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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第18話 「意地」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK
https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A
『主な登場人物』
原澤 徹:グリフグループ会長。
北条 舞:イングランド3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。
カイル・オンフェリエ:ロンドン大学生チーム🆚市民チームの親善試合を観戦していた舞が出逢った謎の少年。
ケイト・ヒューイック:グリフ製薬会社社長。ロンドン大学ユニバーシティーカレッジ客員教授。
フェルナンド・ロッセリーニ:謎の少年に寄り添う老紳士。
マーティン・クラーク:ロンドン大学法学部教授。一年生主任教授。

エーリッヒ・ラルフマン:イングランド3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッドFC監督。
アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー。ロンドン・ユナイテッドFC選手。GK登録。通称アイアン。
ニック・マクダウェル:ロンドン・ユナイテッドFC選手。DMF登録。通称ニッキー。
レオナルド・エルバ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。OMF登録。通称レオ、ウェーブがかったブロンドヘアに青い瞳のイケメン、そして優雅なプレイスタイルとその仕草から"貴公子"とも呼ばれる。

🟨ロンドン大学サッカー部
監督:アンディー・デラニー
01.GK:ケビン・ブラスナー
02.CB:メルヴィン・ジャクソン
03.CB:オリヴァー・バーランド
04.RSB:ファランダー・ヤング
05.LSB:イアン・ヒューズ
06.OMF:コリン・ギルモア
08.CMF:ヒル・ブラマー
09.CF:ブライアン・モリス
10.RWG:ビリー・エイデン
11.CMF:ダニエル・モーガン
17.LWG:坂上 龍樹:ロンドン大学法学部1年。元極真空手世界ジュニアチャンピオン。ロンドン・ユナイテッドFC選手内定。

🟥ロンドン市民チーム
監督:エイブラハム・スコットニー:ロンドン市警の警察官。
01.GK:マイケル・ホード:ロンドンにある小学校の教師。
02.CB:デニス・ディアーク:元バイエルンミュンヘンユース所属、元ギャング団グングニルメンバーの在英ドイツ人🇩🇪。ごみ収集作業員。
03.CB:ビリー・フォックス:ロンドンの楽器店店主。
04.RSB:リチャード・パッサル、ロンドンのカフェに勤めるケーキ職人。
05.LSB:レオン・ロドウェル:特徴的なモヒカンヘア、鋭い目つきと色白のフェイスに赤い唇が印象的な在英アイルランド人🇮🇪。冷静沈着で仲間のフォローを得意とする熱い漢。ごみ収集作業員。
06.CMF:ジャレッド・ウェザー:ロンドンにある教会の牧師。
07.ST:ジェイドン・サンチョ:ロンドンのストリートで才能を育んだ若きドリブラー。ボルシア・ドルトムント所属。
08.LMF:クリスティアン・マーク:ロンドンにある不動産屋勤務。
09.CF:アシュリー・コリア:ロンドンにある本屋勤務。
10.RMF:ジェイミー・カーター:ロンドンにあるレストラン勤務。
14.CMF:パク・ホシ:金髪をオールバックにし編み上げた長髪を背後で束ねた姿がトレードマークの在英韓国人🇰🇷。車両修理工場勤務。

☆ジャケット:ロンドン大学サッカー部グラウンドのピッチで観戦している、北条 舞。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第18話「意地」

"ピーー!"
