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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第9話 「降臨」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK

https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A

『主な登場人物』

原澤 徹:グリフグループ会長。

北条 舞:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。

エーリッヒ・ラルフマン:サッカーワールドカップ2014優勝ドイツチーム元コーチ。現ロンドン・ユナイテッドFC監督。

アリカ・ラルフマン:エーリッヒ・ラルフマンの一人娘。YouTuber。元ドイツ陸上界の至宝。ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報課社員。

エリック・ランドルス:ロンドン・ユナイテッド FC秘書部 秘書室長

マービン・ドレイク:ロンドン・ユナイテッドFC専務取締役

ゲーリー・チャップマン:ロンドン・ユナイテッド FC広報部 広報部長。

ジャック・ブラフィニ:ロンドン・ユナイテッドFC広報部 広報課長。

ライアン・ストルツ:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報課チーフ。舞の同期であり頼れる親友。

クリスティアン・ビバーテ:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報課社員。

エマ・ファニング:世界で最も著名なサッカー誌である『エンペラー・オブ・サッカー』の敏腕女性編集長。

デラス・モイード:ロンドン・ユナイテッド FC前監督。

レオナルド・エルバ(通称レオ):ロンドン・ユナイテッドFC選手。OMF登録。

ナイト・フロイト:ロンドン・ユナイテッドFC選手。現キャプテン。OMF登録。

ヴェリコ・ミハイロフ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。CF登録。

ヒーム・スヒペル:ロンドン・ユナイテッドFC選手。RMF登録。

エディ・キャニング:ロンドン・ユナイテッドFC選手。CMF登録。

ニック・マクダウェル:アリカの幼馴染。ナイジェリア難民。

アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー。

☆ジャケット:クラブハウス見学中のエーリッヒ・ラルフマンを歓迎する、レオナルド・エルバ選手

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第9話「降臨」

 2019年1月になり、試合も後半戦に入る直前ロンドン・ユナイテッドFCは、遂に2014年ワールドカップ優勝マンシャフト『Mannschaft』ことドイツ代表チーム元コーチ、エーリッヒ・ラルフマン氏を新監督に奨励した。サッカー業界から離れて5年になる彼が、イギリス3部の無名チームに就任したことは話題性として大きなものがあり、その意図を探るマスメディアが連日、週刊誌を賑わせている。
 記者会見当日、早朝7時30分にエーリッヒ監督はロンドン・ユナイテッドFCの練習を視察するためクラブハウスを訪れていた。シャツにネクタイ姿の彼はコーヒーを片手にリラックスして通路を歩いている。その傍らには専務取締役のマービン・ドレイクが居た。額から頭の頭頂部周辺は見事に禿げ、周辺は無精髭の様に白髪混じりの短毛、背が高いのだが薄い胸板でひょろりとした風貌は周りから貫禄が無いと言われてしまうが、非常に温厚な英国紳士だ。
「早朝からお疲れ様です。如何ですか、うちのクラブハウスは?」
 ロンドン・ユナイテッドFCは、昨年度までの大規模改修でスタジアムをリニューアルし6万人以上の収容が可能なモンスタースタジアムを竣工させた。その際、名前を『アリシア・グリフ・スタジアム』と原澤会長の希望でリネームしている。アリシアは、故人であるグリフ前会長の1人娘で、彼女もまたこの世を去っている。原澤会長は、新スタジアムの名称を決めるに当たり色々と言われていたのだが、迷わず命名を決めた。スタジアム外には多くの桜の木を配し、季節には鮮やかなピンクの景色が咲き誇り、近郊には高級ホテル、マンション、ショッピングモール、老人ホーム、病院等も併設され、そのどれもが好評を博している。そして、スタジアムには青空の様なブルーのトラックを陸上競技場として備え、アリカが所属するグリフ製薬陸上部が主に使っている。当然、国際大会も今後は開かれる予定であるのだが、一方でこのクラブハウスは現在、改修中となっておりスタジアム共々、トップリーグに比肩する規模を有するような対応を検討している。
