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Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第19話 「奇跡」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK
https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A
『主な登場人物』
北条 舞:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。
カイル・オンフェリエ:ロンドン大学生チーム🆚市民チームの親善試合を観戦していた舞が出逢った謎の少年。
ケイト・ヒューイック:グリフ製薬会社社長。ロンドン大学ユニバーシティーカレッジ客員教授。
フェルナンド・ロッセリーニ:謎の少年に寄り添う老紳士。
マーティン・クラーク:ロンドン大学法学部教授。一年生主任教授。

エーリッヒ・ラルフマン:ロンドン・ユナイテッドFC監督。
アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー。ロンドン・ユナイテッドFC選手。GK登録。通称アイアン。
ニック・マクダウェル:ロンドン・ユナイテッドFC選手。DMF登録。通称ニッキー。
レオナルド・エルバ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。OMF登録。通称レオ、ウェーブがかったブロンドヘアに青い瞳のイケメン、そして優雅なプレイスタイルとその仕草から"貴公子"とも呼ばれる。

🟨ロンドン大学サッカー部
監督:アンディー・デラニー
01.GK:ケビン・ブラスナー
02.CB:メルヴィン・ジャクソン
03.CB:オリヴァー・バーランド
04.RSB:ファランダー・ヤング
05.LSB:イアン・ヒューズ
06.OMF:コリン・ギルモア
08.CMF:ヒル・ブラマー
09.CF:ブライアン・モリス
10.RWG:ビリー・エイデン
11.CMF:ダニエル・モーガン
17.LWG:坂上 龍樹:ロンドン大学法学部1年。元極真空手世界ジュニアチャンピオン。ロンドン・ユナイテッドFC選手内定。

🟥ロンドン市民チーム
監督:エイブラハム・スコットニー:ロンドン市警の警察官。
01.GK:マイケル・ホード:ロンドンにある小学校の教師。
02.CB:デニス・ディアーク:元バイエルンミュンヘンユース所属、元ギャング団グングニルメンバーの在英ドイツ人🇩🇪。ごみ収集作業員。
03.CB:ビリー・フォックス:ロンドンの楽器店店主。
04.RSB:リチャード・パッサル、ロンドンのカフェに勤めるケーキ職人。
05.LSB:レオン・ロドウェル:特徴的なモヒカンヘア、鋭い目つきと色白のフェイスに赤い唇が印象的なアイルランド人🇮🇪。冷静沈着で仲間のフォローを得意とする熱い漢。ごみ収集作業員。
06.CMF:ジャレッド・ウェザー:ロンドンにある教会の牧師。
07.ST:ジェイドン・サンチョ:ロンドンのストリートで才能を育んだ若きドリブラー。ボルシア・ドルトムント所属。
08.LMF:クリスティアン・マーク:ロンドンにある不動産屋勤務。
09.CF:アシュリー・コリア:ロンドンにある本屋勤務。
10.RMF:ジェイミー・カーター:ロンドンにあるレストラン勤務。
14.CMF:パク・ホシ:金髪をオールバックにし編み上げた長髪を背後で束ねた姿がトレードマークの在英韓国人🇰🇷。車両修理工場勤務。

☆ジャケット:ロンドン大学ユニバーシティーカレッジにて教壇に立つ、グリフ製薬会社社長にして同大学客員教授ケイト・ヒューイック。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

第19話「奇跡」

「あのう・・ケイト社長?」
