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AIとエンターテイメント、コンテンツ制作の今と近未来について少し

(Les Demoiselles d'Avignon, Pablo Picasso, 1907, oil on canvas, 244 x 234 cm; arguably the first cubist painting)


本記事では、生成AIを中心としたAIとエンターテイメント業界、コンテンツ産業の関係についてちょっとだけジェネラルにですが考えてみたいと思います。



エンターテイメントにおけるAIの活用

エンターテイメント業界、あるいはコンテンツ産業において、これまでもAIの活用は進んできました。特にストリーミングサービスやEコマース等で、セールスの伸長をもたらすマーケティング(セグメンテーション、ターゲティング)やレコメンド、パーソナライズの用途での事例が多くありました。
例えば、世の中の話題や関心のトレンドをAIで分析して、ニーズを踏まえた作品・コンテンツを作るとか、作品がどれぐらい売れそうかをAIによって予測し、それに基づいてマーケティング予算を決めていく、また、消費者や視聴者の好みの製作者やジャンル、作風等をAIが理解して、ゲーム、音楽、本、各種のコンテンツを推薦する等々です。
ゲーム産業では、登場するゲームキャラクターの制御にAIが使われていたり、ユーザーのゲームの進み具合を分析しながら、AIがゲームの難しさを調整したりする高度な活用も行われてました。
更には、コンテンツの制作そのものにもAIが使われるようになってきました。初期においては映画の予告編を制作する等で使われました。本編の中でどのシーンやビジュアルが人々の興味を引き予告編に効果的になるかを解析して抽出し、それらをもとに各種トレイラーを製作しています。現在は、背景となるビジュアルや宣伝用のクリエイティブの作成、脚本の執筆にもAIが使われることは増えています。


エンターテイメントにおけるAIの課題

エンターテイメントにおけるAIの活用は様々あり、去年の時点で既にエンタメ業界の企業の96%が生成AIの投資を増加させるというニュースも出ているように、昨今はコンテンツ制作に生成AIを活用していく試みが広がっています。

ですが、新しい技術にルールや規制、ビジネスモデルが追いついていないことから、クリエイターや働き手の仕事の機会が奪われたり、権利が侵害されるのではないかという懸念も同時に広がっています。日々進化する生成AIは、プロ顔負けのアニメやゲームのキャラクターの絵やCGモデル、動画を製作します。それらの生成AIの中には、インターネット上で公開されている画像を収集してAIの学習データとしていることから、無断で自身の絵をAIに使われており、かつ自分の絵に非常に似たものが作成されていると権利者が訴えたケースもあります。
エンターテイメント産業の中心地、ハリウッドでは2023年5月に、全米脚本家組合(WGA)によるストライキが行われ、そのあと米俳優組合(SAG-AFTRA)もストライキに参加して、映画やTV制作の現場が半年近く停止するといった出来事もありました。このストライキが起きた理由には、生成AI適用の進展によって脚本家の仕事が奪われたり、またエキストラ俳優の役割が、AIによって生成されたエキストラ映像によって奪われる可能性への懸念も含まれています。
生成AIは利便性の極めて高い技術です。今までのコンテンツやデータを学習してそれをもとに高速に一定のクオリティをクリアしたコンテンツを迅速かつ大量に作成します。この技術の特徴やある種破壊的パフォーマンスは今までにないもので、従来のビジネスモデルや商慣習、ルールもそれらを想定していませんでした。AIの活用はその発展とともに隅々まで広がっていますが、あわせて、AIを活用した際の、働き手や権利者、関係者、そして消費者や生活者、つまり、ステークホルダーをどう保護するかも考え、ルールや仕組みを整備していくことが大切です。


