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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第10話 「交錯」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK

https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A

『主な登場人物』

原澤 徹:グリフグループ会長。

北条 舞:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。

橋爪 奈々:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 契約課 チーフ。舞の同期であり親友。

アリカ・ラルフマン:エーリッヒ・ラルフマンの一人娘。YouTuber。元ドイツ陸上界の至宝。ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報課社員。

エリック・ランドルス:ロンドン・ユナイテッド FC 秘書部 秘書室長。

エーリッヒ・ラルフマン:サッカーワールドカップ2014優勝ドイツチーム元コーチ。現ロンドン・ユナイテッドFC監督。

クリスティアン・ビバーテ:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報課社員。

ゲイリー・チャップマン:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報部長。

ジャック・ブラフィニ:ロンドン・ユナイテッドFC広報部 広報課長。

マービン・ドレイク:ロンドン・ユナイテッドFC専務取締役。

ライアン・ストルツ:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報課チーフ。舞の同期であり頼れる親友。

エマ・ファニング:世界で最も著名なサッカー誌である『エンペラー・オブ・サッカー』敏腕女性編集長。

ジェリド・マーカス:世界で最も著名なサッカー誌である『エンペラー・オブ・サッカー』記者。

ダニー・フォステム:イギリスで最も売れている大衆紙『ザ・ムーン』記者。

タニア・ブルックリン:高級紙で最も売れている新聞『デイリー・テレファイル』記者。

ローリン・マカヘェイ:『ビューディフル・サンデイ』記者。

☆ジャケット:ロンドン・ユナイテッドFC監督エーリッヒ・ラルフマン就任会見

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第10話「交錯」

"カラン!カラン!"
ロンドン・ユナイテッドFC広報部広報課チーフのライアン・ストルツは仕事を終えると、ここ『ザ・ナイツ・テンプラー(テンプル騎士団)』に足を踏み入れた。元は銀行だった建物がパブになっている所がいくつかあり、こちらは店名こそ「ザ・ナイツ・テンプラー(テンプル騎士団)(The Knights Templar)」と変更されているが、正面玄関に刻印されているのは、「ザ・ユニオン・バンク・オブ・ロンドン」という銀行名だ。ここを経営するのは、庶民派パブ・チェーンのウェザースプーン社。だから素敵な見た目に反して、とても良心的な値段で飲んだり食べたりできるので非常にオススメである。
彼は、迷うことなく何時もの席に向かうと、そこには既に契約課チーフの橋爪 奈々が待っていて、軽く手を挙げ合図をしてきた。
「よう!あれ、舞は?」
「遅れるって。」
ライアンは、奈々の正面にある椅子を引いて腰掛けると彼女の飲み物を覗いた。
「そうか。ん?お前、何飲んでんだ?」
「London Prideよ。」
「よし、俺もそうしよう。」
二人が選んだ『London Pride』というビールは、『ロンドンの誇り』という名の通りに、まさにロンドンを代表するエールといえる。ロンドン中心地のほとんどのパブで、銘柄を言わずにエールを頼むと、まずこのエールが出てくることだろう。それだけ地元の人たちに受け入れられているエールなのだ。ロンドンに本拠地を置く、名門フラーズ醸造所のトップシェアを誇り、国際的な数々の賞を受賞しているこのエールを口に含むと、なぜ地元の人たちが迷わず最初にこのエールを頼むかが理解できるはずだ。
