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赤帽くんと青帽くん(下)

午前9時。いつものように、コーヒー片手にノートパソコンと向き合う。自分、行けそう?と心のなかで会話が始まる。誰と?

今日こそ勇気出して行ってみようかな、という私が、えーやっぱ無理、行きたくなーい、行けなーい、という私に聞いているのだ。この2人は赤帽子と青帽子をかぶっていて、そう、「ぐりとぐら」みたいな感じのコンビだと思ってもらえばいい。

2人がごちゃごちゃとやりあっているのを眺めている第3者の私がいる。今日はどうなるかなぁ、行けるのかなぁ、なんて、まるで他人ごとみたいに。

例の如く、結論はなかなか出ない。ま、いいよ。5時半出発なら4時ぐらいまでに決めればいいんだから。2人には一旦頭の中からお暇願い、目の前のタスクにとりかかる。

病気になる前よりは落ちたが、集中力はあるほうだ。気が付けば窓の外には青空が広がっている。あー、どうしよう。雨やんじゃったー。クルーズ日和じゃん。数時間前と同じ問いが繰り返される。行けそう?うーん、どうかな…。

時計を確認する。午後2時半。昼食後のコーヒーを淹れながら、あと2時間ぐらいで決めないと、と思う。なかなか決着がつかない2人をせかすのも、3人目の私の役目だ。

ちょっと、そこの2人、どうするよ?
赤帽くん:さっきから言ってんの。今日こそ行けそうじゃないの?天気もいいし、ただ座って美味しいもの食べて帰ってくればいいんだよ。
青帽くん:…そうなんだけど。でもやっぱり気がのらないよ。知らない人ばっかりだし、人の多いとこ行きたくないし。美味しいものより、うちでご飯と納豆がいい。
赤帽くん:なーに言ってんの。こんなチャンス久しぶりじゃん。考えないでさらっと行ってみれば?案ずるより産むが易しだよー。
青帽くん:…えーでもー。気乗りしないのに、これからシャワー浴びて髪の毛やって、メイクしてってけっこう大変…。
赤帽くん:なら、とりあえずシャワーだけでも浴びとこっか。
青帽くん:…えー面倒くさいなぁ。
赤帽くん:じろっ(と睨む)。
青帽くん:…わかったよ。シャワーだけね、とりあえず。

3時半。「ただいまー」青空のもと、息子が帰ってくる。今朝さしていった傘が嘘のように外は晴れている。「おかえりー、学校どうだったー?」「フツー」いつものやり取り。

「どうするの?」息子が聞いてくる。私が行けなかった場合のバックアップを頼んでいる。「うーん、どうしよっかなー」と返しながら、2人のやり取りに耳を澄ます。

赤帽くん:ほらね、シャワーしてよかったでしょ。晴れてるよー。行けるかもよ。
青帽くん:…うん、晴れてるね。でも人のいること行きたくない。クルーズ乗ったことあるし、美味しいご飯なんてどうでもいい。
赤帽くん:まーた。そんなこと言って。もーしょうがないな。これじゃいつまでたっても埒があがないよ。やっぱアレしかないか。

第3者の私の前で、2人は土俵にあがる。
この2人の取り組み、ここ半年ぐらいは14勝ゼロ敗。青帽くんの勝利が続いている。最近はいつもけっこう接戦なんだけど。

青帽くんってヘタレのくせに、火事場の馬鹿力っていうの?やけくそになるとすごいパワーを発揮する。赤帽くんも頑張ってはいるんだけど、最後の押しがね、イマイチ弱いのよ。

土俵に上がった2人。(エアー拍手と歓声)会場は満員御礼だ。

青帽くん:…わかってるけど、自分から外に行かなきゃってわかってるけど、行きたくないんだよー。
赤帽くん:なにー?いつまでもそんな後ろ向きなことばっかり言ってたら、そのうち人生終わっちゃうよ。

立ち合い。はっけよーい、のこった、のこった。(エアー大歓声)

青帽くん:…そんな言い方しなくても。そんな攻め立てないでよー。ワタシだって行った方がいいかもって頭では思うのに、気持ちが拒否ってるんだからぁ。
赤帽くん:だ・か・らー、いつまでそんなこと言ってんの?って言ってんの。そんなんじゃ、一生アリジゴクから抜けられないよ。あんたそれでいいの?

のこった、のこったー。
赤帽くん、両差しを狙ったが、青帽くん、左を固めて右上手を取り左四つ。
赤帽くん、右でおっつけんとすると、青帽くん、右から出し。
赤帽くん、残して右を入れんとすると、青帽くん、左を固めて正面に出ながら左四つ。

青帽くん:いいわけないでしょ。意地悪だな。そんなことあんたに言われなくてもわかってる。わかってるけどそれでも行けないワタシの気持ち、あんたになんてわかるもんか―――――――!!

赤帽くんが探った右前褌を与えず、右に寄り切ったー!(エアー拍手と大歓声)この瞬間、15勝ゼロ敗!

ソファに寝転んでスマホをいじっている息子に声をかける。
「ちょっとー、やっぱ行かないことに決めたから、今晩よろしくねー」。

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