「原澤会長からよく観てくるように言われましたからね、気合は十分です。其れにしても選手だけでなくスタッフのための施設が多くありますね?」
「はい、会長からはクラブハウスと言うより、最新鋭の『研究施設的要素』を期待されています。」
「ほう!『研究施設的要素』ですか、それはどのような?」
 ラルフマン監督は、歩きながらではあるがマービンを真剣な面持ちで見て質問した。
「まだ、これからなんですが、主に分析、シュミレーション及び選手の育成、ケアを専門の担当者を配しバックアップしていくというものです。そのため、当グループであるグリフ製薬会社からもケガ人の対応や予防をするフィジオセラピストを専任のスポーツ療法士として派遣・常駐、並びにスーパーコンピューターを用いてシュミレーションを活用する予定です。」
「なるほど・・相当、高額なケアマネージメントだ。」
「ええ、先代のグリフ会長時代とは似ても似つかない、正にその様な運営方針になります。他周辺施設の買収対応等も天文学的な額になってますが、大丈夫!予算繰りはしっかりしてますので。」
 施設の再開発をロンドン市、グリフグループで協議を行いテロ、災害、交通に適した環境を模索した開発特別区を制定し、今も改修工事が至る所で行われている。原澤会長の実業家としての手腕に驚きながら通路を歩いていたラルフマン監督を背後から追い掛け呼び止めてきた選手がいた。
「新監督さんですか?」
「そうだが、キミは?」
「レオナルド・エルバといいます。OMF(オフェンス・ミッドフィルダー)登録ですが、中盤のチャンスメイクを得意としています。お待ちしてましたよ、これから宜しくお願いします。ドレイク専務、お疲れ様です。」
 彼はラルフマン監督と握手するとスパイクを持ったままグラウンドへと駆け出して行った。
「随分早くに来てますね、自主トレーニングですか?」
「そうですね、練習の日には個人的にウェイトトレーニングをする選手が少なくありません。チーム練習の前後はトレーニングルームが混むので、若い選手ほど朝早くからクラブハウスに来てウェイトトレーニングをします。」
「なるほど。彼はグラウンドに向かったようだが?」
「彼、レオ(レオナルド・エルバ)は期待の選手です。恐らく気になるプレイを試すのでしょう、よく頑張ってますよ。」
「ほう!」
 その後、ウェイトトレーニングルーム、クールダウンルーム、プールと二人は1時間程の視察を終えラウンジに戻って来たのだが、そこで3人の選手が座って話しているところに出会した。
「やあ、ナイト。調子はどうかな?」
「・・良い感じですよ。」
 ドレイク専務に声を掛けられた一人の選手、ナイト・フロイトが振り向きもせずにスマホを操作しながら返事をした。右手にはコーラを握り、左手にはスマホ、手前には開栓した二日酔いのドリンクがある。
「ラルフマン監督、彼がキャプテンのナイト・フロイトです。」
「新監督?あっそ、宜しく。」
「ナイト、他の皆もちゃんと挨拶出来ないのか?」
 ナイトは、チラッと振り返りラルフマン監督を一瞥するとスマホに目を戻した。取り巻きの一人、RMF(ライト・ミッドフィルダー)登録のヒーム・スヒペルがおざなりに声を掛ける。
「ナイトさん、いいんですか?」
「何が?」
「だって、仮にも新監督さんですよ?」
「俺は相談されてないからな、知らねぇーよ。どーせ、モイード同様役に立たないんだろうぜ。」
「確かに、あの監督は酷かったよなぁ。」
 CMF(センター・ミッドフィルダー)登録のエディ・キャニングが、腕を後頭部に当て胸を反らして呟く。そこにラルフマン監督が質問をしてみた。
「どういう風に酷かったのかな?」
「えっ、どうって・・。」
「守備からのカウンター。」
 ナイトが画面を見たまま呟く。
「あ、そうそう!『しっかり守備しなければ意味がない!ボールを奪ったら即カウンターだ!!』だよな(笑)。」
「ははは、そうそう!『試合開始からゲーゲンプレス(ミドルサードで相手にボールを奪われた直後にスイッチを入れ、数秒以内にボールを奪い返しショートカウンターに転じることを前提にデザインされた動き方のことを言う。)で奪え!』だもんな、そんなんじゃ体力足りなくなるのは当たり前だってぇーの(笑)。」