舞が動かないグリフ製薬会社社長ケイト・ヒューイックを不思議に思い顔を覗き込んだのだが、彼女はロンドン・ユナイテッドFC監督エーリッヒ・ラルフマンから差し出された手の方へゆっくりと自分の手を差し出し、そして握った。
「ありがとうございます・・ニッキー、レオ、こっちに来てくれ!」
ラルフマン監督は、ケイト社長と握手を終えると直ぐさまニック・マクダウェル、レオナルド・エルバ両選手を呼び寄せた。
「ヒューイック教授じゃないですか!?・・どうしました?」
「ケイト社長・・如何かなさいましたか?」
ケイト社長が来たことに気付いた同僚のロンドン大学法学部教授マーティン・クラークが声を掛けて来たのだが、舞と共に疑問を感じてケイト社長の顔を、覗き込んだ。
「なんて・・ステキな方なの・・。」
「えっ?」
「ねぇ、舞!?ラルフマン監督には・・その、エクスクルーシブな彼女は、いらっしゃるのかしら?」
「えっ・・?」
どうやら、世紀の才女が恋に落ちた瞬間に彼女は立ち会ってしまったようだ。
ピッチ上では、監督同士が口論しているようで、なかなか試合に移れないように見えた。
「いくら親善試合とはいえ、"何でも有り"というのは、如何かと思いますけどね?」
ニッキー、レオの出場を聞いたロンドン市警の市民チーム監督エイブラハム・スコットニーは、ハゲ上がった頭を摩りながらでっぷりしたお腹を突き出して口を開いた。
「しかし・・先程は"リュウ"の出場を許可してくれましたよね?」
「それは・・ウチのサンチョに対する相殺のためですから。やはり、受け入れられませんな。」
「そんな・・。」
ロンドン大学サッカー部のアンディー・デラニー監督は、御願いを思いもよらず拒否されてしまい途方にくれてしまった。
「ニッキー、レオ、この試合、リュウを助けて勝ってくるんだ。」
「監督、残り30分ですよ?出来ますかね?」
「出来る!リュウなら、お前達と直ぐにパスサッカーが出来るはずだ。」
心配するレオに、ラルフマン監督が発破をかけた。
「あれ?ラルフマン監督、ピッチの状況が芳しくないようですが?」
「なに?」
ニッキーに注意され、ラルフマン監督もセンターサークル内に視線を移した。すると、アンディー・デラニー監督がこっちを見て御辞儀をして手招きしたため、ラルフマン監督は呼ばれる方、センターサークルへと向かった。
「ちょっと、行ってくる。」
センターサークルへと向かったラルフマン監督を観て、ケイト社長が呟く。
「舞、如何いうこと?」
「恐らくですが、此方の御願いを聞けない・・そう言われたのかもしれませんね。」
ケイト社長が舞の隣に居て、心配そうな顔をしている。
「そんな・・大丈夫なの?」
「ラルフマン監督にお任せしておけば、きっと大丈夫ですよ。」
「そ、そうよね!うん、待ちましょう。」
ケイト社長が両手を握り締め、センターサークルへと向かったラルフマン監督を心配そうに見つめた。
「如何されました?」
センターサークルに来たラルフマン監督が、デラニー監督に話し掛けた。
「すみません、ラルフマン監督。こちら、市民チームのエイブラハム・スコットニー監督です。」
デラニー監督が、ラルフマン監督にスコットニー監督を紹介すると、彼は胸を張った。
「初めまして、スコットニー監督。ロンドン・ユナイテッドFC監督のエーリッヒ・ラルフマンと申します。」
ラルフマン監督がスコットニー監督に右手を差し出すと、彼は"コホン!"と空咳して握手に応じた。イングランド🏴三部リーグの監督自らが握手を求めたことに、審判達も固唾を飲んで観ている。
「どうも。」
「実は、ラルフマン監督の要望を彼は"受けられない"と言ってまして・・。」
「駄目ですか?」
「いや、駄目というか・・登録してない選手が突然出てくるのは可笑しい、そう言ってるんですわ。」
でっぷりとしたお腹を揺らしてスコットニー監督がぼやいた。
「因みにウチは、サンチョも登録してますからね。」
「事前に説明は有りませんでしたよ。」
「それは、気付かない方が悪いんでしょう。」
「何ですって!」
