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“100点じゃないうつわ”で、幸せが二乗する。「暮らしの店 黄魚」店主、母娘ふたりの食卓

東京都渋谷区に、たしかなセレクトで人気を集めるうつわ屋さんがあります。「暮らしの店 黄魚(きお)」。店主の髙はしこごうさんが、仕入れから接客、SNSの運営に、商品の配送までひとりで切り盛りされている個人店です。

今回は、家庭でもうつわを楽しむこごうさんと、小学5年生の一人娘あみちゃん、2人の食卓におじゃましました。うつわを愛するこごうさんが考える「うつわの魅力」とは——。答えを聞くと、きっとその力を感じてみたくなるはずです。

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一緒にうつわを選ぶ。母娘2人のごきげんランチタイム

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——こそこそっ。

こごうさんの耳に顔を寄せて、口元を隠しながら何かを伝える娘のあみちゃん。

「もうっ、はりきってるなんて言わないでよー!」

母のこごうさんは少女のようにはじける声でそう言って笑い、あみちゃんとぴったりとくっついたままおしゃべりをしている。「きゃー!」「ドキドキするね」と何度も緊張を確認し合う姿は、親子というより、友だちみたいな空気感だ。

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ふたりが暮らすのは、新宿駅・渋谷駅ともに20分で行けるアクセスの良さと、穏やかな住宅街を両立させる街、経堂だ。

冬の日差しが気持ちよく注ぐマンションの一室。ダイニングとひと続きになったキッチンで、この日のランチの準備が進む。

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ひときわ存在感を放っているのは、キッチンの向かいの壁に沿って置かれた食器棚。4つの棚いっぱいに、隙間なくうつわが収まっている。色や、形、大きさ、質感が一つひとつ異なるうつわの多彩さに、ギャラリーを訪れたような気分になる。

「実はキッチンの上の戸棚にもびっしりなんです。お店で扱う作品は、必ず納品の前に自分で使ってみるようにしているので、どんどん増えちゃって(笑)。

キッチンは使いやすさにこだわっています。食器棚のガラス戸がないのは、取り出しやすいように。それから、スパイスは小分けに瓶詰めしたり、調理用のカトラリーは用途ごとに分けて置いたり」

学生時代から料理が大好きだというこごうさん。「一品でもいいから必ず作る」と忙しいなかでも手作りにこだわる彼女の料理タイムは、この整理整頓されたキッチンに支えられている。

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こごうさんがうつわに料理を盛り、あみちゃんがそのうつわや、スプーンなどを次々に運んでいく。

「いつもはこの子にうつわを選んでもらうんですよ。7歳くらいからかな、最初は箸置きを選んでもらうことから始めました。もうずっと、食卓の準備は2人でやっています」

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すると、あみちゃんが「たまに、選んだうつわが違うと怒られるんだよ」とこっそり教えてくれる。

「ふふふ。色までは言わないですけど、大きさが違うときは言いますね。たとえば大きめのふろふき大根に対して、ちっちゃいうつわを持ってきちゃったら、(大根が)キュッとなっちゃうでしょう?それはこれ!(指でバツを作る)うつわのサイズ感は大事です」

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黄魚で扱う看板商品たちが、おいしそうな料理で飾られ、気持ちのいい距離感で並べられた。

この日のメニューは、鶏と白菜のクリーム煮、カレー風味のかぼちゃサラダ、常備菜の浸し豆と白菜の漬け物。最後に、あみちゃんも大好きだという茶碗蒸しをスイスから仕入れたワイヤーの鍋敷きにのせて、食卓は完成だ。

「いただきまーす!」

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「もう一度、勝負してみたかった」お店のオープンを後押しした父の言葉と、娘への思い

長野県の戸隠村で育ったこごうさん。父は、画家として活躍していた人だった。そのおかげで、物心ついたときから、身近なものとして「うつわ」があったのだそう。

「父の呑み仲間に、芸術家の方がたくさんいたんです。それで、陶芸家のみなさんが『酒代だ!』っていつも自分の作品を持ってきてて。だからうちは個性的なうつわだらけでした。織部焼とか、備前焼とか。

両親ともうつわが好きで、夫婦で若い頃から北欧のヴィンテージ食器を集めていたみたいです。父と私でギャラリーにうつわを買いに行くこともありましたね。銀座まで足を伸ばしたりして、ああでもないこうでもないって話しながらうつわを選ぶのは、すごく楽しかった

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そんな父からは、子どもの頃から「就職なんてしてくれるな」と言われていた。企業に就職するのではなく、自らの個性を売って生きていってほしい。父の願いが、巡り巡ってこごうさんをうつわの道へ導いていく。

「変わってますよねぇ(笑)。そのおかげで幼い頃から『私もなにかやらなきゃ』って思いがありました。ファッションとかアートとか、いろんなジャンルを試したんですが、どれもあんまり向いてなくて。進路に迷っていたある日『あ、私って食いしんぼうだ!』って思ったんです(笑)」

自分の直感を信じ、こごうさんはうつわ作りができる高等技術専門校に進学した。

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学校を卒業したこごうさんは、作家を目指し、下積み生活を始めることになる。