「俺にボールさえ寄越せば良いんだよ。」
「そりゃそうだ!あはははは!!」
 ナイトが呟くように言うとコーラを飲み干し、エディが吹き出して笑った。
「そうか、ではこのチームはナイト、キミで保っているのかね?」
「『ナイト起点のパス供給チーム』それが、うちらですから。」
 ヒームが文字通りに踏ん反り返って言い放った。
「では、ナイト、キミが抑えられたらチームは負けるのかね?」
 ラルフマン監督はコーヒーカップを口に付けて、飲みながら聞いた。
「少なくとも、俺達フォワードにはパスが来なくなるな。」
「あ!遅いじゃないですか!俺らがこんなに早く来て真面目に準備しているのに。」
 ヒームが振り返りながら声を掛けたのは、CF(センター・フォワード)登録で、チーム最年長のヴェリコ・ミハイロフだ。厳つい顔をした高身長のこのベテランは、ゴール前のポストプレイを得意としていた。
「ナイト、よく起きれたな?」
「よく言いますよ、アンタに付き合って俺は二日酔いだ。」
「ははは、あれぐらい大したことないだろう。」
「どうせ、膝、腰の持病とやらで、また動かないつもりなんでしょう、今日の練習を?」
「仕方ない!動きたくても動けんのだから。」
 ヴェリコが両手を広げてアピールするのをエーリッヒ監督とドレイク専務が見ているのに、彼等の態度は変わらなかった。
「キャプテン、そろそろ練習に行きませんか?」
 エディがナイトの顔を見て恐るおそるという感じで声を掛ける。ナイトは、スマホを操作する手を止めるとため息を吐き立ち上がった。
「よし、行くか。」
 しかし、その脚はトイレへと向かっている。
「あれ?キャプテン??」
 ナイトがトイレに入って数秒後、嘔吐する声が外まで聴こえてきた。
「マジか?仕方ない、先に行こうぜ。専務、監督、失礼します。」
 そう言うと、エディとヒームは歩いてグラウンドへと向かって行った。
「だらしねぇーなぁ。」
 ヴェリコもゆっくり立ち上がると二人の後に続いた。ドレイク専務が、さも"参った"というように頭を摩る。
「お恥ずかしい所をお見せしましたね。」
 ラルフマン監督は、腕を組んでグラウンドを見ている。
「選手とコーチ、両方に問題がありますね。原澤会長は、ご存知なんですか?」
「いや、会長は事業対応でお忙しいので全く来れてないのです。」
「しかし、私やニッキーを説得しに直接、いらっしゃいましたが?」
「会長が大事なことを取捨選択した結果が、そういうことなのでしょう。ラルフマン監督、ニッキー、アイアンは、どうしても得たい人材だった、そういうことだと思います。」
「しかし、現状では・・。」
 ラルフマン監督が、軽く首を振って嘆した。
「そのことですが、御相談があります。」
「相談?私にですか?」
 ドレイク専務はそう言うとラルフマン監督と共に会議室へと消えて行った。
 一方、グリフグループ本社ビルのプレスセンターではラルフマン監督の就任記者会見が行われることとなり、多くの記者達が訪問していた。今、その記者会見場の舞台袖で広報課のチーフであるライアン・ストルツが腕を組んで来場者達に視線を走らせている。
「お疲れさま。」
 ライアンの背後から声を掛けたのは、ブラウンのシルクのスリップが透けて見える黒いシースルーのブラウスに白のパンツ、黒のパンプスを履いた舞だった。彼女がそのまま彼の横に並ぶと彼の鼻腔には、彼女が愛用している香水 LANVIN(ランバン)のエクラ ドゥ アルページュ特有のエレガントで洗練された心地の良い透明感がある香りが漂ってきた。
「よう!来たのか?相変わらず良い香りだ。」
「Danke!で、どんな感じ?」
「今日は、荒れそうな気がしてな。」
「そうね・・」
「舞、お前の予想はどうだ?」
 ライアンが会場を見つめたまま彼女に話し掛けたのに対して、舞は彼の目を見て話し掛ける。
「聞きたい?」
「ああ。」
 舞も会場に視線を移す。
「1つ目は、何故、サッカー界から身を引いていたのか、そして、復帰した要因は?」
「うん。」
「2つ目は、何故、イングランド3部リーグの無名チームを選んだのか?」
 ライアンは、右手で口元の無精髭を引っ張り聞いている。
「3つ目は、前監督モイード氏からの後任でトラブルは無いのか?選手、コーチ等の解任報道について言及したい、かしら。」
「なるほど、な。」
「でも・・もしかすると、その先があるかもしれない。」
「何だ、その先って?」
