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アキタカタ暮らしの美術館|chapter 2

いろとりどりの野菜と食卓を囲む
「ファームもりわき」

森脇良典さん、 照美さん


楽しい人が暮らす家というのは、外から見てもそれが垣間見えるようだ。ファームもりわきもそうだった。庭に何やら機械を解体した跡や道具などが散らばっている。奥には細かく仕切られた畑とビニールハウス。母屋らしき建物の玄関脇に「ファームもりわき」の看板と「いま畑にいます」の文字。住人が楽しく暮らしている気配が伝わってくる。
 
想像したとおり、ファームの森脇夫妻は全くもって面白い人たちだった。ご主人のヨッちゃんこと良典さんは、元は井戸工事などのボーリングをしていた技術者。始終面白いことを言っては周囲を笑わせる親分肌。くるくるした目のテミさんこと照美さんは、働き者で料理上手。生まれたときから農業に勤しんできた野菜づくりのプロで、目のつけどころがユニークだ。美味しい食事と夫妻とのおしゃべりに身体の奥底まで元気をもらった時間だった。


市場には出ないめずらしい野菜を

家のすぐ裏手に野菜畑が広がっている。ここで森脇夫妻は年間約200種類の野菜を育てている。それも珍しい西洋野菜が中心で、ビーツ、ケッパ、コブタカナ、マーシュ…といった聞いたことがないような野菜がほとんど。

ヨッちゃんが畑を案内してくれる。

「変わったもんばっかりよ。ほとんどは市場に出ない野菜。それに自分たちが食べておいしかったもんじゃね。全部有機無農薬でこだわってつくっとる。露地でもハウスでも。ハウスは主にピーマンやトマトじゃね」

訪れた日はちょうど野菜の端境期にあたる2月中旬で、畑に植わっている野菜は少なかったが、見せてもらった夏の写真には緑いっぱいの生気あふれる畑が写っていた。有機栽培で育てた野菜は形がいろいろで、規格外になるため、一般の市場では売りにくい。そこで奥さんのテミさんが思いついたのが、ほかの農家が売らないような野菜をつくること。イタリアなどの西洋野菜だった。

「虫が食うとったり形がいびつじゃったり、きれいな野菜ばかりじゃないのよ。無農薬じゃけぇね、うちの場合は。でもこれは森脇さんとこの野菜だからってお客さんがみんな納得してくれとる」

いまお客さんは広島市内の飲食店と、個人の宅配先が7軒ほど。野菜の味は新鮮さが一番だからと、朝採ったものをお昼には食べられるようにヨッちゃん自ら届ける。

「儲けじゃないんよね。お客さんに喜んでもらえたら自分らも幸せじゃけぇね。美味しかったって言われたら、ああよかったなぁってね」


「生まれたときから百姓じゃけぇ」

いま二人が暮らすのは、テミさんの実家だった場所だ。10年ほど前、テミさんのお父さんが怪我をして農業を続けられなくなったとき、次女のテミさんが帰ると決めた。それまでは広島市内で保育士をしていたテミさんと、地質調査やボーリングの仕事をしていたヨッちゃんは、安芸高田市吉田町へ戻ってお父さんの農業を手伝い始めた。

「その頃おじいさんはイノシシを飼うちょったんよね。昔はボタン鍋用の肉として、1頭10万円くらいで売れよったんよ。京都の丹波篠山にも持っていったりして。70頭ほどイノシシが居たかな。それを手伝いながら、農業を始めて。山へ行けばマツタケも山ほど採れる。こりゃあええとこじゃなぁ思うてね」

それがなぜ、西洋野菜をつくり始めることになったのだろう。「奥さんが変わりもんじゃけぇ」とヨッちゃんは笑うが、テミさんには目算があった。

「ふつうは専業農家って1、2種類の野菜ばかりたくさんつくるでしょう。専門だからしっかりした品質のものをつくる。それと競争するのは無理かなって。今うちは10〜11種類くらいの野菜をサラダセットとして出してるんだけど、そういうスタイルは他の農家はせんでしょう。どうやったらよそに勝てるかと考えたとき、いろんなものを植えて、シーズンずーっと野菜があるようにしたらいいんじゃないかと思ったの」

だが有機栽培では化学肥料を使わないから成長は遅いし、虫が発生したら「全部ぱぁ」になる。昨年はほとんどのカブや大根が虫で駄目になったのだそうだ。だから多品種を少しずつ植え、よくできたものを出荷する。夫妻の農業は工夫の連続だ。

ヨッちゃんが定年退職するまでは、テミさん一人で野菜をつくっていた。「この人は生まれたときから百姓じゃけぇ。農業歴が違うのよ」とヨッちゃんは誇らしそうに言う。

初めてつくる野菜でもちゃんと栽培してきたのは、テミさんが子どもの頃から農業を手伝ってきて、勘どころがあるからなのだろう。

「でも失敗も多いよ。自分たちで食べてみて、これは美味しくないねってものはやめたり。コールラビは35年くらい前につくってたんです、自分が好きでね。でも収穫の時期がすごく難しい。すぐ筋が入っちゃうので、お客さんに『こんなもの』って思われるのは嫌だからつくるのをやめました。ズッキーニもブーム前は売ってたけど、もう出さないねぇ。みんながつくり始めたら面白くなくなっちゃうんよね」

