見出し画像

#創作大賞2022応募作品「人間観察日記 番外編 人間って不思議だよな 後編」

「はい、カット。あと少しだから皆頑張ろうな!」
 と監督の声が響いた。監督は映像担当と次の確認をしている、その時だった。
「あれ、監督。監督の椅子の上に台本ありますよ。これ監督のじゃないんですか」
「いや、俺っち今自分の持ってるし。誰のだ?」
「えっと、……杏梨ちゃんのですね、これ」
 その瞬間、現場の空気が固まったのを感じた。さっきあれだけ台本がないと言っていたのに、先ほどまで座っていた監督の席の上に置いてある。
「えっと、誰だよ。杏梨ちゃんの台本ここに置いたの! さっきから探してたの知ってただろう。もしかして、おちょっくてんのか」
 と頑張って、明るく努めてる監督の声が少し震えているようにも感じた。
「とりあえず、杏梨ちゃん。台本返しとくね。使いたくなかったら、別の用意するから!」
「あ、ありがとうございます……」
 内心、それはないでしょ。と心の中でぼやきながら、台本を確認する。台本の中には、演技のために細かく書いたメモがある。流石にメモをみて、自分の演技を練り直したい。そう思って、台本を捲ると違和感に気付いた。
 あれ、なんか一部台本湿ってない?というか冊子の表面には、獣の(猫かな)手形が付いている。
「ひいいっ……!」
 私が悲鳴を上げて、台本をその場に落とした。スタッフたちがぎょっとした様子でこちらを見る。
「もう、限界……!」
 そう言って、建物の出口に向かって走り出した。
「ちょっと、杏梨?!」
 マネージャーの驚いた声が聞こえたが、それどころではない。はやく、はやく、この場所から離れたい……!
 廊下の先から日の光がさしているのをみて、曲がり角を曲がり、入口に出て安心しようと思ったとき、私の目の前には静かにボロボロと泣いている男の子の顔と車輪があった。あ、もうこれ無理だわ。と思ったとき、目の前の車輪の子が
「ギャ――――――――!」
と悲鳴を上げているのを、意識が遠くに行くのを感じた。いや、私の方が悲鳴を上げたいよ……。

〇  〇  〇

「やっちまったよ!あの人間の女、霊感あるのかよ!」
「ど、ど、どうしよう!」
 ぼくらも予想外のことで動揺しているとき、河童の背中の甲羅が近くのモノにあたった。

 ガタッ、ガタッ

 その音に人間達が動揺する。
「えっ?今誰かぶつかったの。でも後ろには誰もいないわよね……」
「これ、ちょっとマジでやばくないすっか?」
「ちょっと、あんたこの部屋には何もいないんじゃなかったのか?!」
「えっと、私には何とも……」
「ああ、まずいぞ。どんどん、事が大きくなってる。とりあえず、トンズラするぞ、狐」
 こういうときの子河童は頼りになる。そう思って、
「うん、分かった」
と答えたときだった、

「ギャ――――――――!」

 と輪入道(わにゅうどう)の声が響いた。今回輪入道(わにゅうどう)はよほど驚いたのだろう、普段だったら気づかない霊感のない人間にも輪入道(わにゅうどう)の声が聞こえたらしい。
「え、今の悲鳴って。子どもの声……?」
「杏梨、杏梨を探さないと!」
「ちょっと、シャレになんないんだけど!」
と人間達は半狂乱になっている。ぼくたちはハッとしてすぐに建物の入口に向かった。
「輪入道(わにゅうどう)!」
 入口につくと、そりゃもう酷かった。さっき部屋から出ていった人間の女性は倒れているし、女性を見つつ号泣している輪入道(わにゅうどう)がいた。輪入道(わにゅうどう)がぼくたちを見つけると、号泣しながら、さらに大声で泣き出した。
「ひどいよ、ふたりとも。ぼくを置いてくなんて。人間がこっちに来るし、それにどうもぼくのこと見えてるみたいだし……。わあ――――――――ん」
「ごめん、ごめんよ。輪入道(わにゅうどう)。あとで謝るから、今は泣き止んで!」
「お前の声、人間たちにも聞こえてんだよ!」
「そんなこと言われたって……」
 ぼくらがどうしようかおろおろしているときだった。バサッと羽の音が聞こえた。
「まったく、おまえたちは。色んな騒動を引き起こしてくれるね」
 気付いたら、ぼくたちの師匠(せんせい)である天狗がいた。
「師匠(せんせい)……!」
「とりあえず、ここから離れましょう。あとできちんと話を聞かせてもらいますよ」
 あ、これ説教決定だ。確かにここまで大きな騒動を起こしたのは、問題だ。そう言って、ぼくと子河童の首根っこを掴んで、飛び上がる。
「輪入道(わにゅうどう)? 君は飛べますね」
「……っ! はいっ」
 そう言って、輪入道(わにゅうどう)も空に飛んで行った。

