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形の稽古は自制心を高める

自制心とは、感情や衝動を抑え、自分自身をコントロールする能力です。自制心は筋肉と似ていて、鍛えることで高めることができます(Baumeister et al., 2007)。自制心が高い人は、健康で、学力が高く、職業的にも成功していることが示されています。誘惑に負けず自分をコントロールできるのですから、当然かもしれません。

運動と自制心

運動は自制心を高める手段のひとつです。複雑な運動でなくとも、例えば、ウオーキングやジョギングなどでも、自制心を高められます。子供の場合は、30分の運動を1回続けさせただけで高まることが知られています(大人は無理)。ただし、運動が自制心に当たるポジティブな効果を観察できなかった研究もあり、議論が続いてます。

形稽古と自尊心

Wenたちは、自制の要素が多い運動をすることで、単純な有酸素運動よりも、自制心を向上させる効果が安定し、しかも、大きくなると考えました。そこで、空手の形稽古が自制心に与える影響を調べました。

この研究では大学生に週2回4週間にわたって空手の形稽古をしてもらいました。そして、形稽古の効果と比較するため、エアロバイクでの運動を同じく週2回、4週間経験してもらう群と、特に何もしない群(コントロール群)を設定しました。

自制心はGo-NoGo課題で測定されました。画面にNの文字が出たらボタンを押し、Mの文字が出たら押さないという課題です。Nの文字で早く反応ができ、かつ、Mの文字でうっかり押さないひとは自制心が高いと判断されます。反応はできるだけ早く、正確に行わなくてはなりません。

また、動画注視課題という、2つの動画を同時に提示され、一方だけを見なくてはならないという課題でも自制心を測定しました。つまらない方を見続けなくてはならないので、結構つらい。この場合、つまらない動画を見続ければ、自制心が高いことになります。

測定の結果、形稽古でも、エアロバイクでも、週2回4週間の運動を経験すると、Go-NoGo課題の成績も、動画注視課題の成績も向上していました(何もしなかった人たちは変化なし)。しかも、形稽古の方が、わずかながら成績向上が大きくなりました。

下の図がGo-NoGo課題の結果です。dスコアという自制心を表す指標を示しました(注1)。dスコアが高いほど、自制心が高いことを示します。とりわけ形稽古を行った参加者で、4週間後に自制心が向上していることがわかります

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武道と形稽古

日本の武道はもともと形稽古が中心です。古武道では、ほぼ形稽古しかやりませんし、合気道や少林寺拳法もそうです。空手も形稽古が重要で、形だけの競技すらあります。柔道やそこから派生したブラジリアン柔術では、形稽古だけでなく乱取り、いわゆるスパーリングを行いますが、技の指導や、打ち込みなど形稽古もかならず行います。ブラジリアン柔術ですと、ウオームアップ+基礎ドリル 30分、テクニック指導 30分、スパーリング 30分という形式が多く、スパーリング以外の時間は、形稽古と言っても良い練習です。

決まった形にそって身体を動かすためには、細部まで身体をコントロールする必要があります。手順を覚え、タイミング通りに動かすことを学ぶことが、自制心を向上させるのに役立つのでしょう。武道を習うと落ち着くとよく言われます。自制心がつくわけですね。これが、子供の習い事として武道を習う一つの利点でしょう。

子供だけでなく、大人も歳をとると自制心が弱くなり、我慢ができなくなります。最初に書いたように自制心は、筋肉みたいなものなので、鍛えれば向上します。年をとっても向上することがわかっていますので、老若男女、自制心を高めるには形稽古が効果的です。

興味が出た方はぜひお近くの道場にお問い合わせください。たいていのところは、どなたでも受け入れると思います。

引用文献

Baumeister, R.F., Vohs, K.D., Tice, D.M. (2007). The strength model of self-control. Current Directions in Psychological Science, 16(6), 351–355.
Chignell, M., Tong, T., Mizobuchi, S., Delangea, T, Hoa, W., & Walmsleyc, W. (2015). Combining multiple measures into a single figure of merit. Procedia Computer Science, 69, 36-43.
Wen, J., Li, J., Yang, Z., & Zhang, Y. (2020). The effects of karate training and moderate aerobic exercise on college students’ self-control. Archives of Budo, 16, 333–343.

(注1)Wen et al. (2020)が引用したChignell (2015)によると、dスコアはGo条件の正反応時間とNoGo条件の誤答率それぞれのz得点にマイナスを掛け、合計したものです。Wen et al. (2020)では、論文中でこれと違う表現をしているのですが、それをそのまま用いると高い値が良いパフォーマンスを示しません。Wenたちに間違いがあったと思われるので、上の通りChignell et al. (2015)の定義を示しておきます。

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