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おキツネ様はトリを喰らう。

去年の秋のこと。用事があって日帰りで京都に向かった。用事は午後からだったが、わざわざ新幹線に乗って京都へ行くのに、それだけではなにやら勿体ない。折角だから、早めに京都へ入ろう。どこか観光しよう。そうだ、久々に伏見稲荷大社へ行こう、と思い立った。

今でこそ京都の地を離れてしまったが、私は京都の大学で古典文学を学びに行くほどの京都好きである。「京都・観光文化検定」というご当地検定2級のホルダーにして、ついでに、神社検定3級のホルダーでもある。久々のお稲荷さんに私は胸を躍らせていた。

伏見稲荷大社は御存知、全国の稲荷社の総本山。その歴史は古く、平安遷都以前から渡来人の秦氏より祭られていた神様だ。今でこそ商売繁盛の御利益を求め、京都で一番初詣がにぎわうお社だが、元々は農耕神である。農耕民族の日本人にとって、五穀豊穣は重要事項であり、篤く信仰された。お稲荷さんの御眷属(お使い)がキツネなのも、一説によれば、穀物を食べるネズミやズズメといった鳥を襲うからだと言われている。

京都駅からJR奈良線に乗り換えて5分ほど。多くの参拝者と共に稲荷駅へ下りる。近年、伏見稲荷は、奉納された多くの朱塗りの鳥居が「映える」との理由から、日本人には勿論、外国人観光客にも人気だ。世界最大の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」で外国人に人気の日本の観光スポット1位になったのには驚いたが・・・。確かに、御神体である稲荷山全体を覆うような赤い鳥居の連なりは、異世界に迷い込んだかのよう。近年建て直され整った神社とは全く違う、アニミズムを感じられる独特の「お山」の雰囲気は唯一無二であろう。

最初の大きな鳥居をくぐり、お社へ足を進める。朝が早かったことから、開店こそしていなかったが、道の左右にはお土産物売り場や立ち食いが出来そうな飲食店が並んでいた。そうそう、この参道には「すずめ焼き」や「うずら焼き」のお店があるんだよな、と思い出した。原型をとどめていない普通の焼き鳥とは違い、姿焼きということもあり、人によっては「見た目がグロい」と感じる人もいるだろう。かくいう私も一目見て口にする勇気が失せた。何故、そんなものが売られているかというと、穀物を食べるすずめやうずらを退治する・見せしめるためという説や、お稲荷様へお供え(神饌)のお下がりを頂いていた習わしからという説などがある。江戸時代の狂歌「ひとつとり ふたつとりては 焼いて食う 鶉(うずら)なくなる 深草の里」(平安時代の藤原野俊成の名歌「夕されば 野辺の秋風 身にしみて 鶉鳴くなり 深草の里」のパロディ)を思いながら、参道で野鳥を食すのも一興だろう。お肉の味は、我々のよく知るトリ肉で美味しいらしい。

手水舎まで来た。神社は穢れを嫌う。参拝前にやはり心身を清めねば。ふとその時、耳につけていたイヤリングが片方ない事に気が付いた。ANNA SUIのもので、イミテーションのパールのビジューが付いていた。百貨店で購入してから5.6年以上は使っていたが、バネがしっかりしていて、身につけていて、今まで一度も落とす事がなかった。さすが、百貨店購入品だなと思っていたのに。一体どこで失くしたのだろう。新幹線では確かについていた。念のため、鞄の中に落としていないか確認したが、そもそも耳につけていたものである。見つかるわけがなかった。私は落胆した。楽しい京都旅で浮かれていた気分が急にしぼんでいく。・・・だめだ、失くしたものは仕方がない。一旦は、この件を考えるまいと、耳に残ったもう片方のイヤリングを外した。

「・・・あ、しまった・・・」

イヤリングのデザインだが、パールのビジューの他に、ラインストーンを埋め込んだ小鳥を姿どったモチーフが付いていたからである。ここはお稲荷さんの聖域の中。鳥はまずい。まずすぎる。・・・これはきっと普通に失くしたんじゃない。おキツネ様に食われたに違いない。そうだ、今日ここに、これをつけていった私が悪いんだ・・・。

多くの人によっては「不注意でイヤリングを失くした話」だろうが、私にとっては、信仰やら民俗学が絡んだ話で、単なる失せものとは思えなかった。そういう訳で、稲荷詣でをする際は、鳥モチーフNGで行くことをおすすめしたい。

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