「まあまあ、なるほど・・そうですか。親善試合に規定も何も有りませんからね、相手に"親善"としての"誠意"が示されればそれで良い訳です。ロンドン大学サッカー部側に、市民チーム側の"誠意"が伝わればそれで良いのではないでしょうか。」
「何が言いたいんですか?」
スコットニー監督が眉根を寄せて聞き返してきた。
「ロンドン大学サッカー部側は、市民チーム側がブンデスリーガ所属の選手を入れてくるとは思わなかったんです。"気付かない方が悪い"そう言うのならば"気付かれた時点でアウト"です。内容から言えば没収試合となりますね。」
「なっ!しかし、その件は先程"リュウ"という選手の交代で帳消しとなりましたよ?」
口角泡を飛ばす勢いでスコットニー監督は声を荒げた。その為、周りの視線を更に集めてしまう形になったが舞は一瞬、眉をひそめてこの瞬間を目に留めると小走りにラルフマン監督の元に赴いた。
「えっ?舞??」
ケイト社長が躊躇なく、グラウンドに向かって行く彼女を目を丸くして観ている。
「すみません、お邪魔いたします。」
「な、何だね・・アンタ?」
スコットニー監督が、試合中にグラウンドへ乱入しラルフマン監督の背後より現れた見知らぬアジア人女性に不快感を露わにしたのだが、その気高く、そして美しさに息を呑み、語尾をつまらせた。
「デラニー監督、ラルフマン監督、私の無理な御願いを話して頂きまして、大変申し訳ございませんでした。」
舞は謝罪すると深々と会釈をした。
「えっ?」
「舞さん・・?」
「私が"内密に"と御願いしたのです。」
「アンタが?一体、何なんだね?」
「私、ロンドン・ユナイテッドFCのエージェントを務めます"北条"と申します。実はうちのリュウ選手の実力を測る為の観戦でしたが、そちらに所属する選手で"気になる選手"を見つけまして・・。」
「"気になる選手"?」
「はい。その為、宜しければ当チームのレオナルド・エルバ、ニック・マクダゥエルを出させて頂き、実力を試させて頂きたいのですが、如何でしょうか?」
舞が話しきった所で、ラルフマン監督、デラニー監督もスコットニー監督を見つめた。3人に詰め寄られる形となり、彼は"コホン!"と空咳をし動揺を誤魔化そうとした。
「そ、そう突然、言われましても・・。」
「ラルフマン監督、御願いするに当たり、お手数ですが"気になる選手"をお話ししてもらえますでしょうか?」
ラルフマン監督は、心の中で唸っていた。舞が"気になる選手"と第三者として濁らせる発言をしたことで、スコットニー監督の興味を惹き、それを提案した監督が判断し易くするために『自分が無理強いをした』と言っているのであろう・・。彼は、軽く息を吸い込むと話し始めた。
「そちらの14番、5番、そして2番の選手、彼等に興味があります。うちの3選手にどう対するのか、是非、拝見させて下さい。ただ、すみませんが、この事はご内密に御願いできますか?素の彼等を観たいので。」
すると、スコットニー監督は顔を緩ませて口を開いた。
「それが本当なら、彼等にとって奇跡です。分かりました!是非、協力させて下さい。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
舞は深々と会釈をし、ラルフマン監督も軽く会釈をした。だが、その直後、スコットニー監督は、嘆息した。
「あっ!?いや、しまったなぁ〜。」
「どうかされましたか?」
デラニー監督が、表情の冴えなくなったスコットニー監督を心配し声を掛けた。
「それがですね、その・・2番の彼、デニスなんですが、元ギャング団に入っていたことがありまして・・まあ、私のチームにも更生を兼ねて入れたんですが、確かバイエルン(FCバイエルン・ミュンヘン)のユースでもトラブルから退団したことがあったと・・。」
「えっ!?本当ですか?」
舞が急に大きな声を出して詰め寄ったので、デラニー監督、スコットニー監督も目を丸くして見つめてきた。
「え、ええ、確かそうですよ、大丈夫ですかね?」
舞とラルフマン監督が見つめ合うと2人共、相好を崩して微笑んだ。
「監督、奇跡ですね♬」
「確かに。」
