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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第8話 「阿蒙」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK

https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A

『主な登場人物』

原澤 徹:グリフグループ会長。

北条 舞:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。

リサ・ヘイワーズ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。

ジェイク・スミス:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。

ジョン・F・ダニエル:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。

エーリッヒ・ラルフマン:サッカーワールドカップ優勝ドイツチームコーチ。

アリカ・ラルフマン:エーリッヒ・ラルフマンの一人娘。YouTuber。元ドイツ陸上界の至宝。

ニック・マクダウェル:アリカの幼馴染。ナイジェリア難民。

シャーリー・マクダウェル:ニックの妹。父親に憧れて薬剤師を夢見る。

オバフェミ・マクダウェル:ニックとシャーリーの実父。元薬剤師で現在、肺がんのステージⅣにより闘病中。

アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー。

テリー・ゴスティン:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元サブリーダー。

モーガン・トリスタン:ロンドン警視庁(スコットランドヤード)警視総監。

☆ジャケット:マクダウェル宅から見える景色

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第8話「阿蒙」

「はい、ロンドン警視庁です。」
「お忙しいところ、恐れ入ります。グリフグループ会長の原澤と言います。モーガン警視総監に繋げて下さい。」
「少々、お待ち下さい。」
"ニッキー"こと、ニック・マクダウェルに逢いに行く手前で、邪魔をして来たブリクストンのギャングチームのボス、アイアン・エルゲラを引き入れることに成功した原澤会長は、アイアンの着替えを待っている間にロンドン警視庁のモーガン警視総監へ連絡を入れていた。
「お待たせ致しました、替わります。」
「原澤さんですか?」
秘書の女性に替わってモーガン警視総監が電話口に出てきた。ロンドンでシアラレオネ出身の父とガーナ出身の母の元に生まれた彼は、短髪に口髭を生やし優しい目付き、そして筋肉質な身体から非白人でありながら女性達にも非常に人気がある。それにキャリアでありながら周りの意見を聞きまとめる力はまさに偉才であり、出世の最先鋒とまで目されている人物だ。
「お忙しいところ、失礼致します。」
「如何されました?」
落ち着いた口調で抑揚のある言葉使いをする方だ、原澤会長は話ながらそのように感じた。
「アイアン・エルゲラをご存知ですか?」
「ええ、知ってます。確か、ブリクストンのギャングチームでしたか、そこのボスだったと聞いてますが・・」
「先程、ロンドン・ユナイテッドFCのゴールキーパーとしてスカウトしました。」
「スカウト?彼をですか?」
「ええ。実は、今、ブリクストンにあるギャングチームのアジトから連絡してます。」
「えっ!ちょっと待って下さい・・大丈夫なんですか?」
モーガン警視総監の口調で、アイアンのギャングチームがどれ程の危険性が有るのかが分かる。
「勿論、大丈夫です。先程、ここのギャングチームに解散を指示しましたが、やはり、心配でしてね、ライバルチームとの抗争、ドラッグのルート、武器ルート、、売春の斡旋等、全てを破棄することを受け入れた者達を助けてあげたいのです。」
「なるほど・・」
「彼等は若いですからね、ですので御手数ですが大至急、フォローをしてあげて貰えますか?でなければ、水泡に帰してしまう。」
無言となった電話口でモーガン警視総監が、思いを巡らせているのが分かる。
「テロの温床も防ぐことが出来ます、如何ですかね?」
