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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第12話 「沫雪」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK

https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A

『主な登場人物』

原澤 徹:グリフグループ会長。

北条 舞:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。

橋爪 奈々:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 契約課 チーフ。舞の同期であり親友。

イ・ユリ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 課長。

エーリッヒ・ラルフマン:サッカーワールドカップ2014優勝ドイツチーム元コーチ。現ロンドン・ユナイテッドFC監督。

ゲイリー・チャップマン:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報部長。

ジェイク・スミス:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。

ジェラルド・レジ:ロンドン・ユナイテッド FC 人事部 人事部長

ジョン・F・ダニエル:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。

トニー・ロイド:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 契約課 課長。

デラス・モイード:ロンドン・ユナイテッド FC 前監督。

トミー・リスリー:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 総務部長。

マービン・ドレイク:ロンドン・ユナイテッドFC専務取締役

ライアン・ストルツ:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報課 チーフ。舞の同期であり頼れる親友。

リサ・ヘイワーズ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。

ナイト・フロイト:ロンドン・ユナイテッドFC選手。現キャプテン。OMF登録。

☆ジャケット:橋爪 奈々

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第12話「沫雪」

「お待ちしてました、どうぞ、こちらです。」
舞は、トミー総務部長の元に来ていた。庶務課の女性に誘われ、彼女は会議室の前に来た。女性はノックをして扉を開けると声を掛けた。
「失礼致します、北条チーフをお連れ致しました。」
「失礼致します。」
「お!来たか、入ってくれ。」
部屋に入り会釈をした舞が顔を上げると、其処にはソファに座るトミー総務部部長、ドレイク専務、チャップマン広報部部長、そして、人事部部長のジェラルド・レジが居た。スコットランド・グラスゴー出身の彼は、ブラウン色の強い金髪をオールバックにし、ブルーの瞳に鋭い眼光が特徴的である。ケンブリッジ大学法学部を首席で卒業し、国際弁護士をしていたが原澤会長に引き抜かれ、顧問弁護士を兼ね人事部部長に就任した逸材であった。
「お忙しいところ、恐れ入ります。」
「堅苦しい挨拶はいいよ、さあ、そこに座ってくれ。」
「はい。」
トミー部長から指してもらったソファに、彼女は腰掛けた。だが、予想通り雲行きが怪しい気がする。ロンドン・ユナイテッド FCの錚々たる幹部達が、彼女の一挙手一投足を見ている。だが、ドレイク専務の視線がヒップの辺りにあるのを見た彼女は少し落ち着きを取り戻した。
「で、今日は、どういった赴きかね?」
「はい、皆様はチームの現状をご存知でしょうか?」
「現状?」
「一部の選手による規律・契約違反、メンバー間の公私混同、監督命令の無視、傍若無人な振舞い等が確認されております。それに、チームが要求しているレベルに達していない選手も居る様に思えますが、如何でしょうか?」
舞は、ここぞとばかりに現状を吐露した。知れば知る程にチームの内情は良くなく、忙しさを理由にして対応をモイード前監督、コーチに任せていたことが悔やまれた。何より、ラルフマン監督に申し訳ない、いや、こんな状況下で傍観していた事実が原澤会長の立場を恥ずかしいものにさせてしまったことに、彼女は恥ずかしい想いで一杯であった。
