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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第11話 「雲内」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK

https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A

『主な登場人物』

原澤 徹:グリフグループ会長。

北条 舞:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。

橋爪 奈々:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 契約課 チーフ。舞の同期であり親友。

イ・ユリ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 課長。

エーリッヒ・ラルフマン:サッカーワールドカップ2014優勝ドイツチーム元コーチ。現ロンドン・ユナイテッドFC監督。

ジェイク・スミス:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。

ジョン・F・ダニエル:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。

トミー・リスリー:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 総務部長。

バーノン・ランスロット:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。

ホルヘ・エステバン:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。

ライアン・ストルツ:ロンドン・ユナイテッド FC 広報部 広報課 チーフ。舞の同期であり頼れる親友。

リサ・ヘイワーズ:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 事務。


アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー。ロンドン・ユナイテッドFC選手。GK登録。

シャビエル・エルナンデス・クレウス(シャビ):アル・サッド選手。CMF登録。ティキ・タカのプレースタイル具現化であると見なされており、史上最高の中央ミッドフィールダーの一人と言われる選手、元スペイン代表。

ナイト・フロイト:ロンドン・ユナイテッドFC選手。現キャプテン。OMF登録。

ニック・マクダウェル:ロンドン・ユナイテッドFC選手。DMF登録。

ペトル・チェフ:アーセナルFC選手。GK登録。頭部の負傷により装着するようになったヘッドギアを装着しプレーしていることで有名な元チェコ代表選手。


エマ・ファニング:世界で最も著名なサッカー誌である『エンペラー・オブ・サッカー』敏腕女性編集長。

☆ジャケット:イングランド ロンドン市内パブ『ザ・ナイツ・テンプラー(テンプル騎士団)(The Knights Templar)』

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第11話「雲内」

「しかし、まあ、よく短期間で新監督、未来の有望選手と見つけて来たもんだな、舞は。」
「別に不思議なんか感じないわよ。」
「何でだよ?」
「だって、舞だから。」
「なるほど・・」
広報課チーフのライアン・ストルツは、契約課チーフの橋爪 奈々に諭されて頷いている。ここ、ザ・ナイツ・テンプラー(テンプル騎士団)(The Knights Templar)にて、同期3人による飲み会が今も行われていた。
「やめてよ、私一人で出来る訳ないじゃない。皆のおかげよ。」
