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東京タワーにて

幼少期、私は暗闇を怖がる子どもでした。

誰と一緒だろうと、少しでも闇があると、火が付いたように泣き喚いたそうです。

そうだったにも関わらず、父方の従兄弟家族が遊びに来た際、その従兄弟家族と父方の家族と私で東京タワーの蝋人形館に行きました。

私は、入り口から目をつぶったまま動かずにいようとした記憶があります。

ですが、その記憶に混じってドラキュラなどのモンスターの1分の1スケールが思い出されるので、たぶん、父に無理やり連れ込まれたんでしょう。


父方の家族と出かけた記憶は少ないのですが、泣いても団体行動を乱してはいけなかった、騒いだことを咎められたり笑われたりしたことはじんわりと残っています。

そんなこともあってか、私には東京タワーの思い出は楽しいものでなく、あまり面白くなかった場所の印象が残ります。

その気持ちに合わせるように、蝋人形館のモンスターたちの形相、可愛さを目指して通り過ぎてしまった表情の不気味なお伽噺の人形の姿、その横にあった不思議な散歩道とよばれていたアトラクションのホログラムの青白い光と描かれた俳優たちが、ないまぜになって思い出されるのです。


成人後、いろいろあって父方とは縁が切れ、また、精神的な波が落ち着いたころ、私は自分を生まれ変わらせるつもりで、トラウマ克服に励んでいました。

遅れてきた克己心でしょうか、ある日思い立って蝋人形館に行きました。


蝋人形館入り口から見えたのは、くすんだようなベージュの壁が薄明るく照らされているその先の暗い館内です。

入り口でチケットを買い求め中に入ろうとした時でした。


中には入れませんでした。

入ろうと前のめりに歩き出した時です。

上半身が入り口を越えると、ラップフィルムが貼られたような感触がしました。

何だと思う間もなく、前に進む私を受け止めるようにラップが延びてピンと貼ったかと思うと、その反動のように、体が弾かれました。

私は後ろによろけ、尻もちをつきました。

何が起きたのか分かりませんでした。

とにかく、中に入ろうと起き上がったのですが、今度は、全く足が動きません。

地面に貼り付けられたかのようです。

気が動転して、馬鹿みたいに太ももに手をやり叩いてみたりもしたのですが、前には進めませんでした。


私が館内にすら入れず、その入り口でバタバタと慌てているのを、チケット売りの女性が訝しげに見ているのが分かりました。

女性は私の挙動不審さを気にしながら「どうしたんですか?」と聞いてきました。

入れなくて……と素直に応えたところ、ひどく怪訝そうに眉を寄せ、私を見ていました。

私は、どうしたものかとチケットを見たんだと思います。

「どうするんですか?払い戻しは利きませんよ!」と私が言葉にする前に、強い口調でその女性は言いました。

どうすることもできなかったので、私はそのまま蝋人形館を後にしました。


トラウマ克服どころか、蝋人形館に関する新たなトラウマが生まれてしまいました。

でも、もう蝋人形館はありません。

あの時何があったか、なぜそうなったか、真相はわからないままなのです。

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