桜降る雨に何を想ふか
春になる度彼のことを思い出す。
季節と同じ名前を持つ彼のことを。
桜を見れば彼を思い出し、
桜が散る度彼がいないことを確認する。
私、サツキがハルと会ったのは
桜が降る3月の終わる頃だった。
就活に失敗してヤケ酒、
花見を言い訳に4本目のビールを
飲み干す直前だった。
「おねーさん、団子たべません?」
ナンパだと思った。
実際にナンパしていたのかもしれない。
そんな安い女じゃないし、
一人で感傷に浸りたかった。
「いいね。頂戴。」
心とは裏腹に口から出たのは、
団子の催促だった。
これは、
ビールのおつまみがなくなったからで彼に
好意を持ったからではない。決して無い。
今でもそう言い聞かせている。
彼はコロコロと4月の温かい空気のように笑って
「おねーさん面白いね。全部食べなよ。俺ハルって言うんだ。」
なんて勝手に自分のことを話し出した。
彼だけが自分の話をするのは、
フェアじゃない。
私も負けじと自分の話をしていた。
お酒の力があったからかもしれない。
本当はもう彼のことが
好きだったからかもしれない。
気がつけば一緒に酒を飲んで、
大笑いして、眠っていた。
それからはトントン拍子に事が進んだ。
いつの間にかハルは
私の家の鍵を持っていたし、
毎日ハルのために
ご飯を作っている私がいた。
ハルは大学生だから、
好きな時間に起きて、
好きな時間に寝て、
バイトをしたり、
一緒に遊んだりした。
私も感傷にばかり浸っていられなかった。
就活は失敗しても人生は続く。
何よりハルと過ごすためにはお金がいる。
別にハルにお金がかかるわけではないが
年上の私がかっこつけたいだけだ。
だから、あれだけ逃げていた
就活を再開したし、
意外と我慢すれば社会はいつだって
人手不足で人間は余るほど居る。
仕事はあっという間に見つかったし、
やりがいもすぐに見つかった。
いろいろなところにも出かけた。
遊園地や映画館、カフェを巡ったり
本屋にデートすることだってあった。
充実していた。
喧嘩はたまにするけれど、
いつだってハルが我慢してくれた。
私の気分はすぐにコロコロと変わるけれど
ハルはいつだって優しく
包み込んでくれていた。
でも、急に冬の朝のように
冷たい顔をすることがあった。
何も寄せ付けない。
冷え切った目をすることがあった。
でも私は何も見てみないふりをした。
ハルの苦しみも、いらだちも
何も知らない顔で接した。
本当はハルが怖かったのかもしれない。
でも恐れちゃいけないとも
思っていたのかもしれない。
もう、彼といた時間が積み重なることはない。
ある日私は心底疲れて、
苛立ちや負の感情が
嵐のように押し寄せた。
家に帰ってハルに優しくしようと
していたけれど、
どうしようもなく何かに苛立っていた。
ハルに当たり散らし
自分が何を考えているのかも
分からなくなって、
泣きながら寝てしまった。
どれだけ寝ていたかわからない。
目が覚めたが気不味くて寝たふりを続けた。
どれだけハルを傷つけるような言葉を
吐いたか分からない。
どれだけハルを殴ったか分からない。
反省した。早く謝らなくちゃ。
でも、怖くて仕方なかった。
ハルは優しく包み込んでくれると思った。
悲しい顔をしたハルが、
冷え切った体温のハルが、
ひしひしと空気から伝わってきた。
突然ハルは、
「温かい物でも買ってくるね。ごめんね。」
と私の背中に声をかけると家を出た。
ざわつく心を私は無視した。
その日ハルは消えた。
桜の木には死体が埋まっている。
だから、
あんなにピンクの綺麗な花が咲くらしい。
そんなのは嘘だよ。
死体は火葬だし、死は美しいモノじゃない。
あの日私はあなたの心に嵐を巻き起こした。
花びらは雨の重みで落ちてしまう
桜はあっという間に散るのを
もう忘れないように。
毎年春になると、
桜の木の前にビールと団子を置いてしまう。
風が吹いて桜の花びらが吹雪くのを見る度、
ハルが怒っているような
それでいて応援してくれているような、
そんな気持ちになる。
ほんとは恨んで、
これ見よがしに綺麗に散っているのかな。
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