舞はそう言うと振り返ってベンチに入って来たアイアンを見つめたのだが目が合ったアイアンが目を丸くして、不思議そうな顔をしているのに気付き思わず吹き出して笑ってしまった。きっと彼は、気付いていたに違いない。彼の事を・・。
「ラルフマン監督、彼がアイアンの言うデニスならば、どうでしょう?試合に出させてあげたら?」
「そういうことなら・・仕方ありませんね。デラニー監督、スコットニー監督、其方のデニス・ディアーク選手とうちのGKが知り合いらしいのです。交替が計4人となりますが、どうでしょう?出させて頂いても宜しいですか?」
「えっ?デニスの知り合い?一体、何の?」
「あ・・。」
ラルフマン監督が返答に困り、舞を見ると彼女は迷わずに即答した。
「ディアーク選手が所属していたギャングのリーダー、それがアイアンです。」
「なっ!?」
スコットニー監督は、絶句した。ギャング組織"グングニル"は、危険かつ最強と言われていたことをロンドン市警の彼が知らないはずはなかった・・そして、彼は気付いた。"グングニル"のリーダーは・・確か"アイアン"と言ったはずだ。
「何故、そんな輩が・・?」
「"グングニル"は、解散しました。その元リーダーは、今では1人のプロスポーツ選手です。彼もまた格闘家に有りがちな"元ヤンチャをしていた青年"なのかもしれませんね。」
驚愕しているスコットニー監督を、舞は柔かに微笑んで見ている。
「デニスの心を開く"術"は、彼だと?」
「少なくとも、彼からは事前にディアーク選手の入団を検討するように言われてました。ここでお会いしたことは、当に天命かもしれませんよ。」
スコットニー監督は、腕を組み考えているようだったが、深くため息をつくと顔を上げて頷いた。
「承知した!では、残りの時間、正々堂々と勝負しましょう。交替は4名まで、宜しいですね?」
「ありがとうございます!」
舞が深く会釈をして感謝を述べると、ラルフマン監督が歩み寄った。
「折角の親善試合を申し訳なく思います。ですが、有能な未来ある選手に出会えたかもしれない点・・ご協力頂き感謝します。」
ラルフマン監督も会釈をした。
「顔を上げて下さい。此方としても勝つつもりで行きますからね、負けませんよ。審判!!」
背後で監督達の会話を耳にしていた主審を、スコットニー監督が呼んだ。
「どうしますか?」
「交替要員を最大4名とすることに変更してですね、えーと・・。」
「10分間の試合中断を希望しますが、宜しいですか?」
ラルフマン監督は、スコットニー監督が言葉を切って見てきたのに対して即座に応えた。
「おお!それそれ!ええ、いいですよ。」
「分かりました。」
主審は、笛を吹くと両選手達に向かって大声と身振りで合図をした。
「ただ今より、10分間の試合中断を認めます。選手達は、自チームのベンチに戻るように。」
選手達がそれぞれ顔を見合わせると自チームのベンチへと下がって行った。
「さあ!試合は、まだこれからですな。」
スコットニー監督はそう言うと、お腹を揺らして自チームのベンチへと戻って行った。
「では、うちも戻るとしましょうか?」
「はい。」
デラニー監督が促しラルフマン監督が応え、舞は2人の背後に従いベンチへと下がって行った。ベンチには選手である学生達より、明らかにベンチ前でアップしているレオ、ニッキーが目立っている。そのヤル気に満ち溢れた2人を観て、ラルフマン監督の顔に笑顔が溢れた。
「如何した?試合はまだ終わってないだろう?そんな顔をするな。」
デラニー監督が、学生達の顔色を伺って元気付けようと励ました。
「監督・・前回の試合ではあの2番、5番、14番の3人は居なかったですから。」
「それに、ドルトムント(ボルシア・ドルトムント)のジェイドン・サンチョですよ!あれは・・。」
「そのサンチョからボールを奪いゴールを決めたのは、自チームのリュウだぞ。何故、キミらは仲間を称え、励まし、勇気づけようとしない!少なくとも彼は諦めてはいない。そうだろう?リュウ?」
ベンチにあるペットボトルを掴み、水を飲んだリュウは呟くようにして俯向き加減で言った。