「少なくとも、最後の舞による交渉で"ポシャ"ったら全て終わりだけどな。」
「それは・・結果論でしょ。」
奈々が、テーブルに両肘を付いて話し掛ける。その表情は、舞を思う温かみに溢れていた。
「(舞+ユリ)÷2で、丁度いいかもね。」
「はは、そう来たか!確かに。」
奈々とライアンは素直に褒めているのだが、当の本人は複雑な表情を浮かべている。自分の知らない所で予想以上の期待をされているであろう事実は、揺るぎないものであった。いつか、自分が過大評価されていることで失敗を犯した時の反動が怖くなってきていた。彼女自身はネガティブ思考かもしれない。彼女の憂鬱そうな表情を気にしたライアンが話しを戻した。
「なぁ、舞。退出した後、何処に行ってたんだ?会見終了後、お前を探す記者達で対応が大変だったんだぜ。」
「そうだったみたいね。ゴメン、嫌な予感して退席しちゃった。」
「マジかよ!まあ、あそこまでラルフマン監督に褒められたら、記者達は聞きたくなるよな〜。逃げて正解か。」
(ごめんね、ライアン。)
本当は、原澤会長達が退席したのを気にかけて追い掛けたことに起因していたのだから。内心、詫びている彼女だった。
"ブル!ブル!ブル!"
「あ、ゴメン、電話だわ。」
奈々は、バッグに入れていたスマホが震えたのを確認すると、取り出して液晶表示を確認した。
「ちょっと・・電話出るね、ゴメン!『もしもし・・ハイ!そうです。』」
奈々が中座したところでライアンが舞に身を乗り出し話し掛けて来た。
「よう!あの女編集長をどう思う?厄介だよな。これからも色々と係り合いそうだし・・何より会長と付き合っているのか、気になるところだろ?」
舞にとっては、当に1番聞きたくないことだった。会長とキスしていたことから判断するとライアンの言う事が濃厚であり、確信である気がする。泣きたくなってきた。ヤバい!涙が出る!そう思った舞の元に奈々が戻って来た。
「ゴメン!急用が出来ちゃった、先に帰るね。」
「おいおい!またかよ。どうしたんだ、大丈夫か?」
「大丈夫・・。舞、またね。」
「うん・・。ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だって、うるさいわねー(笑)。」
奈々がバックを持ち、慌てて店を後にするのを二人は見送った。しばらくしてライアンが、ソーセージを口に放り込みながら舞に聞いてきた。
「近頃、奈々のヤツよく電話が掛かって来るよな?舞、何か聞いてるか?」
ワイングラスを持ち、一口呑んで応える。
「ううん、何も。でも、気になってはいるのよ。」
「何が?」
「近頃の奈々、顔色良くないし痩せたのかな?頬の辺りがこけてきたというか・・。」
「そう言えば、アイツ殆ど食べてねぇーな、呑むだけなんて、珍しいぜ。」
奈々の取皿に盛った食事は、殆ど減っていない。気になった舞は、グラスの中にあるワインがまるで血の色の様に感じて、一瞬、身震いをした。
(まさか、ね。)
ライアンを一瞬見て彼女は、曖昧な笑顔を見せる。何本の糸が終着点を織り成しているのか、そして、自分の織る生地は合っているのか、彼女には自信が無かった。斜向かいに座っているライアンが席を舞の近くに寄せて話し掛けて来た。
「なあ、舞。お前がどう思うかを聴きたいんだが、いいか?」
「もちろん!構わないけど・・なに?」
「ああ。今、うちのチーム、監督が変わっただろ、その・・選手、コーチの問題点は解決出来たのかと。」
舞がナイフとフォークでヒレ肉のステーキを切っている手元を、左手にエールが入ったグラスを持ったライアンが見惚れている。彼女の白魚のような真っ白で華奢な指と手に、ライアンは魅了されて呟いた。
「はい、どうぞ。」
「お!悪い、サンキュー。」
舞は、食べやすいようにカットしたヒレ肉の小皿をライアンの前に置いた。
「そうね・・当然、エージェント課でも耳にしていたけど。」
「やはり、そうか。」
「サポーター達が敏感に感じていることも、SNSから読み取れていたしね。」
「おい、それ不味くないか?」
「分からなかったの?」
「あ、いや、うん、すまない。」