ちゃきちゃき話すテミさんはとても正直で、聞いていて気持がいい。とにかく畑に居るのが大好きなのだという。


知り合いだけに開かれた飲食店

ツアーで訪れた日の夜、ファームもりわきの野菜をつかったテミさんお手製の料理が、食卓にずらりと並んだ。人生にこれほど幸せな時間は、そうないのではと思うような贅沢な時間だった。すべての野菜、料理が美味しく、みなでわいわいいただく。シュガービーツとツボミッコ(コブタカナ)、ゴボウの天ぷら。紫ニンジンとじゃがいも、玉ねぎの入ったギョウザ。ホタテと里芋の入ったおにぎり。

サラダ一つとっても、多くの野菜がもりもり入っていてカラフル。赤茎ほうれん草、水菜、春菊、ニンジン、コスレタス、ルッコラ、マーシュにクレイトニア。みんななかなか名前を覚えられずに、口にし合って笑った。

じつはここはテミさんたちのもう一つの顔。飲食店である。ただし一般には開かれておらず、テミさんと知り合って仲良くなった人だけが予約する権利を得られるという知り合い限定の食事どころ。

「ちゃんと免許もあるんよ。でも全然宣伝せんけぇね。予約がきても畑が忙しいから言うて断ったり。テミちゃんとよっぽど仲良くならん限りここに来れんのよ」とヨッちゃんが言うと「ハードルあげるあげる(笑)」とテミさんが笑う。

お世辞抜きに、テミさんの料理は美味しかった。それは働き者で料理上手だということもあるけれど、野菜のことをよく理解している人だからだ。たとえば、この日天ぷらで出てきたほんのり甘いシュガービーツ。これは煮物にすると美味しくないという。野菜それぞれの特性があって、その個性を生かした調理法で、おいしさが最大限に引き出される。

さらに言えば、二人と会話しながらの食事は楽しい。ファームもりわきでの晩餐はそんなぜいたくな時間を楽しむことのできる、秘めたレストランでもある。


宝ものは目の前にいっぱいある

ファームの1年は2月中旬からのタネまきに始まり、12月まで収穫が続く。夫妻がつかの間ゆっくりできるのが、農閑期の1〜2月。畑の野菜も減り、草刈りも落ち着いている。この期間が唯一、ヨッちゃんいわく「遊べる時期」になる。
だが遊びといっても消費する遊びではない。いろいろ見せてもらうと、そのクリエイティブさに驚いた。

「今日はボイラーのストーブつくって、試しとったんよ」と、こともなげに上部がカットされたストーブの筒を見せてくれる。既存のボイラーを解体して、灯油でなく薪で燃やせるようにつくり直しているという。

「これ1台あればストーブになって、調理もできて、お湯も湧く。薪は嫌というほどあるから。おれの趣味でこの辺に風呂をつくりたいんよ」

もともと別の用途で使われていた道具を改造して、別の用途で使う。

「今の世の中、ちょっと壊れただけでもう買い換えるってなるじゃろ、業者に言われるがまま。こっちのポンプも圧力スイッチが駄目になっとるだけ。別のボロのポンプをもってきてスイッチだけ新しいのに換えてやったら使えるんです。それでポンプが欲しい人にあげたりするんよ」

もらってきたものに手を加えてよりいいものにして、また必要な人に贈る。そんなやり取りが、金銭抜きで自然に行われるのが田舎の良さでもある。最近はそれを「贈与経済」なんて言葉で言ったりもするけれど、ヨッちゃんにしてみれば何のこっちゃだろう。「うちでは前からそうよ」と。

しかし技術者だったヨッちゃんに改造はお手の物かもしれないが、誰にでもできることではなさそう? と問うと「じゃけ、勉強すればええんじゃ」という。

たとえば、いま、ヨッちゃんが夢中になっているのはミツバチ。〈YouTube〉で夜な夜な勉強して、巣箱づくりをしている。ミツバチの気持を考えてやればいい。一度入ったら出ていかんように入り口は3ミリに。蜜は全部は取らない。蜂のために残しておく。

「それがちょっとした小遣い稼ぎにもなるんよ。田舎におったら、自分でいろいろやるのが面白いよね。宝もんはねぇ、目の前にいっぱい落ちちょるんじゃけぇ。それを見つけられるか見つけられんかじゃって若い人たちによく言うんです」

ヨッちゃんとテミさんは、ほかの農業者とともに野菜の出荷やマルシェをやる活動も行ってきた。今は他にもやりたいことがあって若い人に譲っているが、いろんな立場の人たちが、この二人を頼ってくるのも納得できる。

「結局のところね、おれらは楽しんどる。金もうけじゃなく、人生を。ここはもう人生の楽園よ。そういうイメージでつくっとる(笑)」

(文・甲斐かおり)


甲斐かおり
ライター、地域ジャーナリスト。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティなどの分野で生きる人の活動を雑誌やウェブに寄稿。著書に『暮らしをつくる』(技術評論社)、『ほどよい量をつくる』(インプレス)


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