「随分と辛辣な意見だが、君が其処まで言うことは珍しいとさえ思える。それ程かね?」
トミー部長がソファーに浅く腰掛け、身を乗り出して聞いている。
「現在内偵中であるため、確証を得る時間が必要です。しかしながら、短時間の調査でも該当選手達の素行には、目を覆いたくなるものがあります。」
「そうか・・。」
と、トミー部長がソファーに前屈みの姿勢のまま、ドレイク専務に視線を移した。舞も合わせて視線を移す。指を組み、深くソファーに腰掛けたドレイク専務が視線を感じて口を開いた。
「北条チーフ、ご苦労だったね。君が感じた感情は、強ち間違いではない。そして、その事に気付いた者が放置するような状況にないということを言っておこう。」
「どういうことでしょうか?」
舞は、ドレイク専務の返答に眉をしかめた。それは、まるでわざと解りにくい様に語っている、そう思えたからだ。と、その時、入り口の扉が勢いよく開いた。
「お!姫、来たのか。」
「お疲れ様です。」
扉を勢いよく開けて颯爽と入って来たランドロフ秘書室長は、空いているソファーにそのままの勢いで腰掛けると舞に右手を"ヒラヒラ"と泳ぐようにさせ挨拶をしてくれた。
「如何かね、調査結果は?」
「失礼します、こちらをお読み下さい。」
ソファーから立ち上がったレジ部長が資料を配り始め、最後には舞にまで手渡してくれた。
「あ、ありがとうございます。」
受け取る直前、表紙の右上に赤文字で「Top secret」が目に飛び込んで来て、一瞬、彼女は身体を硬らせた。レジメに目を走らせた彼女は、内容に呆然とした、自分達が気にしていたことをここまで詳細に事実として調査していたとは・・。レジ部長が口を開いた。
「法的措置、マスコミ報道等を考慮して慎重に調査した結果、ここまで掛かってしまったことを謝罪致します。」
「仕方ないだろう。で、詳細は後程として、如何かね?」
ドレイク専務が肘置きに頬杖を付き、レジメを廻りながら話し掛ける。
「契約解除相当の選手が、6名居ました。」
「えっ!?そんなに!・・あ、すみません。」
レジ部長の発言に、舞は絶句して声を出してしまった。エリック秘書室長がまるで舞の代わりの様にため息をつくと声を絞り出す様にして呟いた。
「何とかならんかね、懐の深さを示してやりたいんだが・・。」
「残念ですが、切りましょう。」
「切るのか?レジ部長・・。」
心配するランドロフ秘書室長に、レジ部長が身振りを交えて解説する。
「先ずはリリース(事件の公表)が必要だと考えています。プロサッカー選手として、自覚が足りないのではないかと。しかし、リリースする際に発表する処分内容について、特に公式戦の出場停止、また練習参加を禁止する謹慎についての議論があると思い検討を進めて参りました。」
レジ部長が、先程まで座っていたソファに再び腰掛けた。
「しかしながら、その6名については重大な違反があると考えています。」
彼は、レジメにて彼等がどの様な規律違反を犯していたのかを証明となる資料を基に解説した。あまりにも理路整然とした完璧な説明に、聴いていた役員達、そして舞も黙るしかなかった。流石、元敏腕国際弁護士である。ランドロフ秘書室長が深くため息をつき話し始めた。
「で、どうする?」
トミー部長が身体を前屈みにし話し始める。
「複数名居るので、同時に別の場所で説明をするのが良いか、或いは集めて一度に行うべきなのか・・悩むところです。」
(別々に?それはトミー部長、真意がズレる可能性がありますよ!)
舞が、やや消極的な姿勢案を選択に上げたトミー部長に、言うまいか躊躇しているのを見たチャップマン部長が口を開いた。
「こちら側としては毅然とした態度を示せば良いのですから、語弊が生じることの方を私は恐れますがね。」
舞は思わずチャップマン部長の顔を見つめた。この人は、同じ考えなのか?それとも・・
「社長空位である以上、ドレイク専務、契約課を受け持つトミー部長、そして人事部長の私が話すことで宜しいのではないでしょうか?」
レジ部長は、躊躇なく言い放った。そのため、ドレイク専務などは、口を歪めて嫌悪感を露わに表情に表している。だが、トミー部長は上にドレイク専務が居ることに"ホッ"とした表情をしているように見えた。
「どうかね、ドレイク専務、それで宜しいかね?」
「仕方ないでしょう、分かりました。明日、本社に6名を呼びましょう。それについては、レジ部長、お願いしても良いかな?」
「承知しました。では、詳細は追ってご連絡致します。」
「助かるよ。」
ドレイク専務は、首を下げると頭を摩る動作をした。
「以上で、宜しいですかね?」
トミー部長が参加者の顔を伺う。
「何点か伺っても、宜しいでしょうか?」
舞が手を上げてトミー部長を観た。
「勿論!だが、お手柔らかに頼むよ。」
