投資銀行という仕事はなぜ激務と言われるのか?
※この記事は筆者個人の経験・見解に基づいて書いていますので、筆者の主観が含まれます。
私は大学卒業後、新卒で日系投資銀行に入社し7年間勤務してきた。投資銀行の仕事は一般に「激務」と言われることが多い。今回は私自身の経験を踏まえながら、投資銀行が激務たる所以について、1) ビジネスモデルの観点、2) 役職の観点、の2点から書いていきたい。投資銀行への就職を考えている就活生や、転職を考えている他業界の方の参考になればと思う。
今回のテーマは「激務」なので、あえて投資銀行の生々しい部分を書いている。読んだ人は投資銀行業界についてネガティブな感情を抱くかもしれない。ただ、私自身は投資銀行を7年経験してきて他には変えがたい貴重な経験になったと感じているし、ハードワークの対価として得られたものは大きいと思っている。良い面だけでなく、リアルな部分を知った上で門を叩いた方がミスマッチがなくなるだろう。
そもそも「投資銀行」という仕事はなんぞや・・・という方のために簡単にどんな仕事かを触れると、ざっくり以下に集約される。
・会社の資金調達のサポート(株式や債券などの引受、新規上場(IPO))
・M&A(他の会社の買収・合併)のアドバイザリー
要するに、会社(顧客)の企業価値(株価)を上げるという目的のために、資本市場の側面からサポートを行い、対価として引受手数料やM&Aアドバイザリー報酬を得るビジネスモデルだ。
1. ビジネスモデルの観点〜成功報酬型のビジネスモデルと競争環境〜
投資銀行というビジネスモデルそのものに「激務」の理由が潜んでいる。上で述べた「対価」について、基本的には成功報酬が占める割合が非常に大きい。
例えば公募増資の場合、引受手数料は全て成功報酬である。準備期間に数ヶ月を要するものの、調達の条件が決まる日まで顧客との契約は発生しない。
かつ、複数の投資銀行を使う場合(共同主幹事体制という)、全体のFee Poolをみんなで取り合うことになるため、1%でも引受シェアを上げるべく投資銀行各社が凌ぎを削ることになる。なのに、どんなに汗水垂らして数ヶ月働いても、株価が不調で今調達するのはちょっと・・・といった理由でプロジェクトが頓挫してしまうこともある。その場合には1円も入ってこない。
M&Aの場合には着手金(リテーナー・フィー)というアドバイザリー契約締結時点(初期段階)でもらえる手数料と、成功報酬を組み合わせるケースが多いが、大概は成功報酬の比率を高めに設定している。
コンサルや弁護士などは時間で手数料をチャージすることが多い(と思う)が、投資銀行はただ働きになるケースも結構ある。
投入する人的リソースに対してリターンの不確実性が相応にあり、競争が激しく常に他投資銀行との差別化・高いクオリティが求められ、知恵を絞り続ける必要がある。
2. 役職の観点〜「ジュニア」バンカーと「シニア」バンカーの働き方の違い〜
投資銀行では新卒で入社すると先ずはFinancial Analyst(FA)という役職を3年程経験する(各社年数の定めに違いはあり)。3年やってそれなりに社内の評価が良いと、Associate(AS)という役職に昇進する。Associateの次はVice President(VP。ここから担当顧客がつく)→Director(D)→Managing Director(MD。グループヘッド・部長クラス)といった感じで昇進していく。基本的には3年おきに次の役職へ昇進できるかどうか、といった感じだ。
一番労働時間が長いのはFA、次はASといった感じで、昇進を重ねる毎に役割分担が変わるため、それに伴って労働環境も徐々に改善されていく。
各役職毎の役割分担について、提案段階(オリジネーション)と案件執行段階(エクセキューション)で分けて記載する。横文字多くてごめんなさい。
<提案段階>
VP以上の役職を持った人達(シニアバンカーという)が仕事を取るために様々な顧客向け提案の内容を考え、AS以下(ジュニアバンカーという)への指示出し、資料レビュー、顧客へのプレゼンを行う。基本的には最も時間がかかる分析や資料作成はジュニアバンカーが担うので、シニアバンカーは比較的早く帰れる人も多い。
