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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第3話 「光明」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK

https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A

『主な登場人物』

原澤 徹:グリフグループ会長。

北条 舞:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。

リサ・ヘイワーズ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。

ジェイク・スミス:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。

ジョン・F・ダニエル:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。

ホルヘ・エステバン:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。

バーノン・ランスロット:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。

トミー・リスリー:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 総務部長。

☆ジャケット:リサ・ヘイワーズ

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第3話「光明」

  あのモイード監督騒動からロンドン・ユナイテッドFCのエージェント課は、慌たゞしい日々を送っている。ユリ課長は体調不良を訴え休暇を取得しているため、次席である舞が代理業務を自分の仕事と並行して行っている。決裁を優先するために自分の仕事が滞り、どうしても外回りを部下達に任せざる負えない環境に苦慮する一方、監督についてなかなか『これ』という人物に当たらないでいる歯痒さが舞を苛立たせていた。
「リサ、仕事中はSNSを止めるんだ!皆が頑張っている時に何をしているんだ、キミは。」
  仕事中にSNSへ書き込みをしているリサを窘めたのは、エージェント課外勤の一人ホルヘ・エステバン。コスタリカ出身の英国人で、物静かで勤勉、争い事を嫌い融和を信念としているのだが日本人の舞とは真逆の性格で、謙遜という考え方が全く無いのだ。初めて彼に会った時に聞かれた質問は「チーフは、スペイン語を上手に話せますか?」というもので、彼女は自分の拙いスペイン語を謙遜し『まあまあ、かな。』と答えたのだ。なぜかというと「はい」とは言えなかったからで自分を肯定することを無意識に自分が否定しているからだ。すると彼はあまり話しかけてこなくなってしまった。彼女がスペイン語を程々にしか理解できないと解釈したからのようで、つまりスペイン語を話せるならば話せると主張しなければならないと言うことらしい。できることはできると言わないと自分にとって不本意な結果を招くことになる、それが彼女の感じた彼の印象であった。それでも南米人らしく、陽気で音楽とダンスを愛して止まないところもある。しかし、残念ながらセンスは無いようだ。
  ジェイクの目前で彼女は頬杖をついている。ホルヘは注意を続けているが、全く無視してSNSを続けている彼が呆れてその場を離れていったのを見たジェイクは話し掛けてきた。
「良いのかい?」
「何が?」
「チーフに言いつけられたら・・」
「ばーか。」
  ジェイクは、軽く首を振って笑うとそれ以上言わず作業に移った。そんな調査担当のリサ、ジェイクにも疲労が見えてきた4日目の早朝会議のことである。
「おはよう。早速、早朝会議を始めたいと思います。」
  舞は元気良く挨拶をして出社したメンバーを見回した。ユリ課長を除くエージェント課のメンバー全員が出社している。リサ、ジェイクの他に外勤でホルヘの他二名も来ている。
