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シンガポール料理を楽しんでいた僕は、食べ残しとシェフの悲しみに挟まれた

気になっていたシンガポール料理店に、この前の夜やっと行くことができた。シンプルだけど十分に悩まされるという、非常に魅力的な料理の数々。僕はこのように、注文のハードルの高いお店が好きで、食べたことない料理の自信が伝わってくる。

狭い入り口から入店し、レジの前に立ってメニューを何度も読み返していたら、丸見えの小さな厨房が目に入った。止まらずにずっと作り続けているオーナーさんの動きと美味しそうな音に、夢中になってしまった。料理中のさまざまな音と香り、そして書かれているメニュー。これらが一つになると、まるで無重力空間に浮かぶように、ふわふわと落ち着いてくる。

こんな状態で、長旅のように地球に戻ってきた僕は、早速注文した。チキンライスのレギュラーと焼き餃子にして、さぁ席に着こう!と思いきや、チキンライスの鶏肉はムネ肉とモモ肉のどちらにするか、それとも両方入れるか聞かれた。メニューが少ないからこそ、こだわりとカスタマイズ性が高いと感心しながら、僕はもう一度、無限の宇宙へ浮かぶことになったのだ。

ムネとモモのハーフにして、ラッキーなことに最後の席をゲットして大人しく待っていた。店内はほぼ満席。狭いお店だけどお客さまとの距離感がなくて、シンガポールに行ったことがない僕は家庭の暖かさはこんな風になるのだろうと、周りをニョロニョロと見ながら観察していた。

オーナーシェフとスタッフの2人体制で、注文ごとに丁寧に作ったり盛り付けたりしているところを見ながら、ヨダレを止める戦いが始まっていた。厨房からお店に広がった魅惑的な香りと癒される音のおかげで、また宇宙に浮きそうになるのを必死で堪えた。料理を運んでいたスタッフが僕の近くを行ったり来たりしていて、浮いている場合じゃない!と、すぐ地球に戻り「僕だ!」と心で叫んだ。結局、3~4回くらい僕の勘違いだった。

少し諦めて、「忙しそうだししばらく来ないだろうな」としょんぼりしていたところに、頼んだチキンライスと餃子が女神のように舞い降りてきた。バスマティ米の横にヘルシーな鶏肉とパクチー、ミニトマト。ソースは3種類とスープ。鶏肉の優しい色と柔らかさ、噛まずにとろけるジューシー感。口に入れると鶏肉の旨みが広がって、バスマティ米も追加したら、

「薄い色のものはいつからこんなにうまいんだろう」

と、料理研究家のような顔になった気がした。

鶏肉はソースによって、色んな表情に変わる。味変するたびに感情の竜巻がグルグルと僕の中を忙しなく駆け巡った。シンプルな鶏肉のとんでもない奥深さの虜になっていた僕は、厨房の方を覗き微笑みながら、次の一口はどのソースにするか悩んでいた。

周りのお客様も食べることに必死だった。お喋りの声より、食べる真面目さの音の方が耳に入ってきた。この中でスタッフさんは、ずっと料理を運んだりレジ作業したりしていて、こんな美味しい料理を食べている間に働いてくれて、感謝と申し訳なさが半々だった。

少しずつ、食べ終わったお客様がお店を出ていき、いつの間にか貸切に変わっていた。ここで、雷が落ちたような展開になった。隣の席にいた2人組が座っていたをふと見たら、テーブルのお皿の上にバスマティ米と目玉焼き、スープが7割が残っていたのだ。口に合わなかったか、体調が悪かったか、それとも2人の間で何かあったか。とにかく、この美味しい料理に時間と力、命をかけたシェフのことを考えると悲しくて、本人たちに食べなかった理由を聞きたくてしょうがなかった。

スタッフがそのテーブルを片付けて厨房に戻っていき、シェフが残ったその料理を見た瞬間、驚きと悲しみの表情がしばらく続いていた。1分くらい止まったまま、ボーッとしていたのを見て、僕の心に悲しみの波がじんわり広がった。「美味しいよ。落ち込まないで!追加の注文をするよ」と心の中から大声で言っていた。

一生懸命美味しい料理を作って出して、そのまま戻ってくる悲しみと辛さは、料理人ではない僕ですら分かる。しかも、小さなお店でシェフが1人で作っているから、お客様が何も言わず、そのままお店を出た後の食べ残しを見たら、きっと色々なことを思ってしまうだろう。そのシェフの顔を見て僕も落ち込んだ。飲食店の難しい部分はまさしくこれ。お金を出しているから食べても食べなくても

「別に。一緒じゃん!」

と思っている人は意外に少なくはない。

お金を出せば何でもあり、何でもいい、許してもらえる、などの考え方は理解できない。お金を出しても命に繋がる食事と料理人の心を大切にしないと、同じ地球に住んでいても宇宙人のように変身してしまう。

僕は複雑な思いを抱きながら、バスマティ米の最後の一粒を食べて完食。

お店を出る前にオーナーシェフと顔を合わせていつも通りに、「ご馳走様でした。全部美味しかったです。また来ます!」と感謝を伝えたら、相手は笑顔になって「作ってよかった」のような雰囲気に変わった。これからも美味しい料理を変わらず作り続けて欲しいから、次に訪れる時もシェフへの感謝を大切にする。完食することで、シェフへの喜びと大満足の気持ちを伝えていくつもりだ。

「食べられること」が当たり前の時代になっているけど、何かの理由で「白米が食べられるだけでありがたい」時代に変ってもおかしくはない。毎日、心を込めて残さずに食べよう!

みなさんからいただいたサポートを、次の出版に向けてより役に立つエッセイを書くために活かしたいと思います。読んでいただくだけで大きな力になるので、いつも感謝しています。