笛が鳴りロンドン大学チームのスローインとなって、審判が龍樹の交替を許可した。彼は軽く屈伸してから立ち上がり交替の学生とタッチをしてピッチへと入って行った。いよいよ始まる龍樹の試合に、舞は両手を握り締めてピッチを観ていた。
「お!もしかして、ナイスタイミングですか?」
彼女は、声を掛けて来た男性を振り返って見た。
「お待ちしてました、ラルフマン監督・・あれ?ニッキー(ニック・マクダウェル)?・・アイアン(アイアン・エルゲラ)!レオ(レオナルド・エルバ)!?」
舞に親善試合の詳細を聞きラルフマン監督は練習後、愛車にニッキー、アイアン、レオを乗せて来たのだ。同世代の彼等を呼んだことは、ラルフマン監督による龍樹への期待と舞は感じた。
「もう1人、コーチのロドリゲスも連れてくる予定でしたが、残念ながら無理でした(笑)。」
「無理?」
「アイアンには、2人分席が必要でしたからね(笑)。」
「デケェーのも困ったもんでよ、アクセルとブレーキを一緒に踏んじまうんだぜ、参るよ、ホント。」
「お前の運転する車には、俺は乗らないと決めたよ(笑)。あれ?お前・・運転免許いつ取ったんだ?」
「いや、取ってねぇーよ。」
「・・。」
ニッキーとアイアンの危ない会話に舞が割って入る。
「ちょっと!アイアン、そういう会話は辞めて頂戴!法に反することは、絶対に駄目よ!!」
「分かってるよ・・舞、あまりお袋みたいに言うなよ!」
アイアンが凄みを舞に対して効かせてきたため、舞は思わず怯えて身構えた。
「アイアン!」
ラルフマン監督が高い位置にあるアイアンの肩を掴んだが、彼は未だ舞に襲い掛かりそうなオーラを漂わせている。緊張が支配しているその時、ニッキーが口を開いた。
「おい、舞さんに失礼なことをしたと会長が知ったら、お前、どうするつもりだ?」
この一言を聞いた一瞬で、アイアンから怒気が消えた。それどころか、後頭部を片手で撫でながら舞の肩に触れ口を開いた。
「い、嫌だなぁ!冗談だよ、冗談。分かってるからよ、心配するなよ、な、舞?」
「えっ・・?」
「本当だって!な、だからよ、その・・会長には言わなくてもいいだろ?なぁ?」
ラルフマン監督、レオが、アイアンの高低差がある豹変ぶりを見て、思わず固まってしまった。
「ほら!監督、舞さん、グラウンドは面白い展開になってきましたよ。」
ニッキーが笑みを浮かべながらグラウンドを指差した先には、ロンドン市民チームの赤色ビブスを付けたメンバーがロンドン大学学生チーム側に攻め入っていた。ボールをキープしている赤色6番の選手は、斜め右前方に居る金髪の長髪をオールバックにして結い上げた赤色14番の在英韓国人選手パク・ホシにパスを入れた。色黒の四角い顔に細く逆三角形をした目、薄い唇に口髭はかなりの強面感を醸し出していて、今流行の韓流スター等とはかけ離れている。パクは、ボールをキープしていると右サイドを上がって来た選手にパスを出した、その時だった!
「お!インターセプトしたぜ!?」
アイアンが呟いたその先では、パクのパスを龍樹がインターセプトして足裏でボールを抑えた。
「随分、深い位置(自陣)まで戻ってないか?」
「そうせざる負えないんでしょう、キツいと思いますよ、これは。」
ニッキーの言葉に、レオが呟く。舞は2人の会話を反復してみた。
(ニッキーは、龍樹君にフロントライン(前線)を維持すると思っていた・・、レオは龍樹君が戻らざる負えないことを予測していた、そういうこと?)