  一人目は、ジョン・F・ダニエル。完璧に黄金色のブロンドは、ウェーブがかった天然パーマでミディアムヘアは、童顔を更に幼く見せている。舞の1つ歳下で、外見は幼いのだがきめ細かい仕事に定評があり、彼の根回しにおける手腕は彼女も一目置いている。ポーランド系イングランド人の彼はそのイケメンぶりに即して女性受けが良いのだが、本人は面倒くさがっているところがもったいないように思えるが、それこそがもてるが故なのだろうか。
  二人目は、バーノン・ランスロット。今年度から配属となった生粋の英国紳士で期待の若手だ。サッカーの試合中に大怪我を負って代表の夢を諦めた辛い過去を持ち、色白の顔に押し並べて目立つ真っ赤な唇と澄んだブルーの瞳が印象的な彼は、真面目であるがやる気が空回りするような舞にとって可愛い(?)部下である。実力が付けばきっと良い男になるだろう、と彼女は思っているのだが。
「では、本日の業務予定をジョンから報告してくれる?」
「はい。」
  外勤の三人による予定を確認した舞は、手帳を確認して頷いた。
「オッケー、問題ないわね。」
「チーフ。」
「なに?」
「チーフの方こそ大丈夫なんですか?」
  ジョンから心配そうに聞かれ、舞としても一瞬躊躇してしまったが彼等も今はキャパオーバー手前であることを彼女も理解していた。まだ、前後間の持ち回りで調整させるには酷であろう、そう感じていた。
「ありがとう、何とか調整は出来てるから・・」
「大丈夫なんですね?承知しました。」
  ホルヘからは、感情のこもっていない生真面目な表情で言われたのだが、まるで『迷惑は掛けないでくれ!』と言われているような気がして彼女の相槌を打つ表情も自然と引き攣ってしまった。
「ジョン、ホルヘ、チーフの仕事少し受けて。」
「えっ?」
  舞、ジョン、ホルヘ、バーノンは、声のする方を振り返り固まってしまった。リサである。
「どういうこと?」
「新監督候補について、調査が完了しました。」
「ホント!?」
「嘘言ってどうするんです?」
「それはそうだけど・・」
  リサは喜び勇む舞を平然と諭して来た。(相変わらずだなぁ〜)と思うと共に(そんなに冷たくしなくてもいいじゃん!)と、口を尖らせる自分がいる。ジョンは笑いを堪えているしバーノンは違う意味で舞を見つめていた。
「ですからチーフには、至急、新監督を選定していただき交渉して下さるようお願いします。」
「そっか!よし、ジョン、ホルヘ悪いけどお願いできる。」
「承知しました。」
「あのう、自分は・・」
  ジョンが返事をした後、バーノンが自分にも指示をして欲しいと要求してきたのだが、舞がバーノンの方を向き直った時であった、
「私は、チーフの仕事を受けません。」
  思わず"えっ!?"となって舞が誰が言ったのか確認したのだが、ホルヘだった。舞が呆然として目を瞬かせている。
「何言ってるの!チーフには最重要の業務が来たわけ。部下達で負担を軽減するのが当然でしょ!」
「そんなのは知らない。確かにチーフは"大丈夫だ!"と言ったのを私は聞いた。」
「ホルヘ、それはリサから最優先業務の話が来る前だろ?」
「それならばチーフである以上、事前に対応するべきだ。私はお断りする。」
  リサとジェイク、特にリサは飛び掛かりそうな程であったが、舞は二人を制した。
「ちょっと待って!ねぇ、ホルヘ。それならば、私はこれから予測で貴方に全て仕事をお願いすることになるけど、それでいいの?」
「それは、貴女の屁理屈だ。」
「どういうこと?」
「私は、先程の貴女が言ったことを話している。拡大解釈はよして欲しい。」
  舞はホルヘの挑むような視線を凝視したが、説得するだけ無駄と思い覚悟を決めた。
「チーフ、僕にやらせて下さい!出来そうな業務を。」
  バーノンは、真っ直ぐな瞳で舞にお願いしている。その視線に彼女の母性が揺らいだ。
「分かったわ。では、ジョン、バーノンには後で私からお願いする仕事を説明するわね。ありがとう。」
「いえ、お任せ下さい。」
「はい!」
「では、他に無いようなら・・リサ!」
  リサのホルヘを見る目が凄まじくキツいのを見た舞は、リサを叱ったのだが彼女は"フン!"と視線を逸らし膨れている。
