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土手沿いを走る少年(夏のまにまに)



何故だろうか
僕はピッチャーにならなかった
グローブをつけることもなかった
バットを振ることもなかった
ボールをキャッチすることも
一塁に走ることもなかった
いつだって少年は走っていたのに
僕は走ることがなかった
ボールはどこへでも飛んでいくのに
僕は追いかけることをしなかった
ホームランを夢見た少年は鍛えていたのに
僕は何もしてこなかった
少年は一生懸命努力してきたのに
僕はただただ夕日を眺めていた
それでも少年は大人になってから
万引きをして捕まってしまった
僕はスーパーの店長として
大人になった少年を警察に引き渡した
いつの日か
土手沿いを走っていた少年は
夢を追い続けていた少年は
野球選手になりたいと頑張っていた少年は
立派な大人になったけど
努力の陰に潜んだ窃盗癖が抜けきらず
人生を棒に振ってしまった
彼は泣きながら言った
こんな人生を描く予定はなかったと
その日の夕方
僕はただただ夕日を見ていた
そしてひたむきに走っていた少年を思い出した
きっと 彼はホームランボールを追い続けて
どこか違う世界へ消えたのかもしれない
僕は帰りにビールを買って
家で一人野球を見た
その日 サヨナラホームランを打った選手は
微笑みながら最高ですと言った
もし あの少年が野球選手になっていたら
僕は残ったビールで記憶を消した

明日もまた どこかの子供がボールを追う
ピッチャーとしてボールを投げる
バッターとしてボールを打つ
ランナーとして一塁へ走る
光る夢を見る少年たちは
明日を知ることもないまま
土手沿いを走ったりする

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