「そう・・、でも、モイード前監督もそうだったけど、今までエージェント課、広報課もチーム運営に関して口出し出来てなかったじゃない?そういったことから直すべきかもね。」
舞がフォークでヒレ肉を食べる。
「確かに、お前が言った『サポーターと共に監督を育てる』では、広報課が重要な位置付けだしな。こちらとしても対応を検討してみるよ。」
ライアンが左肘をテーブルに乗せて舞の顔を覗き込む。
「で、コーチはラルフマン監督と協議、だよな?」
「ええ、早急にね。」
「分かった。そうなると、問題は選手だ。で、どうするんだ?」
「選手個々については、過去の試合から分析結果を示してコーチングするのが妥当でしょ。」
「エージェント課で分析するのか?」
「それは・・現実的ではないわね。」
舞がワインを口にした時、ライアンは頬杖を付いて彼女を見ていたが、やがて深いため息を吐くと背もたれに寄り掛かった。
「上手くいかねぇーなぁ〜!手取り早くプレミアに昇格出来る方法は無いもんかね。」
ライアンが両手を頭の後ろで組んで天井を見上げた。
(手取り早く・・か。そんな方法あったら苦労・・ん?苦労?)
「そうだ!ねぇ、ライアン!」
「どうした、急に?」
舞がライアンに身体を向けて来て、話し掛ける。瞳はキラキラと輝き、彼を見据えて離さない。正直、彼にとって、眩し過ぎてまともに見れたものではなかった。
「初めての仕事をする時、例えばだけど、試合を分析することも自力でするより経験者から教授してもらう方が確実よね?」
「そりゃあ、経験者から直接指導して貰った方が楽だろうな。」
「そう!だからこそ、監督経験が無くてもコーチにてワールドカップを制した経験者であるラルフマン監督を選んだのよ!でしょ?」
「でしょ?って、お前が考えたんだろ(笑)。」
舞は、持っていたワイングラスの残りのワインを飲み干して話し続ける。
「いいから、考えてよ!選手の中にも経験者が居たら、どうかしら?」
「そりゃあ、理論からしたら"強者の教え"を得られるだろうな。でも、そんな選手を雇う金なんてうちには無いだろ?」
「だから、予算は作ればいいのよ!」
「作る?一体どうやって?」
舞がライアンを右手の人差し指で"おいで、おいで!"とすると彼は、舞の顔の近くに自分の顔を寄せた。ほのかに、彼女の香水LANVIN(ランバン)のエクラ ドゥ アルページュとワインの香りが混ざって官能さを増していた。ライアンの雄の部分に血が沸るのが分かり、舞に感づかれないか?それだけが不安であった。
翌日、出社したユリ課長の元へ舞は始業開始前に向かった。
「課長、お願いが有って参りました。宜しいでしょうか?」
「お願い?始業開始前じゃない、突然何?」
「失礼致します。」
舞は、ユリ課長席の前にパイプ椅子を置き座ると話しだした。
「課長、急ぎの作業として、選手の現状を分析したいと思います。宜しいでしょうか?」
「何それ?」
ユリ課長は、腕を組み背もたれに寄り掛かった。
「何を考えてるの?」
「不要な選手を、リストラ要員としてピックアップしたいと思います。」
舞のこの一言に、出社していたエージェント課の全員が顔を上げて見てきた。まあ、リサだけは口角を上げてニヤついているのだが。
「それで?」
「浮いた資金で、リーグ優勝経験があり契約満了を迎える、引退を検討している様な選手を雇用したいと思います。」
ユリ課長の右眉が"ぴくり"と動いた。
「なるほどね、で、その意図は?」
「優勝経験者による勝利への教授を得るためです。場合によっては、その後のコーチングも御願いしたいと思うのですが、如何でしょうか?」
ユリ課長は、深呼吸をして腕を組むと舞を見据えた。
「面白そうじゃない、やってみなさいよ。」
「本当ですか?」
「でも、それなりの覚悟が必要ね。リストラするのであれば、ラルフマン監督とよく協議なさい。」
「ありがとうございます。」
「舞さん、私は定例課長会議に今から行きますから、後のこと御願いね。」
「承知致しました。」
ユリ課長は、舞の要望に許可をすると書類の入ったファイルを持って、出て行った。
「チーフ、めっちゃ意外なんですけど、オバさん(ユリ課長)。」
リサが、席に着いた舞に話し掛けて来た。