「承知しました、こちらで預かりましょう。」
「ありがとうございます。」
「では、窓口は誰を?」
「テリー・ゴスティンという若者が居ますので、彼とお願いします。」
原澤会長は、自分が見て知った情報を全て話した。やがて、電話口でモーガン警視総監のため息が聞こえて来た。
「原澤会長、ご自身の立場を忘れないで下さい。貴方の立場は、今や経済界を動かしているんです。SPなら、当方から御付けしますので。」
「分かりました、その際はお願いしますよ。」
原澤会長は通話を切ると側に居るテリーを見た。彼は軽く頭を振ると呟くように話した。
「警視総監と直接コンタクトがとれて指示まで出来る、マシンガンを持つ俺らから女性をガードしながら一人で遇らい、それどころか、あのアイアンまでも一発で倒してしまう。貴方は一体、何者なんですか?」
「テリー。」
「はい。」
「ギャングチームに関係していれば、いつかは必ず命を落とすことになる。しっかりと足を洗うことだ、分かったな?簡単な事ではないことは、十分承知している。だが、犯罪の常習化はいかん、辞めるんだ。」
テリーは、原澤会長を見続けていた。家族ですら諦められていた自分のことを説いてくれた人、彼はアイアンが羨ましかった。自分に素質があれば・・と。
「原澤会長・・俺も貴方の役に立てませんか?俺みたいなやつでも・・」
テリーが前のめりに聞いてくる姿勢を見て、原澤会長が"ニヤリ"と微笑む。
「ギャングチームの解散を無事に成し遂げてみろ。そうすれば、その手腕は説得させるのに十分となる。但し、不適切な行為はせずに堂々と行うことだ、いいな。」
「やってみます。」
「成し遂げた暁には俺の所に来るといい、待っているぞ。」
原澤会長の差し出した手をテリーは両手で握った。もう一度、信じて頑張る!そう決意するだけの人だと、彼には感じられた。
「テリー、記念だ。一緒に写真を撮らんか?」
「えっ?はい、喜んで!」
原澤会長はそう言うとテリーを抱き寄せカメラに収めた。そして、原澤会長は視線を舞に向けると、彼女はスマホで誰かと話しているようだった。
「本当なの、リサ!」
「みたいですよ、でも、問題はあと半年待たなければいけないことですかね。」
「それだけではないわ、でしょ?」
「ですか。まあ、よりによってアーセナルFCですからね、彼は。」
スマホを握り締め、舞は深く深呼吸をして言った。
「もし、本当にあのチェフ選手がアーセナルFCで引退をするのならば、是非、うちのGK(ゴールキーパー)コーチとして欲しいわ!」
「恐らく、近日中に広報から発表があるでしょうし、もしかしたらSNSで発信もあり得ます、チェックしますか?」
「Danke!助かる。」
「担当、どうします?ジョンにします?」
「そうね、彼で行こうか。」
「分かりました。そうなるとコーチ陣も総退陣ですか?」
「それは望まない、望みたくないけど・・そうよね、ヒアリングしなきゃいけないわね。」
「なるほど・・では、その役をジェイクにお願いしましょうか、如何です?」
「任せる。」
「了解です。あ、でもチーフ。」
「ん、何?」
「ニック・マクダウェル選手のコーチングも凄い重要では?」
「そうよね〜、エーリッヒ監督と相談しなきゃいけないんだけどさ。」
「チーフ。」
「はいはい。」
「チェフ選手の件も監督と話してからにしません?」
「そうね・・まあ、会長からもそう言われてるんだけどね。」
「でしょうね!まあ、チーフは思い付きでしか話せませんから、仕方ないですけど。では。」
スマホの通話が切れて"ツー!ツー!"と音を立てている。舞はスマホを握り締め、画面に向かって毒付いた。
「悪かったわね、思い付きばっかでさぁ!あっ・・」
「原澤会長、彼女・・少し疲れているのでは?」
「かもしれんな(笑)」
「す、すみません!お待たせしました。」
舞はバッグの肩紐を掛け直し、慌てて走ってきた。彼女は原澤会長の側に行き、モーガン警視総監とのやり取りを聞こうとしたところで、アイアンが戻って来た。白いTシャツに黒のレザージャケットを羽織り、白のデニムパンツを履く姿はギャング感が前面に押し出ているようで、舞は思わず苦笑いをした。
「よし、行こうか。テリー、後を頼む。」
「頑張りますよ。くれぐれも、お気を付けて。」
アイアンを先頭に、原澤会長、舞が続いてニッキーの自宅に向かった。原澤会長はスマホを取ると舞に先に歩くように指示をしたため、彼女はアイアンに近付いて質問をしてみた。
「アイアン、ニッキーとはどういった知り合いなの?」