 あの後、人間たちはあの建物から出て立ち去ったらしい。師匠(せんせい)の話によると、別の場所で演目をやり直すそうだ。
「なんだか、あの人間たちに悪いことしちゃったなあ……」
「でも、鬼の旦那たちは喜んでたぜ。最近人間たちは、わしらの存在を軽んじているからちょうどいいって」
「それ、師匠(せんせい)の前でも言える?」
「ぜったいに無理だ!」
 と子河童は苦虫を潰したような顔をした。よっぽど師匠(せんせい)の説教が応えたらしい。そのとき、
「よおっ、問題児たち元気かあ~?」
 と猫またの姐さんが部屋に入ってきた。
「なんだよ。姐さん、笑いに来たのかよ?」
 と子河童は姐さんに立てつく。どうも姐さんが苦手らしい。
「ふふん、輪入道(わにゅうどう)が泣き止むまで一緒にいて慰めてた、私に労わる言葉もないのかい? 天狗の旦那にまだ説教が足りないみたいっていってやってもいいんだよ」
「ごめんなさい」
「ふふっ、狐は素直だね。冗談だよ。それにしても説教で三ヶ月もこんなところに入れられたら、暇だろうにちょっと暇つぶしに来てやったのさ」
 そうなのだ。三ヶ月間、師匠(せんせい)の棲み家で反省文やお手伝いをしている。輪入道(わにゅうどう)は、わりと早く許されたが師匠(せんせい)にくっついているらしい。子河童はこんな手伝いばっかやってたら、干からびちまうとぼやいている。
 いつになったら、許してくれるんだろうなあと考えていたときだった。猫またの姐さんから、
「狐、あのあと『えいが』がどうなったのか。気にならないかい?」
「えっ?どうなったの」

〇  〇  〇

「いや杏梨さん、初主演作どうでしたか」
「本当に大変なことも多かったけど、無事上映できるまでこぎつけて本当に嬉しいです!」
「撮影中にホラー体験をしたみたいですけど?」
「いや、あまりに怖くて覚えてないんですよね」
 マネージャーはそれを聞いて、嘘つけしっかり覚えてるじゃないと思った。あの件以降、杏梨は怯える演技や緊迫した演技が格段に上達した。監督たちが下を巻くほどには。
「そのいわくつきの場所はキャンセルして、別の場所で取り直したんですよね。その後、演技が劇的に良くなったとか。なにか演技が上達するきっかけみたいなのがあったのでしょうか?」
「あのときの事は覚えていないんですけど、人は本当に怖いと声が出ないと実感したことですかね。リアルな演技ができるようになりました」
「監督もスゴイですよね。普通、そんな怖い思いしたら止めようって思うのに、実際に起こった出来事をストーリーに組み込むなんて、いやあ、すごいなあ」
 と司会の男性がしきりに感心して言った。
「ちなみにどこが実際に体験した話を盛り込んだ部分ですか」
「台本がなくなった件と気づいたらなくなった台本が建物の中にあった件、そして子どもの悲鳴とかかな。あとポルターガイストもですね」
 そう言ったらあのときのことを思い出して、顔が強張った。その表情に観客がごくりっと息を飲む。司会の男性は、
「もし次回作を作ると言ったら、どうしますか?」
「とにかく、怖い場所には近づかない、関わらない、聞かないの三か条を守りつつ、今後も女優活動を続けていきたいですね」
「それって、やりたくないってことじゃないですか。よっぽどいろいろあったんですね。それでは次の質問に移りますが……」

「まったくあの回答はないんじゃない、杏梨」
 マネージャーが困った顔をしながら、そう言った。そう言いつつも、あまり怒っていないみたいだ。当然だろう、あんなことに巻き込まれればそこまで強制しない。これで日常系や恋愛系の映画とかドラマとかに出られたらなあと思ったそんな時だった。