 舞が会場に視線を移したまま、それとなく漏らした呟きを聞いたライアンが、振り返って彼女を見ると聞き返した。
「恐らくだけど、企業買収による製薬部門の吸収合併について、とか区画整備事業における建設部門等を聞かれると思う。」
「厄介な質問だなぁ〜、M&Aなんかグリフ製薬の広報にやらせたいぜ。」
「下手に答えたら大変だもんね(笑)」
「冗談キツいぜ。」
「チーフ、会長がお見えになりました。」
 ライアンが両手を広げ完敗を示したところで、カメラを持った部下のクリスティアン・ビバーテが声を掛けて来た。人懐っこい笑顔がキュートなイタリア人の彼は、6ヶ国語を使い分けるマルチリンガルで、しかも空手と古武道で名を馳せた男でもある。開いた胸元からは磨かれたクルスが、美しい輝きを放っていた。舞は、会長が到着したことを知ると自然と左手を胸に置き、軽く深呼吸をした。高鳴りが止まない。
「お久しぶりです、北条チーフ。相変わらずお美しい。」
「ありがとう、貴方みたいなイケメンに言われると本気にしちゃうから御世辞は辞めて頂戴。」
「Sta scherzando(本気で言ってるんですか)?」
「ええ、私も本気よ。」
「なら、一度二人でゆっくり食事しながら話しましょう。貴女の誤解を僕は解きたい。」
 ビバーテは、舞に近寄ると顔を近付けて口説いてきた。彼女は透き通ったブルーの瞳と彼の空いた胸元に目が行ったのだが、何故だろう?ステキなのは分かるのだが、トキメクものが無かった。
「おい、ビバーテ案内しろ!」
「分かりました。」
 ビバーテは、口をへの字にし残念そうに舞から離れた。彼を行かせた後、ライアンは舞と並んで後に続いた。
「お前、一瞬本気にしたろ?」
「私が?馬鹿言わないでよ。」
「そうかい?」
 もう一人になって6年・・女として引く手数多な時期は終ってしまった、そう思っていた。恋をしたい!そんな風に思うことも仕事に没頭することで意識しないようにしてきた。『仕事が楽しい!』そう思っていたのに、この頃の彼女は自分に起こる突然のトキメキに心を乱されている。何時もなら、笑ってあしらえてたはずなのに・・と。
 エレベーターホールに向かった3人は、受け付けに向かってくる一団を発見した。舞の鼓動がその内に居る男性を見つけて跳ね上がる。ヒューゴボスのスーツを着て向かってくるその出で立ちは、あの日、自分を守ってくれた紛れも無く彼の方だ。彼は、左隣に居るエリック・ランドルス秘書室長から話を聞きながら、時折、相槌を打っているのが見えた。先頭を歩く広報部長のゲーリー・チャップマンが近付いて来たため、ライアン、ビバーテが会釈をして迎え入れた。舞は壁際に避けて幹部達の通過を待った。
「部長、お疲れ様です。」
「御苦労、で、会場の準備と来場の状況はどうかね?」
「はい、招待したサッカー関係者は約9割以上いらしてるのですが、その他の方々もいらしてます。」
「そうか、で、課長は?」
「記者会見場での御願い文を専務、女子社員と協議されてます。」
「ストルツチーフ、早急に課長の元へ私達を案内してくれ。」
「承知しました。」
 ライアンがチャップマン部長に会釈したその背後にエリック秘書室長が居るわけだが、彼は舞を見つけると軽くウインクをしてきた。舞は微笑を浮かべ会釈をし顔を上げた時だった、彼の方、原澤会長が自分に向かって歩いて来るのが見えた。当然、周りに居合わせた全員が原澤会長の向かって行く先、舞に視線を移した。原澤会長は、普通に舞に話し掛けて来た。
「今日は?」
「はい、エージェント課としてラルフマン監督が上手く対応出来るかどうかを見に来ました。」
「そうか。」
 すると、彼は舞の右頬の辺りに自らの顔を近付けて話掛けて来た。
「記者会見の質疑応答、懸念される事象は何だと思うね?」
 舞は、再び彼の吐息を耳元に受け、一瞬腰に痺れを感じながらも気力で答えた。
「『ラルフマン監督が、何故、うち(ロンドン・ユナイテッドFC)を選んだのか?』でしょうか?」
 彼は舞から顔を離し、彼女の瞳を見つめて来た。舞も原澤会長の瞳を見つめ二人の視線が交差する。
「すみません、M&Aによる製薬部門の吸収合併、それに区画整備事業がメインになるかと・・。」
「他には?」
「もしかすると、ギャング集団『グングニル』リーダー アイアン・エルゲラの獲得も有り得ます。パパラッチが狙う格好の素材かと思いますので。」
「それでいい。」
「マスコミが嗅ぎつけたのなら、恐らく他の二つの懸念事項も考えられると思うのですが・・。」
「二つ?」
 周囲の皆が、原澤会長と舞のトークを見ないようにしながらも、気に掛けている。ライアンなどは、腕を組みながらも聴き耳を立てているのが手に取るように分かる。原澤会長は、一旦、視線を床に落としていたが再び舞に戻した。彼女は、意を決して彼に話し掛けた。