「そうね。皆、会議室に来て頂戴。」
「了解!」
リサは、強く返事をするとパソコン、タブレット、コーヒー等を準備し始めた。ジェイクがそれを見て手伝い始める、舞も同様に。
「チーフ、何やってるんですか?」
「えっ?何で?手伝うわよ。」
リサは、驚いた表情で舞を見ていたが、直ぐに笑顔へと変わった。
「では、運んでもらえますか?」
「分かりました。」
リサは周囲の社員を見回した。
「ほら!アンタら、チーフ1人にやらすな!手伝え!!」
慌てて、ジョン、ホルヘ、バーノンが自分のを運ぶ。と、再び舞が来た。
「あれ?チーフ、もう大丈夫ですけど。」
「そう?じゃ、待ってるわね。」
「はい(笑)。」
舞とリサが入室し扉を閉めて皆が着席した。
「さて、本日の早朝会議を始めるわね。始めに、本日から数日でも遅らせられない作業中の仕事がある人は、いるかしら?」
全員が黙っている。ジョンは首を振り、ホルヘは舞を見たままでバーノンは周りの皆を伺っている。
「よぉーし!そうなったら、今から皆に仕事を頼むけどいいかしら?」
「チーフ!問答無用で命じて下さい。」
「そう?じゃ、遠慮なく(笑)。」
リサがコーヒーカップに口を付けた後、パソコンに入力しながら呟いて舞の話し易いように補佐すると、舞が周りを見て話し始めた。
「先程、ユリ課長から許可を頂きましたが、この事案を今から懸案事項として協議します。モイード監督解任に伴うラルフマン監督就任でチーム再編を検討する必要があると思いました。そこで、会長とも協議をし新加入のニッキー、アイアン二人の育成コーチを検討しようと考えていましたがこの事は当然、前任であるコーチ陣も承服させる必要があり、場合によっては彼らも検討対象となります。そこで、我々で出来ることを考えてみたのですが・・。」
舞は一拍置いてリサを見て確認すると、彼女が議事入力に間に合っている合図として目前でオッケーサインをしてきた。再び、部下達を見て話し始める。
「ラルフマン監督がコーチに対しては検討して下さる、そう捉えた上で考察するとエージェント課としては、やはり選手をピックアップすることしか出来ません。でも問題は、その選手についてです。」
舞は、皆が聴いている時の状況を確認する。
「ジョン、チームの事、何か気に掛けていた事はある?」
「SNSにも有りますが『ナイトの調子次第だよな。』『ナイトに頼り過ぎ』『後半失速!早過ぎ』と、かなり多くの固定ツイートがあります。正直、自分は『後半失速』が気になってます。」
ジョンが、チームに対するSNSの書込みをピックアップして読み上げる。
「確かにプレイの事は、気になるわよね。スタミナ切れは大いに改善の余地が必要だわ。これはラルフマン監督も気付いていることでしょう。ホルヘは、どう思う?」
舞に振られたホルヘは、"コホン!"と1つ空咳を挟み姿勢を正して話し始めた。
「私は、試合中の選手達の表情が何時も気になってました。楽しそうにしている顔が記憶に思い浮かばない。サッカーは楽しいものなのに、これではサポーターも付いて来ないでしょう。早急に改善を要すると思っています。」
舞はテーブルに肘を付いて右手を口元に当て視線を落として考えているようだったが、やがて顔を上げてホルヘを見た。
「なるほど・・そうよね、私もサポーターが見て『楽しい』と思えるサッカー、『スペクタル』なサッカーは絶対大切だと思う。今のチームにそれは皆無、ではホルヘ、貴方に聞くは、どうしたら良いと思う?」
「私は、チームをもっとファミリーにすべきだと思います。」
「ファミリー?」
「はい。コミュニケーションがとれていて、連携が成立出来ているチーム、恐らく試合だけではなくて生活の面からも信頼出来てなければ、成り立たないということでしょうか。」
「そういうこと、か。」
「チーフ、宜しいですか?」
リサがパソコンの画面を見ながら話し掛けてきた。
「うん、どうぞ。」
「ファミリーとしてのチーム運営を分析する上で重要となる参考があります。シャペコエンセです。」
「それって、2016年の?」