他の役員達から失笑が漏れたのだが、舞は気にしてないように続けた。
「ありがとうございます。では、先程お話しした作業状況において確認させて下さい。」
「作業状況?何のだい?」
ランドロフ秘書室長は、目を丸くして舞を見た。
「先程、北条チーフより、現作業状況の報告がありまして、その事についてです、続けて。」
トミー部長から促され、舞は続けた。
「レジ部長のお話及びレジメから判断して、選手の契約問題について、調査するのは止めて宜しいですよね?」
「そうだね。」
「では、選手評価については、如何なさいますか?」
「その事なんだが、エーリッヒ監督の方からスタッフについて早くも提案を頂いている。」
ドレイク専務が、再び背もたれに寄りかかり話し掛けてきた。
「その中に『ビデオ分析官』という職務のコーチを推奨してきた。彼が適任だろう。」
「『ビデオ分析官』ですか?確か、ペップ(ジョゼップ・グアラディオラ マンチェスター・シティー現監督)監督を補佐しているカルレス・プランチャルト氏が有名ですよね、同じですか?」
「そうだ!うちも、それ相応の設備を取り入れるため、ラルフマン監督及び新ビデオ分析官と相談していく予定だ。」
「そんな頼りになるお話しがあったなんて、流石はラルフマン監督ですね。そうか!ペップを10年以上に渡って支えていたはずですから、バイエルン時代も含めると・・なるほど、そういうことですか。」
舞は、1人合点が行き嬉しくなった。ラルフマン監督は、サッカー界から離れていた間もしっかりと自分が監督をした場合に備えて、あのファイルに対応を温めていたに違いない。そう思うと彼女は、選んだことに今更ながら嬉しくなっていた。
「分かりました、ありがとうございます。ただ、もう一つ進めていまして、其方を許可願いたいのですが、宜しいでしょうか?」
「何だね、まだあるのか?」
ドレイク専務が、顔をしかめて嫌がっている。
「まあまあ、北条チーフ、どうぞ。」
チャップマン部長が、間をとり進めてくれた。
「はい。」
「ん、北条チーフ、それはユリ課長から聞いたことかね?」
トミー部長が、覗き込むように話しかけてきた。
「えっ?いえ・・あのう、どのような?」
「契約破棄となり、浮いた資金でリーグ優勝経験があり契約満了を迎える、引退を検討している様な選手を雇用したい、という案だよ。」
「あ、はい!そうです。課長、報告にいらしてましたか?」
「ああ、聞いているよ。こちらとしては驚いたからね、あのユリ課長が君の意見を胸を張って持って来たのだからな。」
舞は目を見張った。今までの彼女なら、こんな対応をしない。一体どうしたのか?
「姫?何故、ベテランを?」
ランドロフ秘書室長が、身を乗り出して聞いてきた。
「はい、優勝経験者による勝利への教授を得るためです。場合によっては、その後のコーチングも御願いしたいと思うのですが、如何でしょうか?」
「既にラルフマン監督がコーチも決めている、それは余計だ、北条君。」
ドレイク専務は、ソファの肘置きに手を置き仰け反りながら応えた。
「ですが・・。」
「要らん!と言ってるんだ、却下だ。」
ドレイク専務は手を振り、嫌な顔をすると一方的に拒否してきた。舞は初めて見る彼の対応に困惑した。
「ほう!面白そうじゃないか!ドレイク専務、ラルフマン監督に相談を・・いや、姫、直々に監督と協議してみてはどうかね?」
「秘書室長、流石にそれは・・。」
「理由を言ってくれ、何でだ?」
「あ、いや・・。」
ランドロフ秘書室長の助け舟にあい、ドレイク専務は頭を下げて再び手で摩った。
「問題は契約金額だね、差額でも補えないのでは?」
舞の隣に座るレジ部長が心配そうに話し掛けているきた。
「はい・・ですので、金銭的にバックアップをお願いしたく・・。」
「何だね!結局はそこか!金が欲しいと?ダメだ話にならん!止めろ、止めろ!」
ドレイク専務は、立ち上がると手をヒラヒラさせ、拒否姿勢を明確にして部屋を出て行ってしまった。
「困ったヤツだ。姫、話を進めてもらえるかい?」
「えっ?ですが、秘書室長にご迷惑が・・。」
「トミー部長。」
ランドロフ秘書室長が、トミー部長を振り返って呼んだ。
「承知しました。北条チーフ、詳細が分かったら私の方まで連絡してくれるかい?」
「はい、承知致しました。」
舞はソファから立ち上がると入り口まで行き、振り返って会釈をした。
「姫、ありがとな。」
「とんでもないです、失礼致しました。」
舞は、片手を顔の前で勢いよく横に振ると扉を開けて再度振り返り会釈をしてから出て行った。やがて、フロアーを抜けて自席へと向かう彼女を呼び止める声が背後より来た。
「北条チーフ。」
彼女は振り返り、声の主を確認した。チャップマン部長である。
「はい?」
「ちょっと、いいかい?エージェント課の会議室で話がしたい。」
「分かりました。」