「メディア側として話させてもらっても?」
「勿論だ。」
「ありがとうございます。では、1つ目として彼等を解散に追い込んだ時のことです。相手は武装集団とはいえ、怪我人が出ています。過剰防衛について踏み込んだ話が出る可能性があります。」
「なるほど。だが、それについてはスコットランドヤード側に一任した以上、手柄全てを向こうに託しているため心配。」
「そうでしたね、失礼致しました。」
 舞は彼が即座に断言したことで"ホッ!"とした表情に一時的にはなった、が、次の問い掛けになり、彼女は唇を一瞬引き締めて再び話し始めた。
「問題は、2つ目です・・。」
「原澤会長、そろそろ・・。」
「そうか。」
 舞が原澤会長に2つ目の質問をしようとした直後、チャップマン部長に遮られた。彼女が視線をチャップマン部長に移した時、彼は原澤会長と舞の間に割って入ろうとしてきた。それを見た舞は止まらなかった。
「会長、お願いです!くれぐれも『アイアン等の元犯罪歴のある青年達が再犯した場合の責任を取る』等の発言はなさらないようにお願いします。」
「北条チーフ!」
「責任感の強い会長だからこそ、心配なんです。お願いですから・・」
「舞!」
 舞は気付かぬ内に原澤会長に詰め寄り懇願していた。チャップマン部長に呼び止められても止まらない彼女の腕を、ライアンが掴んで彼女が彼をみた時、やっと正気に戻った。
「すみません、会長。コイツ、根が正直者なんで許してやって下さい。」
 ライアンは、原澤会長に会釈をしたのだが、舞の目はライアンではなく原澤会長を捉えて離さず、潤んだ瞳は少し赤くなっているのが見えた。数秒は経っただろうか、彼は振り向き再び彼女の近くに来ると顔を寄せて来た。彼女は、もう意識的に傾げて自ら彼を迎え入れていた。
「先日言った事を覚えているかね?『信用出来る人物は居るか?』の問いについてだ。」
「あ?はい、覚えています。」
 舞が上目遣いに彼を見て、小さく頷く。
「彼がそうか?」
「えっ?あ・・そうですね、はい。彼なら大丈夫です。」
「そうか。全く、君が今日来たのは今の事を言いたかったからだな、仕方の無い奴だ。」
「・・」
 そう言うと、原澤会長は舞の頭を撫でてから離れライアンに視線を移した。舞は項垂れて唇を噛み締めていたのだが、まさかの原澤会長の対応に顔を上げて目を見張った。一方で原澤会長から見られたライアンの表情が一気に強張り緊張が走る。原澤会長がライアンの前に来た。
「君は?」
「あ、はい!広報部チーフ、ライアン・ストルツです。」
「憎い奴だ。」
 と、原澤会長に頭を下げようとしていたライアンのボディを彼は不意に小突いた。腰まで回転して見事なボディブローだ。
「うっ!?」
 ライアンが苦痛に悶絶しているのを、舞がビックリして隣に来て支えた。
「か、会長!」
「今日は宜しく頼むぞ、ライアン。」
 原澤会長がチャップマン部長と会場に向かって行くのを舞はライアンを支えながら、ぼんやりと見ていた。
「やれやれ、会長も大人気ない。」
 いつの間にか、エリック室長が舞の横に立っていた。
「姫、残念だが会長は言い切ると思うよ。それを遮ってしまってはいけないな、気持ちは分かるがね。」
「そんな、遮ってなんて・・私はただ・・。」
「ただ?」
「辞めるような事になって欲しくないんです。グループは、会長のおかげで折角良い方に向かっているのに。」
 舞が原澤会長に視線を送りながら話すのを見てエリック秘書室長は、諭すように話し掛けてきた。
「いいかい、姫。会長が『グングニル』のような集団を形だけ内に取り込む様な小さな男だったら、彼等はなびかなかったと思わないかい?説得出来た大きな要因、それは会長の男としての覚悟なんだよ。」
「なるほど・・会長がここで男気を見せなかったら、全てを失うことになる、そういうことですか?」
「まあ、そうだな。」
「ちょっと、ライアン大丈夫?」
「ああ。でも、エリック秘書室長。」
「何だね?」
 舞に支えられていたライアンが舞に片手で"大丈夫!"とサインを出して一人で立つと、深呼吸して話し始めた。
「会長は何故、そこまで覚悟を要することをされているのでしょうか?もっと、安全な手段があるのでは?」
「さあな、それは今度伺ってみるといい。だが、会長が信じているものを我々が否定するようなことがあったとしたら、それは会長を理解していないことになる。しっかりと理解してフォローをしないといけないだろう。」