ライアンが運ばれて来たグラスを持つと奈々はそのグラスに"カチン!"と自分のグラスを当て一口ビールを、口に含んだ。
「ねぇ、舞は相変わらず忙しそうね?」
「ああ、色々と奔走してるよ。これ、食っていいか?」
「勿論、適当に頼んだから、食べたいのあったら頼んでよ。」
「おお、サンキュー♬腹減ってたんだぁ〜!」
ライアンは、奈々から渡されたメニューを見て舌舐めずりをしている。
「どれが良いかなぁ〜♬」
「ライアン。」
「んー、何だよ?」
「舞には、気持ち伝えたの?」
メニューを見ていた手を止めて、ライアンは奈々を見た。
「いや・・まだだけど。」
「如何して言わない訳け?」
「如何してって・・。」
奈々は、背もたれに寄り掛かって呟くように言う。
「舞と部屋で朝まで二人で過ごしても何も出来ないなんて、男としてどうかしてるでしょ?」
「しかし、それについては、舞も望んでないことをお前も聞いてるだろ?」
「そうだけど、舞は舞で悪いところもあるのよ。だってライアンの優しさに甘えてさ、間宮さんの時なんかがそうじゃない。まさかのベッドで他の女といたしている最中を目撃して何も出来ないなんて、貴方達、ホントそっくりよ。」
「それ以上言わないでくれ、俺は今の関係も結構気に入っているんだ。」
すると奈々がテーブルに肘を付いて前のめりになった。
「じゃあ聞くけど、あの子が他の男に抱かれる、そんなことになってもいい訳?」
「さっきから、何だよ?」
「私は心配してるのよ。」
「心配?何が?」
"カラン!カラン!"
入り口に来店を知らせる鐘の音がした。
「恋愛は、戦場よ。敗者に生きる場所は無いわ。」
「怖いこと言うなぁ、お前。」
「お待たせぇーー!ごめんね、遅くなって。」
と、二人の元にマフラーを巻き、頬と耳を林檎の様に紅く染めた舞がやってきた。真っ白な肌をしている彼女にとっては、その紅さが外の寒さを際立たせている。
「あれ、どうしたの?何かあった?ん?」
「あ、いや・・別に。」
「アンタの顔見たら、どーでも良くなったわ。」
「どういうこと、それ?」
舞は頬を膨らませてそう言うと、二人の斜向かいの椅子を引いて、マフラー、コートを脱ぎ始めた。ライアンは立ち上がると脱ぐのをアシストしてハンガーに掛けてあげた。
「Danke!ライアン、優しいね。」
ライアンは、嬉しさを誤魔化し照れて目を逸らしたが、その際に奈々と目が合い、バツの悪い表情をした。
「ねぇねぇ、二人共『London Pride』飲んでるの?じゃあ、私もそれ!」
「舞はミルクでも飲んでなさい。」
「えっ?カルアミルクなんか、私飲まないよ?」
「ちょ、ちょっと待ってな。奈々、もう一杯どうだ?」
「私?そうね・・『ブルゴーニュの赤ワイン』をお願い。」
「分かった。」
「あ、ねぇ!ライアン、私、『London Pride』でいいからね?ミルクは嫌だよ(泣)!」
ライアンと奈々が真剣に言ってくる舞に吹き出して笑うと、彼はカウンターの店員に頼みに行き席を外した。
「ねぇ奈々、ライアンと何を話してたの?」
「貴女のことよ。」
「えっ、私?なになに、どう言うこと?」
「相変わらず末っ子風情の妹ちゃんね、って。」
「ホントにぃー?あんにゃ郎!」
「フフフ。」
膨れっ面をした舞は、ライアンの飲み掛けのエールが入ったグラスを掴むと一気に飲み干した。舞は、二人姉妹の妹に当たるのだが、その為か甘える癖、他人の顔色を伺う癖が自然と身に付いてしまった。特に弟の居る長女の奈々とは、同じ歳ながら自然と感覚的に頼れて安心出来る。奈々としても甘えてくる舞は、可愛くて仕方ないようだ。
「ふー、まいう〜〜♬」
「ほい、お嬢さん。」
奈々は、ライアンのエールを飲み干した舞の口にフォークで刺したウインナーを放り込んだ。
「ふぁんくゅーー(サンキュー)♬」
そこに、ライアンが二人の酒を持って来た。
「あいよ、お待たせ・・って、おい!俺の飲みやがったな!」
「ここに居る腹ペコちゃんが飲んじゃったわ!もう一度、行っておいで。」
「マジかよ、まったく!」
「ほれがいれぇー(お願いねー)!」
舞が更にライアンの皿にある鶏肉料理を頬張りながら言った。
直ぐに自分のエールを持ってライアンが戻って来た。
「あ!この腹ペコちゃん、今度は俺のを食いやがった!」
「ケチケチしないの!ほら、かつて温かかったじゃがいもを食べりんさい!」
「奈々、何処の言葉だよ、それ。」
拗ねて口を尖らせるライアンに、舞が新しく運ばれて来た料理を取り分ける。
「おい舞、俺は人参なんか食べねぇーからな!」
