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【アジア横断&中東縦断の旅 2004】 第1話 初めての旅

21世紀を目前に控えた1990年代後半。
私は東京の美術大学に通う学生だった。

当時、私の周りでは友人の何人かが、大学の夏休みや春休みの長期休暇を利用して東南アジアやインドへ旅に出て、休み明けにその旅の話を私に聞かせた。

彼らの旅はバックパッカースタイル(個人旅行、自由旅行、貧乏旅行)と呼ばれるものだった。
必要最小限の荷物や着替え、そしてお気に入りのCD(当時まだMP3プレーヤーやiPhoneは無かった)などを大きなバックパックに詰め込み、目的の国までの一番安い往復航空券のみを買い、目的地に到着した後は財布に挟んだわずかばかりの現金を節約しながら帰国予定日が来るまで気の向くままに移動する。
そんな自由な旅だった。

一方、その頃の私は外国に対して特に強い興味は無く、すぐに名前が出てくる外国も、アメリカ、イギリス、フランス…といった有名な欧米諸国くらいで、「タイ」「カンボジア」などと言われても、まずは地図帳を開いてその国の場所を再確認することから始めなければならなかった程だ。
特に旅が好きだったわけでもない。小さな頃から乗り物酔いがひどかったため、むしろ旅はなるべく敬遠してきた。

だが、そんな私にとってもアジアへの旅から戻り浅黒く日焼けをした彼らから聞く話は怪しく、恐ろしく、それでいて面白かった。そして、そんな未知の体験をしてきた彼らはなんだか少し輝いて見えた。

彼らから聞く話に私はどんどん心惹かれてゆき、それまで「危険で不衛生」といったステレオタイプなマイナスイメージしか持っていなかったアジアの国々に対して、いつしか憧れのようなものさえ感じるようになっていった。
旅に関する本を何冊も読んで様々な情報を集めたりもしたが、もはやそれだけでは満足できなくなっていた私はついに次の春休みに旅に出ることを決意した。

この最初の一歩がその後の私の人生に大きな影響を及ぼすきっかけになるとは、その時は思いもしなかった。

初めての旅先は東南アジアのタイにした。

なぜタイだったのだろう。
仲の良かった友人が初めて行った国がタイだったからだろうか。
一番安い航空券がタイのバンコク行きだったからだろうか。
もしかしたら行き先はどこでも良かったのかもしれない。
その頃の私は何かもやもやとした閉塞感を感じていて、きっとその殻を破る為に自分の知らない何かに飛び込んでみたかったのだと思う。
そしてその手段としてたまたまその時、目の前に「旅」があったというだけのことだったのかもしれない。

とにかく私は、新宿の格安航空券屋にて3万数千円で売り出されていた成田⇄バンコクの往復航空券を買った。
ふと気づいたら、外国どころかそもそも飛行機に乗ること自体が初めてだった。
急にどきどきして手のひらに汗がにじんできた。

そして、その航空券を買った数週間後の1999年3月。
生まれて初めて日本ではない国の土を踏んだ。

その旅のことは今でもよく覚えている。

深夜にバンコクの空港に到着した。
飛行機を降りると体にまとわりつくような濃厚で生暖かい南国の空気と独特の香辛料のにおいに包まれた。
到着ロビーでは大勢の肌の色の濃い人たちが、四方八方から英語ではない外国語で一斉に声をかけてきた。
TAXI?HOTEL?かろうじてそれだけ聞き取れた。
私が歩く方向に彼らも付いてきた。
そして私が立ち止まると彼らも立ち止まり、また一斉に声をかけてきた。
焦りと疲労から私は振り払うように全てを断り空港の隅の人影の無いベンチに荷物を下ろして一息ついた。

宿の予約はしてこなかった。
繁華街に出てから直接探そうと思っていた。
だが、まともなガイドブックも持ってこなかったので深夜に空港から市街地へ向かう手段もわからず困り果て、その時は生きて帰ることができるかすら危うく感じた。
こんなところに来てしまったことを後悔して、もうこのまま日本へ帰ろうかとも思った。
しかし、そんな私でも無事に2週間の旅を終え帰国することができた。

確かにその頃のタイは日本に比べれば「危険で不衛生」な部分もあった。けれどもその旅で見てきたものは決してそれだけではなかった。
その土地で生きる心優しき人たちと実際に交流した中で、私にとって初めての外国への旅は、それまで生きてきた中で培ってきた価値観を根底からひっくり返されるような驚きや、感動や、喜びに満ち溢れた素晴らしい宝物になった。

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それ以来、私はアジアの不思議な魅力にすっかり取りつかれてしまった。

そして、大学が長期休暇に入る度にアルバイトで稼いだわずかな金を握りしめ、まだ見ぬ国に想いを馳せ、タイ、カンボジア、ラオス、インド、ネパール…などのアジア諸国を1ヵ月、2ヵ月と一人旅するようになっていったのだった。


続く
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