 エリック秘書室長は、そう言うとその場を後にして原澤会長達の後を追った。
(会長が信じているものを否定する?それは、方向性が違うことよね?)
 舞がエリック秘書室長の言葉を反復してみる、自分は否定してしまったのか、彼の男性としての尊厳を・・。
「なあ、舞。俺達は会長の部下として、室長の言う通り覚悟を否定するようなことがあってはいけないと思う、全力で応援しないとな。」
「でも・・本当にそれで良いのかしら?」
「えっ?」
「原澤会長は、本音で受け止めて下さる方だわ。だからこそ、近くに居てしっかりと意見をしてさしあげなければ、それこそ会長のお立場に支障を来してしまう。」
「それは、そうかもしれないが・・」
 原澤会長が自らの首を掛けて仕事をしていることが、周りの社員達からカリスマ性を模して評価されているようだが、彼女としては実績の無い彼の苦悩が垣間見れてしまい心が軋むように痛んだ。自分に信頼できる人材の有無を問われたこと自体、彼が如何に側近と呼べる人材に苦慮しているかが理解出来るような気がして、彼女は力になりたかったのだ。だが、もう、その気持ちが単なる部下としてではなく女としてであることを、彼女はまだ知る由もなかった。
「会長に可愛がられるなんて、ストルツチーフ凄いじゃないですか!」
ビバーテがカメラ片手に近付いて来たのだが、どうやらライアンに対して原澤会長が気に入ったことによる扱いだと思ったようだ。
「撮影してたのかよ、たく!お前は、気楽で羨ましいな。」
 ライアンは原澤会長に叩かれた腹の辺りをさすりながら、ビバーテを見て呆れたように呟いた。
「舞、会長かなり本気で殴ってきたぜ!46歳のオヤジとは思えねぇーよ。」
彼は舞の元に眉をしかめて寄って来ると、そう話した。
「貴方、さっきのが会長の本気だと思ったの?」
「えっ?ああ、何でだ?」
「会長の強さから考えたら、ラッキーだと思うべきよ。」
「ラッキー?俺がか?」
 ライアンが目を白黒させているのを、舞は上目使いになり同情するような視線で見ていた。彼女の知る原澤会長の強さなら、ライアンは有り難い!と真底思うべきなのだ。やがて舞、ライアン、ビバーテも原澤会長達の後を追って向かっていたのだが、途中、ふと通り過ぎた個室の中に視線を泳がせた舞は、再び戻ることに。
「どうした?」
 ライアンが突然立ち止まり、戻って小会議室の中を見たきり動かなくなったことを不思議に思い、彼もその部屋の中を見た瞬間、固まって動けなくなった。原澤会長が金髪の淑女と立ち話しているのを見てしまったのだ。白いスーツに金髪を束ねた、キャリアウーマン風情の女性が、原澤会長の懐に入り込み甘えるような仕草をしている。
「分かりました。会社としては、会長の仰る通りで了承しましょう。」
「ありがとう。」
「ですが、私個人の御願いが未だ満たされてません。お待ちしているのに・・。」
「その事ついては、申し訳ないとしか言いようがない。」
「こんなにお慕い申し上げてるのに、お忘れにならないで下さいね。では、会場でまた。」
 そう言うと彼女は、原澤会長を抱き締めると唇を重ねて部屋を後にした。颯爽とヒールを鳴らして部屋を出て行く彼女が部屋の前に居た舞と視線を交差させる。一瞬、立ち止まった彼女は、再度、舞に視線を向けたのだが、その瞬間口元に笑みを浮かべるとそのまま会場へ向かって行った。
「舞、どうし・・た!?」
 ライアンが動かない彼女を気にして顔を覗き込むと、瞳に涙を溜めたまま先程の女性を見つめていた。
「何か・・あったのか?」
 ライアンは心配そうに舞を見ていのだが、原澤会長が出て来ると彼女は彼に視線を移した。その表情にはどこか何時もの元気さがない。そんな彼女の元に彼が来たのだ。
「見てたのか?」
「はい・・、あのう・・どなたですか?」
「彼女かね?」
「はい。」
 舞は上目遣いで、まるで拗ねている仔犬のような顔をして彼を見ている。
「歩きながら話そう。」
 原澤会長は、舞の肩を抱くと会場へと誘った。あまりのスマートさに、ライアンとビバーテはその場に取り残された。
「彼女は、月刊誌『エンペラー・オブ・サッカー』の編集長エマ・ファニングだ。」
「えっ!あの、噂のですか?」
 舞も彼女の名前は聴いたことがある。イングランドで、いや、世界で最も著名なサッカー誌である『エンペラー・オブ・サッカー』の敏腕編集長で彼女が就任して以来、出版数が劇的に増えたと聞いていたる。当然、毎月舞も愛読者の一人で、その構成と扱う話題性は、マニアからライトまで上手く引き付けていると認識があった。
「ニッキーとアイアンのファースト記事を独占で彼女に御願いした。」