アイアンは、振り返らずに前を向いて歩きながら話してきた。
「奴とは同じ歳で、移民とはいえ傷害で務所を出たり入ったりしている親父と売春婦のお袋からなる俺、ナイジェリア難民という悩みを抱えるアイツとで自然と互いの夢を語るようになったのさ。俺は、強くもないのにデカいことしかうたわない親父が嫌で極真空手を習い、誰よりも強くなることを夢見た。アイツは真剣にサッカー選手の夢を見ていたよ。本当に上手くてさ、よくストリートサッカーでアイツに賭けて儲けさせてもらったよ。」
アイアンの顔からは剣が取れ、時折なつかしそうに話していた。
「ニッキーは真面目?」
「真面目?そう、真面目。クソ真面目!アイツにはそれが似合っていたぜ。」
アイアンと舞は、顔を見合わせて微笑みあった。
「早く会ってみたいわ、彼に。」
アイアンは、歩を止めず振り返って舞に聞いてきた。
「そうだ!舞、アイツは、親父が病気で金が必要なんだ、そこの所はどうするんだ?」
「ロンドン・ユナイテッドFCの親会社は、世界有数の製薬会社、グリフ製薬会社よ。しかも、そこにグリフグループ全社が付いてるわ。ま、お金だけじゃなくて病気に関しては製薬会社トップクラスなんだから、任せていいと思うわ。」
「そうかい!それなら、アイツとまた、一緒にサッカーが出来るなぁ!」
「ふふ!そう、それもよプロとしてなんだから♬」
「Sweet!(そりゃすごい!)」
「でも、アイアン。これからはプロとしての自覚が必要よ!それを破ることは、会長がきっと許さないと思うから。」
アイアンは、思わず立ち止まり舞を見下ろして来た。舞は怒らせてしまったかと思い慌てる。
「あ、あのね・・」
「舞、あの人は何者なんだ?」
「えっ?」
「あんなにクレイジーな男を、俺は見たことが無いよ!」
アイアンは、目を逸らし再び歩き始める。舞は呆然と彼を見つめたが小走りで近付くと話しかけた。
「分かるの?その・・違いが?」
「ああ。向かいあった時に感じた。まるで"虚無感"だな。」
「虚無感?」
「そうだ、全て見透かされているように感じたぜ。」
「ふーん・・」
舞にはよく分からなかったが格闘家として何か危機察知能力が働いたのであろうか?彼女はアイアンの後ろを付いて歩きながら、ふと右後方を確認してみたのだが、原澤会長はまだスマホで通話中だ。
「届いたかね?そうだ、その男がテリーだ。ああ、頼む守ってやってくれ。」
(えっ、守る?誰がテリーを?)
「着いたぜ。ここだ、ニッキーの家は。」
舞が不思議に思い、通話を終えた原澤会長に近付こうとしたところで、アイアンから声が掛かった。目の前には古い集合アパートが所狭しとひしめき合っていて路地はアスファルトが剥がれ、レンガは補修の跡だらけでゴツゴツしている。電線なども怪しいのが見られる。彼女は何か落ち着かない気がしてならない、そんな所だ。
「アイアン!」
すると、突然、背後から声を掛けられた。褐色の肌に大きな瞳、ぽってりとした唇に瓜実顔で癖っ毛をポニーテールにし、華奢な腰から素晴らしい筋肉美の脚が伸びている特徴的な美少女がそこに居た。
「や、やぁシャーリー!久し振りだなぁ、元気か?」
「ええ、でも貴方の名前を私は色々な所から聞こえて来てたわね、だからその度に・・と、もしかして?」
舞は、手を差し出しながらニッキーの妹、シャーリーに近付いた。
「初めまして、ロンドン・ユナイテッドFCのエージェント 北条です。」
シャーリーは伸ばされた舞の手を握るとそのまま抱きついて来た。舞が思わず驚いた顔をする。
「来てくれたのね、舞!嬉しいわ。私の偉大な兄を迎えに来たのでしょう?」
「ええ、そのつもりよ。シャーリー、こちら会長の原澤です。」
舞の紹介を受けてシャーリーは、舞から離れると原澤会長に握手を求めた。
「わざわざの御足労、恐れ入ります。どうぞ、立ち話も何だから入って下さい、でも、うちは3階で小さいからアイアンが入れるかは微妙よ。」
「俺もいいのかい?」
「いや、来てくれ話がある。」
和ませようとしたのか、シャーリーが可愛らしく冗談を言ったのに対して、原澤会長がアイアンに来るように真面目に発言したため舞、アイアン、シャーリーは彼に注目した。
「分かったよ。」
そう言うと、アイアンが最後に付いて来た。エレベーターが無く、古い木製の階段は"ギシギシ"と歩く度に音を立て、底が抜けないか心配になるほどだ。アイアンなどは低い梁下を通る度に首を傾げて歩いていた。やがて、3階に着くと1つ目の扉の前でシャーリーは鍵を取り出して言った。
「ちょっと待って下さいね。この鍵、少しコツがいるから・・」
