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言わぬが花と軋む車輪 と──夜。(詩、小説)

「言わぬが花、それは悪いことではないと思うけど……」

 窓越しに東京の夜景を見下ろす男女が二人。バーカウンターから離れた窓際でブランデーが入ったグラスを傾けていた。

「──何が言いたい?」
「あら、やっぱり貴方も言葉にしてほしいの?」
「いや……僕は沈黙の表現が奥深くて好きなだけだ」

 驚いて硬い返事をしてしまった男は、改めて落ち着いた声で答えると、グラスを置き挑戦的な瞳をする彼女を見つめた。

 初対面で軽く話した程度なのに、意表をついた質問しだすミステリアスな彼女。夜を写したような黒髪に後ろで丸く結んで後れ毛、ホクロのある口元へブランデーを持っていく仕草は魅力的だ。

「選択の違いね」
「……まあそうだね。気にはなるよ、何を言いたかったんだ?」
「──The squeaky wheel gets the grease. アメリカのことわざで、軋む車輪は誰かが油をさしてくれる。音がしない車輪は気づかれないということ」

 明確な答えをくれない彼女から分かったことは、価値観が反対ということ。

「自己主張がすぎるのもどうかと思うけど」
「そう? 文化の違いかしら。私は貴方の陶芸が好きよ。だから沢山の人に知って欲しいの」
「手段は選ばないと? 叫べってことかい。図々しくないか」

 先程、彼女に陶芸の話をした。写真を見せると「すごく綺麗」と関心を持ってくれたから、つい父の陶器会社を継いだが時代にそぐわず上手くいかないし困ったと話したのだ。

 それを聞いた彼女はSNSを使うなら、遠慮せず思慮深さを取っ払って叫べと言うのだ。

「多種多様な人種がいるから価値観と文化も沢山ある。だからこそちゃんと誤解がないように言葉にするの」
「ふーん、そういうもんかい。まあ、直球も危険……誤解がないように沈黙することも必要だ」
「言葉狩りをされる?」
「それは……言い過ぎじゃないかい。結局はバランスさ」

 ──僕らはどこまでも価値観が真逆なのだろう。それを言葉の数で感じている。けれど不快じゃないんだ。

「バランス……そうね。昔より良くなってるものね」
「そうかな、最近みんな可笑しくなってるよ」

 まるで遊びのように、互いに笑みを浮かべて言葉の応酬をする。

 すると、そこへチャコールグレーのハットを被る老年の男性が近づいて来た。

「若いお二人は興味深い話をしているね。僕もいいかな」
「ええどうぞ」
「僕はね、世界は至って普通だと思っているよ。みんなが色眼鏡で覗くから残酷に映ったり、美しいと映るんだ」

 どうやら第三陣営の登場か。僕も彼女も目を合わせて微笑んだ。

──面白い、と彼女もきっと同じことを考えている。

「世界はただ存在しているだけだと?」
「そう。僕らは地上に置かれただけだと」
「貴方の考えでは、良くも悪くも、ただそこにあるだけだと?」
「あぁ」
「へー色んな考え方があるのね。初対面なのに何だか深い話しちゃってるわね私達」
「君がそれを言う?」

 くすくすと手を口元へ近づけて上品に笑う彼女に、僕も口元が緩む。

「おや君たち初対面だったのかい。不思議だね……酒の力かな」
「ブランデーお代わりして来ようかしら!」
「いいね、話し続けよう」
「面白いね。酔い潰れるまで続けようか」

 言葉の花が咲いた僕らは止まらない。

「ああ、話続けるのは大切だけど……それ以上に、タイムリミットだけはあるから気をつけないとね?」

 彼女のその一言に少し息を呑んだが、誤魔化すようにお酒を口にした。

 そうだ、『タイムリミット』は必ず訪れる。

 ──『時間』とは人間に与えられた、唯一の平等である。

 色んなことを考え続ければ、それを諦めなければ、きっと希望が見つかると……信じる僕らへ突き刺すことでもある。

 待ってはくれないのだ。限りある時間だけは────この花咲く夜も、いつか散りゆくように。

ならば、せめて僕は慈しもう。この夜を。


End.


あとがき
今回の作品は、真塩セレーネさんが20代の時に書いた詩、小説でした。

いかがでしたか? 少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。

それではまた。
【魔法の書店 広報/八木ひより】

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