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ユースフル・デイズ(短編小説『ミスチルが聴こえる』)



 サンシャインエブリデイ、だったかな。彼女がよく呟いていた言葉が、僕は好きだった。
「いつだって、気持ちは晴れやかでいないとダメだよ」
 あの頃の僕はよく不満を嘆いたり愚痴をこぼしたりして、自暴自棄気味になっているところがあった。そんな僕に彼女は「あつ君はいつも暗いよ」と言って、「もっとポジティブに生きようよ」と初夏の陽射しみたいに眩しい笑みを浮かべていた。
「そうだね。芽衣ちゃんの言う通りだ。僕は何でもかんでもマイナスな感情に変換する癖がある。これからは気をつけるよ」
「少しずつでいいから、頑張ってね!」
 それから、芽衣ちゃんと過ごした日々はどうにか明るく生きようと努力した。メソメソしそうなときは芽衣ちゃんの言葉を思い出した。
「元気に生きないとダメだ」
 ただ、芽衣ちゃんはあるとき突然僕の前からいなくなってしまった。理由は引っ越しだった。僕は彼女が引っ越す日に彼女が住んでいた家に行った。
「ごめんね、急に引っ越すことになっちゃって」
 芽衣ちゃんは、泣いていた。僕は初めて彼女の泣き顔を見た。それがショックだったのかもしれない。だから咄嗟に、「サンシャインエブリデイだよ」なんて僕らしくない言葉を言ってしまった。
「芽衣ちゃんは太陽みたいに笑っていないとダメだよ。いつの日も、たとえ僕がいなくたって、笑っていてほしい。僕も、頑張って明るく生きるから。ずっと笑っていられるように努力するから!」 
 本当に、僕らしくない言葉だった。だけど芽衣ちゃんは「ありがとう」と言って、最後はニコッと笑ってくれた。


 あのときの笑顔は消えることなく、僕の人生を照らし続けている。
 三十になった僕だが、十八年前の出来事を今でも鮮明に覚えている。あれから僕は様々な女性と出会ったが、芽衣ちゃんほど僕を想ってくれた女性はいなかった。
 今頃、芽衣ちゃんは何をしているだろうか。
 スマートフォンでインスタグラムを見ていると、一枚の写真が出てきた。それは、美しい日本人の女性が小さな赤ん坊を抱き、やさしく微笑んでいる写真だった。
「もしかして」
 アカウントを見ると、「mei.sunshine.everyday」となっている。間違いない。彼女は僕を笑顔にしてくれた人だ。プロフィールには「二児の母です」と書いてあった。さらに、「いつでも笑っていたい」と書かれている。
 そっか。今でも笑顔を絶やさないでいるんだな。
 ふと、若かりし記憶が蘇ってくる。忘れもしない、芽衣ちゃんとの思い出たち。
 また、どこかで会えるといいな。そのときは笑って。
 今日は雲一つない青空が広がっている。

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