著作権について

生成AIの使用においてはアウトプットに虚偽の情報が含まれているかもしれないという、いわゆるハルシネーションのリスクに加えて、作成したアウトプットが、イラストや映像、音楽、小説等、他者の著作物を侵害しているかもしれないという、著作権侵害のリスクが議論されています。
このような、生成AIにおける著作権問題で気を付けなければいけないポイントは4つあります。
一つ目は生成AIが使っている「データ」です。学習データや連携しているデータの中に、侵害したとみられる著作権者のデータが入っていないかを証明する必要があるため、どのようなデータが使われているのか記録を取り、また商業利用を禁止されているデータが入っていないかも注意する必要があります。
二つ目は生成AIに指示を与えた「プロンプト」です。プロンプトに、「ゴッホのようなテイストで絵を描いて」と指示していたらゴッホの画風に似たアウトプットが出てきます。そのように他の著作権者の著作物に似たようなアウトプットを出す指示をしていないかを、これも記録をとっておいて証明できるようにする必要があります。
三つ目は生成AIの「アウトプットをチェックしているかどうか」です。データは商業利用可能な一般のものを使い、プロンプトも特定の著作権者を侵害するような指示ではなかったとしても、何度かやり取りをしている過程で、偶然に著作物に似たアウトプットが構成されてくる可能性もあります。アウトプットが特定の著作物に似ていないかはチェックしていくのが大切です。
最後の四つ目は、落とし穴に近いポイントなのですが、「生成AIが動いているサーバがどの国で動いているか」です。日本国内の生成AIサーバーで画像を生成しているなら、日本の法律が適用されます。国外のサーバーが動いているなら、その国の法律が適用されます。日本の著作権法は、画像生成AIに対して比較的自由度が高いです。もし日本国内のユーザーが、日本のサーバーのサービスだと思って画像生成AIを使っていたけれども、実は海外のサーバーだったりしたら、海外の法律が適用されるので注意が必要です。


コンテンツ制作はどう変わるのか

コンテンツ制作の現場でAIが、特に生成AIが使われることはさらに進んでいくでしょう。業務における生成AIの基本的な活用としては、「アイデア出し」のところで用いるのがよいとはよく言われるところです。自分の思いついたアイデアを、生成AIにインプットして即座に形にしてもらい、自らのアイデアを試していったり、さらなる着想を得ていくというようなところです。いわゆる「壁打ち」と言われたり、ソフトウェアの開発では「プロトタイピング」にあたるような箇所ですが、制作活動においては、アイデアのラフな書きおこしや、絵コンテ・ストーリーボードの作成で効果を発揮します。また、一回生成AIに作らせて終わりではなく、出てきた絵コンテなどのアウトプットをもとに多様な異なるバージョンを生み出して発想の領域をひろげたり(diverge)、さらにどんどん詳細なアイデアを加えて、よりアイデアを深めていく(converge)、そんな風に量産化したり・統合化したり、インタラクティブかつ直観的に展開していくような使い方が向いていると言えます。
このように生成AIの適用は進んでいきますが、あわせて人々の懸念に応えるべく、ルールや規制も整備され、商慣習の変更も議論されていきます。特にコンテンツの権利に関する処理は適切に行われるべきです。そのため、商業利用可能なように権利をクリアしたコンテンツデータ等も整備され、同時にクリエイターや働き手の保護が行われていくと思われます。そうすることで、関係者や権利者の利益を守りながら、AIを使ってコンテンツ制作を行うメリットを活かしていく方向に進むと思われます。
また今後の展開として期待されるのは、人材の育成分野です。コンテンツ制作を志す人々への教育カリキュラムの作成に生成AIが使用され、その人のキャリアの志向やスキルの発展段階にあったパーソナライズされた教育コンテンツにより、特にクリエティブやアートの領域でのスキル向上に活用されていくと考えられます。


コンテンツ産業における生成AIの活用

日本のエンターテイメント業界、特にコンテンツ産業には、テレビアニメ作品のように過去の蓄積を膨大に持っています。こうした「過去の資産の活用」を今後積極的に進めるべきではないか、と思います。
過去の作品を生成AIなどで扱う際に発生する権利がある場合、きちんと対価を支払う等手続きや法律を整備しつつ、これから開発するコンテンツについても制作する最初のタイミングでまずは資産の活用を考える。そして、AIを用いてコンテンツを多様な形で展開できるようにしていくのが大切になるでしょう。加えて特に重要になるのは、「グローバル展開におけるローカライズとパーソナライズ」です。コンテンツを展開する国や地域にあわせたローカライズを行ったり、また視聴してくれるユーザーやファンにあわせてコンテンツをパーソナライズしていく。従来はとても手間暇がかかることであり難しかった部分ですが、生成AIの力を使うことでそれも可能になります。
また、コンテンツ産業における発展のためには、単に生産性の向上だけでなく、働いている人々のクリエイティビティを高める方向に、生成AIを用いていくことが大切です。ルーティンワークを生成AIに置き換えるのは、これまでの人の仕事を削る方向性。それだけではなくクリエイティビティを伸ばす方向で使っていくべきでしょう。例えば、繰り返しになりますが、前述した「壁打ち」に類するところ、自分のアイデアを生成AIにぶつけてみて、その反応を見ながらブラッシュアップする活用は生成AIの効果が出やすいユースケースです。画像生成AIでも、自分の画像のテイストを変えてみたり、修正を加えるというところに使ってアレンジする等、生成AIとクリエイター自身が対話を繰り返すことで、創造性を高める使い方はこれからますます進化していくと思います。