「でも・・次からは、そうはいきません。彼等が黙っているとはとても思えない。」
リュウのその言葉を耳にした学生達は、顔を見合わせて項垂れてしまった。
「今のままならそうだろうな・・其処で君達に話しがある。」
デラニー監督の問い掛けに、数人が顔を上げた。
「残りの時間、この場にいらしてるロンドン・ユナイテッドFCの選手達にも出て頂こうと思うのだが、どうかな?」
突然の監督による提案に彼等は、再び顔を見合わせた。
「それと、私も勉強させてもらうつもりだ。ラルフマン監督にはこれからの時間、指揮を取って頂くことを御願いしてみたところ、了承して下さった。なあ、皆、プロ選手と競合できる最初で最後かもしれない機会だ。存分にやろうじゃないか!」
学生達は、顔を見合わせて私語を始めた。ざわざわと俯いたり、首を振る彼等を見た舞はリュウが如何するのか気になり視線を送ると彼の視線は、違う方を向いていた。舞も視線を同方向に移したその直後、その視線の先に居た人物の怒声が響いた。
「テメェーーラ!負けてて悔しくねぇーーのか!?」
キングコングの様なその巨体と身体付きから発せられた怒声は、グラウンド中に雷鳴の様に鳴り響きベンチに座っていた選手が数名思わず立ち上がってしまった程だ。
「あの野郎・・。」
「デニス、知り合いか?」
ロンドン市民チーム側のベンチで休憩をしていたデニス・ディアークが、アイアンの怒声を聞いて振り向き呟くと、同じように振り向いたレオン・ロドウェルに問い掛けられた。
「奴は、グングニルのリーダーだった男だ。」
「えっ!?確か、デニス、お前が敵わなかった・・その男か?」
「チッ!」
デニスは、レオンから古傷をほじくられた思いがして舌打ちをしてしまった。
「何で、そんな奴がロンドン・ユナイテッドFCのジャージを着てるんだよ?」
側に居たパク・ホシが水を口に含みグラウンドに"ぺっ!"と吐き出した。
「・・ロンドンのGKになったらしい。」
「はっ?嘘だろ??」
「ギャングのリーダーがなれるのか?」
「知らねぇよ!俺に聞くな。」
「しかし、デニス・・お前、何でそのことを知ってるんだ?」
「・・。」
レオンから至極、当然な事を問われた彼は、言葉に詰まりベンチにあったペットボトルを取り口にした。
「面白いチームだな。」
そんな3人のやり取りを聞いていたジェイドン・サンチョが近寄って来て話し掛けた。
「何でだよ?」
「元ギャングを入れるようなチームだ、普通ならその神経を疑うぜ。なのにだ、ニックまで入れてやがる。」
「ニック?誰だそれ?」
パクが、ジェイドンに詰め寄り問い掛けた。
「あそこでアップしている"ブラック"だ。俺も2人とは顔見知りさ。」
片方の口角を上げニッキーを見ながら、さも恨めしそうに彼は呟いた。思い出したくもない嫌な思い出、ストリートサッカーで幾度も止められた奴のディフェンスは本物だった、その思い出が走馬灯のように出てきた。
「皆、聞いてくれ!」
スコットニー監督の呼び掛けに市民チームのメンバーが振り向く。
「これからの時間、ロンドン大学チームに3名のメンバー交替を認めることにした。」
「あっ?何で勝手に決めるんだよ!」
デニスが凄味を利かせてスコットニー監督に詰め寄るのを、レオンが身体を入れてカバーした。
「おい!」
「何故です?」
レオンの語彙が少ないながら、それを推す力は本物かもしれない。スコットニー監督が口を開いた。
「デニス、レオン、パク、お前達3人の実力を測りたいらしい。」
「えっ?それは・・つまり?」
パクも思わず歩み寄る。
「この試合の活躍でロンドン・ユナイテッドFCの育成選手として雇いたいそうだ。」
「マジか!?」
「ほ、本当ですか?それ?」
「そうだ(まあ、言わなきゃ分からんだろう。)そのため、ロンドン・ユナイテッドFCの3選手の出場を要求してきた。レオナルド・エルバ、ニック・マクダゥエルそして、アイアン・エルゲラだ。」
「何!?ニッキーが出るのか?」
「ん?ああ、そうだが?」
「よーーーし!!」
