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【第六話】研究室でプレゼンをしたら吐いてしまった

今回は暗めの内容になります。(いつもか。笑)

最後の項がいちばんのポイントです。うつの人は、健常な人よりもできることの幅が極端に狭まります。さらには、視野も考え方も。そんな体験をしたので話していきます。

みんなの前で話す輪読の準備にて

ぼくの研究室では「輪読」(りんどく)というものがあります。担当者が論文をひとつみんなに向けてスライドを使って紹介するというものです。これは修士2年のある輪読発表の話。

発表にはPowerPointを用います。通常はスライドの枚数が数十枚に及ぶので、早めに準備を進めます。しかしぼくの場合、うつによる無気力感で研究のことに向ける気力が湧かず、準備し始めるのが当日の3日前からになりました。

しかも、2日前と1日前は研究室の合宿で、あまり時間がとれません。(せっかくなら合宿中は楽しみたいし!)

作ったスライドは18枚。ふつうはみんなこの倍くらいのスライド枚数で発表します。ですが、ぼくにはこれが限界でした。病気のせいにはしたくない気持ちもあるのですが、どうしても症状として、「集中力が続かない」、「頭がぼーっとする」というものがあります。

そして論文は英語です。しかも世界最先端の内容です。日本語でも難しい。そこに難解な数学の知識が必要になってきたりすると、ぼくにはもうお手上げです。そんな状況で、合宿の前後にほぼ徹夜で準備をして臨んだ当日が最悪だったのです…。

当日の発表がやばかった

ほとんど寝ないで迎えた当日。

ぼくが精神を病んだきっかけは第一話を読んでいただければと思いますが、トラウマのきっかけがまさに輪読の発表をするこの場所なんです。その事実だけで、発表自体がぼくには非常にハードルの高い行為。発表中は心臓がドキドキして、頭がふわふわして、自分が何を話したかなんて次の瞬間忘却の彼方。

論文中に理論面で分からないことが多かったので、要所要所で「すみません、ここはちょっと理解できませんでした」といいながら発表を進行。そして発表が終わったらみんなからの質疑応答のターン。

そこである指摘が。

「この論文の良さが伝わってこないよ。なんでこの論文を選んだの?なにかを良いと思って選んだんじゃないの?」

このときは、

「自分がうまく伝えることができなくて申し訳ないです…。」

という言い方で答えてしまいました。(相手は同期なのに…!)

内容を理解できていないところも多いし、スライド作成にもこだわれたわけではありません。だから「ああ自分がいけなかった、もっと考えて論文を選ぶべきだったんだ…」と落ち込んでしまいました。

そして、質疑応答が終わったあと、ぼくは嘔吐しました。ギリギリのところでトイレに駆け込むことができたのが不幸中の幸いでしょうか。

こんな経験は初めてです。

肉体的には健康なはずなのに、気持ちひとつでここまで身体に反応があるのかと。このとき、「病院に行かなきゃダメかも…」と本格的に考え始めました。

トイレから出たあとは、学内を散歩しながら少し泣きました。

いやちょっとまて、そんなにへこむ必要ないぞ!

しかしこのあと、ゆっくり考えてみるとそんなに落ち込む必要がないことに気が付きました。カウンセリングでもこの件をお話して、カウンセラーさんにも同じことを言われてより確信しました。

まず、ぼくのあんな状態で資料を準備して本番に臨めたことがかなりすごいことです!これは素直に自分をほめてあげたい。

次に、「論文の良さが伝わってこない」というのは必ずしも発表者(ぼく)の問題だけではないということ。だって、受け手が理解できてないだけかもしれないじゃないですか?この考えに至った瞬間、ちょっと質問者にムカッとしましたわ!しかも、発表終わりに、「これすごいっすよねー!」って言ってくれた後輩いたし!伝わる人には伝わるのだ!!

でもぼくが論文の内容を理解できていなかったのもまた事実なので、それはごめんなさい。笑

最後に、発表の質疑で出てきた「論文を選んだ理由」ですが、今のわたしにそんな何本も読んでから選んでる余裕はないんです。質問者は、「みんなに共有して議論する価値があるものを選ぶべきだ」というスタンスみたいです。だから論文の良さが伝わってこなくて、発表者個人の「推しポイント」がなさそうな論文を採用したことが疑問だったみたいです。

いやいやいや。ごめん無理!!

そもそも教授から言い渡されている論文を選ぶ条件は、「英語論文である」、「有名な国際学会に採択されたりしてある程度有名である」くらいです。

わたしが選んだものももちろん英語ですし、まだ学会には出されていないものの、ある有名企業が開発したもので世界中のこの界隈でちょっと話題になったものだったんです!十分じゃないか!!なんでそれ以上を今の俺に求めるんだ!!(大声)

…なんていえるはずもなく。

要するに、うつの人にとっては他の人が当たり前にできるようなことができなくて当たり前なんです。その前提に立たないと、今回ぼくが味わったようなすれ違いが起こってしまうのです。ぼくは当事者側になってはじめて「あまりにも何もできない」ことを実感しました。

1日3食ごはんを食べるなんて夢のまた夢。

夜ふつうに寝ることも困難。

ヒゲを剃ることすらなかなかできません。

こんなこともできないのに、英語の、しかもその分野で最先端の論文を読む?そんでスライドにまとめる??そんでトラウマの原因となった場所で発表する!?!?

どれだけ労力のかかることだと思っているんですか…。いや、それでも頑張った自分、偉いぞ!

…という、声にならない叫びを文字にして吐き出す記事でした。

ちゃんちゃん。

・・・

第七話は、やっと精神科に通い始めた話です。第一話からここまでで実に1年半以上の時が流れています。自分でも自分の状態を理解しきれなくて、ちゃんと病院に行くまでに時間がかかりすぎてしまいました。精神の病気はこういうケースがとても多いです。


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