(ありがとう、リサ。)
  早朝会議を終えた舞は、ジョンとバーノンを会議室に呼び一部の業務を引き継いだ。
「ジョン、先方は事前連絡を要求し、かつ時間帯も気にする方だから注意してね。」
「承知しました。」
「バーノン、相手側の対応に変化があるようなら状況含めて報告すること、いいわね?」
「はい。」
「事前に担当が、私から貴方達に移行したことを伝えておきますから。初めは向こう側も変えて大丈夫なの?と観る節はあると思うけど、そこは誠意を持って接してね、お願いします。」
「チーフ。」
「なに?」
「ホルヘをどうしますか?」
「うん・・、どうかな。」
  ジョンも流石に見兼ねて声を掛けて来たようだ。
「ホルヘの真面目さ・誠実さは尊敬に値します。ですが、対応の悪さを僕も耳にしていますし先程の事は致命的ですよ。」
  舞は嘆息して虚空を見つめた。実は彼女もその話を耳にし懸念していたのだ。
「そう、ならば二人はどうしたらいいと思う?」
  皆様は、舞のこの対応を如何思うであろうか?彼女最大の上司としての資質がまさにここにあると言える。それは『部下』ではなく『メンバー』として接していること。その典型的なのがリサとの接し方であり『頼る』という手法がそこにある。丸投げと捉えかねないその手法は周囲からは危険視されて当然と言えよう。しかし、彼女の構成する上司と部下の関係は、信頼関係にある。それは能力のある事を十二分に活かす手法と言って支障はない。自分がしたいことを代わりにしてもらう、そういう思いが"頼る"にある。
「やはり、異動しかない・・そう思います。一般職ですが専門職向きな部署が適してるのでは?」
「自分は・・まだ分かりません、すみません。」
  バーノンは、申し訳なさそうに俯いて語ったが、ジョンの判断は舞と似たようなものだ。やはり覚悟を決めるべき時なのか・・
「ありがとう、二人共。この件については、ユリ課長と相談してみるわね。」
「チーフ、そこが一番の懸念材料じゃないですか、トミー部長に直談判すべきでは?」
「痛い所突くわね。でもジョン、彼女はチームリーダーなのよ。」
「御察ししますよ、自分には真似出来そうにない。」
  ジョンは、思わず舞の言葉に嘲笑を見せた。それはあたかも"石に灸をすえる"ようなものだ、と言っているようである。
「リサ、ジェイク!お待たせ。」
  ジョンとバーノンに業務へと移ってもらい、リサ、ジェイクの二人を会議室へと誘う。やがて二人は資料を手に会議室へ入ってきたのだが、リサは開口一番不平を漏らした。
「チーフ!ホルヘのヤツ、早く飛ばし(異動)て下さい!あんな理論が成り立たない奴は、チームに不要ですから!」
  舞は鳩が豆鉄砲を食ったように目を白黒させてリサを見た。
「ん?私にそんな権限あったっけ?」
「チーフなら如何様にでも出来ますから、マジで!」
「リサ、その件について時間をもらえるかしら、いいわよね?」
「えーーーー!今がいい。」
「はいはい。」
  舞の対面席にリサが腰掛け、ジェイクは舞に調査資料を5冊のファイルにて提出しリサの横に腰掛けた。
「二人共、お疲れ様。では、説明をお願い。」
「はい。ご要望にて調査を行い更に、製薬部門からの情報も併せてまとめました。報告書は、リサと自分の物を合わせまして1冊が一覧表となっており、それ以降が履歴となってます。」
「ジェイクとアタシで事前に各々がチョイスした御ススメ監督の一覧は各自持ってますので、チーフ選定後にお見せします。それでよろしいですよね?」
「そうね・・それでいいわ。」
  舞は各ファイルをパラパラとめくった。
「余程のこと以外、取り次がないようにしますよ。」
「うん・・ありがとう。」
  既に舞は頬杖をつき眉間に皺を寄せ選定に集中してしまった。リサとジェイクは、当然のように立ち上がり会議室を後にしようとした。
「あ、ちょっと待って!」
「はい?」
  そんな二人を舞は顔を上げ呼び止めた。
「次の業務、お願い出来る?」
「お、待ってました!何ですか?」
  リサは、片方の唇だけ上げニヤリと笑い舞の近くに戻って来た。ジェイクも後に続く。
「何処かに居ないかしら?16歳前後でキャプテンシー勤められような逸材。」
「はぁ〜?」
