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クロノグラフ【短編小説】

「ごめん!待った?」

そう言って店のドアからやや小走りで私の席の右隣に座った。
彼のその面長な顔を見るのは、実に約二年ぶりの事だ。

今こうして慣れない雰囲気のバーでグラスを傾けている理由はというと、
四日前に遡る。

いつもの様に帰宅しいつもの様に髪を乾かしていた時、
LINEが鳴った。

別れて二年経つ、今まさに隣で上着を脱ぎ席に着いた「彼」からだ。
片手にドライヤーを持ったままスマホを手に取った。
内容はいたって単純。ありきたり。

要約すると

久しぶりだね

あれからどう?

時間あったら飲みにでも行かない?

・・・誰が行くもんか。

別に成り行きの別れだったので特段恨み等々といった感情こそないが、
こんな定型文みたいなメッセージが送られてくるとそういった感情すら生まれそうになる。


「いやいや、行く訳ないでしょ」


小言を挟んで返信をいったん放置し髪を乾かし終える。

ベットに入って改めてスマホを開く。

先ほどの画面のまま。
時計の音だけが響く部屋、静寂。



「久しぶり、金曜の夜なら空いてるよ」

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お酒の力も借り、色々な事を話した。

お互いあの頃の立場では話せなかった事、あれから今までの事。

ただ、私からの話題は前者だ。

彼の口から出る言葉は私たちが終わった後の話、
大きな仕事を任された事、趣味で自転車に乗っている事
今は一人である事。


なんだか私だけあの頃の周回軌道に取り残されてぐるぐると回っているようで情けない。


程なくして、店を出た。
会計は二人で支払った。(大した金額ではないけれど)

「地下鉄でしょ?そっちの駅まで行くよ」

あぁ、なんで私の気持ちをこうも複雑にしてくるのか。

おおよその帰宅ルートも覚えているなんて、
いっそここで清々しく「じゃ!」と反対方向に歩きだしてくれた方が
こちらとしても気持ちよく帰れるのに。

このままではこの何とも言えない霧がかかったまま日常に放り出されてしまう。それだけが怖い。


10分程歩いて私が乗り込む地下鉄の駅に着いた。

「それじゃ」

軽く手を振りくるっと向きを変え歩き出した。

その時右手に見覚えのある腕時計が見えた。

バーのカウンターも、お店から駅までも彼の左側に居た為気付かなかったが
小さなストップウォッチがついた時計、クロノグラフ。

三年前、何をプレゼントしたらいいか迷っている時私が街で見つけた物だ。
なんだかデザインがシックで一目惚れした。

時計など全く詳しく無いので思わず
「この中にもう一個あるちっちゃい時計みたいなのは…」
と尋ねたら

「これはクロノグラフといって、いわゆるストップウォッチの機能がついている時計ですよ」

と教えてくれた。

この時計は私が支払い、私が持って帰り、私があげたものだ。

私たちが止まっていた二年間、この時計は彼の腕で動いていたのか。


「あのさ!!」



歩くのが早い彼に届くように、大きな声で呼び止める。
今想っていることを伝えてみよう。

もしかしたら時計に特段思い入れなど無く着けているのかもしれない。
もしかしたら望む結果にならないかも知れない。

もしかしたら時計の針は巻き戻らないかもしれない。

そしたらそれでいい、家で一人で吞み直そう。
どちらにしろこの霧も少しは晴れるだろう。


このままでいいわけがない。


私の心はクロノグラフ針と共に動き出す。




おわり。





あとがき

初めまして、普段は作曲やライブ活動など音楽のフィールドに生息しています真羽(マウ)と申します。


曲を作る工程で「作詞」が好きで、言葉が沢山出てくるけれど
メロディに合わない母音、字数等々。
いつも言葉の取捨に悩まされていたので
「しっかり長文で、楽曲の解釈を形にしたい」
と毎回作品を作るたび考えていました。


今回は自身の楽曲「クロノグラフ」を改めて解釈し、短編小説にしてみました。
文章に関してはただの読書が好きな素人ですので、ご容赦ください。



元楽曲の方も是非聴いて頂けると嬉しいです↓↓

ー真羽ー


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