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とるに足らない興味をこっそり言葉にしています。

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      vol.1

    • 日常、エッセイ、思考

      日記的なこと、思考の整理、感じたこと、言葉にしておきたいことを残しています。

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    旅行 (岩手-青森, 22/10/07-08)

    スポーツの日をいれて三連休が始まる前日、年休をとって車で岩手→青森旅行へ。 ルートはこれ。無料の三陸道を通って、富谷からまずは龍泉洞へ。 所要時間はだいたい4時間弱。この日は、龍泉洞→北山崎→琥珀博物館へ向かう予定だったため、はやめで朝7時過ぎに自宅を出発。 三陸道路は復興道路の位置づけで、震災後にその建設が加速されて2021年末に全線開通となった。SA/PAと給油所がない点だけ注意すれば、無料で仙台~八戸までたどり着ける。道中は基本的に片側1車線で詰まりがちであるが、追

      • 耐久性のあるもの

        最近は消費がはやくなり、コンテンツへの飽きも早くなっている。内容は過去の焼き直しにもかかわらずどんどん新刊が発売されるのは、そもそも新しいものでないと消費の対象にすらなりにくくなったため、なのだろう。 消費できるコンテンツはフロー的で、時代への耐久性がない。鮮度が重要とされる情報こそがフロー的なもので、ニュースの類やゴシップ系、トレンド系の内容はそれにあたる。 一方でストック的な情報もある。それはざっくりアカデミックと呼ばれる学問はその類にあたる。 ストックになるには時代

        • これは無駄な行為なのか?

          世界は歪つで、今僕たちが所属している社会がいつも正しいとは限らない。 真面目に生きていても理不尽や不幸に巻き込まれることがあるし、法を犯して生きてきている人が大金持ちになったりする。 何も意義がない、迷惑をかけているだけなのに、ただ注目を集めているというだけでお金を稼げたり、うまく行ったりする。いわゆる「転売ヤー」はこの類だし、主に人材や不動産、金融関係に多い中抜きをするだけの企業や、何もせずに手数料を搾取する会社も同様のものだ。 このような社会の膿は「お金さえ得られれば

          • 歌になっているかなっていないかがあるだけ

            表現に類するものの場合、そこに客観性の高い優劣をつけることは難しい。絵や音楽など複雑で高度な技術を駆使した作品が、必ずしも訴求性が高い、もしくは意義のある作品になるわけではない。優劣の分岐点を作ることが難しい。 こんなときには、少し道を引き返してみる。戻ってみると、いつのまにか自分が「表現であるかどうかの分岐点」を気にせず進んできたことに気づく。 表現にとって重要なのは優劣の分岐点ではなく、表現であるかどうかの分岐点なのではいだろうか。 冒頭に引用したのは椎名林檎にまつわ

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            post-truth時代へ

            小さい頃、大人の言うことはたいてい正しいと思っていた。親や学校の先生の言うことは正しくて、僕を正しいところに導いてくれるものとさえ思っていたかもしれない。 中学・高校と、様々な分野の知識が少しずつ蓄えられて、自分で考えられるようになったとき、大人はいつも正しいこというわけではないことに気が付く。大人であっても、人によって考え方が大きく違っていて、語る内容も違ってくる。僕は、「何を言うか」が重要だと気づいた。 「何を言うかが重要である」という命題は、たいていの場合正しい。実際

            この世界は公正か?

            映画やドラマなどを見ていて、極端にどちらが幸せもしくは不幸せになるのはあまり納得できない。このようなご都合主義では、タイミングや運は操れるものなのだ。まあそもそも創作物だから当然なのだが。 現実でご都合主義的な展開はほとんど起こりえない。したがって、ご都合主義的な展開をすることはリアリティから遠ざける行為であり、使用される場合は意図的な場合がほとんどである。つまり、そこにはリアリティよりも描きたいものがあるのだ。 ご都合主義の亜種として、ヒーローが善人として描かれすぎてい

            「報告書」は上司との共同作業

            ここで言う報告書とは、日報的なものではなくて、育成計画の一環で部署意外や他の事業所のメンバーへ発表する類のものを指す。 僕の場合は、前職でこのような意味での報告書が課されていた。報告書はまずは自分の育成者と内容をすり合わせたうえで、上司へ報告する。 はじめの時、僕はできるだけ完成度の高いものをつくろうと少し時間をかけていたが、内容修正で構成がすっかり変わってしまうこともあった。事前に骨子を確認してもらってはいたものの、その段階での解像度は低く、ざっくりしたストーリーの整合性

            用の牢獄

            こちらもよい寓話、『山の木と雁』 荘子は山の中を歩いているとき、枝葉の立派に茂った大木を見かけた。木こりたちはその大木のそばに立ち止まりながらも手を付けようとはしない。わけを聞くと「この木は役に立てようがないから」という答えが返ってきた。荘子は言った。「この木は役に立たぬおかげで、自分の天寿をまっとうすることができるんだ」荘子は山を出て、友人の家に泊まった。友人は喜び、召使いの少年に雁をつぶして料理するように言いつけた。少年は尋ねた。「二羽の雁のうち、一羽はよく鳴き、もう一