当時制作していたのは、クラフトのうつわ。黒と白の色彩を基本とし、アートではなく日常的な「用の美」を追求する作風だった。この日の食卓でいうと、かぼちゃサラダを取り分けた黒いうつわ(陶磁器作家の庄司理恵さんの作品)に似ているという。

その後、私生活で環境の変化があり上京したこごうさんは、娘・あみちゃんを出産。生まれたばかりの娘を育てていくため、すぐに働ける職を探し、飲食店でのパートを始める。

慣れない接客業に目を回しながら、こごうさんのなかでずっと反響している言葉があった。——このままでいいの? それは昔の自分と父からの声だった。

「このまま日々に必死になって、私は娘に自慢できる人生だったと思えるのかなって悩んでいました。『自分の個性を売って生きてほしい』という、父の言葉が心に刻まれていたのもあると思います。

このまま勝負しないと、『あのときあなたを育てていたから、私はやりたいことに挑戦できなかったんだ』って娘を言い訳にしちゃいそうだなって。それも嫌だったんです」

失敗してもいいから、もう一度“自分自身”で勝負してみたい——。そう一念発起したこごうさんは、うつわを目利きし、うつわを売る、自らのお店をつくった。それが、暮らしの店 黄魚。黄魚は2012年にオープンし、昨年11月末で9周年を迎えた。

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「お店を始められたのは、作家時代の人脈があったおかげです。お店を始めるって言ったら、みんなが『自分にも卸させてよ』と応援してくれて。作家さんたちのサポートがあったからスタートできました」

オープン当時、あみちゃんはまだ2歳。子育てもお店も初めてのことばかりで、最初の2年ほどは、目の前のことに必死の毎日だったと振り返る。

「正直、記憶がないですね(笑)。とにかく『私の人生、このまま終わってたまるか!』って、その気持ちだけで走り抜けた感じでした」

ふふふ、とキュートに笑いながらも、当時の燃える気持ちを語った声には、彼女の意地がにじんでいた。少女のような愛嬌と、小柄な身体に秘めた胆力。この両方が、多くの人を惹きつけるこごうさんの魅力なのだろう。

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うつわで食育。子どもがたくさん食べたくなるお皿

代々木公園駅を出て2分ほど歩くと、「暮らしの店 黄魚」の鮮やかな黄色い看板が目に入ってくる。この代々木公園近辺は、どこか洗練した雰囲気を持つ街。古くからの老舗店と個性的なトレンドショップ、そして公園の緑がしずかに共存している。

「黄魚」に足を踏み入れると、こぢんまりとしたスペースに並べられたとりどりのうつわたちと視線が合う。温かく静ひつな空気を感じる店内の商品は、どれもこごうさんが目利きし、仕入れたもの。彼女は、買い付けるうつわをどのように選定しているのだろうか。

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「作品を選ぶときは、使いやすさを一番に重視しています。重すぎないか、洗いやすいか、電子レンジで使えるか、食洗機にかけられるか。丈夫さや、乾きやすさも一つひとつチェックしますね」

こごうさんの選ぶうつわは、あくまでもなんでもない日常の食卓を彩るもの。とうとうと淀みなく仕入れ条件を語るこごうさんは、目利き師らしい強さの宿るまなざしをしていた。

そしてもう一つ、こごうさんがうつわ選びで大事にしているポイントがある。それは子どもとの相性

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「見た目がかっこよくて美しくても、子どもがいる家庭で使えないものはほとんど仕入れません。たとえば装飾の多いアーティスティックなうつわとか、ちょっと触ると動いてしまいそうな安定感のないうつわとか。子どもが怖がっちゃいますし、親も危なっかしくて見てられないでしょう」

子育てをしてきたこごうさんならではの判断基準だ。そして実は、子どもの食育にもうつわは大きな影響を与えるのだと教えてくれた。

「うちもそうだったんですが、幼いお子さんを持つお客さんから、『子どもがごはんに手をつけてくれない』って相談を受けることが多くて。うつわを変えるだけで、それを解決できることもあるんですよ」

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たとえば、フラットなうつわに盛られた料理には手が伸びにくい。まだお箸の使い方に慣れてない子は、お箸でつまみ上げるのが難しく、スプーンですくって食べようにも、横にずれてお皿から落ちてしまうのが分かるからだ。

「きっと、料理そのものが嫌いなわけじゃなくて、上手に食べることに自信がないんですよね。ちょっと立ち上がりのある深めの中華小鉢に変えて、レンゲを渡してみたら、手をつけてくれると思います。実際にうつわを変えて『たくさん食べるようになった』って方も多いですよ

料理を盛ることで、初めて100点になるうつわ

一切妥協せず、熟考して仕入れられた黄魚のうつわたち。それらは全て作家さんの手作りの「作品」だ。黄魚で扱う作家さんは年々増え続け、いまや50人以上にのぼる。

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こごうさんは、新しい作家さんの作品を仕入れる際、必ず自らの足で工房を訪れて、直接その仕事ぶりを見学する。さらに取引を始めた後も、メールやSNSを通して、常にコミュニケーションを取っているそう。