「お姉ちゃん、"MAI"て名前なの?」
舞の左隣に居る謎の少年が舞のジャケットを引き声を掛けて来た。
「ん?なぁに?」
「あの人さ・・レオナルド・エルバ選手に似てるよね?」
「あら?本人よ(笑)。」
「えーーー!?」
「上がれーー!!」
少年の悲鳴と共に、龍樹の号令でロンドン大学学生チームのFW(フォワード)3人が上がって行く。
「監督・・4-2-1-3ですか?」
「そのようだな、彼はLWG(ライトウイング)のようだが・・。」
レオの質問に、ラルフマン監督は心配そうに答えた。
「危ない!?」
舞の慌てた声に彼女の側に居た少年が"ビクッ!"とすると共に市民チームのRSB(ライトサイドバック)赤4番レイトン・パッサルが龍樹に対してボールを奪いに来た。だが、それをダブルタッチフェイントで軽やかに龍樹はかわして左サイドをそのまま駆け上がって行く。
「・・全く動じてない。彼は予測していたようですね(笑)。」
レオが舞に顔を近付けて応えたのだが、それを少年が見つめている。
「そうなんだ、びっくりしたぁ〜!」
両手を口の前に持って来て目を丸くしている舞を見て、レオの顔に自然と笑顔が溢れた。

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ロンドン市民チームのフォーメーションは、4-2-2-2である。左ST(セカンドトップ)に7番のジェイドン・サンチョ、右CMF(センターミッドフィルダー)に14番パク・ホシ、LSBにモヒカンヘアの5番レオン・ロドウェル、そして右CB(センターバック)に模様のある剃り込みをした坊主頭の巨漢デニス・ディアークが守備に戻って構えた。
「パク!イキるな!?」
デニスの野太い声がピッチに響き、パクが右手を挙げて"了解"の合図を送り龍樹寄りにシフトしたディフェンスのポジションを修正し、下がって身構えた。
「ほう!」

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直後に発せられたラルフマン監督の声を舞は聞き逃さなかった。その一方で、ピッチ上の龍樹はボールをキープしていたのだが赤9番CF(センターフォワード)アシュリー・コリアが距離をとってディフェンスしていたため、彼は何度かボールを切り返しキープして様子を観ていた。だが、味方が動かない!敵も動かないのを見るや否や仲間の黄6番OMF(オフェンスミッドフィルダー)コリン・ギルモアに左手で"ポジションチェンジ"の合図を送るとギルモアは一瞬"俺?"と顔で疑問を示した後、アンディー・デラニー監督を確認し無言で頷いたのを見て移動した。
「まあ、それしかないですかね。」
「問題は、彼のパスに反応出来る選手が居るかどうかだな。」
レオとニッキーが龍樹のとった判断に一様の理解を示した。するとポジションスイッチの直後に龍樹は、黄6番LWGギルモアにスルーパスを送ったのだが、気を抜いていた彼は慌ててボールを追い辿り着きなんとかキープした。だが直後、赤9番CFコリアが距離を詰めてチェインシングして来ると黄6番LWGギルモアが慌てているのを見た龍樹がフォローに回りボールを再度受けた。今度、龍樹は前に抜けるふりをして後方に居る黄11番CMF(センターミッドフィルダー)ダニエル・モーガンにヒールパスをノールックで出した。彼は赤7番サンチョの横をフライパスを要求するジェスチャーをして抜けた。赤7番STサンチョは、予期していなかった龍樹の動き出しに顔をしかめると黄11番CMFモーガンからのグラウンダーパスをカットするラインをケアした。すると黄11番CMFモーガンは、焦ったのか見事に赤7番STサンチョへパスを出してしまった。龍樹は勝負を賭けた動き出しをした分、たたらを踏んでよろめいた後、振り返って赤7番STサンチョを確認したが、彼は見事なフェイントドリブルを屈指して敵陣を抜けて行くと発動したカウンターにより背後から接近して来た赤9番CFコリアとワン・ツーパスを繰り返してゴール前に辿り着き、本日の5点目を鮮やかにゴールに突き刺した。
舞がピッチ上の龍樹へと視線を送ると、其処にはため息をついて天を見上げる彼が居た。
「エースという者は、辛いものです。」
背後からラルフマン監督の呟く声が聞こえ、舞は振り向いた。
「近年のワールドカップで、アルゼンチン🇦🇷、ポルトガル🇵🇹が優勝出来てませんが、それこそ大エースのメッシ、ロナウドが苦労している所以なのでしょう。」
「でも、監督。相手はアマチュアですよ。彼にはもっと魅せて欲しいなぁ〜。」
「レオ・・彼もアマチュアなんだけど?」
「あ・・そうでしたね!失敬。」
レオが彼に期待しているのが、言葉の節からも読み取れる。
「悔しいだろうな、彼。」
ニッキーの呟きに舞が振り向く。
「ふん!そんな玉じゃねぇんだよ!見てみろ、回りが項垂れているのに一人だけ、炎のオーラを纏っていやがる。行くぜ、こりゃ。」
アイアンが呟くと同時にキックオフの笛が鳴った。センターサークル内にはやる気無さ気な黄9番ブライアン・モリスが右サイドの黄10番ビリー・エイデンにパスを出し項垂れたまま前に歩いて行くと、黄10番エイデンに赤8番クリスティアン・マークが飛び付く様に寄せて来た、フォアチェックである。慌てた彼は再び黄9番モリスにボールを戻したが、そのボールを見事に赤7番STサンチョがインターセプトしてドリブルに突入した、その直後だった!?