  ジェイクは舞の余りに突拍子もない発言に素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ま〜た、面白そうなことを!」
  逆にリサは、不敵な笑みを浮かべている。
「何言ってんだよ!僕らは自分達でスカウト出来ないんだぞ、今までだってそんな選手見つからなかったのに。」
「深掘りしましょうか、チーフ。」
「任せるわリサ、頼むわね。」
「はーい。」
  リサは、そう言うと颯爽と会議室を出て行きジェイクが後に続いた。自席に座るとジェイクはリサに問いただした。
「なあリサ"深掘り"って、一体どうするつもりなんだい?」
「うーん、そうねぇ、どうしよっか?」
「はぁ?」
  予想外のリサの返答にジェイクも目を白黒させるしかなかった。やがて、舞が会議室にこもってからおよそ4時間が経過した時だった、トミー部長が来課した。
「北条チーフは、居るかな?」
「お疲れ様でーす。チーフなら会議室に籠って新監督調査報告書のチェック中ですよ。」
「何!?上がったのか?」
  リサの何食わぬ返事にトミー部長は問い返した。彼も当然、待っていたのだから。
「ええ。ですから、チェック中なので用件はアタシが受けますから。」
「えっ?ああ、そうなのか。では・・」
  と、トミー部長が言いかけた時だった"ガチャ"と会議室の扉が開き舞が出て来た。
「リサ、ジェイク・・あ、部長、お疲れ様です。」
「北条チーフ、今、リサくんから聞いたよ。報告書のチェック終わったのかね?」
「はい。あ、もし宜しければ部長も同席願えますか?リサ、ジェイク会議室にお願い。それとチェックした一覧表を宜しくね。」
「承知しました。」
  ジェイクは、リサの方を見るとリサは既に立ち上がり部長と舞のコーヒーを入れているところだった。彼女のデスクの上にある一覧表を取ると会議室に向かった。
「リサ、持って行くよ。」
「うん・・お願い。」
  会議室では舞の左隣にトミー部長が座り、扉を開けて待つジェイクの横をリサがコーヒーを持って入って来た。」
「ジェイク、Danke!」
  リサは、トミー部長、舞とコーヒーを置き舞の前に座った。
「何時もありがとう、リサ。」
「いえいえ。で、如何ですか?」
  ジェイクもトミー部長の前、リサの横に腰掛けた。
「すまんが、その前に1つ良いかな?ユリ課長は、月曜から出勤となったよ。」
「そうですか・・体調悪そうですか?」
「電話ではな。」
「もう、来なきゃいいのにさ。」
「リ〜サ!」
  相変わらずのリサによるユリ課長嫌いを舞が嗜めるのだが、トミー部長は微笑んで観ている。少なくとも、このヤンチャ娘さんはユリ課長にコーヒーを入れたところを見たことがない。自分はどうやら認められているようだ。
「部長、以上ですか?」
「ああ、ケイト社長から催促があったことは伏せておこう。」
「やはり、心配させてしまいましたか?」
「いやなに、私から経過報告をしておくよ。話を進めてくれ。」
「では、御言葉に甘えまして。ジェイク、貴方のチェック表を見せて。」
「はい。」
  舞はジェイクからチェック表を受け取り確認するとマーカーされた箇所を確認した。
「リサ。」
  リサは、無言で舞にチェック表を提出する。チェック表を見た舞が呟く。
「リサ、貴女二人しかチョイスしてないじゃない?」
「はい。」
「該当者は何人居るんだね?」
「268名です。」
  トミー部長の問い掛けにジェイクが答えた。
「2/268かね?」
「ジェイクは、7名チョイスしてますよ。」
「ふむ・・で、北条チーフは?」
  舞は、ジェイクのチェック者を自分の一覧表にマークし見つめ直しているとリサが呟いた。
「どーせ、チーフは1人チョイスの予備1人なんでしょ、フン!」
  舞はコーヒーを一口飲み、トニー部長を見た。トミー部長が思わず姿勢を正す。
「部長、この一覧表及び関連資料一式を提出致します。」
  トミー部長は、舞から一覧表、ファイルを受け取り目を往復させる。
「で、キミの意見は?」
「No.114のドイツ人"エーリッヒ・ラルフマン"氏を第1希望と致します。」
「ほらー!ジェイク、やっぱりチーフもチョイスしてるじゃん!」
「うん・・」
