あるタイム・トラヴェラーの手記

日本機密情報部報資料　058

資料タイトル「タイム・トラヴェラーの手記」
文書整理番号　H.G-1895-wells

〈以後はタイム・トラヴェラー(通称)の部屋で発見された紙片の文章を原文のままデジタル資料化している。1996年5月10日イギリス国防庁が発見。〉

　　タイム・マシンが完成したのは1985年10月25日のことである。錆びついた大昔の中古車に空間転移装置をつけたものだ。もっと格好いい車にすればよかったのだが、研究資金に困っていたためデロリアンを白髪の博士服をきた奇妙な老人に売ってしまったのだ。
　世界初の時間移動は1985年10月27日だった。移動期間は2２年7か月と６日、つまり1963年3月22日に移動したのである。空間を移動する際、到着地点に障害物があるとある問題が生じる。高速で移動する私の分子とその分子がぶつかり合い、爆発を起こすということだ。それを巧妙な方法で回避するのだが……
　話を戻そう。時間移動は無事に成功した。1963年3月22日といえば伝説的バンド、ザ・ビートルズが初アルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」のモノラル盤を発売する1日前である。イギリス人である私はその時間に移動さえできれば、新品のモノラル盤が購入できるというわけだ。新品で、モノラル版といったら現代ではほぼ入手不可能である。私はとにかくレコード狂で、特にビートルズを愛好しているのである。
　そしてレコードショップの近くで適当に宿をとった。時間移動の成功と、ビートルズのレコード盤を購入できることで私は舞い上がっていた。隣に泊まっていた若者と酒を大いに飲み、時間移動の成功を祝った。その若者は、よくできた話だな、ＳＦ作家にでもなったらどうだ、などと言っていた。今思えばまずいことをしたと思うが、だれも時間移動なんて信じないだろう。私は無事に目当てのレコード盤を買い元の時代に戻った。
　ここで説明しておくが、私はこの文章を日本語で書いている。いささか未来的な文章でもあろう。この文章自体がそのままタイム・マシンの鍵になっているのだ。つまりここに書かれている文章は一種の暗号である。この紙片を差し込み移動する時代をマシンに読み取らせる。そのあとマシンは自動的にこの紙片を焼却する。そうすることで秘密は守られる。移動方法は私しか分からないし、この文章から時間移動に関する本当のことを読み取るのは不可能に近い。自己顕示欲が強く、読む人間がいないのにこんな文章を書いてしまうのが私の悪い癖だろう。