「うぉ!?」
サンチョの身体が宙を舞った!彼が勢いよくドリブルし始めたボールを黄9番モリスの影からスライディングして龍樹がボールに脚を掛けたのである。"ドゥッ!"とサンチョの身体が地面に転がるのと同時に龍樹はスライディングからそのまま立ち上がると凄まじい前傾姿勢のドリブルで相手陣内に突入して行った!
「お!行くか?」
ニッキーの呟きと共に赤2番デニス・ディアークの怒声が響いた。
「馬鹿野郎!止めろーー!!」
高速ドリブルに入った龍樹の前に、赤6番CMFのジョー・ウェザーが立ちはだかったが、彼は左にワンフェイント身体を振ると右に戻して全力で抜けて行った。赤6番ウェザーが振り返った時、龍樹の姿は既にバイタルエリアへと近付いていた。それに対して赤3番CB(センターバック)ビリー・フォックスが両手を広げて立ちはだかった。龍樹が赤3CBフォックスの左から思いっきりシュートモーションに入った時、彼は必死に左脚を伸ばしたところで、龍樹はシュートキャンセルをすると彼の右へと抜けた。だが、その直後、赤色2番デニス・ディアークが巨体を踊らせてきた。
「来るなら来てみろ!!」
龍樹は、彼の前をドリブルで抜けるとゴール右ポストラインに侵入した。ルーレットで身体をゴール側に向けた時、彼の視界に赤14番CMFパク・ホシがゴールニア側を防ぐ様に身体を滑らせて来た。しかも、背後から赤4番RSB(ライトサイドバック)リチャード・パッサルが近付くのを感じた。パク、デニスが並んで龍樹の視界をゴールから妨げたのだが、デニスは中央へのカットインを警戒して身体を半身にしている。龍樹がすかさず2人の間を抜ける動作をした時、それをお互いが防ごうとしたのを見て彼はダブルタッチドリブルにて中央に切れ込んだ。
「Verdammt(チクショウ)!?」
デニスが思わず口走り何とか身体を寄せるため股を開いた直後、龍樹は高速で股下にシュートしようと切り替えた。だが、彼はそれをキャンセルして更にファー側へボールを弾いたのだがその直後、デニスの背後をスライディングで赤5番LSB(ライトサイドバック)レオン・ロドウェルがカバーして来たのである。龍樹は、視線の端でレオンの動きを読んでいたのだ。彼がそのまま右脚を振り上げて蹴るとゴール左上角に、ボールが外側から弧を描きながら突き刺さった、コントロールカーブシュートである。
「ヤッターー!!」
舞が両手を挙げて喜ぶと・・。
「He shoots and... booyah!!(シュートして、、よっしゃあ!)」
舞の隣で少年も両拳を突き上げ喜び、二人は目を合わせると互いの右手をハイタッチで"パチン!"と鳴らした。
「やったね、"MAI"!彼、凄いや!!まるでメッシみたいだよ。」
「ね、言ったでしょ!彼"リュウ"の事、覚えておいてね♡」
舞は少年に屈んでそう言うと、ウインクしてみせた。
「うん!あ、そうだ!?そうすると・・僕が彼の最初のファンだね♬」
「あっ!そうなるかもね?後で聞いてみたら!」
「うん、絶対そうするよ!」
2人は見つめ合うと、自然と笑い出した。それを観ていた老人も嬉しそうだ。
「ねぇ"MAI"って、日本語だよね?お姉ちゃんは、日本人なの?」
「そうよ。私の"MAI"は、英語で"Dance"ていう意味があるの。」
「へぇ!"舞姉ちゃんか"ステキだね。」
「ふふ、ありがとう。それでは、私も伺うわね。貴方のお名前は?」
「僕?僕は・・カイル!カイル・オンフェリエといいます。彼は、フェルナンド・ロッセリーニです。」