「ダーメ!ちゃんと食べないと大きくなれないよ。」
「これ以上なってたまるか!・・だから、要らないって!」
「観念なさい!」
頑なに拒否するライアンを奈々が眉を歪めて咎める、そして、舞が取り分けた人参をフォークに刺してライアンの口元へと運んだ。
「はい、あーーん♬」
「要らねーよ!」
「おいし〜よ♬」
「要らねーって、言ってるだろ!」
「はい、どうぞぉ♬」
「だから、要らないって・・。」
顔をしかめて嫌がっていたライアンの目に、眉をハの字にして目を潤ませ上目遣いで見てくる舞の顔が飛び込んで来た。
「お願い・・食べて。」
「・・はい。」
そう言うと、ライアンは人参を根性で口に含んだ。
「うえっ、不味い!」
「ちょっと!吐かないでよ、ライアン。」
「ありゃ、私が料理した人参なら大丈夫なんだけどなぁ〜?」
舞が、取り分けた小皿とフォークを持ったまま呟いた。
「そうなの?」
「うん、食べられないって言うから、前に人参料理として肉じゃがを作ってあげたのよ。その時は『美味しい!』って、食べてくれたもん。」
「ただ温めただけの人参なんか食えるかよ!」
「んまぁーー!ワガママさん。」
「でっかい、クソガキだわ。」
「おい奈々、『クソ』は余計だろ?』
舞がライアンの顔を覗き込んで言った。
「あれ?『ガキ』は、良いんだ?」
「もういいよ、お前ら・・。」
奈々と舞がお腹を抱えて笑っているのを、ライアンは頬杖を付いて見ている。いや、正確には舞を見ていた。楽しそうにしている彼女を側で見ている、それだけで良かった。あの日、付き合っていた間宮 孝彦が目の前で浮気をしている現場を目撃してしまった舞が、自分の腕の中で一晩中泣き続けた。彼は、あの日からいや違う、彼女に出会った時から側に居たいと思っていた。笑わなくなった彼女が見せる、憩いの瞬間を側で見れること、彼にとってこれ程の喜びは他には無かった。
と、感傷に浸っているライアンを気にしながら、ワインを飲み干した奈々がウェイターを呼ぶ。
「スミマセーーン!」
「はい、何でしょうか?」
「『ブルゴーニュの赤ワイン』・・あ、二人共どうする?」
「奈々、ボトル入れてよ、私もそれでいいから。」
「俺はまだ、エールでいい。」
「そう?なら『ブルゴーニュの赤ワイン』のボトルと『London Pride』を宜しく!」
「かしこまりました。」
ウェイターは、注文を聴くとカウンターへと下がって行った。そこで、奈々が話し始める。
「でもさ、舞は遅刻して来たんだから何か罰ゲーム考えなきゃね。」
「えー、何でよ!仕方ないじゃない、仕事なんだもん。」
「まあ、ワリカンだし、いっか!」
「ワリカンなの?ねぇ、ライアン?」
「お前ら、たまには俺より多く払ってみろよ。」
「なんで私が?」
「どうして?why?」
「いい加減にしろよ!」
ここでまた、笑い転げる二人。奈々は、テーブルを"バンバン!"と叩いて笑っているし舞は相変わらず「お腹痛〜い!」と涙流して笑っている。
「じゃあ、舞は便所掃除だな。」
「ちょ、ちょっと、どうしてそうなるのよ!嫌よ、オフィスのトイレ掃除なんて!」
「だったら、ライアン邸のトイレ掃除しなさいよ!」
「え?それ、普通。」
「はい?・・してるの?アンタ?」
「えっ、何で?ダメ?」
奈々は、目を見開き舞を見ているのに対して、舞も同じようにして見つめ合っている。」
「だって、ライアン掃除しないんだもん。」
「どうも、スミマセン。」
「いや、そういうことじゃなくてさ・・もう、付き合いなよ、アンタ達。」
ライアンは、突然の奈々による発言にビックリして口を挟んだ。
「お、おい、奈々・・。」
と、舞が右手を顎に当てて考えている仕草をしたが、顔を起こしてライアンを見て一言。
「そうするか?」
「えっ?」
「舞・・」
と、言った数秒後、急に舞がライアンの肩を叩いた。
「やーだ、冗談よ!ゴメン、ゴメン。こら、奈々、変なこと言わないの。あ、ちょっと化粧室行って来るね。」
(こいつ、動揺したな。)
慌ててポーチを持って化粧室に行く舞を二人が見ていたのだが、見えなくなった瞬間、奈々がライアンを睨み付けた。
「バカ!折角振ったのに、今のチャンスじゃない!」
「いいって、その時になったら・・その時になったら俺から言うよ。」
深く吐息を奈々が吐き、ワインをグラスに注ぐ。真紅のワインがクラスの中で舞い踊る。彼女は、グラスを掲げライアンに呟く。
「私は、アンタに幸せになって欲しいと思うのよ、舞とさ。」
「奈々・・。」
「頑張ってよ。」
「ああ。」
二人は、グラスを"カチン!"と合わせると口に含んだ。そこに舞が戻ってきた。