「子どもの話をしたり、奥さんの話を聞いたり、なんでもない世間話ばっかりです(笑)。『(別のお店に)作って納品しにいったら、もういらないって言われた』なんて聞いたときには『じゃあうちに送っておいでー』と言ったこともありました」

お店の立ち上げのとき然り、こごうさんと作家さんたちは、「取引関係」ではなく「人間関係」でつながっているのだと感じる。その親愛の情で、黄魚という穏やかな場が成り立っているのだ。

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そんな作家さんたちについて、もうすこし教えてもらおう。黄魚で扱う作品の作家さんは、どんな人たちなのか。こごうさんは「使う人のことを考えて作っている人たち」と口を開いた。

うつわだけを見ると、100点じゃない。なんかちょっと欠けてるんです。でも、お料理をのせて使ったときに、100点になるっていうのかな。つまり、最初から食べる人のこと、料理を盛ったときのことを考えてつくってるんです。そういう、“どこか欠けてる”ようなうつわを作る作家さんが好きなんですよね、私。」

ビジネスではなく、人間味の濃いつながり。これは、黄魚におけるもう一方の縁、お客さんとの関係にも共通している。

「昔、就活中にお店を訪ねるようになった女の子がいたんですよ。その子が『この人と付き合ってるんです』って彼氏を連れてきてくれたと思ったら、すぐに『来月結婚します』と報告に来てくれて。その後も『妊娠しました』とか『家建てようと思ってて』とか、なにかあるごとにうちに言いに来てくれるんですよね。そういうのがね、なんかすごい幸せなんです

ふふふふふ、と肩を寄せて、恥ずかしがるように視線を落とすこごうさん。ひとりのお客さんだった女の子と、人生を共に歩んでいるかのように近しい関係を築けたことが、彼女にとってどれほど幸福に感じることだったのか。その喜びが伝播して、みんなで顔を見合わせてはにかんでしまった。

「私は信じています」真心のあるうつわで、食卓は幸せに

うつわに親しんで育ち、うつわ屋を始め、うつわを楽しみ、深くうつわを愛しているこごうさん。そんな彼女に、改めてうつわの魅力を尋ねてみる。

「何度チャレンジしても、なかなか上手い表現が見つからないんですよね」と悩みながら、一生懸命に言葉を探してくれた。

「やっぱり温かみがありますよね。懐が深いというか……。料理するときって、食べる相手のことを思い浮かべて、おいしく食べてほしいなって考えながら作っていますよね。作家さんも同じ心で、日々丁寧にうつわを作ってる。だからそのうつわに盛ることで、『おいしく食べてね』って気持ちが、さらに上乗せされるんです。

そんな真心のあるうつわに盛った料理が並ぶと、食卓がずっと幸せになる気がしませんか」

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「うーん、言葉で伝えるのはやっぱり難しいですね(笑)。うちのじゃなくてもいいから、ぜひ一度、作家さんが作ったうつわに料理をのせてみてほしいです。一日の疲れがなくなるわけじゃなくても、きっと癒されますよ」

最後に、小さく凜とした声で「私はそう信じてます」とつぶやいた。

たしかに、仲良し母娘2人で囲む食卓は、“幸せの色”でカラーリングしたような空気に包まれていた。あみちゃんはうれしそうに、全ての料理に手を伸ばす。きっと、母と作家の『おいしく食べてね』の気持ちは、小学5年生の彼女の元にまっすぐ届いている。

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「食卓は、毎日の大事な報告タイムです。仕事が忙しくて、ゆっくり一緒にいることがなかなかできないですからね。あみちゃんから学校であったことやお勉強の話を聞いたり、私の恋の話を聞いてもらったり。もう私よりずっとしっかりしてるから、姉(あみちゃん)と妹(こごうさん)みたいな感じになってるんです(笑)」

あみちゃんは「ここに座ると話したいことがどんどん出てくる」のだそう。それを聞いて、こごうさんはうれしそうに、未来予想図を言い添えた。

「このまま、楽しい食卓を過ごしていけたらいいなと思いますね。どんなに大きくなってもずっと、ここでなんでも報告してくれたら幸せです」

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そして、「やっぱりなんか照れるよね」と、2人はまたそろって顔を赤らめる。唯一無二の親友みたいな睦まじさで、素直に心のうちを明かすことができる親子。そんな関係性が、うつわに彩られた食卓の豊かさを象徴しているようだった。

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緊張しつつも、ひたむきにインタビューに答えてくださったこごうさん。何事も自分のこだわりを貫き、人とのつながりをめいっぱい楽しんでいるこごうさんは、“自分自身”の人生を突き進んでいるようで、とても生き生きとしていました。

食卓に欠かせない要素である「うつわ」。その魅力とパワーを目の当たりにしたことで、食卓の持つ可能性をますます感じる取材となりました。

取材:松屋フーズ・水沢環 執筆:水沢環 写真:吉屋亮 編集:市川茜、ツドイ