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「夜雨はいつか」

今日もバイトへ行く。昨日も一昨日もバイトに行った。そして、明日もバイトへ行く。六月も半ば、梅雨入りし雨が続く。毎日が上手くいってるような奴でも嫌でも憂鬱になる。そんな天気だった。
毎日が上手くいっていない僕が憂鬱にならない訳もなく、今日も死んだ目で商品を通す。元々雨は嫌いだ。予定は狂うし、長い髪の毛は毛量をさらに増すし、なにより靴下が靴の中でぐしょぐしょになる。あの感覚は子供の頃から大嫌いだ。今日は珍しく朝から雨が降っておらず-それでも太陽は拝めないが-久しぶりに乗った自転車の上で梅雨の匂いを感じていた。準夜勤という微妙な時間帯のコンビニは、社会に疲れたサラリーマンの巣窟だ。お互いに死んだ目で死んだ声を通わす。中には、大学も行かずバイトばかりの日々を送る自分を見下してるのだろう、と思わずにはいられないような理不尽な客も来るが、それでも、俺はお前らとは違う。自由だ。というしようもない優越感だけで何とか耐える。……本当に自由なのかは置いておいて。
12時を過ぎたころ、一人のサラリーマンが傘をレジに置く。「こちらお開けしますか」と、今年1000回目を超えたであろうこの言葉をいつものように発する。「あぁ、うん」サラリーマンは、はぁとため息をついて千円札を出す。お釣りがいくらになるかももう覚えたよ、なんてことを思いながら傘を開ける。あれ、まてよ。はっと外を見る。雨が降ってきている。電車を降りてきたばかりの客がどっと押し寄せる。誰もが傘を掴んでレジへ並び始めた。まじか、と二つの意味で思った。
1時過ぎ、ようやくバイトが終わった。短いようで、長い。まあ、バイトなんか全部そんなもんか。外に出ようとすると、1時間前に降り始めた雨はまだ止んでいない。むしろ強くなっているように感じる。うわ、最悪だよ、自転車じゃん。とすぐに明日のことを考える。歩いて帰るか、それだと明日の朝も歩いて来なきゃ…バスは…金もないし、避けたい。てか、もうこの時間はバスねえよ、と考えながら手段は一つだということを悟る。まあ、帰ったら風呂入ればいいし。バッと外に飛び出す。乾いた髪とシャツを雨がすぐに濡らし始めた。濡れたサドルに跨るとパンツまで一気に濡れ、不快感が押し寄せてくる。ペダルに足をかけ、グッと漕ぎ出す。一度足が滑り、脛をぶつけた後、一気にスピードを上げ、夜の街に漕ぎ出した。

3日前

今週は、四連勤か。そんなことを思いながらCadd9を静かに鳴らす。やることと言えば、曲を作ることしか無かった。バンドは無いし、そもそも友達も少ない。一緒に音楽をやってくれる仲間を探すために学校へ行ったが、やはり出遅れた。音楽性が合い、人間性が合い、目指すところも同じ仲間、というのはやはりなかなかいなかったのか、それとも見つけられなかったのか、なんて考えるのもめんどくさくなる。やはり、やれることは作ることだけだった。中々思いつかないが、色々考えながらギターを弾くだけで楽しい。小声で口ずさみながらギターを静かに弾いていた。すると、ドンドンと拳でドアを叩かれる。しまった、と思ったが、もう遅い。はい、と返事をする。扉の外から、「何時だと思ってるの」と声がする。母親だ。「ごめん」と素直に返す。しばらく沈黙が流れ、どうやら母親は自らの部屋へ戻ったようだ。ギターを置いて寝転がる。夜にやらなければいい、というのは正論だが、何故かいい曲が思いつくのは夜なんだ、仕方ないだろと心で訴える。とは言っても実家暮らし、従わない訳には行かない。一人暮らししたいなあと思いながら目を閉じた。
ふと、音がして目が覚める。雨が降っている。いつの間にか雨が降ってきていた。パラパラと雨が屋根を打つ音がなってるかと思えば、すぐにザァーと雨が強くなり始めた。……この音なら、或いは。と起き上がりギターを持つ。静かに弾けば多分バレないだろう、と高を括り、ギターを弾きながら歌い始める。不思議と雨の音が心を落ち着かせ、歌詞が浮かんでくる。常夜灯の下、自分の声と雨の音が溶け合う。嫌いな雨が、今だけは味方になっているようだった。

「雨、部屋の中、聞かれないように歌う
夜、二十四時、君への想いを歌うよ」

夜雨はいつか/シンクマクラ

歌詞は繰り返しが多い。シンクマクラとして初めに作った曲で、最初は1番しか出来てなかった。学校で会った最初のドラマーに相談したら、もう1回繰り返しでいいんじゃない?と言われてこういう構成になった。雨が地球を巡るということを知っていた。理系だったし。音楽も巡ればいいと思った。巡り巡って君の元へ。直接届けるのはちょっと恥ずかしいし。コード進行はCadd9から始めた。繰り返しのコード進行、繰り返す、繰り返す。歌詞もコードも。ずっと繰り返すんだろうなと思う。同じ過ちも毎日も。いつまでも変わらなければいいと思う。変わっていくこともあるけど。リスペクトを込めて歌詞を一部引用した。光の正体は俺の中では常夜灯だとしている。雨が照らされてその部分だけ降っているように見える。街を照らす常夜灯も、部屋を照らす常夜灯も自分の今を照らしていた。薄暗い中、声量は違うけど、やってることは変わり無かった。

自転車に乗って走っている時は誰に見られようと俺のワンマンステージだった。3日前に作った歌を歌う。口に雨が入って来る。目にも入って視界がぼやける。飛ぶオレンジの光を頼りに先に進む。まだ見ぬ君の為に今歌おう、そう思っていた。今、あの頃の声は雨に溶けてどこを巡ってるだろうか。この歌には届ける以外の感情がない。宣言の歌だったんだな、と、この文を書いていて気づいた。
実家から、最寄り駅から、
未来、聞いてくれる君に届けたい。
夜雨はいつか。

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