「はい。ラミア航空2933便が11月28日に飛行計画の不備による燃料不足で墜落した、いわゆる『シャペコエンセの悲劇』です。」
ホルヘが項垂れたのを舞は見とめて、リサに振り向いたが、彼女は確認しながらも淡々と説明を始めた。
「シャペコエンセはチーム再編に伴い、勝ちに執着する新監督との軋轢、クラブを愛するサポーター達のジレンマ等に悩まされました。結果、監督の交代を行い難局を打開した訳です。彼等は、ファミリーのような『フレンドリーであるチーム』を選択したのです。」
「ということは、リサ、キミは『フレンドリーなチーム運営』を勧めるということかい?」
ジョンが背もたれに寄りかかり腕を組んで聞いてきた。
「チームが傾く時、やはり『絆』は大事だと思うんです。」
「『絆』か・・確かにそうだな。」
ホルヘもリサの考えに賛同したようだ。
「そうなると、ラルフマン監督は元ドイツ代表コーチですよね?大丈夫なんですか、そこの所は?」
「ジョン、ラルフマン監督だと弊害があるのかい?」
ホルヘがジョンに、心配そうに聞いて来た。
「ドイツ人は規律を重んじる国柄だからな、ここで行きついた『フレンドリー』とは、相容れないだろう。」
「その点は、大丈夫だと思うわ。」
「えっ?何でですか?」
皆が舞の呟きに注目し、ジョンが目を丸くして聞いてきた。
「ラルフマン監督に私が会った時、会長も同席されて直接口説かれたのよ。しかも、ジョン、貴方の懸念を会長はズバリ、お伝えになられたわ。」
「会長が、直接交渉されたんですか!?」
ジョンが身を乗り出して目を丸くする。
「信じられない・・グリフグループCEO程の方が直接口説くなんて。」
ホルヘが首を振って嘆息した。
「会長は、ラルフマン監督にこう言ったの
『ドイツ人は日本人程、他人の感情を重視はしない、感情よりも規則や理屈を重んじる。ドイツ語ではこういう人のことを"コップフメンシュ"(Kopfmensch=頭を優先する人、感情よりも理屈を優先する人)というのだが、ドイツには"コップフメンシュ"の方が多いように思える。』
そして、
『人はロボットではない、感情を有する生き物だ。今まではドイツ代表として合理性が通用したかもしれんが、ロンドンで我がチームの監督をするとなれば考えを改める必要がある。』
とね。」
「もしかして、会長は会ったその日に1番忘れないように、と伝えに来た。そういうことですか?」
横に居たリサが、珍しく舞に身体を向けて確認をしてきた。
「そのようね。」
この時のリサの表情が舞は忘れられない。目を閉じて顔を上げたまま、口角を上げ微笑している。さも満足しているかのように・・。
「つまり、「規律」より「融和」、そういことでしょうか?」
ホルヘらしい、念を押す確認の問い掛けだ。
「いいえ、『規律有りきの融和処置』そんなところかしら。決して、両方を否定してはならない。必要な時、適した対応を要求したものだと思うわ。」
「難しいなぁ〜。監督、コーチは大変ですね、僕には無理だ。」
ジェイクが、頭を抱えて嫌がった。リサを除いた皆が嘆息している。
「では、チーフ指示を下さい。」
リサが、まとめに入った。
「待って!バーノン、貴方はどう思う?」
まだ、一度も発言をしていないバーノンに舞が話し掛けた。突然振られた彼は、皆の視線も感じて驚いて視線を泳がしている。
「思ったこと、あるでしょう?教えてくれる?」
舞が、優しく話し掛けるとバーノンは、節目がちに話し始めた。
「すみません。その・・僕には、チームを運営するにあたって何が良いのか、分かりません。ですが、何を観たいかは、分かるつもりです。」
「キミのチームに対する好みなんか聞いてないだろ?もっと、考えて発言してくれないか?」
「・・すみません。」
「待って頂戴!私は、バーノンの考えを聞いてるのよ。ねぇ、バーノン、貴方はどういうチームを観ていて楽しいと思うのかしら?」
バーノンの回答を『勘違い』と判断したホルヘが、非難してきたのを舞が優しく受け止めた。リサの目線が痛い程、ホルヘへと向けられている。
「ですが・・」
「いいのよ、お願いバーノン。」
バーノンは、項垂れていた顔を上げてゆっくりと話し始めた。