  リサは、頰を紅潮させはしゃいでいるのに対し、ジェイクの表情からは安堵が読み取れる。
「ほう、三人共が一致した、そんな監督候補かね。どんな人物なんだい?」
  トミー部長は、一覧表から眼鏡越しに上目遣いで舞を観て聴いてきた。
「2014年ワールドカップブラジル大会で優勝したMannschaft(ドイツ代表)のコーチを務めた人物です。」
「む、それは期待出来るじゃないか!で、どんな過去を?」
「はい。彼は妻と娘の三人暮らしでしたが、ワールドカップブラジル大会優勝後に奥様が入院し、その時から第一線を退いています。ドイツ代表監督のレーヴ氏が優勝後に彼を讃えた発言をしていますし、選手達も感謝の声を発しています。その後、奥様はベルリンのシャルテ大学病院に入院し治療に専念しましたが残念なことに翌年1月に還らぬ人となりました。今は1人娘のアリカさんとベルリンで暮らしているようです。」
  トミー部長は、腕組みをして1つ深いため息をつき再び舞を見据えた。
「となると、北条チーフ、どうやって彼を説得するつもりだ?」
「奥様の入院において、多額の医療費が発生し彼は全財産を費やしたのですが未だ完済してません。記録だとおよそ10万ユーロ程が未払いのようです。」
「もしかして、それを肩代わりする、そういうことかね?」
「はい。」
  再びトミー部長は、考え込んだ。人物を見る上で非常にポイントとなるのは分かる。だが、その価値をコーチとして著名ではあるが、監督として無名である人物に費やして良いのだろうか?
「トミー部長、私が役員会議で申し上げたのはこういうことです。我々からの恩義を意に感じて下さるような良識ある御仁にこそ、ロンドン・ユナイテッドFCの監督として指揮を執って欲しいのです。如何でしょうか?」
「契約金も合わせるとかなりになるのではないか?」
「ですので、初年度は出来高制にしたいと思います。」
「出来高制?」
「はい。年俸を平均賃金と同額としフットボールリーグ・チャンピオンシップ(2部リーグ)進出を出来高としたいと思います。」
「えっ!平均賃金ですか?」
  ジェイクは驚いて聞き返した。本当に獲得したい監督なら、もっと上乗せするのではないか?そう思っていたのだが、フランスにおける平均賃金は約45,000ユーロ。果たして、それで納得してくれるのだろうか?
「北条チーフ、新監督のプロジェクトにおいては、ある程度の無理は受け入れる覚悟だ。遠慮しなくても良いんだぞ。」
「部長、それでは駄目なんです。彼の借金は覚悟の額のはずですから、我々はそれを今まで払ってきた彼に敬意を示さねばなりません。我々より多額の年俸を提示してるチームより心象を良くすることを第1としましょう。」
「うむ、そうか。」
  トミー部長は、深くため息を吐いた。彼女の言は夢物語のように聞こえるが、確かに情の深い人物なら金より動く何かが必要な気がする。"金で釣る"というのは嫌な言い方だが、最低限かつ最大限の効果を成す提示が必要ということか。
「早速、交渉に入ります。リサ、ラルフマン氏のお嬢さん、アリカから声を掛けるけどどう思う?」
  リサが目を大きく見開き両手を広げた。
「妥当でしょ。"将を射んと欲すればまず馬を射よ"ですよね?」
「ええ。それでなんだけど"深掘り"の結果はどうかしら?」
  前のめりの姿勢をしていたリサが舞の問い掛けに再び背もたれに深く腰掛けた。ジェイクは"はっ!"と気付いた顔をするとリサを見つめた。
「1つ見つけましたよ。」
「えっ?見つけた??何を?」
  ジェイクは思わずリサを見て質問を重ねた。一体、会話の中でどこからこの進展が・・。
「彼女には、幼馴染が居ます。ラルフマン氏は以前、ロンドン南部のランベス・ロンドン特別区にあるブリクストンに住んでいましたがあそこはアフリカ系移民が多く住んでいます。其処でナイジェリア系移民の家族と知り合ったようで、彼女が『あそこにはとんでもないサッカー少年が居たのよ!』とSNSに書いているのを確認しました。」
「あっ!」
  ジェイクは合点がいき唖然とした。必死に情報収集を行い纏めるだけで精一杯の自分と異なり、リサはSNSを操作ツールとして掘り下げていたのだ。それと同時に北条チーフがリサを自由にしている意味を始めて理解し、ある種驚愕してしまった。自分より遥かに仕事の出来る彼女、その実力をフルに発揮出来るような環境を提供し続ける北条チーフ、女性達のもの凄さに尻込みする自分が居ることを自覚した。