AI時代におけるコンテンツの価値について

生成AI等のテクノロジーによってコンテンツを量産できるこのような時代において、作品の価値はどう考えていくことになるのでしょうか。また特にプロフェッショナルがコンテンツにもたらすことができる価値をどう捉えるべきなのでしょうか。
量産化されたものには、希少価値がなくなり、またコンテンツ単位あたりの原価も下がることにはなるため、個々の値段としては廉価なものになっていく、というのが一つの考え方です。単位あたりの生産コストそのものが下がるので最終的な価値も下がっていくという計算です。
ただ、コンテンツすべての価値がさがり、果てしない価格競争に陥るかというとそういうわけではないでしょう。価値の決まり方は、生産コストだけで決まるわけではないからです。例えば、買い手がどれだけそれに価値を感じるのか、というニーズによるものがあります。自分が今まさにこういうモノが欲しいと思ったときにそれが手に入るのか、というタイミングや、自分の好みに合わせてくれたというパーソナライズも価値を決める大事なポイントです。
加えて、AI等のテクノロジーによってのみ作られたものでなく、どれだけ人手や人のアイデア、あるいや思いやりがそこに加えられているかというところに価値を見出していくという考え方も大切になるでしょう。例えば、量産化されてパッケージされたお菓子ではなく、手作りのお菓子を食べたいというようなニーズです。
コンテンツ産業でも、クリストファーノーラン監督が、映画制作においてCGではなく、リアルな映画セットをこだわって手間暇かけて作り、それで撮影するという、リアルさを志向していくところにまさに価値を感じる、価値は高まるというのは今後ますます増えるかもしれません。

更にコンテンツ制作におけるプロフェッショナルがもたらす価値はどう捉えるべきかについてですが、よりアートにおける価値の議論に近づいていくのではないかなと考えられます。
アートも、過去に様々なムーブメントが起こりました。図形を組み合わせ、具象と抽象を混在とさせたようなキュービズムとか、既存のアート作品を否定・破壊したような作品を生み出したダダイズムとか、スープの缶詰やドル札等、工業製品や商業主義におけるシンボルを作品化したアンディ・ウォーホルとか。それぞれのムーブメントはアートの価値とは何かという議論も起こしています。アートの価値については様々な考え方がありますが、作者のステートメント、つまり作品を通して世に訴えるメッセージ、主張が入っているかどうかは一つのポイントになります。新たな視点を提起し、感情を呼び起こし、社会に訴えるメッセージがこめられていたら、それが何であれアートとしての価値を認めることができるというものです。AI自体はメッセージを持ちません。(あるいは、マクルーハン的ににはAIは自分がAIだというメッセージを持ってしまっている。)ゆえにこそ、コンテンツ制作におけるプロフェッショナルがもたらす価値はそのような社会へ投げかけるメッセージが入るかどうかで問われていくかもしれません。
また、もう一つ今後のプロフェッショナルがもたらす価値について、今まで満たされていなかった新たなニーズを満たすかどうかというのも重要なポイントです。Netflix で、トークサバイバーというお笑いとシリアスなドラマを融合させたシリーズがありました。トークサバイバーでは出演者も予測できない、その場で展開が決まっていくような作りになっていて即興性もあり、またゲームシナリオの展開のように思わせるところもあります。そのような今までにないコンテンツで新たなニーズを満たすということをやれるかどうかにも価値は見出されていくと思います。
まとめると、プロフェッショナルがもたらす価値とは、メッセージや今までにないコンテンツで、世の中に対して一石を投じれるか、というところに見出されていくのではないかということです。
マーケティングの領域で著名な Harvard Business School の Youngme Moon 教授は、競争や量産化によってどの製品も画一的になりうる市場においては「違い」を生み出せるかどうかがクリティカルな能力となると説いています。どう今までにない「違い」を生み出せるかがプロとして問われることになると思います。