それを聞いたジェイドン・サンチョがベンチを勢いよく飛び出すとボールを蹴り始めた。
「ラッキーだぜ、俺は借りを返す最高のタイミングだ!」
ジェイドンは、リフティングしたボールを額に乗せ器用にバランスを保って言い放った。
「デニス・・如何した?」
「俺は、奴が居るチームには入りたくねぇ。」
「何言ってやがる!チャンスなんだぜ、這い上がるよ!」
「そうだ、デニス。何があったかは分からないが、お前は知りたくないのか?」
「何をだ?」
「何故、そのアイアンが、ロンドン・ユナイテッドFCに入ったのか?いや、入れたのか?」
確かに、レオンの言う通りだった。何故、あの暴君アイアンがプロのサッカー選手になれたのか?そして、チームは知っているのか?奴の危険さを・・。
「よーし、皆、集まってくれ!フォーメーションの確認だ!」
デニス、レオン、パクのやり取りを確認したスコットニー監督が、ベンチの前に選手達を集めた。
「リュウが、連続得点したんだ。本当なら『この後、如何したら良いですか?』とか聞くんじゃねぇーのかよ!?」
ロンドン大学チームのベンチでは、先程、怒声を上げたアイアンが、顔を紅潮させ学生達に問い掛けた。
「お?良いこと言うじゃないか、アイアン。だが、ここは指揮を摂るラルフマン監督に伺うべきだろ?監督、お願いしますよ。」
ニッキーの呼び掛けにラルフマン監督がデラニー監督に一礼し、ベンチ前に立った。
「ロンドン・ユナイテッドFCのエーリッヒ・ラルフマンです。貴重な親善試合における時間を拝借し、誠にスミマセン。」
ラルフマン監督は、そう言うと学生達に御辞儀をした。それを見た学生達が互いの顔を見ると、徐々に立ち上がり直立の姿勢をとった。ラルフマン監督の背後で腕を組んで見ていたレオが"ニヤリ"と笑みを浮かべる。
「さて、先程からアイアンが言っているように、あなた方から闘志が感じられないように思える。何故かな?君は、どう思う?」
ラルフマン監督は黄色ビブス10番を着用したビリー・エイデンを指差した。彼は、周りの友人達を見たが、誰も目を合わせようとしないので、仕方なく口を開いた。
「5点差もあったんです・・勝てるわけないじゃないですか。」
「ほう!では、この試合、負けは決まったと?」
「はい。」
「なるほど。他の選手達もそう思うのかな?」
ラルフマン監督の問い掛けに、学生達が顔を見合わせてチラホラと頷き合うのが見えた。アイアンが何か言いたそうだったが、ニッキーが手で遮ぎる。
「そうですか。では、うちのメンバーに聞くとしよう。あ、その前に1つ話がある、アイアン。」
「Yeah(おう)!」
「お前も試合に出てくれ。」
「えっ、お、俺も?」
「そうだ。相手の2番デニス・ディアークと顔見知りだそうだな。しかも、彼を説得しているとか?」
「ええ・・まあ。」
「来たくないと?」
「いや、まあ、その・・。」
「歯切れが悪いなぁ、おい!何なんだよ?」
ニッキーが、アイアンの尻を"バシッ!"と叩いて問い掛けた。
「俺が居るから、嫌なんだとよ。」
「嫌?お前・・彼に一体何をしたんだ?」
「大したことはしてねぇーよ、蹴りまくってゴミ箱に打ち込んでやったとか、タコ殴りにして階段から突き落としたとか、川に放り込んだとか・・まあ、そんなもんよ。」
ベンチ前に居たラルフマン監督を含む全員が、唖然として黙り込んだ。
「お、そうだ!あと、両手縛って車で引いてやった事もあったぜ!あれは傑作だったなぁ、ワッハッハ!!」
「アイアン・・貴方、何て事をしたの!?」
舞がアイアンの横に来て問い掛けた。
「そんな小せぇ事を気にしてるなんてよ、ダセー奴よ、あいつは!」
アイアンが"ニヤリ"と笑って舞を見下ろした。その不敵さに彼女は、思わず震え上がってしまった。
「なるほど・・お前が日本で原澤会長にやられたのも似たようなものか。」
「えっ!?」
舞、ラルフマン監督、リュウがニッキーを見つめた。
「だろ!あれから見たら、俺が奴にしたことなんざ"チョロ過ぎる"ってもんよ!」
舞とラルフマン監督が顔を見合わせて息を飲んだ。果たして、原澤会長はアイアンに何をしたのだろうか?