謎の少年、カイルは、爽やかな笑みを舞に見せ、背後に立つ初老の紳士を紹介してくれた。フェルナンドは、舞に丁寧な会釈をしたため、彼女も丁寧に会釈をして返しカイルに耳打ちした。
「ステキな名前ね、カイル。」
舞が顔を離すとカイル少年は舞と見つめ合い、真っ赤になって俯いてしまった。
「やりやがったぜ、あのヤロウ!」
アイアンが右手で握り拳を作り、吠えるように呟いた。
「よくもまあ、あの高速から振り下ろした脚を器用にキャンセルしますね、大したバネだ。」
レオはそう言うと皆から離れた位置で屈伸、更に走ってアップをなぜかし始めた。
「アイアン、彼も少しは上手くなったようだな?」
「あん?リュウかい?」
「何だ?お前、気付いてないのか?」
「何をだ?」
「ジェイドン・サンチョ・・覚えがないか?」
「・・ねぇな、全く。」
ニッキーが、ため息をついた。
「いいか?俺がロンドンのストリートでお前の賭けサッカーの対象となって頑張っていた時、何度も挑んで来た奴がいたの思い出さないか?」
「沢山居たから、分からんぜ?」
「もういいよ、お前に真面目な話をした俺がアホだったよ。」
ニッキーは思い出していた、ストリートサッカーで自分に何度も挑んで来た同世代の少年、確か・・"ジェイドン"そう言ったはずだ。
「・・監督、自分もアップします。」
「ああ。」
ニッキーは、ラルフマン監督に告げるとレオに倣ってアップをし始めた。
「お、何だよ、言えよなぁ!俺も・・。」
「お前は、しなくていい。」
「へっ?何で???」
「いいから、ここで見ていろ。お前は、今は観て覚える時期だ。」
「ちぇっ!仕方ねぇーな、あいよ。」
ラルフマン監督に言われたアイアンは、口を尖らせて従った。
「先程のリュウが放ったシュート、お前ならどう防げたか?それを考えるんだ。」
「えっ?・・監督、それって・・?」
「当たり前だろう?ヤツは諦めてはいない。やるからには、例え負けたとしても自分には勝つつもりだ。」
「負けても・・自分には勝つ?ほう、随分諦めの悪いヤツだぜ(笑)?」
アイアンがセンターサークルにボールを持って走る龍樹を不敵な笑みを浮かべて観ながら呟いた。
「舞さん、監督に挨拶したいのですが?お願いしても宜しいですかね?」
「あ、はい。では、御案内いたします。カイル、またね。」
「うん、またね、舞姉ちゃん!」
舞はラルフマン監督に促されカイル少年と別れをかわすと二人でアンディー・デラニー監督の居るベンチへと向かった。
「負けても・・勝つ?それってどういう意味なの?」
カイル少年がアイアンのジャージを引っ張り聞いてきた。突然、少年から声を掛けられアイアンは目を丸くしたが、ニヤリと微笑むと話し始めた。
「昔から日本にはよ"Sometimes you win by losing(負けるが勝ち)"という言葉があるんだが、それに近いかもしれねーな。」
「"負けるが勝ち"?"負けは負け"じゃないの?」
「負けるということには、必ず意味があるのさ。反省は勝利への糸口ってな。無駄な負けを作るヤツは愚か者の証ってことよ!覚えとけよ。」
「貴方は反省することがあったの?」
少年は、アイアンの顔を見上げて小首を傾げた。
「ないな。」
「何で?」
「負けねーからよ。」
「す、凄いや!」
「おうよ!」
どうやら少年による羨望の眼差しはアイアンにとって、満更でもないらしい・・。
"ピーー!"再びキックオフの笛が鳴りセンターサークル内にいる、赤9番モリスからサンチョにボールが渡された。そして、今、彼の目線の先には龍樹が構えている。屈辱だった。5点取って無双した気分でいたのが、先程のインターセプトされたことで全て帳消しにされた思いだった。
(借りは、必ず返してやる!)
