創作小説「合成音声は声優から仕事を奪うのか」
みなさんは【声優】という仕事をご存じだろうか?
昔、映画やアニメに声を吹き込む仕事があったのだ。
あったのだという言い方は、適切ではないな。今でも【声優】という仕事はある。しかし技術の進歩は、【声優】という仕事すら時代の流れに飲み込んでいった。
機械が音声を合成し動画に合わせて音声を自動的に流す技術が確立され、【声優】の仕事がめっきり減ったためだ。
2045年の技術的特異点、いわゆるシンギュラリティを迎えてから20年近くが経過し、多くの仕事がなくなったと言われている。新たに多くの仕事も創出されたのだが、まあこの話はひとまず置いておこう。
では私が何故【声優】という仕事に興味を持ったのかお話ししよう。
× × ×
その日私は『エンタメ仕事図鑑_2025年』という資料を聞いていた。
大学のレポートを執筆するのに必要な資料だったからだ。
何故資料を”見る”ではなく”聞く”なのか気になった方もいるだろう。
私の目は電子デバイスに対して、大きな負担がかかりやすい体質だった。
今時、電子デバイスを使って目に負担がかかる人間は極めて少ない。
おそらく過去に私のような体質の人間が多くいたのだろう。
技術は進歩し音声での書籍を聞く方法が苦にならない技術が開発された。
そして今、人類は脳に直接情報を伝達する方法の開発を進めている。
ふうっ
私は気怠げに息を吐いた。
技術は私のような体質の人間を助けたが、贅沢にもほんの少し寂しさを感じていた。
私の感じている世界は、ほかの人にとって理解しづらい。
見るのが疲れる私には音声書籍は、なくてはならない物。
でも私は合成音声で作られた資料を聞く方法に、機械特有の冷たさを感じていた。
まったくこんな感じ方は贅沢な悩みだろうに。
だけどもっと人の温かさを感じる方法はないのだろうか。
× × ×
私はそんな贅沢な悩みを人に打ち明けることもできないまま、穏やかな日々を過ごしていた。
そんなとき、私の人生を大きく変える出来事を迎えることになる。
ある日、私の祖母がとある音源データを持ってきた。
古い音源データで物語を朗読しているらしく、朗読劇と呼ばれる演目だ。
なんでこんな音声データを渡してくるのか聞こうとしたら、
「時間があるときに聞いてみなさい」
とだけ言って、音声データだけ渡してさっさと帰ってしまった。
何しに来たんだろう…。
祖母は唐突にこの家にやって来ては、私と少し会話をし家に帰って行く生活をしていた。
たった15分くらいの会話なら、オンライン通話でもいいだろうに。距離だって決して近いわけではないのだから。
そんなことを考えながら、祖母がくれたメディアに視線を落とした。
40年か、へたしたら50年近く前の古い音声データだ。
今の規格で再生できるかも怪しい。
私は祖母が持ってきた音源データを再生するのに四苦八苦しながら、なんとか音声を再生できる状態に修復した。
さて音声を再生してみるか。
このとき私は、本当になんとなく再生してみた。
本当になんとなく暇つぶし程度に。
『_____!!』
男性の声が聞こえる。
これは合成音声だろうか、…いや違う。
これは肉声だ。人が発した言葉だ。
同じ音の羅列のはずなのに、妙に惹きつける何かがある。
気づいたら、最後まで朗読劇を聞いてしまっていた。
集中して聞いていたらしく、額から汗がすっと流れた。
今日の合成音声とは異なる音声。
抑揚?
表現力?
それとも間の取り方か?
普段聞いている合成音声と一体何が違うのか…。私は疑問に感じながら音声を再生していた。
× × ×
祖母からもらった音声データを聞いて以降、私は古い音声データを手当たり次第収集して聞き漁った。
すごい…!!