AI時代における働き方について

エンターテイメント業界、コンテンツ産業における働き方はこれからどう変わっていくのでしょうか。
AI技術の飛躍的な発展とともに、AIによって人の仕事が代替されるのではないかという議論が続いています。その懸念に関してはとてもよくわかります。日々発表される生成AIの技術には驚かされるばかりですし、何でもかんでも人より良くやってしまうのではないかと思うのも自然です。AIはありとあらゆる業務を自動化できてしまうのではないか、そういう風に思ってしまいますが、実際のところは、そう単純な話ではなさそうです。失われる仕事も確かにあると思います。ですが、仕事がなくなるというよりは、複数の業務、仕事を行っていくように人の働き方が変わっていくという変化がありそうです。
2023年4月に世界経済フォーラムが出したレポートでは職場における自動化が進展していないことに触れています。2023年8月に国際労働機関(ILO)が発表したレポートでは、AIによる自動化や人の仕事の代替による影響は限定的であるとしています。大半の仕事は生成AIに完全に取って代わられることはなく、代わりに業務の一部が自動化され、他の業務に従事できるようになる、そのような形で人の能力を拡張していくという見解が示されています。

つまり、こういう風に考えることができます。AIを活用していくことでクリエイターがクリエイティブを作成する業務の生産性を高めるだけでなく、他の様々な業務もカバーできるようになるということです。製造業では、このような働き方への変化を「多能工化」と呼んだりしますが、そのような変化がエンターテイメント業界でも起きるでしょう。すると、少ない人数でも多くの業務をこなせることができるようになるため、より小さいチームで大きなアウトプットが出しやすくなります。機動的に様々なアイデアを試し、今までにない作品を世に問うていけるようなチームの活躍が見られるようになるかもしれません。
また、新しく生まれてくる職種というものもあるかもしれません。以前、AIネイティブの世代の台頭の可能性を議論したことがありました。

この記事において、AIを使いこなしていく中で、よりAIがいい作品を生みだせるように「AIを育てていく」、まるでポケモントレーナーのような、AIトレーナーとも呼べる職種が生まれてくる可能性はあると述べました。コンテンツ産業においても、生成AIによりよいコンテンツ作成をさせていくためにフィードバックしたり、指導していくような人たちは自然に登場してくることになると思います。実際に、ChatGPTを開発している OpenAI には、RLHF(人間のフィードバックによる強化学習)と呼ばれるアプローチを使ってChatGPTのアウトプットを細かく修正し、その表現能力を改善していく専門チームがあるわけですが、そのような新たに生まれてくる仕事というのもあるでしょう。

もう一つは、上の方で「多能工」と書きましたが、コンテンツ産業版としてのフルスタック・クリエーターと呼べるような、一人で様々な職種の仕事もこなせる職種が誕生するかもしれません。譬えるなら新海誠監督のような多くの業務を自身でこなし、高い品質のアウトプットを生み出す、独立系のクリエーターの方が増えていくのではないかと想像されます。


終わりに

以上、生成AIを中心としたAIとエンターテイメント業界、コンテンツ産業の関係について考察しました。
2013年9月に Oxford 大学の Michael Osborne 准教授(当時)が、「雇用の未来(The future of employment: How susceptible are jobs to computerisation?)」という論文を発表しました。この中で、米国の職業のうち47%が近い将来、機械学習とロボティクスによって自動化されてしまうだろうという予想が示されました。


それから10年がたった2023年9月に Osborne 教授は生成AIの登場を踏まえて新たな論文「生成AIと働き方の未来:再評価(Generative AI and the Future of Work: A Reappraisal)」を発表しています。

この中では、「生成AI技術の展開はボトルネックがあり、人間の仕事を完全には置き換えない」「AIは人間の可能性を掘り起こし、新しい創造性を生み出す」というアップデートされた見解が述べられています。
どうやらAIは人に代わってすべてを自動で行ってくれる便利な機械ではなさそうです。逆にそのような見方で使用するとAIの有効性が活かせない結果もありえます。AIを活用していくには、まずは人を中心としたプロセス、システムを築き、そこをいかに強化できるかという観点でAIを使っていくというような、人間中心のアプローチをとっていくのが大切です。人とAIの関係性もそのような観点でとらえる必要があり、またそのような見方の中に、エンターテイメント業界、コンテンツ制作の未来もあるのではないかと思います。

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