漠然とした不安に感触を与えたい
僕は自分のことを、「つまらない人間」だと思っている。
何か能力に秀でているわけではないし、人を楽しませるユーモアがあるわけでもない。自分がゲームのキャラクターで出てきたら、おそらくパーティには入れないだろうし、風呼びの聖靴も使わない。
小学生時代は、そんなことを思っていなかった。
成績はオール3で勉強は全然できなかったけど、周りの友達に恵まれて楽しかった。少しお金持ちの友達の家に行ってドロケイをしたり、その時に偶然好きなこと同じ場所に隠れて、ドキドキした記憶もある。
つまり、それなりの小学生時代を送れていたと思う。
中学生時代。徐々に心を閉ざし始めたような気がする。
思春期特有のもののような気がするが、きっかけに心当たりがないわけでもない。
中学時代、とても好きな子がいた。
なんとかしてその子と付き合うことができたが、すぐに別れた。
そこで少し、色々あって、女性不信にはなったかもしれない。
その彼女は、今や結婚して子供もいたはずだ。
でも、その時の僕は、文武両道を掲げて、部活と勉強を頑張った。
それ単純に、かっこいいというのもあったが、人生の保険であった。その時は、頑張れば陸上で生きていけると思っていたけど、怪我をして選手生命を絶たれたときに備えて、勉強もやっていた。
成績はオール5になって、小学生時代とは違って、一目置かれる存在になれた。気がした。
今思えば、このころはあまり考えていなかったけど、とりあえず行動だけはしていたと思う。常に俯瞰で自分を見ることを意識して、怠惰にならないようにしていた。
それは思考が優れていたのではなく、単なる不安からだ。
自分の部屋にもし隠しカメラが設置されていても大丈夫なように、常に人として全うなふるまいを心掛けていた。常に得体のしれないモノに見られている感覚、評価されている感覚を覚えている。
また、「今が常に人生の分岐点である」という意識のもと、身体を動かしていた。人生を心電図のようにとらえ、今この瞬間にビットを立てないといけない気がして、なんとか動いていた。
*
高校時代。この期間は僕にとって、試練の刻だった。
特待生で入った陸上部を途中でやめて、受験で失敗して浪人した。
いつも「なぜ自分はもっと早く走れないのだろう」「なぜ成績が上がらないのだろう」と思っていた。
色々なことを試した。カラーペンをたくさん使ってビジュアルで覚えようと工夫してみたり、できるやつのやり方を真似てみたり。
浪人して予備校に入り、寮生活をしていた。でも、浪人生という身分上、遊ぶ気分にもなれず、全く遊ばなかった。人ともあまり関わらないようにしてうた。
暇なときには公園に行って、ハトに餌をあげていた。人に慣れたハトは、とても図々しく、そしてかわいい。
なんとか大学に入学したが、自分が周りより優れていると感じることはなかった。常に何かしらの劣等感を抱えていた。
この辺の話は長くなるから、またどこかで話そう。
*
今人生を振り返ってみると、僕は常に何か不安に駆られていた。
その不安が、僕を動かしていたようだ。
「他人より優れていなければならない」「劣っているのは恥ずかしいことだ」という、狭い価値観の中で生きていた。そして、おそらくその価値観は僕の無意識下にあるもので、今の僕にも当てはまるだろう。
そして、その理想と現実のギャップに、傷ついて、落ち込んで、最終的に期待しなくなった。周りの劇的な出来事も、誕生日やクリスマスも、僕にとってはほとんど関係ないと思い始めた。
これまでの人生を外挿すると、僕はこの先も、何かに満足することは決してないのかもしれない。
常にニヒリズムを漂わせ、俯瞰して物事を見て、「自分には関係ない」と思う、そんな人間になるのだろうか。
未来は予測できない。だからこそ、そこに対して希望も不安も感じる。
その不確定性に感触を与えるために、僕は今の瞬間を生きたい。
全ての弱みを受け入れて、全てのことから学び、社会に還元する。
社会の歯車でもいい。偉業を成し遂げられなくてもいい。評価されなくてもいい。つまらない人間でもいい。
ただ自分の直感にしたがって、後悔をしないように、これからの人生に傾きを作りたい。
自信をもって過去の自分を肯定できる人間になろう。
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