そう言うとチャップマン部長は、舞の後に従いエージェント課へと向かう。彼が声を掛けて来ることなど今まで無かっただけに、舞は、前を歩きながら色々と妄想をしていた。
「お!頑張ってるね、頼むよ♬」
それなのに通り過ぎる際、チャップマン部長は若手社員の肩を叩く。それは、まるで"チャラいヤツ!"噂そのままで、彼女が今まで知っているチャップマン部長だった。しかし、ここ数日、彼を知る機会となりその行動を目にしているのだが、そのチャラいイメージを一切見せないでいる。彼女は、小首を傾げる思いであった。
「お疲れ様です。」
「御苦労さま。リサ、悪いけどコーヒーを二つ会議室へ。」
「はーい。」
リサは、戻って来た舞を労い声を掛けたのだが、その背後に立つチャップマン部長を見逃していた。
「おっ!君が噂に聞くリサちゃんだね♬宜しく!!」
「はあ?」
チャップマン部長が、リサの肩を軽く叩いて軽やかに会議室に入って行くのを彼女は、普段と変わらずに見送った。部屋に入った舞は、チャップマン部長に席を勧める。
「部長、どうぞ。」
「おお、ありがとう、北条チーフ?」
「はい?」
「キミは、どう思うね?」
「どう思うとは?」
「失礼致します。」
会議室の扉が開き、リサがコーヒーを持って入って来た。
「おっ!悪いね、リサちゃん。サンキュー!」
「どうぞ。」
リサは、チャップマン部長、舞とコーヒーを置いた。
「良い香りだ、たまらんよ!美人が煎れると違うな、やはり!う〜ん、美味い!」
チャップマン部長は、リサに感謝をアピールしまくった。と、リサは?
「チャップマン部長。」
「うん?何だい?」
「似合わないですから、無理しなくて良いのでは?失礼します。」
彼女は、捨て台詞のように話すと、会議室から出て行った。
「初めて言われたよ、無理があるかな?」
「リサには、偽りはバレるようです(笑)。」
「それは怖いな、覚えておこう。で、どうだい?」
コーヒーを口に含み、チャップマン部長が再度、舞に問い掛けた。
「選手達の違反行為に対する要因?でしょうか?」
「流石は、北条チーフだ。そうだ、キミはどう思う?」
舞は、ふと考える仕草をしたが、顔を上げて話し始めた。
「先程の調査結果を拝見すると、モイード監督就任後が顕著であったことが分かります。となると、彼が半年で辞めた経緯に行き着くかと・・。」
「そうだな、で、その経緯は?」
「えっ?経緯ですか?」
舞は、チャップマン部長の顔を覗くように聴き直したのだが、その直後、突然、身体を硬直させた。
「気付いたようだな、発端はそこにある。彼等が何故、自分達に力が有ると勘違いするに至ったか?」
舞は口を半開きにしたまま、瞬時に考えを廻らせた。やがて、チャップマン部長がコーヒーを飲み干して立ち上がり、舞も慌てて立ち上がる。
「チャップマン部長、契約課で一体何が起こっているのですか?」
「それは、私にも分からん。だが、キミは頼んだのだろう?モイード前監督の退任理由調査を。」
舞は混乱していた、確かに奈々に調査を依頼していた。だが、未だ回答が無いことに仕方がない、そう思うようにしていたのだが、何ということか!今回も忙しさを理由に追及を保留していた。
「元凶は、其処にあるということだ。では、失礼するよ。」
「チャップマン部長!」
会議室の入り口へ向かう彼を、舞が呼び止めた。
「この事は、どなたが・・。」
「会長は、気付かれておられる・・。」
舞がテーブルに両手を付いて身を乗り出し問い掛けると、彼は振り向き際に捨て台詞のように一言言って出て行った。舞は、チャップマン部長が出て行った後も暫くその場を動けずにいた。衝撃的過ぎた。騒動の渦中に、まさか奈々が絡んでいるかもしれないとは・・しかし、何故?どういう意味で?さっぱり分からず彼女は、頭を抱えたまま、自席へと戻って来た。
「チーフ、如何なさいました?」
「えっ!?あ、いや、別に・・。」
「"別に"という答えの態度ではないでしょう?」
舞の頭は混乱していた。リサから心配されても上手く応えられない。
(落ち着け・・落ち着け!先ずは、何をするべきか・・。)
舞は電話の受話器を取ると、ジョンのスマホに連絡を入れた。
「お疲れ様です。」
「ジョン、今、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。どうしました?」
「作業の状況はどう?」
「芳しくないですねぇ、恥ずかしながらど素人がやるには荷が重過ぎました。」
「分かったわ、申し訳ないけどこっちに戻って来てもらえる?作業は"中止"で構わないわ。」
「中止ですか?」
「ええ、戻って来て頂戴。」
「分かりました、直ぐに戻ります。」
「宜しくね。」
舞が電話を切ると、ジェイクが話掛けて来た。
「チーフ、こちらの仕事は?」
「ジェイクとリサは、続けて頂戴。」
「分かりました。」