「分かりました。あのう、うちのチームコンセプトは何でしょうか?」
「チームコンセプト?」
「はい。チームコンセプトって、チームを1つの方向に進ませる重要な指針ですよね?ですけど、聞いたことがなかったので、どうなのかな?と。」
これを聞いた舞の穏やかな表情が一変した。その通りだった。モイード前監督、その前も特にコンセプトなどを公表していなかった。もしかしたら、このことを解決するだけで、チームはかなり大きな前進を遂げるのではないだろうか?
「チーフ、確かに彼の言う通りですね。ラルフマン監督と相談されてみては?」
「そうね、リサ。バーノンくん、ありがとう、非常に参考になったわ。」
「い、いえ、お役立てたのなら本望です。」
「十分よ。ジェイク、貴方はどう?」
「皆が話してくれました、大丈夫です。」
「そう、分かったわ。では、今から言う業務は、マル秘でお願いするわね。」
「マル秘?社外秘ではなくて、ですか?」
「そうよ、ホルヘ。結論が出るまでエージェント課だけ、として頂戴。」
舞はコーヒーを一口含んで、話し始めた。
「エージェント課として、以下のことをラルフマン監督に提言したいと思います。
①契約違反となる選手の懲戒処分。
②プレイが規定レベルに到達していない選手の解雇、契約延長拒否。
③チームコンセプトの検討依頼。
④ベテラン選手の雇用。
そこで④だけど、恐らく①、②と比較しても足らないと思われます。②は違約金も生じる恐れが有りますしね。その場合は、来年度マイナスからのスタートを含め、可能かどうかを協議していきたいと思います。」
舞がここまで話したところで、メンバーに視線を走らせる。だが、事がリストラという犠牲者を生む負の対応が、ここエージェント課発信で行われてしまうことを理解した彼等は、俯いて舞を見れないでいる。いや、二人を除いてはであるが。
「不満がある方は、挙手して貰える?」
ホルヘが手を挙げる。
「チーフ、質問があります。」
「どうぞ。」
「仮に、キャプテンのナイルが該当者とした場合、今までの恩に報いることを考え軽減措置を図ることはないのですか?」
「原則、無いわね。契約違反を許してしまっては、後顧に示しがつきませんから。但し、それはよく精査し、彼等の行った事実が懲戒処分に該当することが条件と言えます。」
「なるほど、承知しました。」
ホルヘが軽く会釈した。舞が他のメンバーを見る。
「他はどう、大丈夫?リサは?」
舞に呼ばれたリサは、パソコンの画面を見て入力しながら話し始める。
「急ぎましょう、チーフ。正直言って、対応が遅過ぎました。今から間に合うとは思えませんがやるなら今です。早速ですが指示をお願いし
ます。」
「そうよね・・その通りだわ。では、今から指示をするけど、いい?」
今度は誰も返事をしなかった。
「よし!そしたら、ジョン、ホルヘ、バーノンの3人は、選手の分析に当たって頂戴。ジョンは、以前に私と行ったことあったけど大丈夫よね?」
「確認しながらやりますが、質問に伺うかもしれません、いいですかね?」
「分かったわ、その際には遠慮なく連絡して頂戴。」
「承知しました。」
「データー分析室を使う際は、注意を忘れずにね。」
ジョンが、舞に指示をもらうと軽く会釈をした。
「リサと、ジェイクは何時ものパターン。市場調査を宜しくね。」
「分かりました。」
「はーい。」
ジェイクの真剣味を帯びた返事に対して、リサは相変わらずパソコンのモニターを見ながら、軽く応えている。
「私は統括するから、何かあれば必ず連絡する様に。目標は、明日中よ!さあ、初めて頂戴!」
エージェント課の面々が一斉に席を立ち動き始めたのだが、隣のリサがパソコンの画面を見ながら声を掛けて来た。
「チーフ、気になる選手居ますよね?誰ですか?」
舞は目の前の書類を整えるとデスクにヒップで寄り掛かり腕を組んでリサを見た。
「元バルセロナのシャビ、アーセナルのチェフ、ニッキーとアイアンの為にも、もう一年でいいからうちで頑張って欲しいのよね〜、どう思う?」
「以前も話しましたが、ウチみたいな二部に昇格もしたことないチームでは、かなり難しいでしょうね。でも、チェフ選手の引退発表は秒読みですが、チーフ、シャビ選手は何故?」
