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ERP x AI: 企業内システムと人工知能により、経営を更に進化させる

本エントリーは、企業システムであるERPに、AIを活用していくことでその価値を更に高め、事業活動や経営のレベルを向上させるという記事です。



企業活動の基本たるERP

私たちは、商品・サービス、顧客、売上、マーケティング、生産、研究開発、財務などなど、ビジネスに関わるあらゆる情報・データを収集し、記録し、整理し、分析しています。そのビジネスにおけるプロセスの中心部に、ERPが存在しています。

ERPとは、Enterprise Resources Planning の略です。企業活動の基本となる資源(人・モノ・金・情報)を適切にアロケーションし活用するというコンセプトのもと発展してきた「基幹系情報システム」の総称です。コアとなる企業のデータベースと接続し、主要なビジネスプロセスに沿ったワークフローと連携して、企業の(人的資源を含む)リソース管理、トランザクション管理、レポート、予算編成、プランニングそして予測を行います。以前は、カスタムメイドで構築することもありましたが、ここ20年程はSAP、Oracle を中心とするパッケージソフトウェアが台頭し、多くの企業で採用されました。現代は、クラウドベース、SaaS型のERPソフトウェアも増えつつあり、中小企業においても手軽に活用することができるものとなっています。

ERPは、1990年代に最初に使用されて以来、長い道のりを歩んできました。ビジネスプロセスに沿ったインタフェースに基づき、システムにデータを入力することができ、それは適切にデータベースを更新し、主要なビジネスメトリクスを提供するためのレポートを生成します。これは登場した当時において非常に画期的な機能でした。


AI により強化されるERP

今日では、ERPも、データとAI による予測や最適化の実現という大きなトレンドを目の当たりにしています。機械学習ベースのAIにより、企業はリアルタイムの分析を受けるだけでなく、アナリティクスによる予測モデルに基づいた最適化の実行や、プロセスマイニングやRPA等とも連携したインテリジェントに機能する自律的なソリューションを展開することも可能になりました。

機械学習等を活用したAIの機能によって、ERPはどう強化されるのでしょうか。いくつかの方向性を以下に挙げます。


企業の基幹DBのデータを用いたアナリティクスの数々

ERPが扱うデータは企業の基幹システムのデータです。そのデータを、現代のAI/アナリティクスで活用することができるというのは、データドリブンな経営の重要なステップです。


膨大な量のデータが、顧客の購買パターンの分析、需要の変化の予測、価格の最適化、解約の防止、次の最適な行動の決定、マーケティング戦略の改善、不正の防止、経営の意思決定等に使用されるようになりました。高度なアナリティクスは、過去と今の状況を分析するだけでなく、それらの情報を基に未来に向けた意思決定を実行するための最適な情報を企業に提供するために利用されています。


需給調整の高度化

多くの企業においてERPのコアが、SCMに関わっていることを考えたとき、AIによる需給調整の高度化は王道となる方向性の一つです。

以前、需要予測の記事を書きました。

当記事内でAIによる需要予測の高度化において、ERPと連携することでその精度が向上していくと述べました。

需要予測のモダン化において重要なのは、まず自社内のシステムとのデータの連携だ。最先端のシステムでは、ERP、CRM、POSを含む様々なシステムとシームレスに統合し、季節性や市場動向を考慮するだけでなく、多様な方法を適用して、機械学習ベースの需要予測の精度を高めていく。

ERPには企業内の各部門から受け取ったデータがあります。そこには、在庫のある資材や、顧客から受け取っているオーダーが存在しています。ここにAIが加わります。既存の注文や予測された注文に基づいて、どのような資材を発注する必要があるか、季節性や販促の影響等も踏まえた上で数量は自動的にかつ正確に計算されるようになります。

企業内の従業員は、ERPを通してリアルタイムに同じ情報、同じ予測にアクセスすることができ、情報の錯綜やブレはありません。これにより、人的エラー(誤発注等)も防ぐ、また、マーケットの動きにもダイナミックに対応できるより効率化されたサプライチェーンを実現していくことができます。


プロセスの改善

ERPは、データだけでなく、企業におけるプロセスの詳細も持っています。製造から請求書発行、出荷に至るまでのプロセス等です。データに基づくプロセスの自動化は、RPAと連携したAIの得意とする領域です。例えば、SAPは、過去のデータから学習することで、支払請求書と顧客企業からの入金の消込マッチングを自動化させるソリューションを提供しており、プロセスの自動化率を高めています。

また、既存のものを自動化するだけでなく、新規に自動化プロセスを作り出していく適用もあります。ERPの各プロセスとそれに関連したデータを分析することで、効率の悪いプロセスを特定し、コスト削減につなげることもできます。AIは、プロセスマイニングツールとも連携しながら、この特定の自動化をも可能とします。これにより、企業は、どの工程で最も材料の無駄が発生しているのか、どの工程で最も多くの破損品が発生しているのか、どの工程でエネルギー消費量が増加しているのか、顧客の視点から見てどの工程が最も付加価値が高いのかを知り、リソースの無駄を減らし、継続的な生産工程の改善を行っていくことができます。