彼女はレバーを"ガシッ"と上にあげると、そのままの状態で鍵を鍵穴に差し込みそっと回してみせた。"ガチャ"と言って開く音がし、シャーリーは玄関扉を開け中に入り皆を振り返って声を掛けた。
「どうぞ、入って下さい。」
「失礼します。」
玄関に入って最初に目に付いたのは、下駄箱の上にある西アフリカのランチョンマット ラフィア椰子の平カゴ マットプレートだ。西アフリカ、ナイジェリアでラフィア椰子の葉を使って丁寧に編まれた平かごプレートは、ラフィアの葉を細く裂き、芯の植物に一巻きずつ丁寧に巻きつけながら、かたつむりのように螺旋状に編んだものだ。ナイジェリア現地ではラフィア椰子はとても身近な植物で、ラフィア椰子のかごやマットなどが実用品として作られている。中には民族色の強い色柄が編み込まれたものもあるが、ラフィアの葉そのままのナチュラルな味わいを活かした無地の平かごプレートは、合わせるインテリアやテーブルウェアを選ばず、どんなシーンでも使える気がした。
「ステキなランチョンマットね。」
舞が思わず感嘆の声をあげる。
「そうですか?ナイジェリアでは、何処にでもある物なんですけど普通のラフィア椰子の葉を使った平かごプレートで、亡くなったママが作った物なんです。」
「お母様が作られたの?」
「はい、私は覚えていないけどパパが言ってました。ママが兄と私に『祖国を忘れないように』と作ったと言ってました。」
難民として国を離れた両親が、それでも祖国を忘れないようにと子供達に伝えた気持ちを知り、舞は胸が痛んだ。
「ただいま、パパ。」
玄関から直ぐ傍に入り口があり、シャーリーはそこからリビングへと入って行った。そこに後から入って行った舞達が目にしたのは、呼吸器と点滴3本をぶら下げてベッドに横たわった痩せ細った男性、シャーリーとニッキーの実の父親オバフェミ・マクダウェルその人だった。
「やあ・・お帰り、可愛い娘。お客さんがいらしたのかい?」
「そうよパパ、兄さんをスカウトしに来てくれた方々よ。」
「そうでしたか!いや、こんな所にすみません・・"ゴホッ!ゴホッ!"」
「いえ、そのままで大丈夫ですよ、お父様。」
起きて挨拶をしようとしているオバファミを、舞は近付いて起きないように諭した。
「すみません・・息子のニックは、今、仕事に行ってまして・・もう直ぐ帰ると思うのですが。」
「大丈夫ですから、ご迷惑でなければここで待たせて貰っても宜しいでしょうか?」
「ええ、もちろん・・シャーリー、お客様を宜しく頼むよ。」
「どうぞ、此方へ。」
シャーリーの案内で、オバファミに舞が会釈をして離れたところでアイアンと彼の目が合った。アイアンは、何処か悲しげな表情をしていた。
「アイアン・・か?そうだ!アイアンだろ、キミは?」
舞とシャーリーは、振り返ってアイアンを見た。顔を伏せて目を合わせずに会釈する彼が居た。
「親父さん・・御無沙汰してます。」
「そうか!懐かしいなぁ〜、それに大きくなって。そういえば、大丈夫なのかい?キミは?」
「ええ、まぁ・・」
身体を捻り、アイアンの身を心配そうに話し掛けるオバファミに対し、彼は済まなそうに返事をした。その表情は、舞が今まで見たアイアンと異なりはにかんだ笑顔の青年としての彼が居た。
「ニッキーとキミは何時も一緒だったからね、また、息子に仲良くしてあげてくれないか?」
「勿論ですよ、親父さん。」
「そうか、そうか・・」
「パパ、少し横になってて、疲れてしまうわ。」
「しかしなぁ〜、折角懐かしい息子の友人も来てるのに、残念だなぁ〜。」
「パパ・・」
オバファミは、再び仰向けに寝返ると残念そうに何度も呟いて悔しがった。自分が病気であることを彼は本心から呪っていた。この身体が、いうことを効かない、この身体が憎くさえ感じていた。と、その枕元に折り畳みの椅子を持って来た原澤会長が腰掛け、話し始めた。
「あなたは、良い人生を送れているかもしれませんね。」
「えっ?良い人生・・こんな寝たきりの私にとって、一体何処が良い人生なんです!?」
「パパ、そんなに大声を出してしまったら・・」
突然、大声をあげたオバファミを娘のシャーリーが心配して声を掛ける。しばらくして彼女は、原澤会長を振り返り睨みつけた。
「見て分かりませんかね?お嬢さん、息子さんを。」
舞とアイアンも原澤会長の背後から心配そうに成り行きを見守っている。
「アイアン。」
「はい。」
「お前の親父さんとお袋さんは、どうだ?」
「俺の・・ですか?」
「健在か?」