FAは資料作成の多くのパートを担う。提案内容をまとめるための市場や企業の調査・分析、モデリング作成、様々なグラフなどアウトプットの作成がある。これがめちゃめちゃ時間がかかる。新卒1年目のジュニアバンカーは入社後、数ヶ月徹底的にExcelやモデリングのスキルを叩き込まれるのだが、実戦経験はなく顧客に対する理解度も劣るため、インプットに相応に時間がかかり、アウトプットする頃には疲れ果てて朝・・・みたいなことはざらにある。
ASは自らも資料作成の一端を担うと同時に、FAが作成した資料の一次チェックやシニアバンカーとの提案内容の擦り合わせ、社内他部署と共同で資料作成する際にはその調整などを行う。
FAほどではないが、FAがどこまで頑張れるか次第で自分の資料作成パートが増えたり、複数の提案資料作成を同時並行で抱えることになるため、結局深夜まで・・・といった感じだ。
最近は働き方改革の影響もあって、提案資料のページ数削減(昔は100ページを超える資料を1週間程度の納期で普通に作成していた)や、非効率な提案を止めようといった動きも出てきているが、常に投資銀行各社でしのぎを削る状況ということもあり、大きくは改善されていない。
提案の中でも特にきついのが、ビューティー・コンテスト(略してビューコン)だ。ビューコンとは、「投資銀行各社が顧客から依頼された同じ題材で提案資料を作成し、勝ち負け(主幹事)が決まる風物詩」のことを指す。思いついた内容を独自に提案するのではなく、初めからライバルがいる状況で同じ題材で提案をすることになる。
当然ながらライバル投資銀行に負けたくないので、資料はモリモリになり、それに伴う調査・分析などもハードになる。
あらかじめ納期が設定されていることが多いのだが、時には1週間以内とか到底間に合わないような納期で設定されることもある。
大体のジュニアバンカーは既に複数の提案資料作成や案件執行を同時に抱えているので、ビューコンにアサインされたら「あ、終わったな・・・」と感じる。
例えるなら、漫画家だ。それも複数の連載を抱えた超多忙の漫画家だ。週刊誌で連載をしながら、月刊誌もこなし、単行本も出して、映画化もして、といったことを常に同時並行的にこなしていく必要がある。
<案件執行段階>
シニアバンカーの役割は案件の方向性や大きな方針・論点について弁護士・会計士など社内外の関係者を巻き込みながら、顧客の経営陣へアドバイスを行い、協議し、交渉することだ。
ジュニアバンカーは顧客の事務局レベルの窓口となり、公募増資であれば案件のデイリースケジュール作成・管理や社内外のミーティング調整といった雑務は勿論のこと、投資家向けエクイティ・ストーリー作成、目論見書・プレスリリースの作成など書類周りの対応、個別の論点に係る資料作成、その他果てしない雑務・・・といった感じだ。
M&Aの場合には上述の雑務の他に、DD(デュー・ディリジェンス。買収先企業の精査)のロジや書類チェック、バリュエーションモデル作成などが発生する。
いずれも骨が折れる作業ばかりなのだが、特にエクイティ・ストーリー作成やバリュエーションモデル作成は頭と手を同時に動かしていく必要があり、慣れるまでは相応に時間がかかる。
ジュニアバンカーであれば、2〜3の案件を常時抱えることになる。例えば、公募増資1件、IPO1件、M&A1件などだ。ここに提案資料やビューコンが重なる。それぞれ納期やクロージングのタイミングは異なるものの、作業集中期が重なると帰れない日が続く。
「激務」と引き換えに得るもの
これらの激務と引き換えに得るものは何か。
FAを3年経験すれば、コーポレート・ファイナンス全般の知識、公募増資やM&Aの実務遂行能力、業界動向や企業の分析力、対人折衝能力、圧倒的な体力的・精神的タフネス、といった所だ。
公募増資もM&Aも会社にとっては非常に重要な意思決定だ。会社が今後向かっていく方向性を左右する提案や案件に新卒時から主体的に関われることの意義は大きい。
その先の3年(AS)でそれらの深堀・専門性の向上に加え、顧客の実務レベルとのリレーション強化が期待出来る。また、後輩バンカーの指導・育成も担うため、規模は小さいが管理能力も身につく。
さらにそこを耐え抜くと、VPとなりシニアバンカーの仲間入りを果たす。6年間で培った知識・経験を活かし、自らが顧客担当者となって、提案や案件執行をリードしていく。
この記事を読んで、それでも投資銀行業界に挑戦してみたいと思える人は是非挑戦してみて欲しい。