「今年、40才を迎えるのよ。それは区切りが良いことだろうし、彼が監督業に興味を持ち始めているとの記事を読んだわ。彼の実績であるバルサ、スペイン代表に与えた功績は計り知れないと思うからこそだけど、やはり、無謀かしら?」
「無理でしょうね。彼にはアラブのお金の匂いがしますもん。で、現実的には?」
「う〜ん、他は流石に・・まだ分からないわ。」
リサが、パソコンを閉じて椅子から立ち上がり、深いため息をついて舞を見た。
「それともう一つ、リストラの発案者はどうするおつもりでしたか?」
「そんなの・・私でいいわよ。」
「ダメです!」
「ダメ?何で?」
リサの剣幕に舞は一瞬、身体を硬くした。
「恨みを買うことになります。ここは課長以上にお願いする必要があります。一番は役員を薦めますが。」
「恨みなんて・・仕方のないことだわ。私で良いじゃない。」
「ですから、ダメなんです!」
「何なのよ、一体?どうしたの?」
「人事は嫌われ役だけど、舞さん、貴女は嫌われたらダメなんです。これからもエージェントとして、選手達に好かれる必要があるのにリストラの粗探しをしていた、本来、これだけで悪印象です。私がチーフに薦めなかった理由です。一度付いた悪い印象は拭えませんから。」
舞は、絶句していた。確かにリサの言う通りだ、予算を確保する為に平気でリストラを行うようなエージェントの話を誰が聞くであろうか。迂闊だった。
「リサ、貴女、検討済みだったの?」
「オバさん(ユリ課長)は、それを見越して"OK"を、出した節があります。ですから、ここはトミー部長にご相談されたら如何でしょうか?」
「そ、そうね・・リサ、いつもゴメンね。本当助かる、そうしてみるわ。」
「いいえ、お気になさらないで下さい。そういうチーフだからこそ、私の存在意義が在りますから。」
「・・。」
舞は、かなり凹んだ。言うなれば、まさに"ズーン!"と顔に縦線を入れたい気分だ。
「チーフ、もう少し上手に立ち回って頂けると助かります。性格的には、苦手とすることでしょうけど、上に行く程そういうものではないでしょうか。では、調査に入ります。」
リサは、舞にそう言い残して会議室を後にした。出世する程に、根回し上手になれ!そういうことなのだろうか。彼女は深くため息をつくと会議室を出て自席へと戻った。リサとジェイクは、早速調査を行っており、ジョン、ホルヘ、バーノンはクラブハウスに向かったようだ。そして、ユリ課長がまだ戻らないのを確認した舞は、トミー部長に電話を入れてみたのだが、近くに居る庶務課の女性から、急な会議で不在であることを告げられたため、仕方なく作業を続けた。
そして、午後一番に舞は再びトミー部長に電話をしてみたが、また、庶務課の女性に対応された。
「お手数掛けます。エージェント課の北条ですが、部長はご在籍でしょうか?」
「ただ今、まだ会議中ですが・・少々お待ち下さい。」
待たされた舞は、軽くため息をつくと、肘をついた右手で髪を掻き揚げた。しばらくして、電話に出たのはトミー部長であった。
「北条チーフかい?」
「部長、お忙しい処、恐れ入ります・・」
「丁度良かった、今からこっちに来れるかね?」
「今からですか?」
「ああ、話しておきたいことがあるんだ、是非、来てくれ。」
「承知しました・・直ぐに伺います。」
電話を切った舞は、暫く考え込んでいた。
「部長、どうかされましたか?」
リサが聞いていたのか、心配して話し掛けてきた。
「うん・・ちょっと、部長席に行って来るわね。」
「はい・・お願いします。」
リサが珍しく心配そうに舞を見ている。舞も感じるものがあり、余計な詮索をしてしまう。部長が自分を呼んだ理由とは、一体何なのか?何時もなら、伝えに来てくれるのに・・。今は、壁にある消火栓の表示灯の赤いランプでさえ、不気味に思えて見えた。

第12話に続く。

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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