【無料】小説『またあした1』~ユーモア・ミステリー~|第10回(最終回)|
「ここんとこ、笑ってないなあ」
というあなたに!
ユーモア小説 ケンちゃんシリーズ『またあした』を週1回ぐらいのペースで10週ほど連載します 第1回はこちら
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超・一人称小説『またあした』第一巻
【なッ アッタマいいだろ】連載第10回(最終回)
その七
その引越しから一週間ぐらいして、尾張屋のあった一画はきれいに更地になった。
もう、まわりの雑居ビルやガソリンスタンドは、とっくに壊されちゃってたから、ビルの並んでるオフィス街のなかで、その一画だけなんかの冗談みたいにポカンとあいた。
尾張屋が更地になった、つぎの日の夜。
新藤さんから連絡があって。
「ケンちゃん、飲みにこないか」
「いやあ、せっかくですけど……」
断ろうとしたら、ネエさんにかわって。
「ケンちゃん。いいから、いらっしゃいよ」
ふたりがかりで誘われちゃ、断れないだろ。しょうがねえから、今池の店まで行ったのよ。
そしたら、あの新藤さんが珍しく出来あがってたんだ。
「いよう、ケンちゃん。お疲れさん。さあ、飲もう」
そんで、いろいろ話してくれるんだけどさ。
酔っぱらって、なに言ってんのか、さっぱり分かんない。
そしたら、ネエさんが説明してくれた。でも、それを聞いても、オレは何がなんだか分かんなくてさ。
「ケンちゃん、まだ分からないのか」
新藤さんは、呆れてるんだけど。オレは、やっぱ「はあっ」って状態。
ネエさんの話を聞いていくうちに、だんだん分かってきて。ええって、ビックリして。開いた口が、ふさがらなくなった。
「ほんとにギリギリだったけど、尾張屋さんの土地を、約束どおり年内に買い取ることで話はまとまったのよ。これでようやく、うちのひとの仕事も、きれいに片付いた」
話しながら、ビールを注いでくれて。
「これも、みんなケンちゃんのおかげよ。ありがとう。さあ、好きなだけ飲んで」
しかもさあ、マスター。
なんと尾張屋には、あの火事でたっぷり保険金が出ることになったんだって。うん、不動産会社と同じグループの帝国火災保険からな。ぜんぜん知らなかったよ。
「だから、すべて上手くいったんだ。ケンちゃん。祝杯をあげよう」
だけどさ。そりゃ新藤さんは、これで服部さんにも顔がたつだろうし、それでいいだろうけど。
でも、祝杯って浮かれた気分には、とてもなれなくってさ。
だって尾張屋の婆さんは、あのマンションで、ひとりで暮らしていかなきゃいけないわけだしね。だからさ、つい言ったんだ。
「そりゃあ、前よりも真一くんたちのそばで暮らせることになって、そういう意味じゃこれで良かったのかも知れないけど。でも、婆さんが大事にしてた実家の尾張屋は、燃えて跡形もなくなっちゃったし……」
「そりゃ、まあな」
「しかも、あのマンションは一歩出ると、どっちへ行くにも坂ばっかりで、膝の悪い婆さんが暮らしてくには不便だろうし。おまけに、あそこに住んでるのは若い奴ばっかりみたいで、婆さんの友達になってくれそうなひともいないだろうし……」
そこで口ごもったら、新藤さんがオレの肩を叩いて。
「婆さんは、いつまでもあのマンションで暮らすわけじゃない。あそこは、いわば仮住まい。もうすぐ、また引越しをする手筈なんだ。だから心配することは何もない」
それから、オレの耳に顔を近づけ囁いた。
「そう。心配することは何もないんだよ、ケンちゃん」
酔っぱらっちゃってロレツがかなり怪しいんだけど、たしかにそう言った。