「受けてくれたんですか?」
「ああ。」
「会長、意図するものは?」
「アイアンには過去、犯罪歴がある。それを美談にして欲しいとな。」
 舞は目を見開くと彼の横顔を見た。まさか、選手のプライベート公開をマスメディアに依頼してしまうなんて、どうして・・と。
「ラルフマン監督、ニッキーからも了承を貰えれば、彼女に御願いしたい。」
 舞は会長の隣を歩き戸惑ったまま、記者会見の控え室に誘われていた。
「彼等の負の要素は、全て解放してしまおう。」
「解放ですか?」
「そうだ、隠すから付け込まれる。時期を見て対応するとしよう。」
「で、でも、本人達が断ったら、どうなさるおつもりですか?」
「北条チーフ。」
 原澤会長が記者会見控え室入り口で舞に振り返ると舞の顔を覗き込んできた。彼女は思わず身構えてしまい目を見る事が出来ない。
「君が説得出来ないという事なら、それは私と考えが異なっているからではないかな。先ずは、私を理解して欲しい。」
「えっ・・理解ですか、会長を?」
「そうだ。」
 舞は真正面にて原澤会長の視線を受け留めた。彼の目は真剣そのもので、とても冗談による発言ではないことを表しているように思えた。だが、彼女はその瞳を見つめ続けたその時を別の感情で見ていた。
「もう一つ、君に話がある。」
「何でしょうか?」
「ニッキー、アイアンを連れて日本に行く。」
「日本・・ですか?」
「そうだ、彼等を良きリーダーとして導くためにも知覧に行く必要がある。」
 舞は記憶を手繰ってみたが『知覧』というもの自体、聞いたことの無いワードであった。
「会長『知覧』には何があるのですか?」
 舞が会長に質問した瞬間、部屋の扉が開きチャップマン部長が現れた。
「会長、お待ちしてました、どうぞ。」
 舞は扉が開くや否や、チャップマン部長が話し掛けて来たことに驚き目を見張った。
(そんなに大きな声で話してなかったのに・・。)
「チャップマン、後で話がある。今後の広報についてだ。」
「承知しました。」
 原澤会長は、舞を誘い先に扉を通したのだが、その際に話し掛けてきた。
「『知覧特攻平和会館』を案内する予定だ。」
「えっ!?『特攻平和会館』ですか?それが『知覧』に・・あのう、それは何処にあるのでしょう?」
「鹿児島県だよ。」
 舞が振り返り原澤会長に詰め寄って質問をしている所に、ラルフマン監督が起ち上り近付いて来た。
「お忙しいところを恐れ入ります、会長。それに舞さんも。」
「ありがとう、エーリッヒ君。」
「お疲れ様です、監督。」
「ニッキーの件でも、お世話になりました。おかげさまでアリカが騒がしいですがね。」
「あ、何か想像出来てしまいますね(笑)。」
 舞はラルフマン監督の楽しそうな笑顔を初めて見た気がする。この監督就任は、彼にとって悪い事ではないのかもしれないとさえ思った。
「会長、アイアンの事ですが、とんでもない逸材を見付けて下さいましたね。」
「やはり、そうかね。」
「ちょっと集中力に問題があるように思いますが、素質は十分でしょう。後は良質なコーチを付けたいところてす。」
「ラルフマン監督、コーチに関しては在職含めて検討されてますか?」
ラルフマン監督は、顎の辺りに右手を当て無精髭を弄りながら考えている。
「ええ、一応。」
「では、後程伺わせて下さい。」
「承知しました。」
「会長、お疲れ様です。」
 奥のテーブルから立ち上がり、近付いて来た男性が居た。本日、ラルフマン監督に付き添っていたマービン・ドレイク専務取締役である。
「御苦労、どうかね文面の方は?」
 ドレイクは、振り返ると隣で座っている社員に声を掛けた。
「はい、完成し打ち合わせをしていました。ブラフィニ課長、会長に説明を。」
 ブラフィニ課長と言われた男性が立ち上がった。彼はライアンの上司であり、チャップマン部長の部下ジャック・ブラフィニである。ケンタッキー州レキシントンで生まれた米国人で、彼は祖先にアイルランド系、ドイツ系、イングランド系が含まれている。印象的な白髪混じりの太い眉に、鋭い眼光、銀髪はベリーショートで全体的に男らしくすっきりとした印象に仕上がっている。ガッチリとした胸板は彼の男らしさを表しており、バツイチで独身であることも彼が女性達にモテることの要因かもしれない。チャップマン部長より、部長職に適しているノンキャリアと周りからは言われていて、その統率力はライアンも強く慕っているようだ。
「本日の記者会見は、このレジメに沿って行う予定です。」
 原澤会長が、目を走らせる。
「本日の司会は?」
「ブラフィニ課長を予定しています。」
「そうか、ラルフマン監督。」