「ええ、親父は務所で服役中、お袋はアル中で入院してますよ。」
オバファミは、驚いた顔をしてアイアンを見たが、彼は無表情で立ち尽くしている。
「お父さん、アイアンは先程までギャング団のリーダーをしてました。」
この原澤会長の発言に、舞、アイアンは驚いて原澤会長を見る、シャーリーは視線を外して俯いている。オバファミは、アイアンの顔を見つめ続け驚いた顔をしている。
「アイアン・・何でそんなことに。」
アイアンは視線を逸らし侮蔑の表情を浮かべ窓の外に近付いて行った。
「大したことはない、ただ、どうしようもないクズな両親の元に生まれただけですよ。」
「オバファミさん、親が病気であることは悲しいものだが、生きていることで辛い想いをさせられる親子関係もあるんですよ。アイアンはね、反面教師として両親を観て育っていますが、私からしたらそれは怪しく見える。正しく導いてやりたい、そう思っています。」
原澤会長の発言に、アイアンはその瞳から止めどもなく涙が溢れているのを見たシャーリーは、近くのタオルを取り彼に手渡すと、アイアンは顔をタオルで覆った。オバファミは、無言のまま天井を見つめ続けている。
「健康な貴方に、一体何が分かると言うんだ。」
「分かりますよ。」
「何でです?」
「私も父をガンで亡くしてますので。」
「えっ?」
オバファミが視線を原澤会長に移した時、彼はぶら下がった点滴を見ていた。
「3本の点滴ですか・・親父は最後、7本でした。点滴の針を刺していた血管が潰れてしまい、胸を切開して入れてました。」
舞は原澤会長の後ろに立ったまま、彼の話しを見つめたまま聞いていた。いつの間にかアイアンが横に立って聞いている。
「オバファミさん、親と言うものは『生かされるべき』ではないでしょうか、それは決して『生きている』のではなく子供のため、愛してくれる人のため。確かに、ニッキー、シャーリーには不自由な人生を送らせてしまったかもしれない。だがね、人の世とは出逢いと別れを繰り返すものです。貴方の元、二人は立派に育っているのであれば、貴方の人生は決して誤ったものではないでしょう。」
オバファミは、泣いていた、天井を見たまま。
「そうでしょうか・・私は『生かされている』そう思っていました。死んでしまいたい・・そう思ったことも幾度もありました。だが、それを思い止まらせていたのは間違いなく子供達の存在でした。」
彼は、原澤会長の方に寝返るとゆっくり起き上がろうとしたがなかなか起き上がれないでいたのだが、それを背後に周り支えた者が居た、ニッキーである。
「兄さん・・」
「ただいま、父さん。」
「帰ったのか、息子よ。さぁ、お前も挨拶なさい、この方々がお前を必要だと言ってくれているんだよ、有り難いことじゃないか!ご挨拶なさい。」
そう言うとオバファミはベッドに何とか座り会釈をした、背後でニッキーも深々と会釈をしている。
「ありがとう、オバファミさん。そして、やっと出会えたなニッキー。グリフグループ総裁の原澤だ。それと彼女がエージェントの北条。」
「初めまして、ニッキー。」
原澤会長に挨拶をしているニッキーは、とても緊張しているように思えたのだが、舞に挨拶された瞬間、彼の表情が一気に和んだ。
「もしかして、舞さんですか?」
「えっ?ええ・・そう、だけど?」
「やっぱり、そうでしたか。すみません、貴女のことはアリカから聞かされていました。彼女が夢だった『お姉さん』と呼べる女性に出会えたと言っていましたから、想像していた通りステキな方ですね。」
「そんな・・あ、もしかしてニッキー、貴方はサッカーだけでなくて、御世辞も上手なの?」
「い、いいえ!決してそんなことはないですよ!」
舞は、慌てて吃るニッキーが無性に可愛く思えると共に、彼の真面目さを感じていた。きっと、必死に人生を生きているのだろう、そんな彼だからこそ、アリカは心配なのかもしれない。ニッキーは照れ臭そうに頭を掻いていたのだが、表情を変えると舞の側に立つアイアンに視線を移した。
「アイアン、もしかして君が案内をしてくれたのか?」
無事に通してもらえるようにお願いしたのだが、『約束は出来ない』と言っていたアイアン自身が、今、彼等を伴ってここに来ている。しかし、彼の知るアイアンはそんな風に親切の出来る男ではない。彼は名を馳せているギャング団のリーダーなのだから。
「原澤会長に案内を求められただけだ。」
「それだけ?本当にそれだけなのか?もしかして、アイアン!」
「まあ、待てニッキー。」