こんなに人の温かさを感じる音声は久しぶりだ。
なんだかすごい物を見つけた感覚になる、見つけたのは私ではないが。
私は祖母に音声データの礼を伝えることを決め、オンライン通話を開始しようとしてふと考えた。
せっかくなら直接お礼を言った方がいいのかもしれない。
珍しく私はそんなことを思った。
× × ×
「おばあちゃん、あの音声データってなんだったの?」
私が珍しく祖母の家を訪ねると、祖母は大層嬉しそうに招き入れた。
「あれはね、【声優】さん達が朗読した劇の音声データよ」
「【声優】って昔の職業にあった?今あんまり聞かないよね」
たまたま大学のレポートの資料として読んでいた『エンタメ仕事図鑑_2025年』に掲載されていた職業を思い出す。
「私が若い頃はね、【声優】になるのが夢だって子が多かったのよ」
私は黙って祖母の話を聞く。
「いわゆるシンギュラリティが到達してから声優業が減っていったんだけど、それがえらく寂しくてね。私が子どもの頃なんかはアニメや映画の吹き替えには声優さん達が必要不可欠な存在で、わくわくしながら聞いてたのよ」
「だけど、あるときか、もしくはゆっくり変わっていたのか分からないけど仕事が様変わりしてきてね。私が知っていた職業はたくさん消えてしまった、まあ新しい職業もうまれたんだけどね」
祖母は珍しく早口で話し、急に一息をついてこう言った。
「これから技術が進歩すれば、もっと人間が発する音声に近くなるのかもしれない。人間とデータの境目が曖昧になって、そんなの当たり前じゃないかって。・・・でも」
「誰もがそれをすぐに受け入れられないんだよ」
「それまで人間が表現していたことを技術でどうにか表現できてしまったら、人は…、人の価値はどうなるんだろうね」
祖母の寂しいというより、不安そうな声音が私の胸に響く。
そんな祖母を安心させるためなのか、気づいたらぼそっと言っていった。
「大丈夫じゃないかな」
「えっ?」
祖母の驚いた声が聞こえる。自分でも驚いたが、本音で話すことにした。
「今まで表現してきたことはすぐに消えないよ」
「音声データを聞いて、私は陳腐な言葉かもしれないけど”感動”したもの。・・・それに」
「人は負けず嫌いだから、機械の表現を超えるような表現を、もっと高みを目指していくよ。だからこんなに技術が進歩しても、まだ【声優】業がなくなってないんでしょう?」
気づいたらそう言っていた。私の言葉を聞いて祖母は、
「やっぱりあんたはデジタルネイティブ世代ね。すごいわ」
このときの祖母の笑みがとても印象的だった。
× × × × × ×
後書き
シンギュラリティってどんな感じなんでしょうね(←唐突)
私がこの話を執筆しようと思ったきっかけがあります。
1年近く前、あるエンジニアの知り合いからこんな技術の話を聞きました。
知り合いはいわゆる深層学習を学び、仕事で使っていました。深層学習に関しては、英語のドキュメントが豊富で最新技術を調べるために英語で読んでいたらしい。
しかし、母国語は日本語。
英語が読めても疲れてしまう、頭に入ってこないことがあったそうです。
そんなとき、とあるサービスを利用して解決していました。
テキストをリアルな音声に変換する技術です。
1年越しで思い出したのでサービスが違ってたら申し訳ないが、おそらくこのサービスだろう。
Amazon Pollyという深層学習を使用して文章をリアルな音声に変換するサービスだ。
サンプルの音声は数十種類あり、男性/女性も選択でき、様々な言語に変換できる。
知り合い曰く、
「私の推しの声はJoeyなの!」
推しの声を英語で聞くと、するすると内容が頭に入ってくるらしい。
「えっ、天才すごすぎでしょ」と思いながら私はそのとき、
「テクノロジーすごいな!」と同時に「じゃあもし芸術の分野にこの技術が参入したら、そうしたら【声優】の仕事はどうなってしまうのだろうか」と感じた率直な感想が今でも印象に残っている。
人間とテクノロジーの差とは、一体何なのか?
今はまだ「ああ発音はスムーズだけど、なんとなく機械っぽい音声だな」と判断できる。
でも数年後、数十年後は?
きっとテクノロジーは進歩している。そのとき私達はどのような生活をしているのだろうか?
こんなことを書くとAIに仕事を取られると考えている、人の仕事がなくなる考えている層だと思われそうだが、私自身はテクノロジーの進歩に肯定的だと思っている。決してネガキャンしたいわけではない。
私は【声優】という仕事についている人たちを尊敬している。
声優さん達が吹き込む作品が、大好きだ。
だから勝手に期待もしている。
人が発する表現がテクノロジーというライバルによって、さらにすごい物に変わるのではと。
テクノロジーと人の共存によって、新しい価値観・表現が生まれるのではとそんな勝手な期待を抱きながら、この小説を執筆していた。
まあ結論的に言うと、テクノロジーとどう共存していくかが課題ってことですね。
サポートありがとうございます。