サンチョは、ボールをキープすると目前に居る黄9番モリスにドリブルで迫った。
「あの馬鹿!勝手なことを・・。」
デニスが唇を噛み締め呟いた時、サンチェはシザーズフェイントで黄9番モリスをあっさり退ける。だが、彼の目前に突然、人影が現れた。龍樹である。
「なっ!?」
サンチョが前に進んだ瞬間、足元のボールが消えていた。慌てた彼が振り返って見た先には、ドリブルで自陣を切り裂き抜けて行く龍樹の後ろ姿が陽の光を浴びて輝いて見えた。
「マーティン教授。」
「はい・・あ、北条さん?」
ロンドン大学サッカー部ベンチをラルフマン監督と訪れた舞は、マーティン教授に話し掛けた。
「試合中、申し訳ございません。監督さんにご挨拶、並びにご紹介したい方がおりますので、少々お時間を頂いても宜しいでしょうか?」
アンディー・デラニー監督は、ポケットに手を突っ込んだままで舞に振り返った。
「手短にお願い出来ますか・・。」
「承知いたしました。こちらはこの度、坂上 龍樹が所属することになりましたロンドン・ユナイテッドFC監督のエーリッヒ・ラルフマンです。」
「ラ、ラルフマン監督!?」
マーティン教授の絶叫が木霊した。
「お邪魔して、誠に申し訳ございません。」
「これは・・はい、御用件とは?」
アンディー・デラニー監督は、ポケットから手を出すと屈むようにして聞いて来た。終始、瞳を泳がせながら。
「今回の試合に、当方のチームより2人を試合に出させて貰えませんか?」
「えっ?プロ選手ですか?」
「相手チームもブンデスリーガのジェイドン・サンチョが出場してます。今、出場している坂上はうちのテスト生。そして、今から出させて頂く予定の者は1人が加入1ヶ月、もう1人がユース出身の未成年です。どうでしょう、同じ世代の者達として悪くはない話だと思います、検討して貰えませんか?」
「ウチのメンバーはプロ選手と共闘出来るなんて夢の話だと思っているでしょうから、構いませんよ。向こう側の監督に掛け合ってみます。」
「ありがとうございます。」
ラルフマン監督はそう言うと会釈をし、舞も合わせて会釈した。
「それと、わがままついでで恐縮なのですが、キャプテンをウチの者に、それと私に采配を取らせて貰っても宜しいでしょうか?」
「か、監督自ら采配を・・ですか?」
マーティン教授が目を見開き驚いている。
「願ってもないことです!では、私も勉強として付かさせて下さい。」
「色々とご迷惑をお掛けします。」
ラルフマン監督と舞が会釈をするのを見て、デラニー監督が手で遮る。
「よして下さい!こちらこそ、御気持ちを感謝します。」
舞が顔を上げるとラルフマン監督が耳打ちして来た。
「もう1つお願いする予定なんですが、分かりますか?」
「もう1つ、ですか?」
ラルフマン監督は、舞に"ニヤリ"と笑ってグラウンドを観た。舞も並んでグラウンドに視線を移す。
「この場所に金の卵を見つけた・・そんなところでしょうか?」
舞の発言を聞き、ラルフマン監督は振り向いて彼女を見た時だった。
「野郎!?」
赤14番CMFパク・ホシがドリブルで侵入して来た龍樹に詰め寄ろうとした。
「バックだ!パク!!」
"チッ!"