リサは、パソコンの画面を見つめたまま、舞に話掛けて来た。
「チャップマン部長に、何を言われたんですか?」
考え混んでいる舞の耳に、リサの問い掛ける声が届かない。
「チーフ?チーフ!?」
「あ、ゴメン!何?」
「何を言われたんですか?」
「あ・・」
舞をリサとジェイクが注目している。
「トミー部長と話されたんですよね?何かありました?」
舞は"ハッ!"と気付いた、そうだ、うちにはリサが居た、と。
「そうね・・話すわ。でも、詳しいことは話せないの"Top secret"内容だから。」
「"Top secret"!?ですか?何で?」
リサが舞の方を向いて話し掛ける。舞がため息をついて自席のキーボードの上に書類を置いた。リサとジェイクが目線を合わせて立ち上がり、彼女のデスクに来て書類を取り目を通した。
「マジですか!?」
「そういうことでしたか・・。」
「ドレイク専務から、ラルフマン監督がコーチ、ビデオ分析官の専任について相談をして来たとの報告を受けたわ。」
「"ビデオ分析官"ですか?あの、マンチェスター・シティーのような?」
「それじゃ、ジョン達の作業はストップしてもいい訳ですね、なるほど。」
ジェイクは、腰に手を当て"ホッ!"とした表情を見せた。
「もしかしてチーフ、優勝経験者のベテラン選手採用について、横槍が入りましたか?」
「流石ね、入ったわ。」
「やっぱり・・で、誰が?あ、ドレイク専務ですか?」
「何で?」
「面倒くさいのでは?サッカーを知らない訳ですから。」
「そうなの?」
「もっぱら、ラグビー好きで有名ですからね。」
そうか、ラルフマン監督と協議すること、契約違反選手対応は彼にとって青天の霹靂のようなものなのかもしれない。現在、ロンドン・ユナイテッドFCに社長が不在である以上、彼が実質的なトップであることは、周知の事実である。そうなると頭が痛くなるのは当然かもしれない。
「対応の遅れが致命的ですから、責任問題は否めませんね。」
「えっ、リサ、それって・・会長も?」
「会長の性格からしたら、十分考えられのでは?」
舞は、リサを見上げていた顔を再びデスクの資料に向けた。対応不備で会長にまでご迷惑を掛けてしまうことに、彼女は憤怒した。
「じゃあ、うちらの仕事も中止ですか?」
「チーフ?そうなんですか?」
「それについては、問題無いわ。ランドロフ秘書室長から許可頂いたから。」
「はー、そうですか。良かった。」
ジェイクは、強く息を吐くと安心して自席に戻った。
「チーフ、他に何が?」
リサの問い掛けに、舞が応えられず俯いていた時だった。
「あれ?ユリ課長、居ないんだ。」
奈々がエージェント課に姿を見せた。舞が突然聞こえた彼女の声に身体をビクつかせたのだが、リサがそれを見逃すはずもなかった。
「うん・・今日はどうしたの?」
「ナイル選手の契約延長文書決裁を貰いにね~。」
「えっ!ナイル選手?」
舞とリサ、そしてジェイクが視線を交差させる。
「よ、リサ!どうよ、捗り具合は?」
奈々は、舞達の動揺に気付かずに話し掛けて来た。
「ボチボチですよ〜。」
リサは、パソコンの画面を観ながら返事をした。相変わらず、惚けるのが素晴らしく上手い!最早、才能以外では説明出来ないであろう。
「ま、アンタが居れば舞は大丈夫だね(笑)。」
「そ、そうね。」
引きつった笑みを見せた舞が、デスクに置いていた資料を引出しへと隠した。
「あら?どうしたの舞、随分と素直じゃない?」
と、奈々が舞の対応に違和感を感じたそのタイミングで長く離席していたユリ課長が戻って来た。
「課長、お疲れ様です。」
「無駄に長い会議って、ホント疲れるだけよねー!」
舞の労いの言葉に毒づいたユリ課長が、自席に戻って来て着席すると慌しく出掛ける準備を進めた。そこに奈々が赴いた。
「なに?」
「失礼します。ユリ課長、ナイト選手の契約延長の文書をお持ちしました、決裁願います。」
「契約延長?」
自席に座り書面を渡されたユリ課長の表情が一変する。
「押せないわよ、こんなの!持って帰って頂戴。」
奈々が唖然とした表情を見せ、舞達も心配そうに経過を見ている。
「どうしたんですか、急に?本件はドレイク専務迄の事前確認も済んでいます。それにロイド課長の決裁も。問題は・・」
「問題?大アリでしょ?彼の素行でチームはガタガタよ!そんな選手にキャプテンだからと言って契約延長を行う程、うちの首脳陣も愚かではないわ!」
「か、彼の素行って・・一体何のことですか?ここでは、契約の不備を・・」
「だから、こんな契約書に決裁なんか出来ません!そう言ってるのよ、分からない人ね。」
「では、どのようにすれば、決裁をしてもらえるのですか?」
「そんな事、聞くわけ?自分で考えもつかないなんて使えない人ね~、一晩中でも考えてなさい!舞さん!」
「は、はい!」
「今日は、外回りして直帰するから、後のこと宜しく頼むわね。」