「要るかい?ワイン?」
「うん、ありがとう。」
「どう?する気になった?」
舞とライアンが驚いた顔をして奈々の顔を見る。
「えっ?」
「トイレ掃除!」
「だ、だから、オフィスのトイレ掃除なんかしないって!第一、委託でお願いしてるじゃない。嫌よ!」
舞が口を尖らせて膨れている。
「嫌か、やっぱり。」
「い・や・です!」
舞が"プイ!"と膨れて横を向いてワインを口にした時、テーブルに肘を付いてライアンが話し掛けてきた。
「そう言えば、うちの会社のトイレ、結構綺麗だよな。」
「うん、まあ、そうね。」
「ねぇ、もう止めない、食事中だよ。」
舞が嫌そうに顔をしかめてワインを口に運ぶ。」
「最近よね、変わったの。」
「何でか理由を知ってるか、お前ら。」
「えっ、何で?何かあったの?」
奈々も身を乗り出して聞いてきた。舞は相変わらず嫌そうにしている。
「会長だよ。」
この瞬間、舞が一瞬で振り向いた。目を見開きライアンを見ている。
「会長?会長の一言で?」
「それがな、月曜日の朝って結構汚れている時があるだろ?それに対して、会長が日曜日に出て掃除しているのを社員で見た奴がいるんだよ。」
「はあ?嘘でしょ、会長が??」
舞は、口を半開きにして聞いていた。意味が分からなかった。世界に名を馳せるグリフグループのCEO、そのとんでもなく偉い人物が、自社ビルの掃除をしている、しかも内緒で。考えられなかった。
「それを知った総務部総務課の面々が大変だったそうだよ。そりゃそうだよな、会長が休暇を返上して掃除をしてるんだからな。」
「舞なんか、罰ゲームでもやらないって言うのにねぇ。」
「本当だな。」
今度は、奈々とライアンが二人で大笑いをしている。だがそれに対して舞は、ワイングラスを持って項垂れていた。自分は何てちっぽけな女なのだろう、誰にも言わずにただ皆の為、お客さんの為に掃除をしていた会長。
(嫌だなんて・・嫌だなんて、私、何言ってるんだろう。私・・すみません、会長。)
「ちょっと、舞、どうしたの?」
「えっ?えっ?何だ、何があった?」
舞は気付かぬうちに泣いていた。止めどもなく涙が溢れて止まらなかった。こんなこと、元彼と別れて以来な気がする。舞の泣いている姿を見た奈々は、全てを悟った。
(なんてこと!舞、あなた・・。)
「ライアン、お願いがあるんだけど、いい?空いたお皿、片付けて貰って良いかしら?」
「えっ?・・ああ、分かった。」
ライアンは、集めた皿とグラスを持ち心配そうに舞を見ながら、カウンターへと運んで行った。
舞にハンカチを奈々が手渡すと、思い出した。舞はユリ課長に書類を渡しに行く際、会長に助けてもらったことがあった事を・・。
「いつ頃からなの?」
「ごめん・・何が?」
舞がハンカチを受け取り涙を拭くとティッシュを取り出して鼻をかんだ。
「会長への想いに気付いたのは?」
「・・最近。」
「そう。」
「バカよね・・分かってるのよ、立場が違うって。でも、仕方ないじゃない!好きになっちゃったんだもん。」
アルコールも入り思わず感情的になった舞は、奈々に身体を向けて話し掛ける。だが、奈々の彼女を見つめる哀しげな瞳に、舞は思わず視線を逸らした。
「そんな目で見ないでよ・・。」
「舞・・。」
「この気持ちをお伝えするには、仕事しかないから・・だから、私・・。」
奈々は深く吐息を吐くとワインのコルクを開けて舞のグラスに注いだ。心地よい音色を奏でてワインが注がれて行く。
「幸せになりたいね、舞。」
「うん・・。」
項垂れて聞いている舞のワインが注がれたグラスに自分のグラスを"カチン!"と響かせた奈々は、ワインを飲み干した。皆、幸せになればいい。でも、想いの叶わぬ、その恋の行方は幸せへと導いてくれるのか?すれ違いの恋模様は、先の見えないトンネルの様な不安を伝えていた。
「舞、大丈夫か?」
食べ終った食器を店員に渡しに行ったライアンが戻って来ると心配そうに舞の顔色を確かめた。
「うん・・ゴメンね、もう大丈夫。」
「お前は、何時もそうだな。」
「えっ?」
「必ず先に謝るところ。」
「・・ゴメン。」
「いいんだよ、謝らなくて。少しは見倣えよ、奈々を。」
「おい!」
ライアンの"ボケ"に奈々が突っ込んではみたものの、舞の表情は冴えない。空気を変える為に奈々は、ライアンが座るのを確認して口を開いた。
「ところで二人共、昨日の記者会見はどうだったの?」
舞は"はっ!"とした表情を見せるとライアンに視線を走らせた。
「そうだったな、悪い。今から話すよ。」

☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆

「定刻になりましたので、この度、予定通りロンドン・ユナイテッドFC監督に就任致しました、エーリッヒ・ラルフマン氏の記者会見を行いたいと思います。」
グリフグループ本社ビルの満員となったプレスセンターに拍手が木霊した。
「司会進行は、私、ロンドン・ユナイテッドFC広報部広報課課長 ジャック・ブラフィニが務めさせて頂きます。」
ブラフィニ課長が会釈をする。
「司会進行に当たり幾つかの諸注意をお伝え致します。本日は、ロンドン・ユナイテッドFCの監督就任の記者会見となるため関連事項に関しましてはお答え致しますが、それ以外のことに関しましてはお答えを控えさせて頂きますので、予めご了承願います。それでは早速ですが、皆さまから見て左側を御覧下さい。エーリッヒ・ラルフマン監督です。」
チームアンセムが流れて数秒後、左手よりエーリッヒ・ラルフマン監督が登場して来た。凄まじいフラッシュが彼を包んでいく中、ゆっくりとした歩調で、しかし確実に一歩一歩祭壇に近付いていった。そして、祭壇横に来ると一礼して着席し手前にあったペットボトルのキャップを開け、水を一口飲んだ。
「お忙しい中、この度、私、エーリッヒ・ラルフマンのロンドン・ユナイテッドFC監督就任記者会見にお越し頂き、誠に有難う御座います。私も、監督業としては初となるため不安は有りますが、原澤会長を始め、北条スポーツディレクター、他皆様方の期待に応えられるよう粉骨砕身で頑張っていきたい、そう思っております。宜しくお願いします。」
ラルフマン監督は、自分を見出した原澤会長と舞の名を発表し感謝の意を表明した後、座ったまま会釈をした。凄まじいフラッシュが辺りを包み記者達は二人の名前をメモに記入している。
「それでは、御来場の皆様より質疑応答を賜りたいと存じます。」
ブラフィニ課長の許可を得て、記者達が一斉に挙手し始めた。彼は最前列中央のブルーシャツの記者を指示した。イギリスで最も売れている大衆紙の記者である。
「『ザ・ムーン』記者のダニー・フォステムです。先ずはラルフマン監督、御就任おめでとうございます。これからのご活躍を期待しています。それでは伺いますが、直ぐに監督が求めるサッカースタイルを導入するのか?それともこれまでのスタイルを維持するのかを教えて下さい。」
「この大きな機会を頂けたことは名誉であり、全ての関係者に私は感謝している。私は何より重要なのはバランスだと考えている。良い部分を残しながら改善出来る箇所は改善して行くことが理想だと思っています。」
次に挙手し指されたのは『デイリー・テレファイル』高級紙で最も売れている新聞の記者である。
「『デイリー・テレファイル』のタニア・ブルックリンです。ラルフマン監督、御就任おめでとうございます。監督が目指すサッカースタイルはどの様なものですか?お聞かせ下さい。」
「そうですね、結果が重視されるのは仕方の無い事ではありますが、サッカーは喜びでありスペクタルである、と考えています。サポーターの方々に喜んでいただける、そんなサッカーをチームの皆と目指して行きたい。美しく勝つことが現代でも可能なのだと、私は思っている。」
ブラフィニ課長が次の記者を指そうとした所をラルフマン監督は、左手で軽く制してから続けた。
「そして、決して諦めないことです。未来を担う子供達、人生に悲観している、そういった方々に夢と希望を与えらる、その様なチームを志したい。」
次にブラフィニ課長が指名したのが『ビューディフル・サンデイ』の記者ローリン・マカヘェイであった。
「ラルフマン監督、この度の御就任おめでとうございます。そして、一サッカーファンとして、凄く楽しみで期待しています。さて、伺いたいことですが、チームはこの先、2部リーグを優勝して昇格を目指すのか、其れとも昇格のみを目指すのか、教えて下さい。」
「その件につきましては、チーム首脳陣共々検討中です。良い結果を残す為にはどの様な思考で試合に臨むべきなのか、より良い案を思案してますので、今しばらくお待ち願いたい。」
「それは、監督と首脳陣の意見に相違がある?そういうことでしょうか?」
「いや、そういうことではありません。チーム運営に関わること故、くれぐれも中途半端なスローガンを掲げたくない、そういう事と理解して欲しい。」
「それでは・・はい!其方の方。」
