締役会の議論の内容を記録に残すことによって、その会社が進んでいる方向がきちんと議論に基づいているかを、確認することが可能になります。例えば会社が間違った方向に進もうとした時、記録した議論の内容をもとに注意を促すことができます。その際に希釈化が発生する際に、きちんと明示した記録をのこして置くことで、後々知らなかった!ということが防げるかと思います。

まとめ・雑感:Bloodhoundの例だけでなく沢山の訴訟の例が過去には出ているようで、さすが訴訟大国のアメリカだなという印象を受けました。まとめると、「コロナ禍で環境が厳しいが、資金調達が必要なのでバリュエーションを下げてまで調達すべし」と株主であるVCが迂闊にリードすると後々訴訟になってしまう可能性があるので、慎重に対応しましょうということです。対応策に関しても当然のことではあるものの、見落としがちなポイントであり、経験していない方にとって、簡単には思いつかないケースもあるかと思いますので、勉強になりました。

※セッション内では具体的なダウンラウンドバリュエーションのストラクチャー(Recapitarization、Reverse Split、Pay to Pay)のメカニズムに関しても解説がありましたが、説明が長くなる割に需要がなさそうなので、割愛します。もし需要があればコメントください。

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