アイアンのギャング団が、麻薬、売春、武器の売買等を違法に行い勢力を拡大していたことを彼は耳にしていた。だからこそ、原澤会長達に失礼なことをしなかったかと心配になった。今回の事も彼は半ば諦めていた。何故なら、アリカからは『原澤会長は「大丈夫」って言ってたけど、それ以外は私にも・・』と不安混じりの発言があったからだ。父親の事で身動きが取れないで居ると思い込んでいる自分にも腹立たしかった。だからこそ、アイアンの素行にイラついて仕舞うのだ。
「アイアン、ニッキーにお前の今後について、いや、オバファミさんやシャーリーにも話してあげなさい。」
「今後のこと?何ですか、それは?」
「おいニッキー、俺なぁ・・そのぉ〜。」
「何だよ、ハッキリ言えよアイアン!」
「まあ、待てよ!その・・ロンドン・ユナイテッドFCで正GKを目指すことになったんだ。プロのサッカープレイヤーとして。」
「何だって!?」
ニッキーは思わず大きな声を出していた、原澤会長がギャング団のリーダーを手懐けた鼻薬がプロのサッカープレイヤーなのか?もし、そうなら彼は自分が夢見ているプロの世界を汚された気がしてならなかった。
「本当なの?アイアン。」
「ああ。確かに俺の仲間達、まあ、俺もなんだが原澤会長、舞さんを少し脅して通してやろう、そんなつもりだったんだ。だけどな、その・・完璧にやられちまったんだよ。」
「やられた?えっ?お前達が嘘だろ!」
「嘘なんかつかねぇーよ、やられたんだ。それも見事にな。」
ニッキーは、完璧に混乱していた。アイアン達はマシンガンを持った武装集団だ。警察でさえ手が出せないでいる、そう耳にしたこともあったのに。だが、何より彼を動揺させたのはアイアンがプロのサッカープレイヤーになることだ。しかも、ニッキーはまだプロのサッカープレイヤーを確約された訳ではないことから、アイアンとの立場が逆転してしまった、そう感じるのは仕方ないことかもしれない。
「ねぇ、アイアン。プロのサッカープレイヤーになるの?そうなったら、もう二度と犯罪に手を染めることはしないよね?」
「ああ、勿論だ。約束するよ、シャーリー。」
「そんなこと信じられるか!お前は、また理由をつけて犯罪に手を出すさ。」
「兄さん!何言ってるの!」
「俺は何度、お前に裏切られたと思ってるんだ!その度に、人の話しを聞かなかったくせに!」
ニッキーが顔を紅潮させてアイアンに詰め寄るのに対して、シャーリーが間に入り止めようとした。だが、アイアンはニッキーの視線を避けずに言い放った。
「確かにお前には、何度言われたか分からないよな。だがなニッキー、圧倒的な力の前に無力を味わうと人は変われるものだと俺は知った。自分のちっぽけな存在に気付かされた。俺にとって、原澤会長はそういう方さ。」
ニッキーは、アイアンの言葉に座っている原澤会長へと視線を移す。彼に抱き付いて止めに入っているシャーリーも同様に原澤会長を見た。
「オバファミさん、息子さんも娘さんも、そしてアイアンも立派に育っているじゃないですか。切磋琢磨、二人の関係は良好だ。これからの楽しみが増えましたかね?」
「ええ。ニッキー、アイアンの二人がピッチに立ち、スタジアムでシャーリーと応援することが出来たら何て幸せか・・」
「パパ・・」
オバファミが目尻から涙を流したのを娘、シャーリーがタオルで拭った。項垂れたニッキーにアイアンが口を開いた。
「ニッキー、一緒にロンドン・ユナイテッドFCに行くぞ!いや、行くんだ!行って、原澤会長、舞さん、親父さん、シャーリーに恩返ししようぜ、なぁ!」
「ニッキー、お父さんのことは心配しないで。今までのこと、これからのこと、全て私達に任せて下さい。」
原澤会長の背後に控えていた舞が和かにニッキーに話し掛ける。
「どういう意味ですか?」
「今までの借金、これからのお父様に対する治療費等、ロンドン・ユナイテッドFCでみさせてもらうわ。」
「兄さん・・凄いわ!信じられる?」
ニッキーは、あまりの好待遇に信じられず呆然としてしまった。
「しかし・・」
ニッキーは、直立にて原澤会長の言葉を待っている。
「ロンドン・ユナイテッドFCのキャプテンとなり、アイアンと共にチームを支えてくれ。そして、エーリッヒ監督を助けてあげて欲しい、頼むよ。」
原澤会長は、立ち上がるとニッキーに対して深々と会釈をした。これにはオバファミも、何よりも舞が慌てた。
「か、会長!?そんな、おやめください。」
「困ります、天下のグリフグループ会長さんが私達のような者の為に、勿体ないことです。」
ニッキーは、固まって動けないでいた。だが、気になったことが口から出てしまった。
