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迷ヒ家 其の壱

私は現在、土地勘があると言うことで、かつて実家のあった地域に住んでいます。

うちの父方と母方は、二駅離れた地域に住んでいました。
もう、どちらもだいぶ昔に地域を離れていますし、その周辺も開発が進み、引っ越して行き、知っている顔もほとんど居なくなりました。

週末、仕事が休みだからと散歩に出た私は、かつて父方の家があった地域を歩いていました。
私が住んでいる場所は寺町で、ビルが立ち並ぶ中に、寺がポツポツとありました。

父方の家も裏が墓だったり、一軒隣の家の裏がまた別の寺の墓だったりして、子供の頃に抜け道を通って墓に侵入した思い出が蘇ります。

父方の家があった場所そのものに足を向けることは無かったのですが、気が向いたので、現在の様子を見に行きました。
細い路地には、まだ井戸が残っていました。
現在は使われていないのでしょう。昔は、飲料には適しませんが生活用水として使っていたように思います。
幼なじみたちと水遊びをした思い出もありました。

そんな幼馴染の家々は空き家になっていました。
細い路地には比較的新しい家もありましたが、どこもだいぶ古びています。
未だ、木造の長屋も点在していたり、人が住んでいるかは不明ですが、トタン屋根の家も残っていました。

一つ一つの家を確認しながら歩きます。
短い路地でしたが、懐かしさのために歩みはゆっくりになりました。
幸いなことに人には会いませんでしたので、私の行動は不審がられることはありませんでした。

路地の突き当たりに、私の生家がありました。
二階建ての、上が単身者の賃貸住居2件、下がファミリー向け住居になっているアパートです。
一階が父方の住んでいた場所でした。
幼い頃は大家だと思っていたのですが、どうやら違ったようです。
父方の祖母に聞いたはずなのですが、記憶にないのは興味が惹かれなかったからでしょう。

家は、上の階にまだ人が住んでいる様子が見られました。
路地の地面は所々がまだ土で、幼い頃に覚えているままでした。


枯れた薔薇がありました。花が残る様子を見ると、最近までは生きていたように思いました。
私は、家の周囲に生えている植物の中ではこの薔薇は好きだったので、ちょっとしんみりした思いになりました。

ほんの数分、そこへ立ち止まっていると、隣の家から、知っている顔が覗きました。
幼馴染の祖父母でした。
ここでは、Fさんとしておきます。
Fさんが顔を覗かせ、おや、とこちらに気づきました。
私は、すぐに会釈をして、「お久しぶりです。」と声をかけました。
私は父方にも母方にもそっくりな顔でしたので、Fさんも私だと気づかれました。
「ああ、マスミちゃんか。」
数十年ぶりにお会いしても、名前を覚えてくださっていたので嬉しくなりました。

Fさんは家の中にいる奥様を呼ばれました。
奥様は私を見ると、懐かしそうに目を細め、家に上がるように促しました。
ちょっと迷いましたが、折角のことでしたので、おうちにお邪魔させていただく事にしました。

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