デニスの大声を聞いたパクは、舌打ちをすると距離を取ってディフェンスをした。
「中を固めるつもりですかね?」
ラルフマン監督が呟く。
「インサイドに侵入させない?そういうことですか?」
「まあ、妥当でしょう。さあ、彼はどうするかな?」
ラルフマン監督は、楽しそうに微笑みを浮かべて腕を組んで見ていると、龍樹が不意にボールを手前に転がしてゴールを見た。
「マズい!?パク跳べ!!」
「えっ!?」
"バンンン!!!"
40メートルはあったであろうか?龍樹は左脚を思いっ切り振り上げるとボールを蹴り放った。ボールは、パクの顔右横をかすめデニスと赤3番CBビリー・フォックスの間、上空を通り赤1番GK(ゴールキーパー)マイケル・ボードの目前に迫った。だが、ボールを両手でパンチングしようと彼がした時、ボールはあらぬ方向に軌道を変えゴールに突き刺さった。無回転シュートである。
「きゃっ!凄い龍樹君!?」
「なんと・・無回転のミドルですか?凄い大砲を隠し持ってましたね(笑)!」
舞が両手で口元を抑えて興奮を我慢している横では、ラルフマン監督のニヤケ顔が止まらないでいた。
「何だありゃ!?相手のGK、突っ立っただけかよ。」
「今、凄い曲がったよね?アイアンさん?あれ、取れる?」
「えっ?あれをか??」
「うん?」
「まあ、俺なら・・な。」
「本当?凄いや!!」
「・・お、俺も行ってくるわ。またな、坊主。」
カイル少年に"龍樹を抑えられるか?"問われたアイアンは、誤魔化すようにしてその場を離れラルフマン監督と舞の元へ向かった。だが彼は内心、鳥肌が立っていた。
(あんなシュート、俺に止められるのか?クソッ!練習してぇーー!!)
「驚いたな・・無回転のミドルとは。」
「ニッキー、彼がうちに来るそうだ?」
アップを終えたニッキーとレオが互いの顔を見合わせてほくそ笑んだ。自然と身体に力がみなぎるのを感じる。
「これで2️⃣対5️⃣か・・やべぇ、楽しくなって来た。」
「フッ!行こうかニッキー、お楽しみはこれからだろ?」
2人は軽く跳ねたり伸びをしながらラルフマン監督、舞の待つベンチへと向かっていった。
「舞ーーー!!」
フェンス越しに手を振る女性が見える。
「あれ?・・ケ、ケイト社長!?」
何と、観客席からグリフ製薬会社社長ケイト・ヒューズが舞に向かって手を振っていた。彼女は、舞が気付くと観客席からベンチへ走って来た。
「ケイト社長!ご無沙汰してます。奈々の件では、本当にお世話になりました。」
ロイド課長の一件で、ケイト社長は傷ついた奈々に対しケアを指示してくださったのだ。舞にとっては堪らなく助かった、感謝しても仕切れない方だ。
「何言ってるの!彼女はもう、復帰したのかしら?」
「はい、おかげさまで。」
「良かったわ。ねぇ!さっき学生達が"サッカー部が面白い事になってる"って騒いでいたから来てみたのよ。ちょっと、本当に凄いことになってるじゃない!!今のシュートなんか興奮しちゃったわ♬」
ケイト社長は、身体をくねらせ興奮を露わにしている。
「あ、そうでしたね。社長は、ロンドン大学ユニバーシティーカレッジ客員教授でしたよね?」
「そうよー!今日は、講義だったの・・あら?」
ケイト社長の目が舞の背後から寄ってくる紳士を捉えた。
「お初になりますかね、ケイト社長。ロンドン・ユナイテッドFC監督のエーリッヒ・ラルフマンです。宜しくお願いします。」
「・・ケイト社長?」
舞がケイト社長を見ると、彼女はラルフマン監督を見て固まってしまっている。
「タイム!!」
ロンドン大学サッカー部監督アンディー・デラニーがピッチへと向かい、アウェイ側市民チーム監督エイブラハム・スコットニーを呼んだ。果たして、ニッキー、レオの2人は試合に出られるのか?試合は、後半15分を経過していた。

第19話に続く。

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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