「でもよぉ、監督。俺は奴にしっかりと謝罪するぜ!マジで。」
「本当に?」
「当たり前だろ、舞。俺は徹さんから言われたんだ・・奴はよ、俺から虐められてもしっかり付いて来やがった、見所はあるからよ。」
「しかし、随分と上から目線だな、お前?」
「あったりめぇーよ、俺の方が遥かに偉い!ワッハッハ!!」
ニッキーの呆れ顔も意に介さず、アイアンが大声で笑ったのだが、直後に真剣な表情になった。
「監督、試合に出させて貰えるなんて、感謝するぜ!しっかりと務めるからよ。」
意外なアイアンの変わり様に、ラルフマン監督も不敵な笑みを浮かべた。
「それは楽しみだが・・アイアン、きっと、お前の出番は無く終わるだろう。」
「へっ?何でです?」
ラルフマン監督の一言に、アイアン、舞が目を瞬かせた。
「フォーメーションを変更する、4-3-1-2だ。」
ラルフマン監督がデラニー監督から拝借した作戦ボードをホワイトボードに貼り付け、メンバーを配して見せた。

01.GK:ケビン・ブラスナー OUT

21.GK:アイアン・エルゲラ IN

06.OMF:コリン・ギルモア OUT
 ↓
16.DMF:ニック・マクダゥエル IN

10.RWG:ビリー・エイデン OUT
 ↓
20.OMF:レオナルド・エルバ IN
メンバーチェンジは、以上だ。戦術としてオフェンスはカウンター(攻め込まれていた側がボールを奪った際、相手チームの守備の態勢が整わない内に、素早く相手ゴール前にボールを運び攻撃する戦術)、ディフェンスはフォアチェック(ボールを奪われたら前線から積極的にプレッシャーをかけ、相手のスペースをなくし、できるだけ相手ゴールに近いところでボールを奪い、攻撃につなげようとする守備戦術のこと。要するに前からの守備。)とする。」
「監督、ハイプレスで行きますか?」
「そうだな、アグレッシブで構わん。フォーメーション上、コンパクト(ディフェンスになった時にプレッシャーとカバーリングが効率よく行えるように、前線から最終ラインまでの幅を狭くしておくこと。)な方が良いだろう。中央を固めていることから、ディフェンスは敵も中央に追い込むようにするんだ。ボールを奪ったら、縦に素早く運んでくれ。ニッキー、ジェイドン・サンチョを完璧に抑えてみせろ。」
「マンマークですか?」
「そうだな・・任せる。」
「承知しました。」
「それと、アイアンからのビルドアップ(ゴールキーパーから、もしくはディフェンダーから、中盤、前線へとパスやドリブルで攻め上がっていく一連の動き、プロセス。)には、レオ、リュウ、2人で対応してくれ、いいな?」
「承知しました。」
レオが生真面目に頷くのを見ているリュウを舞が見つめた。
「リュウ、大丈夫だな?」
ラルフマン監督の確認に対し、リュウが自分に振り向いたレオと目が合うと口を開いた。
「臨機応変・・と言いたいですけど、レオ?そう呼んでも?」
「勿論だ。リュウ、聞いたところによると俺達、同じ歳らしいな、宜しく♬」
「なら、問題無さそうですよ、監督。」
リュウが微笑を浮かべて返事をするの見た舞は、やっと"ホッ"と出来た気がした。
(どうやら、レオとリュウは良好な関係が築けそうね、良かった♬)
良好も良好!この試合が2人にとって初めてコンビを組むことになるが、近い将来、"リュウ居る所にレオ有り"と言われることになる、ロンドン・ユナイテッドFCの"龍虎相まみえる"存在となるのだから。
「よし、行ってこい!失点ゼロ、5点取って格の違いを見せつけて来るんだ。」
「えっ?」
出場する学生達が驚いてラルフマン監督から、デラニー監督、仲間達と視線を交差させる。
「残り30分・・6分に1点か。」
伸びをしながらピッチに向かうニッキーが呟いた。
「ニッキー。」
「はい。」
ラルフマン監督が、ニッキーを呼び止めた。
「お前がキャプテンを務めるんだ。」
「自分ですか?」
「お前以外に誰がいる?」
「そう言われると嬉しいですね・・分かりました。」
「頼んだぞ。」
「承知しました。」
ニッキーがラルフマン監督に手渡されたキャプテンマークを左腕に巻き付けながらピッチへと向かった。
「忙しい試合になりそうだな・・。」
先を行くレオの横に、リュウが走って行くと並んで歩いた。
「なあ、レオ。如何だろう、立ち上がりはカウンターからのフライスルーパス(ループ状のパス。手前に居るディフェンスの上空を通過し、前線に居る選手へと出すパス。)で繋げて決めないか?」