ブラフィニ課長に指名されたのは、『エンペラー・オブ・サッカー』の記者ジェリド・マーカスである。
「質問の機会を頂き、感謝致します。ラルフマン監督、私、就任のお祝いを述べるつもりでしたが、やはり出来ません。」
この発言に会場が一瞬で騒めいた。マーカスの隣にいる編集長のエマ・ファニングの真っ赤にルージュを塗られた口角が僅かに上がる。
「私は『Mannschaft』の大ファンでして、2014年のワールドカップ優勝は鳥肌が立ちました。そして、貴方はあのチームの偉大なコーチだ。その様なグレイトな方が、何故、イングランド3部所属、しかも2部でさえ経験していない歴史もサッカー経験も浅いチームの監督を受諾それたのですか?納得出来る説明を是非、お願いします。」
マーカス記者は"してやったり!"と言った所か、鼻の穴が拡がり胸を張って着座した。ブラフィニ課長がラルフマン監督の表情を伺うと彼は、姿勢を直し語り始めた。
「ドイツ代表がその4年後の2018年ワールドカップにおいて、メキシコ、韓国に敗れ4位に甘んじて予選敗退となったことは記憶に新しいと思う。その際、私がコーチングしなかったことを一部のマスメディアの方々が叩かれた、これは非常に残念でならない。実際にコーチングしたメンバー達の心情を考えると辛過ぎる。勝ち負けは、スポーツの常ですから、非難するのは仕方がないのかもしれない。だが、言われる側がそれを望んでいない場合もある。貴方が仰る事は、ロンドン・ユナイテッドFCの皆が悔しく思っていることだ。分かりますか?あの日のドイツ代表コーチ達、選手達も今の私と同じ心情であろうと。ですから、言われたことを悔しさとし、チーム関係者達と良い意味で貴方の言われた事を見返せたら、と有り難く思いますよ。宜しいですかね?」
マーカス記者は、軽く会釈をして返したが、このラルフマン監督の返答に周囲から軽く拍手さえ起こった。そして、ファニング編集長が脚を組み顎を引いて腕を組み話を聴いていたのだが、即座に挙手をした。一瞬、それを観たブラフィニ課長が眉を曇らせたのだが・・。
「では、ファニングさん、御願いします。」
ファニング編集長が"スッ!"と背筋をバレリーナの様にして立ち上がる。薄いブルーの瞳がラルフマン監督を捉えて離さない。
「『エンペラー・オブ・サッカー』の編集長エマ・ファニングです。ラルフマン監督、伺っていますと同情で監督を引き受けた、そういう風に取れますが如何ですか?でも、ラルフマンコーチは非常に慎重なお方、知り得る限り感情論とは無縁と思ってましたのに、一体、何故?」
ファニング編集長は、左手を組みビバーテから渡されたマイクを右手で持ち質問をした。ラルフマン監督は、ファニング編集長を見ていたがブラフィニ課長を見ると質問をしてきた。
「お答えするに当り、個人的な事を申し上げなければならないが宜しいですかね?この場に相応しいとは思わないが・・。それに、ファニング編集長が言われる感情的な私を見せてしまうことになるが。」
スタッフに緊張が走り、ブラフィニ課長もドレイク専務、チャップマン部長に視線を走らせた。
「チャンスだわ。」
「えっ?チャンス?」
「ラルフマン監督という人物を知らせるためにも、また、マスコミに釘を刺すためにもね。」
舞の呟きを聴いたライアンは、会場の周囲を心配そうに見廻している。一方で舞は、ラルフマン監督を見据えていたが、ふと視線を感じたため、その方を見た時、自分を見ていた人と視線が重なった、原澤会長である。二人は数秒見つめ合っていたが、舞の軽く瞬きをした所で原澤会長が隣に居るチャップマン部長に声を掛け指示を出した。この時、壇上に居たラルフマン監督、ブラフィニ課長もチャップマン部長が『OK!』のサインを出すのを見ていた。ブラフィニ課長は、その際、原澤会長が舞とアイコンタクトをしているのに気付いた。そして、それはファニング編集長も。
「では、恐縮ですが私事を。2014年のワールドカップ後に妻が病気である事を娘から聞かされました。妻は迷惑をかけまいと、伏して闘病生活をしていたとのことでした。それはショックでした。知らなかったこともそうですが、知らされなかったこともね。考えると妻とは数えられる程の思い出しかなかった。その妻と最後の思い出作りを兼ねて闘病生活を行っていましたが、その妻から病床より「サッカー界に復帰して欲しい。」そう言われていました。妻を亡くした時から、監督打診は色々と頂いていました、がしかし、全くその気にならず日々を過ごしていたんです。そんな私を娘は側で支えてくれて私は甘んじてしまった。慣れてしまえば、その環境も心地よく思えてきてしまう。だが、娘はドイツ陸上界の希望と言われた逸材であったのに、私は自分の自堕落な事流れ主義で彼女の未来を無くしてしまうところでしたが、そこに、ある女性が現れたのです。」