            動き出すタイミング

            有名な寓話 春先になって 「ひばりが麦畑に巣」 を作りました。初夏のある日「大勢」の村人がやってきて 「そろそろ麦を刈らないとな~」 と話をしていました。これを聞いていたひばりの子供が 「お母さん麦刈りが始まるから、引っ越ししよう」 と言いました。しかしひばりのお母さんは 「まだ、大丈夫」 と平然としていました。数日がたって「3人」の村人が 「ぼちぼち、麦を刈らないとな~」 と話していました。これを聞いていたひばりの子供が 「お母さん、もう駄目だよ!」 と叫びました。しかし

            真実の鍵はどこにあるか

            ナスルディンの鍵 ナスルディンという男が自宅前の土の上で這いつくばって探し物をしていた。友人が来て「何を探しているんだ」と尋ねた。「カギだよ」とナスルディンは答えた。そこで友人も膝をついて一緒にカギを探しはじめた。なかなか見つからないので、友人は「どこでカギを失くしたかを正確に言ってみろ」と聞いた。「家の中だよ」とナスルディンは答えた。「それなら、なぜ外を探しているんだ」「家の中よりも、ここのほうが明るくて探しやすいからさ」 バカみたいな話だが、心当たりがあるのではないだ

            「好き」の言語化

            「言語化できなくてもやもやする」 こういった経験は誰しもあると思う。感動する映画、ゲーム、漫画。人生で一度きりと思えるような感動に出会ったとき、僕らはそれを言葉にして伝えたくなり、そのたびに言語化できないやるせなさに襲われる。 感動したときに誰かと共有したくなるのは人の知的な本能なのだろうか。 一種の承認欲求ともいえるのかもしれない。それとも、いい獲物をを見つけたり、砂漠のオアシスを仲間に知らせるような動物的な本能なのだろうか。 人間が本能的に求めている人との繋がりがこ

            クリエイティブはめんどくさい

            誰しも「クリエイティブ」にできればなりたいと思っている。人工知能により代替されない仕事をすべき、だというライフハック的な文脈でもクリエイティブの優位性みたいなものは語られることが多いような気がする。 ただ一方で、単なるコンテンツ消費も楽しいものである。Netflixで映画を見たり、ベッドの上に寝ころびながら好きな漫画を読んだり。そこには全く想像もできない世界が広がっていると同時に、現実よりも生々しいリアルな人生が緻密に描かれていることもある。 このような矛盾にも似た感情を

            ギアと集中力

            思考をギアで例える人に何度かであった。出会ったと言ってもオンラインで、youtubeなのだけれども。そのうちの一人が、岡田斗司夫で独特な考察が魅力的な変なおじさんだ。 思考の深さと速さは、トルクと回転数の関係に似ている。 早い思考というのはどうしても浅くなるし、深い思考はどうしても遅くなってしまう。加えてこのアナロジーにより「思考の切り替え」が含まれていることが面白い点だと思う。 思考は切り替えることができる。つまり、切り替え方さえ分かってしまえば早い思考も深い思考も可能

            信念補強と信念検証

            本の読み方のはなし。 信念補強型とは、思想の正しさを証明する材料を集めていくもの。 信念検証型とは、思想を検証しながら正当性を検証していくもの。 どちらがよいかといえば、信念検証型の読み方である。 そもそも人間は自分の思想が真になるような材料を集めてしまう自己バイアスがあるため、むしろ前者のような読み方は注意すべきだと思っている。 これは引用元に書かれているような話。 このポイントは、その批判的な態度と判断基準を持っている、という点であり、この態度はどのような分野にも適

            プラグマティズム

            「プラグマティズム」とは、ギリシア語で「行動」や「実践」を意味する「プラグマ」に由来して生まれた言葉で、物事の真理を「理論や信念からはなく、行動の結果によって判断しよう」という思想です。日本語では、「実用主義」「実際主義」「行為主義」などと訳されています。 チャールズ・サンダース・バースが作り、ウィリアムジェームズが発展させ、ジョン・デューイが世に広めたというプラグマティズム。 日本語では「行動主義」とも呼ばれる思想で、ビジネスととても相性が良い考え方である。プラグマティ

            アイデアの発散と収束

            思考が繋がってどんどんアイデアが出てくる「発散」状態とそれらのつながりが見えてきて境界線が見えてくる「収束」状態がある。 僕の場合、何も制約なしに考えていると「発散」してしまうことが多い。ほかの人とあまりこういった話をしないため分からないが、思考は「発散」してしまうのが自然なのではないか、と思っている。思考にもエントロピー増大の法則は適用できるらしい。 noteを書いているとき、なぜか発散状態になることが多い。書いてまとめる、という行為は「収束」プロセスであるはずなのだが