どういうことよって思って、ネエさんを見たら。
「ケンちゃんって、ホント優しいのね」
笑いながら、話してくれた。
「ただの地上げじゃ、尾張屋のお婆さんはウンとは言わなかったでしょ。どうしてかというと、やっぱり孫にお店を持たせたかったから」
婆さんと真一くんは、商売が好きだもんな。
「それじゃあ、孫の真一くんにお店を開いてもらって、しかも家族みんなで一緒に暮らせる。そんな尾張屋のお婆さんの願いを叶えるためには、どうしたらいいの?」
それには、やっぱカネが要るよな。
「そう。それなら尾張屋さんが火事になったら、どう?」
えッ。
「火事の保険金がおりれば、あの土地を売ったおカネと合わせて真一くんはお店を持てる。しかも、お婆さんも真一くんと一緒に暮らせるじゃない」
それ聞いて、オレはもうブッ飛んだ。
ってことは、あれは……放火かよ。
ネエさんは、顔を近づけると囁いた。
「まあ。あんまり大きな声で、言える話じゃないけど」
「ってことは、あのサンタクロース。目尻に小皺のいっぱいあったサンタクロースって……」
「それは、やっぱり」
「水野さん?」
「……かどうかは知らないけど、たぶん関係者よね」
なッ、マスター。もう、ビックリだろ。
新藤さんって、アッタマいいよな。
尾張屋の婆さんも服部さんも、保険屋も。もちろん帝国不動産も、みーんな納得づくなんだからさ。だーれも損しない。
損してんのは、その保険会社で火災保険を掛けてる大勢の奴らだろうけど、そんなもん誰も気づくわけねえもんな。
「いやあ新藤さん、アッタマいいッスね」
そしたら、ふたりで顔を見合わせクスッと笑った。
「これはね、ケンちゃん」
ネエさんが、オレの目を見た。
「実は、尾張屋のお婆さんが言い出したシナリオなのよ。だから、ほんとうに心配することは何もないのよ」
もうさ、オレは言葉も出ねえ。
唖然としてると、これはケンちゃんの取り分って、ネエさんが分厚い封筒をポンッと渡してくれた。封筒のなかには、キャッシュで二百万円入ってた。
ネエさんの注いでくれたビールを飲んで、ようやく気を取り直したオレは、大笑いしちゃったね。
あの婆さんも、ほんとワルだよなぁ。
オレなんか、ぜーんぜん敵わないよ。
それで、その日は三人で、はじめて朝まで飲んだ。新藤さんもネエさんもご機嫌でさ。
えッ、新藤さんは、何やってムショに入ってたかって?
無理、無理。いっくら機嫌がよくても、それは訊けない。
無理だよ、マスター。
まんまと一杯食わされたから、文句を言ってやろうと思って。つぎの日、婆さんのケータイに掛けた。
「オレだよ、オレ。婆さんもひとが悪いな」
すると、婆さんが言いやがったんだ。
「あのう、おみゃあさんは、どなた様でしたかなも」
「オレだよ婆さん、浅井ケン太ッ」
そしたら、マスター。あの婆さん何つったと思う?
「はあはあ、ウイロウをちょうでゃあした……」
エピローグ
お久しぶり、マスター。
うん。ちょっと、引越しをしてたんだ。
クルマも手に入れたし、新藤さんの仕事もある。それに、ネエさんからたっぷりカネももらっただろ。
ここらで、そろそろ部屋住みを卒業して、いっちょ前になろうと思ってさ。
まあ、とうぶんは事務所当番やって、組から小遣いもらいながらだけどね。
えッ。
訊きづらいこと、ヘーキで訊くねえ、マスターも。
どうしてオレが、平和組に入ったか?
実は、これには、いろいろわけがあってさ。
うん、いろいろとね。
ちょうど、あんとき、ヒロシの奴が……。
いや。そりゃまた、いつか話すよ。
えッ、尾張屋の婆さん?