会場は、まさかのラルフマン監督による告白に静まり返っている。ファニング編集長は、座って脚を組み集中し切っていた。そして、ラルフマン監督が舞を見たのだ。
「ロンドン・ユナイテッドFCスポーツディレクター 北条 舞チーフ。」
よもや個人名を出すことはないであろう、そう思っていた舞は、自分の名前を呼ばれて心臓が跳ねるような衝撃を受ける。当然、スタッフ達一同が彼女を見てくるので、彼女は耳朶まで朱に染め視線を忙しなく動かしていたのだが、その目線の中に一人異質なものを確認し心を落ち着かせることが出来た、原澤会長である。彼は口で"さすが!"と言っているのが分かったが、その時の表情が珍しくコミカルなものであった。
(あ!ズルイ〜!会長、私、一人の手柄にして!!さては、ラルフマン監督と打ち合わせしてる?あり得るなぁ!)
唇をへの字にし尖らすと、会長を冷ややかな流し目で見ていた。
「ファニング編集長、彼女ではないですか?」
部下のマーカスが隣から指を差す方を確認したファニング編集長は、皆からの視線を浴びている一人のアジア人女性を確認した。
(あら?彼女、あの時の・・。)
ファニング編集長も、記憶を手繰り寄せる。先程、原澤会長とキスをした現場を観てふて腐れていた彼女だ。今も同じ様な顔をしている?何故?彼女が舞の視線の先を見て確認すると、思わず目を見張った。原澤会長である。
(へぇー、そういうこと。)
ファニング編集長の顔が思わず引きつった。
「彼女からの連絡は、娘アリカへのオファー、そして、私の監督就任というものでした。娘は、私のついでに就職を斡旋するものと思い、半ば冷やかしで彼女に会いに行きました。私は、大学に行けなかった娘の就職が理想的に叶うと期待しましたが、帰ってきた娘は時を惜しむ様に私に彼女から言われたことを話してくれました。娘が、三部リーグの無名チームと卑下してしまった後、舞さんから言われた言葉は忘れられない、そう言っていました。」
話を止めて周囲を伺うラルフマン監督を皆が先を求める視線で応じる。舞は、視線を伏せたりしながら周囲を恥ずかしそうに伺っていた。そんな彼女をライアン、エリック、チャップマン、ブラフィニ、そして原澤会長が優しく見つめている。
「彼女が娘に言ったそうです。
『私達を馬鹿にする人達には、どうぞ勝手に笑わせるわ!でもね、いつか絶対に後悔させてやる。何故なら、私達は必ず夢を実現させてみせるからね。』
と、娘は興奮して言いました。
『私も、舞さんの様になりたい!負けない勇気と強さを持って頑張るの。父さん、私、走る。走ってドイツ代表になって、東京オリンピックで金メダルを獲って父さん、舞さんに掛けてあげたい!』
と、嬉しかったです。娘のこんなキラキラとした表情は久し振りに見ました。そして、私も身体が熱くなった。」
ラルフマン監督が目の前のペットボトルの蓋を開けて水を飲む。
「そして、舞さんと私は会いました。会った早々、彼女はこう言いましたよ、
『エーリッヒさんは、本物のピクルスをご存知ですよね?』
『勿論・・ピクルスなら私も栽培しているよ。』
『でしたら、その自慢のピクルスを"本物ではない"と言われたら?』
『・・・』
『貴方が"本物のサッカー監督にはなれない!"と言われたら、貴方のお嬢様は激怒するでしょうね、何故なら"本物を間近で観てる"んですもの。』
と、言葉が出なかった、もう、やられた!そう感じましたよ。」
ラルフマン監督は、背もたれに寄りかかると清々しい笑顔を皆に見せた。舞は、深呼吸して息を吐き出すと原澤会長に視線を送ったのだが、そこにはランドルフ秘書室長、ドレイク専務、チャップマン部長、そして、原澤会長が居なくなっていた。舞は慌てて周囲を確認しその場を後にする。
「ごめんライアン、後をお願い!」
「えっ?おい!舞!」
彼女は、会場を出て足早に周囲を見渡すと先程の部屋が閉まっているのに気付いた。そっと、扉に近付いてみたものの声は聴こえない。仕方なく、彼女はまた会場に戻って行こうとした時だった、扉が開き中からエリック秘書室長が出て来た。
「あっ!姫、中に入って!」
「えっ?あの、でも・・。」