「はい。」
 原澤会長に呼ばれ、ラルフマン監督が顔を出した。
「文面的には問題はないように思うが、どうかね気になる所はありそうかな?」
「いえ、大丈夫です。」
「そうか、ブラフィニ課長。」
「はい。」
「あくまでラルフマン監督就任の記者会見であること、彼に失礼となるような会見にならないように強力を頼む。」
「承知致しました。」
「会長、私は大丈夫ですから。」
「ありがとう。」
 エーリッヒ監督も了承を確認し皆の意見等がまとまった、そう誰もが思ったはずだった。ビバーテは、ドキュメント用にカメラを回していたが、最後に引きの映像を撮っている時だった。原澤会長が振り返りドレイク専務に声を掛ける。
「レジメ資料をもう一部貰えるかね。」
「あ、はい。ブラフィニ課長。」
「どうぞ。」
「ありがとう。」
 資料をブラフィニ課長から貰った原澤会長に、ドレイク専務が歩み寄る。
「会長、ラルフマン監督に"例の件"をお伝えし、ご理解を頂きました。」
「ん、本当かね?」
「はい。」
 原澤会長は、ラルフマン監督に向き直り彼の元に歩み寄ると手を取った。これには舞を始め周囲が注目する。
「すまない、ラルフマン監督。君の就任に水を刺すようなことになり、甚だ心苦しいのだが断腸の思いだ。全ては私の名の下に決定した事としていい、宜しく頼む。」
「いえ、私がチームの監督ですから、会長が気に病むことはありません。約束します、私が務めるチームにこのような事を起こさせません。」
「ありがとう。ドレイク専務、チャップマン、禍根を残すなよ、いいな。」
「承知致しました。」
 原澤会長に呼ばれた二人は、直立不動からの直角程になる会釈をして応えた。舞を始め廻りの皆が固唾を飲んだ。原澤会長の言う"例の件"とは一体何なのか?それを聞ける程、まだ彼女の立場は彼に近くはなかった。
「北条チーフ。」
「あ、はい!」
 すると突然、原澤会長が舞を呼んだために出席者全員が一斉に舞を見た。あまりの衝撃に彼女の両肩が軽く跳ねる程の驚きであった。壁際にライアンの横で聞いていた彼女は、返事をするのがやっとだった。何せ彼女の頭の中は、先程の原澤会長とファニング編集長のキスシーンで一杯だったのだから。
「はい。」
 再度、返事をしたが原澤会長は周りを気にせずレジメを持って彼女の元に来るとそれを手渡した。
「君は見たのか、これを?」
「いえ、まだ・・。」
「どう思う?」
 文面に目を走らせながら原澤会長は、舞に感想を求めて来た。舞もレジメに目を走らせるが周りの反応が気になりなかなか頭に入ってこない。
「君の意見を聞きたい。」
 舞は、目の前で自分を見つめて微笑む彼を見た時、周りの景色が後方に吹っ飛び消えるような感覚がした。レジメに目を走らせた彼女は瞬時に判断をした、其れこそ何時もの北条舞チーフが其処に居た。
「先程、会長の話された様にラルフマン監督就任に関する諸事の会見を考えれば宜しいのですよね?」
「そうだな。」
「アリカをどうしますか?」
 周りのスタッフも互いに目配せをしている。
「彼女はドイツ陸上競技連盟からも注目されている選手です、求められている環境がありますが触れますか?」
「ラルフマン監督、アリカは彼女の言う様な状況下から扱われることを良しとしないと思うが、どうかな?」
「申し訳ございません。先ずはリラックスさせて気力の回復と集中力の強化、そこから再び走れる喜びを感じさせることが良いか、と思うのですが如何でしょうか?」
「結構だ、それで良いかね?北条チーフ。」
「はい。」
 振り返って見つめてきた彼を、彼女は満面の笑みで応えた。
「よし!記者会見だ、皆、配置に付け!」
「はい!!」
 その場に居合わせたスタッフ一同が返事をすると一斉に動き始めた。
「いやはや、カリスマですかね、凄いな。しかし、この姿を選手達が見ていたら、彼等はまた異なる景色に辿り着いたのかもしれないのに・・。」
 ラルフマン監督の呟く声が舞の耳にも届いた。しかし、今の彼女は原澤会長の背中を見つめている歯痒い自分の立場にイラつくことしか出来ない、そんな女性であった。今まで特定の男性を愛する事が無くて空いていた彼女の真っ白な心のキャンパスは、今や1人の男性が描かれ始めていた。
(私は・・彼の方のお役に立ちたい!)
 彼女の強い思いは報われるのであろうか、時だけがそれを知っていた。

第10話へ続く。

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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