「それと、数日SNSを通じて彼女と親しくなっておきましたから、詳細は後ほど説明しますね。」
「さっすがぁ〜!」
「以上かね。いやはや、毎度のことながら二人共素早いなぁ〜!」
  トミー部長が舞とリサに対し感服しているのをジェイクは嘆息して聞いている。
「冗談じゃないですよ!チーフは命令に主語が無いから、こっちは必死なんですからね!」
「どーも、スミマセンでしたねぇ〜だ!」
「絶対、反省してないし!!」
  リサの忠告を軽く遇らう舞に彼女は膨れっ面をするしかなかったが分かってもいるのだ、この対応が自分にだけだということを。回りくどい事を嫌っていることを舞が理解しているため、彼女が省略しているということなのだ。
「部長、今後について1つ提案があるのですが宜しいでしょうか?」
「提案?」
  新監督プロジェクト及び掘り下げの話しが一段落したとみるや舞は話しを変えてきた。その場に居た三人が再び舞に注目する。
「世界のプロチームからスカウトを受けられるサッカー専用アプリ『dreamstock(ドリームストック)』をご存知でしょうか?」
「ドリームストック?」
「はい。2017年7月に松永 マルセロ ハルオ CEOにより設立されたサッカー専用アプリです。ここに我がチームも登録してもらうのは如何でしょうか?」
  彼女が言う『dreamstock』は、提携する世界各国のチームが開催するセレクションに動画を投稿し審査を受けることで、プロチームへのキャンプへの参加などの特典が得られるものだ。南米の名門チーム、グレミオFBPA、CRフラメンゴ等も登録していて既にプロ契約をした選手もいる。
「チーフ、それって凄く気軽にアピール出来ますが、利点はどのようなところですか?」
  ジェイクは、初めて聞く選手獲得手法に目を白黒させて聞いている。
「セレクションって多人数で短時間のアピール、それにスペースも限られているからその選手自身を知るには無理があるでしょ?その問題点を逆手にとったシステムかしらね。自チームにおいて探しているタイプの選手が、実際に魅せているプレイを記録とはいえ確認出来るのは魅力的だと思うの。」
「なるほど・・理解しました。」
「分かった、北条チーフ要望書の提出を急いでくれたまえ。」
「承知致しました。リサ、貴方はどう思う?」
  リサは手持ちのスマホで既に検索している。左手を軽く握り人差し指の拳を唇に当てて考えていたがやがて顔を上げた。
「確かに興味深いですね、これ。新興勢力としての我がチームに希望者がアピールしてもらえるかは疑問ですけど・・」
「1つの媒体として放っておいても得られる情報ツールって、心強いと思わない?コストも抑えられそうだし。」
「そうですね・・」
  リサが再びスマホでチェックしている間、舞はトミー部長に向き直った。
「しかしなぁ、キミが対応する時間があるのかね?」
  彼は小首を傾げて聞いてきた。
「へいへい、わたくしめが対応させて頂きましょ。」
  リサは、スマホをテーブルに置くと両手を広げ唇をへの字にして嘆息した。
「ありがと〜リサ様!頼りになるわぁ〜🎵」
「で、いつ見つけたんです、これ?」
「エヘ、実はさっきなんだぁ〜🎵」
「あのねぇ!その場当り的な仕事、少し改めること出来ませんか?」
「どーも、スミマセン(泣)」
「絶対、反省してないでしょ!」
「そんなことないよ、海よりも深く反省してるもん!」
  リサが腕を組んで股を開いて仁王立ちで舞を説教しているのに対して舞は、リサに身振り手振りでアピールしているが、よく見るとリサのジト目が怖い。立場が逆転しているこの二人の関係がこれで立派に成り立っているのが愉快でならない。まあ、取り敢えず新監督プロジェクトに向けて第一歩というところであろうか。

第4話へ続く。

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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