「早く!」
舞はエリック秘書室長に誘われて中に入った。其処には、記者会見をモニターが映し出しており、チャップマン部長、ドレイク専務、そして、原澤会長が座って観ていた。
「あ、あのう・・。」
「やあ、北条チーフ、お疲れ様。」
「お疲れ様です、ドレイク専務。失礼しますが、どういう事でしょうか?」
手前に居たドレイク専務が振り返り声を掛けてくれたことに対して、舞は疑問を投げ掛けてみた。だが、視線は自然とモニターを仰視している原澤会長を見ていた。
「先程のラルフマン監督による発言で、君はマスコミの恰好の標的となってしまった。あの会場に居るとまずい、となったわけだ。」
「そう・・ですか。ですが私には何も・・。」
舞は自分に会場を出るように声を掛けて貰ってない、そう抗議しそうになったのを控えたのだが、
「会長が『彼女なら自力で気付く。』そう言ったのさ。」
チャップマン部長がモニターを観たまま"ニヤニヤ"して話し掛けて来た。
「だが、エリック秘書室長は優しいからキミを呼びに行った、そういうことだよ。」
ドレイク専務が振り返り話して来た。舞は俯いたまま壁際を歩き原澤会長の左隣に来た。
「会長・・何故、私とアリカを持ち上げるようにエーリッヒ監督に話させたのですか?」
「私がそうさせたと?」
「そう思いました。」
皆が、二人の会話に注目している。
「ラルフマン監督を観てみろ、彼が真摯に捉えた本心を吐露しているのさ、だから万人の心を揺さぶったんだろう。」
「ですが、彼の発言には会長のことに触れていません、何故でしょうか?」
舞の発言を聴いた直後、原澤会長が立ち上がりドレイク専務を一瞥した。彼が軽く会釈をしたのを観て、舞はふと気付いた。
(もしかして、ドレイク専務が不動産事業と建設部門の隠れ蓑に私を?)
「終わったな、戻るとしよう。君はここに居るといい。」
そう言うと、彼は舞を残して部屋を出て行った。
「ドレイク専務、予定通りにお願いします。」
「分かりました。」
原澤会長を追い掛けてチャップマン部長、ドレイク専務も出て行った。舞は、彼等が出て行くと原澤会長の座っていた椅子に腰掛けた。
(チャップマン部長が、専務に指示を?一体どういうことなの??)
「納得がいかないかい?」
ランドロフ秘書室長が、舞の隣に立ち声を掛けて来た。
「原澤会長は、まるで私を"神格化"させるかのように扱っています、全然違うのに・・。」
「ラルフマン監督の言葉に誤りがある、と?」
「そうは言ってませんが、その・・言葉が足らないと思うだけです。彼は、原澤会長に心腹しました、でも、それに触れてはいない。彼もまた、敢えて発言しなかったように思うんです。」
「なるほど・・。」
舞の視線の先にあるモニターにラルフマン監督が映っている。恐らく最後の発言をしているのだろうか。
「ロンドン・ユナイテッドFCの今後のスローガンは、『サポーターと共に監督を育てる』となります。それは、決して監督という立場に傲らず、サポーターと共に歩む、そう理解しました。皆で、一つとなり、チームが夢を見ているだけでなく先へ進む現実を掴みたいと思います。今後とも、宜しくお願いします。」
ラルフマン監督は立ち上がると会釈をし、舞台袖へと捌けて行った。フラッシュが辺りを眩く照らしたが瞬時に会場内が慌しく動き始めた。口々に
『北条チーフは何処だ?』
『彼女を探せ!』
と聴こえる。ランドロフ秘書室長は、入口の鍵を掛けて数分後、扉を叩く音がした後にドアノブを開けようとする音が聴こえた。舞はビックリしてランドロフ秘書室長の背中に張り付くように隠れたが、数秒して静かになった。彼女は深いため息を吐いた。
「すみません。」
「もう、すっかり有名人だね。」
「勘弁して下さい(泣)。」
舞はもう、半泣き状態にあった。彼女はまたモニターに目を移したのだが、その直後、画面前に移動し直視した。
「どうかしたのかい?」
「会長・・。」
画面の端に原澤会長が映って居て、彼の正面にはファニング編集長がおり、立ち話をしている。先程まで、怯えていた彼女はもう其処には居ない。今、居るのは、狂おしく秘めた想いに胸を焦がし、画面をただ観ているだけの、一人の女だった。

第11話に続く。

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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