むこうも、引っ越したよ。
しばらく、あのマンションで仮住まいだったけど。ついこないだ店舗兼用の住宅が野並に完成して、いまはそこに住んでいる。
真一くんの修行が終わったら、そこで店を開くんだって。
いや。きしめん屋じゃなくってイタメシ屋。
その裏には、夫婦と真一くんの家がこの秋に出来る予定。そう二軒建てたわけ。なにしろ、火災保険で、がっぽりまる儲けだからな。
もうみんな、にっこにこ。
婆さん、おとといもケータイに掛けてきてね。
「あんたのおかげで、真一と毎日顔を会わすことができるようになったのは、ありがたいけどねえ。ここからだと、大須へ行くのに遠なって困っとるんだわ」
そりゃ、そうだろうな。
「そんだもんで、きちんと責任もって連れてってちょうでゃあ。迷って来れんといかんで、ちゃんとカーナビ付けなかんよ。そのかわり、美味しいもんをご馳走するで」
うん相変わらず、元気でさあ。
真一くんも、「美味しい料理を出せるように頑張ります。そのときは、ぜひ来てください」って言ってた。
ところで尾張屋の件はさ、新栄の土地も綺麗にまとまって。
これにて一件落着、のハズだったんだけど。
アメリカかヨーロッパか知らないけど、海の向こうからやってきた不景気な何とかショックで、こんな時期に超高層ビルを建てるのはまずい、ってことになったらしくって。
せっかく苦労して地上げしたのに、まだきれいな更地のままなんだ。
でも、更地でほおっておくとペンペン草が生えるんだな。それにセイダカアワダチソウも生えてくる。そうすると、まわりから苦情が出るらしい。
だったら、アスファルトで固めちゃえば問題ないじゃんって思うだろ。
ところがさ、その不動産屋は財閥系の大手不動産会社だからさ。そうすっと、変なもんに引っかかるらしいんだな。
チーム・マイナス何パーセントとかっていう、エコな。ええカッコしいが集まってる、あれに参加してるんだよ。
不動産会社の社内でも、だだっ広い空き地をアスファルトで固めて、ただでさえ暑い名古屋の夏を、もっと暑苦しくすると、まわりから何を言われるか分からん。そうすると、こんどビルを建てようとするときに、やいのやいのと言われそうで嫌だって。
まるで、女みたいなことを言う奴がいるらしい。
まったくさ、アホかって話なんだけどね。
じゃあ、しょうがないから木でも花でも植えときゃあいいんだろと。だったら問題ないじゃん、ってことで芝生を植えたんだ。
つまり、地上げのタイミングでヘタ打って、しかもアホな理由でさ。フェンスに囲まれたどえりゃあ広い芝生の一画が、名古屋のど真ん中にできちゃったわけよ。
ところが名古屋の人間は、そんな「もったいにゃあ」ことがぜったいに我慢できない、だろッ。こんないい場所があるのに、何にも使わんのは損だってね。
まわりからもバーベキューをやらせろとか、ビルを建てるまで、近くの関係者だけに開放しろとか、うるさいらしい。
それで、不動産会社が利用の仕方を決めて、管理しておかないとまずいってんで、どうしようかって。
でも、財閥系の不動産会社つったってさ。ビル建てるのは得意でも、建物を建てずにどう使うかっていうと、せいぜい駐車場ぐらいしかないらしいんだな。
駐車場にしたって元手を考えりゃ、たいしたカネにもならないだろ。
あとはゴルフ場。ところが芝生を貼ったっていっても四千坪ぐらいだろ。打ちっぱなしの練習場って話もあったけど、その不動産会社のゴルフ部門ってのがプチ・バブルで「塩漬けコース」をいっぱい抱えちゃってる。
だから担当者は、もう新規はカンベンしてくれって状態。そんなわけで、ゴルフの練習場も出来ないしさ。けっこう困ったらしいんだな。
それで何かいい知恵はないかって、また服部さんに相談があったんだ。カシラとしちゃあ、管理なんて面倒なだけで地上げみたいにゼニになるハナシじゃないしさ。
しかも、三河戦争でコテンパンに叩いた北極会な。あの戦争で生き残った山上組が、静岡の美国会とツルんで妙な動きしてるってんで、それどころじゃない。