「僕のプレイを観てないのに、何でそこまでしてもらえるんですか?何で・・」
ニッキーの口から出た言葉は、至極、当然のことであろう。舞を始め皆が原澤会長に視線を集める。
「君が親父さん、妹さん、そしてアイアンを大切にしていることを北条チーフから、そして、エーリッヒ監督、アリカくんから聞いた。それだけで十分だろ。」
「そ、それだけ・・それだけで、そこまでしてくれるのですか?」
「可笑しいかね?」
「も、もし、僕がご迷惑掛けるようなプレイヤーだったら、どうするおつもりですか?」
「責任をとって会長を辞任する。勿論、アイアンが再び犯罪を犯してもだ。」
この言葉に周囲の緊張はMaxになった。アイアンなどは、惚けたように口をパクパクと開け原澤会長を見ている。そして、舞は会長から自分が如何に信頼されているかを初めて直に聞かされ、胸の内が燃えるようになるのが分かった。この方の覚悟に私は、応えなければいけない、応えないといけないんだ!と、涙が溢れる想いであった。
「か、会長・・自分は、GKを未経験です。果たして恩返し出来るのか・・」
「北条チーフ。」
「はい。」
原澤会長に呼ばれた舞が、背後から彼の左横に屈み込む。
「君のことだ、もう動いているのだろう?」
「はい。先程、エージェント課に連絡してアイアン専属のGKコーチ、ニッキーをコーチの検討に入るように指示したのですが、やはり、エーリッヒ監督と協議及び現コーチ陣のヒアリングを図ってからの方が良いのでは?と指摘されまして。」
「誰に指摘されたんだ。」
原澤会長がここに来て、初めて振り返り話し掛けてきた。
「うちの事務員でリサといいます。」
「なるほど・・手放さないように大切にするといいな。」
「すみません、ありがとうございます。」
舞は嬉しかった。今まで、リサのことを認めてくれたのは、トミー部長だけであったがやはり会長も認めてくれた。彼女はそれだけでも、彼の偉大さを感じた。
「会ってみたいね、そのリサさんに。」
「アイアン、彼女と口論しないことね、100%やられるわ!」
「シャーリーみたいだ。」
「それ、どういう意味!」
「あ、いや、君が"素晴らしい"という意味さ、本当だ。」
「そうかしら?」
舞は、二人のやりとりを微笑んで見つめていた。(そっか、アイアン、貴方シャーリーを・・)
すると、原澤会長が立ち上がり脱いでいたコートを着始めたので、舞は慌てて背後から袖を通せるようにアシストすると、彼は軽く振り向き口元を緩めた。
「だが、リサくんだったかな?彼女は確信犯かね?」
「えっ?確信犯、ですか?」
「苦言を述べながら、実はしっかり調査を済ませるんじゃないかね、その子は。」
舞は、唖然とした。そう、正にその通りなのだ。彼女もリサがそうすることを予測して指示を出しているのだから。
「君は、人を使うのが上手いな。」
図星だった。舞とリサの関係をズバリ当てられてしまった。舞は彼の広い肩幅の背中を見つめ続けていた。
「では、オバファミさん、本日は失礼しました。今後のことについては、後日詳細をうちの北条チーフと話して下さい。」
「もう帰られのですか?少しゆっくりされては・・」
「ここ数日、空けてしまいました。これから帰って調整・決裁を行わなければいけないのです。それに、親父さんを疲れさせてしまった。」
「そんなことは・・大丈夫ですから。」
「お父さん、これだけは忘れないで下さい。息子さんは、まだ、夢の第一歩に足を踏み入れたに過ぎない。」
「はい。」
「お嬢さんの、薬剤師になる夢もあるのですから。」
原澤会長の発言にシャーリーが眼を見開いて驚いている。
「どうしてそれを?」
「部屋を観れば分かる。それにキミと出会った時、持っていたね薬学系の書物を。それに微かに塩素系の匂いもした。」
舞は慌てて室内を見渡してみたが、やはり、原澤会長の言う通り本棚に薬学系の書物が確認出来た。テーブルには沢山の付箋が挟まれたテキストもある。
「真面目な人材を私は大好きでね。北条チーフ、ケイト社長に相談するといい。きっと、彼女はいい薬剤師になるだろう。」
「はい!早速。」
原澤会長は、オバファミに会釈をし椅子を片付けようと振り返ってみたが、既に舞が畳んで運んでいくのが見えた。彼はその後ろ姿、ヒップを目で追ってしまったていた。
「原澤会長、僕にお応えする程の力が本当にあるのでしょうか?」
「ん?」
「自信がありません。」
ニッキーは、弱々しい声で原澤会長に気持ちを吐露した。素直な心の叫びだったのかもしれない。