「あの・・どちらへ?」
「なに!?」
「あ、いえ・・」
ユリ課長は、舞を一瞥するとコートとバッグを片手にエレベーターへと向かった。奈々は、書類を掴みユリ課長の後を追った。
「奈々・・。」
エレベーターホールでエレベータを待つユリ課長に、奈々は追い付いた。
「ユリ課長!契約内容ではなく書類内容の不備を確認して問題ないのでしたら、決裁して下さい。もう、時間が無いんです!」
「契約延長自体賛成しかねる、そう言ってるのよ。決裁なんか、出来る訳ないでしょ!」
「課長は、事前確認文書に決裁されてますよね。これでは筋が通りません!」
「・・」
「課長!」
ユリ課長は、奈々を無視してエレベーターに乗り込んだのだが、奈々は唇を“キュッ!”と引き締めると意を決してエレベーターに乗り込んだ。
「あなた・・一体何をするつもり?」
「決裁頂けるまで、付いて行きますから!」
蒼ざめた顔の奈々がユリ課長の後ろへと移動した。エレベーターに居合わせた人々が、怪訝な表情をして二人を見ている。
「はあ・・。」
ユリ課長が深くため息をついた。
「違うでしょ。何故、彼(ナイト選手)を庇うのよ?貴女のような聡明な人が信じられないわ。」
「ど、どういう意味ですか?」
「ここで、それを私に言わせるつもり?」
ユリ課長が振り返って奈々を冷めた目で睨んだ。その目を見た奈々の表情が更に蒼くなり、額に汗を滲ませた。
舞はホワイトボードにユリ課長の行先を「外回り」「NR(ノー・リターン)」と書くと“ふぅ~”とため息をついた。
「チーフ、オバさん何か変でしたね。私、何か胸騒ぎするんですけど・・」
「うん・・」
リサの心配は的中した。ユリ課長が外出し、奈々が追い駆けて行ってから1時間後、時計が17時を過ぎた頃、ユリ課長席の電話が鳴った。
「はい、エージェント課課長席ですが?」
あ、契約課課長のロイドですが・・すみません、そちらにうちの橋爪は居ませんか?」
「え?奈々、そちらに戻ってないんですか!?」
「え~と・・」
「あ、すみません!北条です。橋爪さん、ユリ課長が決裁を渋ったことで追い駆けて行ってそのままだったんです・・」
「何をやってるんだ、アイツは!?」
「え?どういうことですか?」
どうやら、奈々が決裁に伺う前にロイド課長が、課長会議の席上でユリ課長に「よろしく!」とお願いしたところ「あー、あれね。無理!無理!」と言われていたのだそうだ。
「彼女の何時も言う冗談だと思ったんだが・・北条君、まだ居られるかな?」
「はい、待ってますし私からも彼女に連絡してみます。」
「悪いね、頼むよ。」
舞は、ロイド課長との電話を切ると、奈々ととれる連絡手段を片っ端から行ってみた。しかし、いくら待っても連絡はなかった。その内、ロイド課長は家族の事情で帰ってしまったので、彼女は1人オフィスに残って、奈々からの連絡を待った。お腹が空いても我慢して自席に近い位置に居たのだが、時計が零時を過ぎた頃、いつの間にか、机に突っ伏して眠ってしまった。
"コツコツコツ!"真っ暗になったフロアーを1人の男性が左手に毛布を掛けて歩いている。やがて、舞の横に来た彼は持っていた毛布を彼女の肩に掛けてあげるとホワイトボードを見た。そして視線を再び彼女に戻すと右手に持っていた紙袋を彼女の前にそっと置き、彼女の寝顔にしばらく見惚れていたが再び革靴を鳴らして部屋を出て行った。
どのくらい経ったであろうか?スマホの着信音で彼女は慌てて目覚めた。
「あ、はい・・奈々?奈々ね・・今どこに居るの!?」
「舞・・ごめんね、迷惑掛けて。」
「そんなこといいから、ね、どこ?コートもバッグも会社に置きっぱなしでしょ。持って行ってあげるから、ね、教えてよ?」
「・・屋上」
「えっ!?ちょ、ちょっと待ってて!!」
慌てて席から立ち上がった彼女の肩から、毛布が落ちた。
「えっ?何?」
と、周囲を確認した彼女のデスクには紙袋があった。恐る恐る紙袋を開けると、中から美味しい香りがして来て、サンドウィッチとコーヒーが入っているのを彼女は確認した。
「一体、誰が?」
彼女は落ちた毛布を拾い上げた瞬間、奈々のことを思い出し縺れる脚に何とか気合いを入れてエレベーターを使い、最上階へ向かう階段をヒールを鳴らして毛布を持ったまま駆け上がり、やがて屋上へと辿り着いた。息も絶え絶えにペントハウスの扉を開けると、雪がチラついている。そんな舞い散る雪の中、奈々が立っているのが見えた。一人遠くを見つめている・・・。舞は、呼吸を整えながらゆっくりと奈々に近付いた。
「奈々・・。」
「駄目だった・・」
「え?」
「駄目だったの・・あの人、初めからナイル選手の契約を延ばしていただけだったのよ。」
「どういうこと?」
「舞は知ってた?ユリ課長、モイードさんを監督に推薦した理由の真意は、付き合っていた彼の未来を輝かしいものにするためだったのよ。」