とはいえ、たっぷり儲けさせてもらった大事な金ヅルからの相談だし、何にもしないわけにもいかない。
ってことで、大名古屋博通堂。そう、うちの組の息のかかった広告代理店な。あそこの社長に、なんかいいチエ出してくれって頼んだ。そしたら、
「草野球の試合を、やりゃあええんだわ」
博通堂の社長が、即答したって。
「名古屋の高校野球の四強な。中京・東邦・享栄・名電で活躍しとったなつかしの高校球児がおるだろう。夏の決勝戦で東洋大姫路に負けた東邦の一年生投手とか。高卒ルーキーのデビュー戦で、読売相手に初先発で完封した享栄のエースとかな。野球どころの名古屋だもんで、そんな選手はいっぱいおるわ」
たしかに、イチローも四百勝投手の金田も名古屋だし。そんな奴らは腐るほどいるよな。
「あの連中に、うちから声かけて即席チームつくらせるでよ。チーム名は、そうだな。スターダスト・ボーイズでええがや。それとドラゴン・インターナショナルの草野球チーム、ギャングスターズの試合をやりゃあええんだわ」
そりゃ、面白そうだろ。
「名古屋のど真ん中だで、ひとも呼べるし。ひょっとしたらチケットも売れるかも知れん。ああ、そうだ。その試合のポスターをつくろみゃあ。うちで、かっこええのをつくらしてもらうでよ。ぐはははっ」
服部さんが、その場で熱狂的なドラゴンズ・ファンっていう不動産屋の担当者に電話をしたら、大乗り気で即決。
土建屋やってる大府の叔父貴んとこが、ソッコーでバックネットを張って。鉄パイプと鉄板で、仮設の内野スタンドを組んだ。
それで、その空き地を『尾張スタジアム』と名付けた。そう、尾張屋にちなんでね。
でさ、その試合を来月、八月の一日にやると決まった。
でも、なにしろ八月の名古屋だろ。死ぬほど暑いよな。
去年の真夏に、ヒロシと一緒に錦通りを歩いてたら、前にいた中年の女の人が、いきなり倒れたもんな。パタッて。
いやホント、マジだって。
とにかく、そんぐらい名古屋の夏って暑いわけじゃん。
そのクソ暑い名古屋の夏にだよ。それも真っ昼間に、オフィス街で野球をやろうってわけ。
観客が押し寄せてくる。ところが更地だから、日陰なんてないよな。コンビニだって三ブロック先。二百メートル以上もある。
そこで、どうするか。
オレも事務所を出たし、自分でシノギを見つけなきゃいけないだろ。それで、いいこと思いついたんだよ、マスター。
えッ、聞きたい?
サンバイザーを大量に仕入れて、売るんだよ。
仕入先は百円ショップな。中国製の安いやつを大量に買うから八十円ぐらいに叩いて、五百円ぐらいで売る。ヘッヘッヘッ。
なッ、オレってアッタマいいだろ。
それだけじゃないんだぜ。カレーもあるでよ。リリーの鬼瓦に頼んでさ。特別辛い激辛カレーのみ。一皿六百円。
そいつに飛び切り辛い香辛料を、たっぷり入れてもらう。
うん、そうすると、口の中がカッカしてきて、ますます喉が渇く。
そこで、甲子園名物のカチ割り氷な。あれを売ろうと思ってるんだ。
ビニール袋に、氷を詰めて売るだけ。
ひと袋二百円。千袋で二十万円、二千袋で四十万円。
サンバイザーも含めてさ、ざっと百万ぐらいの稼ぎにはなるぜ。
どうよ、マスター。
なッ。オレって、やっぱりアッタマいいだろ。
(了)
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この作品はフィクションです。実在の人物、団体、
事件などにはいっさい関係ありません。
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ケンちゃんシリーズ『またあした』1~8巻
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第2巻はこちら
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