あの頃の匂いがする(1) 短編 連載 町下 樹(マチシタ ナオキ)
僕はその時夕暮れの海岸に彼女と二人で座っていた。夕暮れ特有の際立った静寂が辺りを包んでいた。そよ風さえ木の葉を揺らさないあの時間だった。役目を終えかけている太陽がまずは海の一部分を、そして波打ち際を季節外れの暖炉みたいに燃やした。左手には切り立った崖が見えた。崖は草に覆われ、まるで世界を支え続けている亀のように見えた。
彼女はずっと海の方を見ていた。海はうらぶれた芸術家のパレットのように様々な色に美しく彩られていた。どれくらい僕らは黙っていたのだろう。かなり長い時間が過ぎ