「そんな・・・」
舞は、言葉が出なかった、何という執念であろうか。無名の若い監督として、彼を強く推したのはユリ課長だった。そこには、彼の才能を信じチームを我が物にしてきた彼女の本質がそこにあったのだ。となると、モイード監督の将来を予見し飛躍を熱望していた彼女にとって、キャプテンとして監督に協力もせずにやりたい放題のナイルは、目の上のたんこぶであったに違いない。
 そこまで考えた彼女は、ふと、ある事を思い出した。モイード監督辞任が決まり、役員会議でユリ課長に呼ばれた時、会議室から出て来た彼から彼女の付けている香水、シャネル チャンス オーフレッシュ EDT オードトワレ SPの移り香がした。しかも、彼の唇がルージュの輝きを放ったのを見ていたのだ。あの糾弾の会議は自作自演であったということなのかもしれない。恐らくユリ課長の事だ、必死に彼を叱咤激励したのであろう。しかし、ナイル達の嫌がらせにあい、身を引くことに・・そうか!弱味を握られたのかもしれない。弱味?弱味・・か。
「それとね・・今月付で退社するそうよ。」
「そう・・」
「プレミアリーグの名門チェルシーFCの社員として、採用が決まってるって。」
「チェルシーFCに!?」
「私、許せない・・許すことが出来ない。」
「奈々・・。」
舞は奈々に近付いて頭、肩から積もった雪を落としてあげると持って来た毛布を掛けてあげた。
「ありがとう・・舞。ねぇ、あなたは許せる、あの人を?」
「そんな、急に言われても・・。」
奈々は、寂しげに微笑んだ。
「私、会社・・辞めるね。」
「ちょ、ちょっと、どうしてそうなるのよ?」
「もう、疲れちゃった・・」
「何言ってるのよ、これぐらいで。まだ、これからじゃない!」
「ごめんね、舞・・。」
「奈々・・。」
舞は彼女を抱き締めて泣いた。近頃、泣いてばっかりだ。引越しが多くて友人が出来にくかった彼女にとって、やっと出来た信頼出来る友人だったのに・・。
「ねぇ、奈々・・私達、いつまでも友達だよね?ね?」
そう言った私に、
「ばーか、当たり前じゃない・・」
と頬に伝わる涙を拭おうともせずに、奈々は言ってくれた。やがて彼女は、毛布で身体を丸めるようにしてペントハウスへと歩いて行った。雪が積もり悪くなった足元を確認しながら・・。
「ねぇ、奈々?」
「・・なに?」
後ろをゆっくりと付いて歩く舞が、覗き込むようにして話し掛ける。
「貴女、何か弱味を握られてない?」
奈々の足が"ピタリ"と止まった。そして、数秒経過した後、ゆっくりと振り返った彼女を見て、舞は一瞬息を詰まらせる。
「何も無いわ、何も・・。」
色白な奈々の顔色は、陶器のように真っ青で、水銀灯の下、その青さが際立って見えた。いや、見えた奈々の表情からは、生気が全く感じられなかった。まるで死者のように・・。
「あ、そうだ!奈々のコートとバッグ、私、預かってるの。」
舞は、不安を払拭するかのように大きな声を出すと、奈々の前を歩いてエレベーターに乗り込んた。震える指でボタンを押して、到着まで待っていたのだが会話が出て来ない。元気になって欲しいから、声を掛けてあげたいのに出て来ない。
(どうしてこういう時に限って、何も浮かばないのよ!信じられない、もう!)
「着いたわよ、舞。」
両眼を強く閉じて必死に考えている舞の背後から、奈々は落ち着いた口調で語り掛けてきた。
「えっ・・あ、ホントだ!?あはっ!やだ、着いたんだ。い、行こうか!」
舞はエレベーターから先に降りると、奈々を誘い歩いて自席へと来た。フロアーの照明は、彼女のデスク周辺のみを照らしていて離れた所にある彼女の椅子が、慌てて奈々を迎えに行ったことを物語っていた。舞がその椅子を小走りに取りに行くのを奈々が"クスッ!"と笑って見ていた。嬉しかった、投げやりになっていた気持ちを、彼女は癒してくれた。それも、全力でだ。と、舞が何か思い出したようで、
「あ、そうだ!ねぇ、奈々?コーヒーとサンドウィッチがあるの、食べない?」
「舞は、食べたの?」
「うん、私はお腹一杯だから。」
椅子を片付けながら話し掛ける。お腹一杯なわけなどなかった。昼食以降、何も口にしていなかったのだから。でも舞は、自席の上にある紙袋をそのまま、奈々に手渡した。
「はい、どうぞ。美味しいよ♬」
「ありがとう・・。」
奈々は舞から紙袋を受け取り中を見た。ゆっくりとコーヒー、サンドウィッチを取り出したが、その時、何かが床に落ちた。
「ん?」
「えっ、何?どうかした?」
屈んで落ちた付箋を拾った奈々は、書いてある文字を読んで、思わず微笑んだ。
「はい。」
「何?」
奈々が舞に拾った付箋を手渡して、サンドウィッチを"ヒラヒラ"と揺すって見せる。
「これ、本当に食べていいの?」
舞が渡された付箋を裏返して見てみた。
『屋上で橋爪さんが待っているよ、行ってあげなさい。』