「なぁ、ニッキー。中国の三国時代に呉と云う国があってな、そこに呂蒙という武将が居た。呂蒙は主君である孫権公に度々重んじられてきたのだが家がもともと貧しくてな、学問に触れる機会が無かった。出世をすると否が応でも上奏文などの書類を作成しなければならないのだが呂蒙は部下に口述して書類を作成してもらっていたそうだよ。だが、それは将軍としてはあまり褒められたものではなく、人々は呂蒙の学識の無さを笑って『呉下の阿蒙』と囃したてたんだそうだ。
「呉下の阿蒙・・」
「そうだ。この『呉下の阿蒙』の『阿蒙』とは、今で言う『蒙ちゃん』といったニュアンスで、決して蔑む言い方ではなく、親しみを込めてからかう言葉として『阿』が使われていた。」
突然の原澤会長による講義をニッキーは、一言も漏らさないように真剣に聞き入っていた。その時の息子の顔を見た父、オバファミの表情を皆さまにもお見せしたかった。何とも穏やかな、それでいて彼、原澤会長に感謝する、そんな視線を送っていた。アイアン、シャーリーも聞き入っていた。
「だか、いつまでも『阿蒙』のままでいる呂蒙を見かねた孫権公は、呂蒙に学問を勧めた。呂蒙は『軍中は何かと忙しく、書物を読む時間を取れない』と返したと記録にある。孫権公は『博士になろうとしなくていい、歴史を見渡して見識を広めてみてはどうか』と、どの書物を読んで学ぶべきかを教えたというのだ。」
原澤会長は話しながらリビングから玄関に向かって行く。それに舞、ニッキー、アイアン、シャーリーも続いて行こうとした時だった。
「私にも、是非、その呂蒙さんの話を聞かせて下さい、会長さん。」
ベッドから今にも起き上がりそうに、オバファミが話掛けて来た。
「パパ・・あのう、私からもお願い出来ますか?」
シャーリーが真っ直ぐな瞳で原澤会長を見ているのをアイアンが見惚れているのを舞は見て、思わず口元が緩む。原澤会長が振り返った。
「呂蒙の努力家ぶりが世に示されたのは、ここからだ。孫権公に無学を指摘されて恥入った呂蒙は発奮してね、まるでシャーリーの様に本の虫となり、勉強を続けたそうだよ。そして、呂蒙は見る見るうちに教養を身につけ、最終的にはその勉強量は本来の専門学者である儒学者さえも敵わぬほどであったと言われている。勇猛な男なれど無学であった呂蒙を軽蔑していた知識人の同僚、魯粛は、日に日に上がる呂蒙の評判を聞いて挨拶に向かったそうだ。」
アイアンは、この話における『勇猛な男なれど無学であった』に惹かれた。サッカーに関して『阿蒙』と言ってもいい自分、勉強をすることで専門家達より上に行くことも可能、そう原澤会長が言っているのだと、彼も理解した。
「実際に語り合った呂蒙は、以前とは比較できないほどの慧眼や学識を兼ね備えた大人物へと成長していたらしい。喜んだ魯粛はな『君が昔言われていた『呉下の阿蒙』であったとはとても思えない』と称賛したそうだ。そして呂蒙は有名な言葉を残したとされている。」
「有名な言葉ですか?」
舞が、原澤会長の前で呟くように言葉が自然と漏れた。彼は、ニッキー、アイアンを見つめて言った。
「『士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし』だ。これは、『士たるもの、別れて三日もすれば随分と成長しているものであって、また次に会う時が目をこすって違う目でみなければならない。』という意味だ。その顔つきは、かつて魯粛が軽蔑していた猪武者の姿ではなかったそうだよ。」
アイアンは、原澤会長と視線を合わすと床に視線を外したが、ニッキーは原澤会長の視線を食い入るように見つめている。
「ニッキー、アイアン、お前達は今はまだ『阿蒙』だ。だが、誠の士という者は三日経っても成長しないようではいかん、そう言っているのだ。しっかり学び、俺に『阿蒙』ではないところを見せてみろ。もし、世間からチーム、サポーターに馬鹿にされたら歯を噛み締め我慢しろ。そして、いつか結果を出せ、そうすれば、周りが自ずと見方を変える、そういうものだ。」
ニッキーは、痛い程に拳を握り締めて聞いていた。今の自分はまだ『阿蒙』以下かもしれない、だが、いつか・・いや、必ず『呂蒙』となれるように成長してみせなければならない、と。誠の士である真のサッカープレイヤー、即ち『プロのサッカー選手』として、彼は原澤会長に応えることを決意したのだった。

第9話に続く。

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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