レオは、リュウの問い掛けに目を丸くするとやがて"ニコ"っと微笑んで応えた。
「分かったよ、リュウ。」
「待てよ、ニッキー。」
先を行くニッキーに、学生達のマネージャーより渡された黄色21番のビブスを着たアイアンが追い掛けて来た。
「アイアン。」
「何だよ?」
「悪いが、お前の仕事は無いと思うぜ。」
「おい、マジか?監督も、さっき言っただろ?如何いう意味なんだ?」
「簡単なことだ、俺で止まるからさ、だろ?」
アイアンが、ニッキーの返答に思わず両手を広げて戯けてみせる。
「それとなんだが、他にお前に合うビブスは無かったのか?"パンパン!"に張れてるじゃないか?」
「これでフリーサイズなんだってよ。俺にフリーは合わねぇーって、ことだな。」
ニッキーとアイアンが笑いながら連れ立ってピッチへと向かい、レオとリュウに合流し4人が学生達を見つめた。
「如何しました?やりましょうよ?」
ニッキーの呼び掛けに、出場する学生達が慌てて駆け寄り皆で円陣を組むと肩を組んで前屈みになった。
「さてと、監督からポゼッション(ボールを失うリスクの高いパスはなるべく避けて、確実なパスをつなぎながら相手を崩しきることを理想とするサッカー)ではなくてカウンターで一気にケリをつけるように言われてますから、疲れたなんて言わせませんのでヨロシク!」
ニッキーは、廻りを"ぐるり"と見廻して言いなごら、自分より年長であろう学生達が緊張している表情を見極めると、隣で肩を組むアイアンを掴む手に力を込めた。
「なんだ〜?」
「アイアン、最後にいつもの一言を頼むぜ!」
「おっ!あれか。よーーし!!」
「皆さん、自分が『せーの!』と言ったら『おう!』の掛け声を御願いしますね。よし、アイアン!」
ニッキーがアイアンに振ると、アイアンは"スーッ"と深く息を吸い、大声で号令を掛けた。
「何も考えるな!"勝つこと"それだけを考えろ!!」
「せぇ〜〜の!!」
「おう!!!!」
円陣に居た全員が、気合いの掛け声を出すと同時に片足を地面に踏みつけるとピッチのセンターサークルへと向かって行った。
「凄い声ね・・彼?」
「アイアンですか?」
「ええ・・まるで、映画で観た"キングコング"そのものだわ。」
舞の隣に居たケイト社長の呟きを聞き、舞も笑みを浮かべた。
「面白い事になってきたね?舞姉ちゃん。」
ピッチ外に居たはずの謎の少年カイル・オンフェリエがいつの間にか、ベンチ横に立って観ていた舞の横に来ると、彼女のヒップに"タッチ!"して声を掛けて来た。
「きゃっ!?あ、カイル!入って来ちゃ駄目・・んーー、もう!仕方ないわね、私の側に居るのよ?」
「うん♬」
「その子は?」
ケイト社長が舞の横から、カイルの方を覗き込んで話し掛けてきた。
「こんにちわ、オバさん!」
「・・こんにちわ、キミは?」
カイルは"ニコニコ"してケイトを見ると、グラウンドへと視線を移した。一方、ケイト社長は、"オバさん"と言われて複雑な表情をしている。
「貴女の知ってる子?」
「あ、いえ・・ここで知り合いました。」
「そう・・。」
いつの間にか、背後に老紳士フェルナンド・ロッセリーニも来ているが、彼は試合よりカイルを見ているようだ、まるで護衛しているかのように。
「ねぇ、カイル、オバさんはないんじゃない?」
舞がカイルの耳元で囁いた。
「そう?お姉ちゃんのが良かった?彼女、舞姉ちゃんと同じ歳くらいなの?」
「あ、なるほど。それは・・違うわね。」
カイルの言葉に思わず納得してしまった舞だった。彼女はピッチに向かう選手達の後ろ姿を見ていたのだが、その目はリュウを求めて彷徨った。だが、彼は直ぐに見つかった。舞が心配しているのが、まるで無駄な様に、彼はレオと並んで何かを話し込んでいる。その、フレンドリーさと積極的さを見て確信したのだ。
(きっと、彼なら上手くいくわね。)
まさか、ここでリュウのレオ、ニッキーとの共闘を直に観ることになるとは夢にも思わず、自らの運の良さを噛み締める舞だったが、彼女が持つ幸運はそんなものではないのだ。今、彼女の隣に居る可愛らしい天使の様な少年が"ギュ"と彼女の手を握ってきた。舞が彼の顔を見てみると満面の笑みを浮かべて自分を観ていた、まるで本物の天使みたいに・・。

第20話に続く。

"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"

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