歩き遍路の話12 念願の内子座へ!古い町並みを楽しむ
9月19日
約35キロ歩いた。30キロ越えが普通になってきた日々。
大洲の古い町並みを抜けて、弘法大師が橋の下で寝たという十夜ヶ橋(とよがばし)を通り、内子へ。
愛媛県の大洲あたりからは、標高が高くなってくるので、朝は霧が出ていることが多い。天気予報は晴れでも朝は霧なので、かなり寒い。9月中旬なので日中は真夏日だから、まだ夏の恰好をして歩いていたので、朝は凍えそうだった。
大洲また行きたいな。
しばらく歩くと、四国遍路の祖・弘法大師が昔一夜を明かしたという橋、十夜ヶ橋へ。すぐそばの食堂に入ると、店のおばちゃんが昔の橋の写真を見せてくれたり、肩こりに良いとマグネットシール?みたいなやつを首に貼ってくれた。笑
そういえば、相席になった地元のおじさんがお昼をおごってくれたような気がしてきた。と、今おぼろげながら思い出した。うろ覚えですみません。。。
遍路中、「橋を渡るときには杖をついてはいけない」と言われる。
それは昔弘法大師が橋の下で一夜を明かしたことから、橋の上で杖をついたらその音でお大師様を起こしてしまうから、ということらしい。
さて、さらにもう少し歩いて、この日の宿は内子。
私は人形浄瑠璃文楽が大好きなので、内子にある内子座にはずっと行ってみたかった。同じ四国内に住んでいても、なかなか行かなかったりするので、この遍路中に堪能できるところはしておこう!という目論見がある。
この頃にできたばかりの民泊の宿に宿泊。
この日歩いたのは35キロもあるけど、歩き慣れてきていたので、チェックインしたのはまだまだ明るい時間。(とはいえ宿到着時は多分33キロくらいかな)荷物を置かせてもらい、内子観光に出かける。
でも先にシャワー浴びたのかな?覚えてないけど、下の画像見たらもう薄暗くなってる。
念願のせっかくの内子に来たのに、あまりちゃんと観光できなかった。だから翌日、午前中観光にして、昼から歩き始めようかなと悩みながら就寝。よく悩むなぁ。常に何かしら悩んでいる。
9月20日
起きたら生理になっていたので、ちょうどいいわと思い、歩くのをやめて観光の日にした。こないだ宇和島で台風時に4連泊したばかりだけど、まぁいいや。笑
おかげで念願の内子座と、内子観光をじっくり堪能できた。
文楽が好きで、大阪日本橋の文楽劇場ではしょっちゅう観てたのだけど、そうすると昔の雰囲気も知りたくなってくる。
昔はもっと小さなハコで、空調設備もない空間で、枡席やなんかでガヤガヤと大衆が観る娯楽だったのを想像すると、昔ながらの芝居小屋で文楽を観て聴いてみたい!となるのは必須。
ここで毎年夏に内子座文楽が行われるのか~と想像しながら、その雰囲気をたっぷり味わった。
(そしてこのときは想像だけだったけど、この翌年、ついに私は初の内子座文楽に行ったのでした!が、それはここでは書きません。)
ちなみに翌年、内子座文楽を観たときは、一回枡席に座りました。競争率高い内子座文楽ですが、文楽好きの知り合いがコネでチケットを確保してくれて、良い席に。しかも技芸員さんとの交流会にも参加させてもらったりと、大満喫。また行きたいなー、早く再開できるようになってほしい。
このさつま汁がめちゃくちゃ美味しくて、ものすっごく感動した記憶があった。それはもう!ほんとにびっくりするほど美味しかった。それからあと、遍路が終わってからもずっとまた食べたくてしょうがなかった。
で、翌年、内子座文楽に来たときに再び食べたら、美味しいんだけど、そこまでの感動はなかった。笑
遍路中だったからそこまで美味しく感じたのかもね、と遍路つながりの知り合いと笑いながら話したけど、今こうやって写真を見ると、やっぱりあのときの感動が蘇ってきた。笑 やっぱりまた食べたい!!!
近いうち、内子行こう。。。
そしてこの日の夜は、自転車遍路のカナダ人の男性が同じ宿に宿泊した。彼は母語がフランス語だったので英語がペラペラじゃなかった。(母語はカナダの州によると思う)
宿の方が英語ができないので、私が代わりに拙い英語で宿の説明をした。久々の国際交流を楽しみ、翌朝は一緒に出発出ようと話をして就寝。
ちなみにこの宿のおかあさんは、内子の観光ガイドもされていて、歩きでは行けないところに車で連れていってもらったりと、とてもお世話になりました。もちろん翌年に内子座文楽を観に来たときもここに宿泊。アットホームな素敵な宿でした。また行きます。
今回も読んでいただいてありがとうございました。
書いてたら旅したくなってきたーーー!
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