そう書かれていた。
「1個、食べるでしょ?」
奈々は微笑むと、二つのうち一つを舞に向かって手渡した。
「うん・・」
「誰だろうね?私達のことを見守ってくれているのは?」
舞は、サンドウィッチを見つめていたが包装を破り"パクリ!"と一口食べてみた。美味しかった。普通のサンドウィッチなのに、凄く美味しかった。きっとこの味を忘れない、そう思った。食べ終わると2人は、帰り支度をして部屋をロックするとエレベーターに入った。そこで沈黙を破り、奈々が舞に話し掛けてきた。
「舞、ありがとね。」
「何が?別に仕事溜まってたし、問題ないから。」
「そう(笑)。」
やがて、エレベーターが1階に着き、2人が警備室の前を通り過ぎた時だった。舞が、警備室に向かって声を掛けた。
「お疲れ様で〜す。」
「あ、すみません!北条さんですか?」
「はい?そうですが?」
警備室の覗き窓から、若い男性が話し掛けて来た。
「良かった!毛布は、どちらに?」
「毛布?あ、貴方が?ありがとうございます。」
「あ、いえ、違うんです?預かりますので、どちらに?」
「私の・・デスクの上に置いてありますけど・・。」
「分かりました。エージェント課ですよね、後で回収しておきますよ。」
「はい・・あのう、どなたが毛布を?」
舞は、警備室の窓を覗き込み話し掛ける。もしかして・・そういう想いがあり、心臓がドキドキした。
「原澤会長です。エージェント課の北条チーフが必要だから、綺麗な毛布を貸して欲しいと言われまして、お渡ししましたよ。」
彼女の時が止まった。全ての音が、その時一瞬で消えてしまった。
「あーらら。こりゃダメだ。完敗だね、舞。」
もう、無理だ。今更、惚れるなと言われても絶対に無理だ。彼女は、そう!原澤会長を愛していた。狂おしい程に・・。2人はそのままホールを抜けて会社を出たのだが、奈々が話し掛けてきた。
「じゃあね、舞。」
「えっ、送るよ。」
「もう、そういう歳じゃないから。」
「でも・・。」
「疲れたでしょ、早く帰って寝なよ。」
確かに、ヘトヘトだった。今なら3秒で寝れる自信があるぞ。
「分かったけど、ちゃんと連絡してよ!いい?」
「はいはい。」
「"はい!"は、1つでいいのぉ〜!」
「はい、おやすみなさい。」
「おやすみ、奈々。」
雪の積もったオフィス街、人影も少ない明るくなった土曜の朝、舞はいつもの帰路を帰っていた。電車の中は、特にヤバかった。座ったら絶対に起きれない!そう思って手摺りに掴まり、何とか帰宅した。部屋のエアコンをONにしてコート、ジャケット、スーツを脱いでハンガーに掛ける。スリップ姿のまま、舞は洗面所でコンタクトレンズを外し、ヘアバンドをして化粧を落とし始めた。やがて、タオルで顔を拭いていた時だった。スマホに着信を知らせるメロディーが流れる。舞は"ぎくり!"として身構えると恐る恐るスマホに近付き、画面を見た。奈々からの着信である。"ほっ!"とした彼女は、電話に出た。
「なーにぃ、奈々。どう・・。
「た、助けて!!舞!?」
「えっ!?奈々・・奈々!?何、どうしたの!?」
奈々の悲痛な叫び声がスマホから聞こえて、舞は慌てて聞き返した。背後の方、玄関からであろうか?ドアチェーンを引っ張り壊そうとしているのか、激しい音と微かに怒鳴り声が聞こえた。
「開けろ、ゴラ!!テメェ、いい加減にしろよ!テメェのせいだからな!分かってるのか、日本人のメス猿!!」
「イヤーー!?」
奈々がパニックになっているのが分かる。舞は必死に呼び掛けた。
「奈々!け、警察に連絡するから、待ってて!」
「ダ、ダメ!!警察は止めて!」
「奈々!?何で!!?」
「お願い!警察だけは・・キャーーー!!?」
「奈々!奈々ーーーー!?」
スマホが壊れる音と共に通話が途切れた。
「ど、どうしよう!!け、警察・・で、でも、ダメなんだよね。ダメって、そんな場合じゃないじゃない!」
舞は震える指でスマホの「999」をタップした、が出る前に切ってしまった。
「どうすれば、どうすればいいのよぉ、奈々・・。」
舞はヘアバンドにスリップ姿のまま、スマホを頭に抱えてへたり込んでしまった。
「誰か・・誰か助けて!?」
舞はふと顔を上げると、スマホの画面を見た。震える指先でセキュリティを解除し、彼女は登録者から、検索してある番号を呼び出した。深呼吸した彼女はスマホをタップし電話を掛けて耳に強く押し当て相手が出るのを待った。数秒程で相手が出てくれた。
「どうした?何かあったのかね?」
聞きたかったこの声、不安一杯な彼女の胸に彼の声が深く染み渡っていった。

第13話へ続く。

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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