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「ブラームスはお好き」ちょい悪オヤジか、金持ちイケメン年下男か?39歳女性の揺れる心!

「今夜6時にプレイエルホールで素敵なコンサートがあります。ブラームスはお好きですか?」

25歳のお金持ちの好青年シモンが39歳の独身女性ポールをコンサートに誘う手紙にかかれていた文です。

これは、フランソワーズ・サガンの小説「ブラームスはお好きですか?」の重要な場面です。

物語は、バツイチの女性ポールが、浮気性の中年男ロジェを愛していながら、彼に振り回され寂しさをつのらせていたところに、25歳のお金持ちの青年シモンが現れポールに夢中になります。

シモンは年の差なんて関係ない、結婚してほしいというばかりに猛烈にアプローチしてきます。

ちょい悪オヤジか、世間体を気にせず堅実な金持ちイケメン年下男か?

でも、ポールの年齢は39歳、自分はもう若くはない、歳下と続くのだろうか、迷いながら自分を見つめていく複雑な独身女性の気持ちを描いた作品です。

サガンはクラシック音楽が好きだったようです。
ロジェをワーグナーに、シモンをブラームスに置き換えています。

ワーグナーとブラームスは当時敵対していましたし、性格も真逆でした。

ワーグナーは、自由奔放で、自分を庇護してくれた指揮者のハンス・フォン・ビューローの妻コジマを奪ったり、よくパーティーを開いては派手な生活を好んだりしました。

一方、ブラームスは、堅実節約家で派手な生活を好まず、いつも同じ服をきていて、散歩と自然を愛し、人も遠ざけ、クララ・シューマンと再婚もせず、一生涯独身でした。

サガンのクラシック音楽への知識も織り込まれた「ブラームスはお好き」ぜひ、読んでみてください。

シモンからコンサートへの誘いの手紙が届いた場面を抜粋します。
僕もとても好きなシーンです。

朝おきると、彼女はドアの下に速達が入っているのを見つけた。むかしの人は、これを『青紙』と詩的に呼んだものだ。彼女は詩的だと思った、なぜなら、十一月の澄みきった空にふたたび太陽が姿をあらわして、部屋中をあたたかい光と影とで満たしていたからである。『六時に、プレイエル・ホールでとてもいい音楽会があります」とシモンは書いていた、『プラームスはお好きですか? きのうは失礼しました』ポールはげほほえんだ。彼女は二行目の『ブラームスはお好きですか?』にほほえんだのである。それは、彼女が十七ぐらいの時、男の子たちが彼女にきいたのとおなじ種類の質問だった。もしかしたら、その後も人々はこのような質問をしているのかもしれなかった。だが返事をきこうともせずに。だが、こういう生活の中で、人生のこんな年になって、だれが返事などきいていよう? それに、彼女はブラームスを好きだろうか?
ポールはプレーヤーの蓋をあけ、レコードをさがし、全曲をそらんじているワグナーの序曲の裏に、一度も聞いたこともないブラームスのコンチェルトを見つけた。ロシェはワグナーが好きだった。「いいなァ、景気のいい音がするじゃないか、これこそ音楽さ」とかれはよく言った。ポールはコンチェルトをかけ、最初の出だしをロマンチックだと思い、終わりまでぼんやり聞いてしまった。音楽が終わった時そのことに気がついて、残念に思った。近ごろ彼女は一冊の本を売むのに
六日間もかかり、何ページまで読んだかわからなくなり、きいた音楽もすぐに忘れた。彼女の注意は、布地の見本帳と、いつも不在の一人の男性にのみ集中していた。彼女は自分がわからなくなっていた、自分自身の歩いてきた道跡もわからなくなっていた、その道跡に戻ることはもう決してないだろう。『ブラームスはお好きですか?』彼女は一瞬、あけはなされた窓の前をとおって、両眼いっぱいに陽光を受けた、そして、恍惚とした。このなんでもない『ブラームスはお好きですか?』という一句が、とつぜん広大な荒野の世界を露わに見せてくれたように思えた。彼女が忘れていたあらゆること、彼女がわざと避けていたあらゆる疑問を。『ブラームスはお好きですか?』いったい彼女は自分自身以外のものを、自分自身の存在をまだ愛しているのだろうか? もちろん、彼女は自分がスタンダールを好きだと人にも言い、自分でもそう思いこんでいた。そこが問題なのだ。そう『思いこんで』いる………。もしかしたら、ロジェを好きだということも単にそう『思いこんで』いるだけなのかもしれない。これは思いがけない発見だった。いい目じるしが見つかったのだ。彼女は二十歳の少女のようにだれかに話しかけたいと思った。
ポールはシモンに電話した。彼女はまだなんと返事しようか決めていなかった。

「フランソワーズ・サガン ブラームスはお好き 第6章より抜粋 訳朝吹登水子 新潮文庫」

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