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【小説】ヴァン・フルールの飴売り 第2話

 人攫い? アンベールは首を傾げ、老人に尋ねた。
「どうして、人攫いのことを『飴売り』と呼ぶんですか?」
 老人はなお、掲示板を見つめながら答えた。
「この子たちがいなくなった場所には、いつも甘い香りが残っているんだ。飴のように甘い香りが……だからみんなそう呼ぶようになった」
「香り……ですか」
 考え込むアンベールの横で、ウィリアムは必死にメモを取った。
「とにかく、あんたらはもうこのことに首を突っ込まないでくれ。後は警察が何とかしてくれるだろうから」
「え、でも、まだ解決は……」
 アンベールが言いかけると、老人は眉間に皺を寄せてぴしゃりと怒鳴った。
「いいから、帰ってくれ!」

「怒られちゃいましたね……」
「ああ。だが、この町で消えているのは少女だけではないことが分かった。そして、『飴売り』という存在が関わっていることも」
 二人が住宅街をとぼとぼ歩いていると、前方から大きな声がした。
「ちょっと! いったい警察は何をやってるのよ!」
「お、落ち着いてください奥さん……」
 そちらに目を向けてみれば、警察署の前で一人の女性と警察官が何やら話している。女性の方は眉を吊り上げて興奮気味に詰め寄っており、それを警察官がなだめているようだ。
「この町に『飴売り』がいる限り、こっちは安心して息子を外で遊ばせられないのよ! あなたたち、ちゃんと捜査してるの⁉︎」
「はい、我々県憲兵隊だけではなく、町の警察とも協力して捜査を進めております……町の皆様には大変ご心配をおかけしておりますが、必ずや真相に辿り着いてみせます! どうかご安心ください」
 警察官が胸を張って敬礼してみせると、女性は「え、あ、そ、そうよね……急にごめんなさいね、いつも、ありがとうね」とばつが悪そうに頬を掻いた。
 そばで見聞きしていた新聞記者たちは顔を見合わせた。
「アンベールさん、県憲兵隊って国家憲兵隊……つまり、フランス軍の一部でしたよね?」
「ああ。パリなどの重要な都市の担当は国家警察だが、地方や農村部は国家憲兵隊が担当しているんだ。県憲兵隊は国家憲兵隊の中の部署で、地域ごとに班で分かれて管轄している」
(しかし、町の警察とも連携して捜査しているのに、五十年間続く失踪事件を解決できないのか……? それほどの難事件なのか、それとも……)
 アンベールは再び考え込んでいたが、数十秒経つと「行くぞ」とウィリアムに声を掛けて歩き出した。

 二人は町の警察署に赴き、失踪事件や『飴売り』についての詳しい情報を掴むことにした。
「はい、『飴売り』についてですね……町民の皆様の間では、そのような噂が立っていると聞いております。ですが今のところ、こちらで誘拐犯と思しき人物の情報は一切掴めておりません」
 署の警察官はそう語った。
「えっ、『飴売り』の噂が立っているのは、誰かがその人物を目撃したからではないんですか?」
「はい。これまでの失踪事件で、不審な人物を目撃したという証言はひとつも得られませんでした」
「では、失踪した方々の姿を最後に確認できた場所は?」
「それが……大人は皆、町の北にある森で確認されているのですが、お子さんたちの居場所はバラバラだったんです」
「バラバラ?」
「はい。例えば今回失踪したお子さんは、自宅近くにいたはずが、親御さんが目を離した一瞬の隙にいなくなっていたそうです。一方、一ヶ月前に失踪したお子さんは、森に木苺を採りに行くところを近所の方に目撃され、それを最後に足取りが途絶えています」
「今回失踪した子の自宅は、森の近くにあるんですか?」
「いえ、森からは何メートルも離れています。そのお子さんが……彼女だけではなく、今まで失踪した方々がどうやって姿を消したか、未だ判明していないんです。最初の事件から五十年も経っているのに……手がかりが掴めず、悔しい限りです」
 警察官は、悔しげに下唇を噛んだ。
「そうですか……取材にご協力いただき、ありがとうございました。我々はしばらくこの町に滞在する予定ですので、また何か分かったら、情報提供をよろしくお願い致します」
 アンベールが立ち去ろうとすると、「あ、あの!」とウィリアムが引き止めた。
「最後にひとつだけ、質問させてください」そう言って、ウィリアムは警察官の目を真っ直ぐに見つめた。
「その森の奥に、何か民家などはありますか?」
 警察官は考える素振りを見せ、「そういえば」と口を開いた。
「確か森の奥に、財閥の大きな屋敷がありましたよ。今はもう誰も住んでいませんけど……」

「どうして、森の奥に家があるって分かったんだ?」
 警察署を後にすると、アンベールは不思議そうにウィリアムに尋ねた。
「母がこの町のミステリーツアーに参加した時、森の奥の大きなお屋敷を見学したと話していたんです」
「……それ、何年前だ?」
「え? えーっと、僕が生まれる前だから……二十二年は遡ると思います」
「そうか、ありがとう」
 アンベールは一旦立ち止まり、今まで分かっていることを手帳に書きおこした。
(ヴァン・フルールでは五十年前から子どもと、子どもを探しに出かけた大人の失踪が続いている。人々が失踪した後には甘い香りが漂うため、『飴売り』という人攫いの噂が囁かれている。しかし、誰も『飴売り』の姿を見ておらず、警察も手がかりを掴めていない。ただ……)
『大人は皆、町の北にある森で確認されているのですが』
『確か森の奥に、財閥の大きな屋敷がありましたよ』
 アンベールの脳内に、警察官の言葉が響く。
(森の奥の屋敷……ミステリーツアーについても、調べる必要がありそうだ)

                 〈つづく〉

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