 コンッ、コンッ

 誰かが控室を尋ねてきた。
「はい、ああ監督に、えっ、社長」
「えっ!」
 私は姿勢を正す。まだ新人女優の映画をわざわざ見に来るなんて、珍しい。
「いや、杏梨ちゃん。今回はお疲れ様」
「はい、ありがとうございます。あのところで今日はどうしたんですか」
「いや、さっきの試写会本当に評判が良くてね。次回作の話も出てるんだけど、君が少し乗り気じゃないみたいだしさあ。ちょっと相談に来たんだよ」
「えっ?」
「頼む、次回作も出てくれないかな。本当に評判良くて、杏梨ちゃんを起用したいって映画増えてるんだ。ホラー映画なら、杏梨ちゃんの右に出るものはいないってね。頼むよ」
 社長が交渉しているときに、監督は隣で頭を下げていた。これは、非常に断りづらい。
「わ、分かりました……」
 そう言いながら、マネージャーの顔を見ると顔が引きつっていた。多分私も今そんな表情をしているに違いない……。

ホラー映画なら、右に出るものはいないなんて全然嬉しくない!

〇  〇  〇

「じゃあぼくらがやったことは、話の種になっているってこと。それにあの人間は別の仕事をもらったの?」
「これってよかったってことじゃないか。雨降って地固まる的な。なんで俺っちらまだ説教部屋にいるんだよ、はやく遊びてえよ」
 と子河童は納得がいかないといいたげに言った。
「それは、君たちがまだ反省してないからですよ」
「ひいっ……」
「しまった……」
 恐る恐る振り返ると、師匠(せんせい)が部屋に入ってきた。あっ、笑ってるけどものすごく怒ってるときの顔だ。
「じゃあ、私はこれで。師匠(せんせい)、その子たちもう少ししごいたほうがいいですよ」
 と猫またの姐さんは出ていった。師匠(せんせい)は、
「ええ。まだぜんぜん身に染みていないようなので、反省文を追加です」
 と師匠(せんせい)は宣告した。
「そんな!」
「あんまりだぜ、師匠(せんせい)!」
「はい、あとでお説教追加と反省文どちらがいいですか」
「「反省文がいいです……!」」
「よほど、私の説教が嫌なのですね。いいですか、あなたたちはいつもいつも……」
 あれ、これやっぱり説教になってないか、師匠(せんせい)の説教は長いだよなあ。その頃輪入道(わにゅうどう)は、
「ふたりとも早く帰ってきてよ……」
 とおろおろしている様子が見かけられたそうだ。

「やっと、外で遊べる!」
「今回のお説教は長かったねえ」
「ふたりともお帰り。ぼく寂しかったよ――!」
 と輪入道(わにゅうどう)がぼくたちに飛びつい......、突進してきた。
「フギャッ」
「あっ、あぶねえ」
 ぼくは輪入道(わにゅうどう)にぶつかり、子河童は要領よく避けた。
「まったく、輪入道(わにゅうどう)はよお、ははっ」
「何だよ。久しぶりに会えて嬉しかったんだ。狐もゴメンね」
 ぼくは吹っ飛ばされながら、大丈夫と言った。
「それにしても人間って、何でわざわざ自分で怖い演目を作ったりするんだろう。結局分からなかったよな」
「人はきっと自分には見えないもの、分からないものには、畏れないんだよ。正しく畏れることができないんじゃないかな。霊感のある人間はきちんとぼくたちを畏れていただろう?」
「でも結局演目の種にしたんだよな」
「それ、その人かどうか分からないけど、多分人間って図太いんだよ」
「図太い……?」
「そうでなきゃやっていけないんでしょ。人間たちの暮らしって複雑だもの」
「ふうん、それが今回の結論か」
「いや、まだ調べてみないと分からないことだらけだよ」
 ぼくはそう言って、人間観察日記に書き記す。
「ふん人間って難しいなあ。妖怪のほうがいいぜ、気楽に生きれてよ――」
「ぼくはもっと穏やかに暮らしたいなあ」
「まったく輪入道(わにゅうどう)は、そんなんだと立派な妖怪になれないぞ――」
 
 今日も妖怪の里は穏やかに時間が流れていた。


※  ※  ※

この作品は「#創作大賞2022」応募作品です。

全ての作品のリンクは、こちらのnoteにまとめております。


サポートありがとうございます。