プロセスの改善、特に製造や物流にまつわるところは、産業用IoTから収集されるデータとも組み合わせることで、さらなる改善効果を期待することができます。


顧客とのインタラクションの高度化

今日、顧客満足度、顧客エンゲージメントの向上は、企業の収益力・成長性を評価する重要な指標となりました。AI の活用も単に効率性を高めるだけでなく、いかに顧客の体験を改善していくかにフォーカスされ始めています。

高度な分析機能を使用することで、様々なカテゴリーの顧客の購買行動を把握することができます。顧客がECサイトで特定の商品を見ている時間を確認したり、ERPや統合されたSalesforce 等のCRMシステムから顧客の好みに基づいてカスタマイズされたメールを送信したりすることが可能です。SAPでは、Predictive Analyticsとの組み合わせでのダイレクトメールで、実店舗への来店数を6倍以上に伸ばした事例等があります。また、リアルタイムで正確なデータインサイトを実現し、特定のオーディエンスのニーズに合わせて製品やサービスをカスタマイズすることができるようにもなります。

顧客とのインタラクションを変える AI ERPソリューションとしては、コールセンターの受電量予測をしたり、問い合わせ内容を自動分類したりする等もありますが、他にも Infor Coleman のユースケースがあります。対話型インタフェースにより、ユーザーは自然な会話文を打つことでERPの様々なデータにアクセスすることができ、特定の顧客へのオファーを提案してもらったり、特定のアイテムの請求書を作成したり、様々な業務のアシストを行います。AIの活用でパーソナライズされたリアルタイム応答も実現されます。


不正を発見する

企業には利益相反取引や保険の不正請求、贈収賄、横領といった取引に起因する、さまざまなリスクが存在します。企業や組織の不正検査専門家の国際組織であるACFE(公認不正検査士協会)は、毎年不正に関する調査レポートを出しています。2020年版のインフォグラフィクスは以下ですが、これによると、各企業は、売上の5%を不正(利益相反取引や保険の不正請求、贈収賄、横領、etc)によって失っています。


機械学習ベースのAIは、ERP内の業務データのパターンを識別していくことで、不正の可能性のある顧客の注文を発見することができます。取引データを分析し、その中から、不正の可能性やその兆候のある取引を発見、アラートします。

また、組織内の従業員の不正を検知することも、AI活用によって強化していくことができます。架空の取引先を登録する、架空の発注をして架空の商品を受け取る、事前登録のないワンタイムの取引を大量に行う、登録された支払先が一時的に変更されて直ぐ元に戻される、等。一連のプロセスが一人の社員で行われている時は不正が発見しにくいですが、時間帯や操作の時間間隔、繰り返されるパターンを識別することで発見することができます。一見問題ない処理や変更のように見えても、意図的な行為は自然発生的なそれとは異なり、人工的な傾向が発見されるためです。AIはその検知・マイニングに役立ちます。

そして、これらのAIによる不正検知はERPと連携することで、後続の支払い処理等をブロックし、不正を未然に防ぐこともできるでしょう。

加えて、発見された不正やそのリスクに対して、発生した場所の位置情報の確認や、時系列推移の表示、取引間相関関係のグラフネットワーク表示等も可能になりますが、これらは不正の検知だけでなく、再発防止策策定においても有用です。


ERPの稼働率を高める

ERPがシステム障害により機能停止すると、企業内部の様々な業務に影響があります。万が一、障害が発生し、システムダウンが生じた際にも、機械学習ベースのAIを迅速に問題を特定するために利用することができます。また、データから学習される傾向により潜在的な問題、リスクを洗い出し、それに対して対処することで、ERPシステムの継続的な稼働時間を確保することができます。特に、単純なサーバ監視(プロセスの死活監視やパフォーマンス監視)では稼働状況が把握しにくいケースや、クラウドやオンプレミス等が混在する運用環境においては、このデータ学習に基づくアプローチは有用です。

例えば、ERPシステムにおいて修正を適用し、その後のエラー発生や使用リソースを確認しても閾値内におさまっていたため、わずかなメモリ使用量の増加傾向に気づかず、数週間後にメモリ処理のエラーが原因でシステムダウンが発生してしまうようなケースです。このような場合でも、わずかな変調を、それまでのデータのトレンドと異なることから発見することができ、インシデントの数を減らせます。

また、過去の障害事例を記録していれば、トラブル発生時にも、ログや各種統計からAIが似ている過去事例を抽出することで、原因究明や対処に関する手がかりを示す等の応用もありえます。


従業員のエンゲージメントを向上する

ERPとAIが連携することで、人事業務の効率化や自動化だけでなく、従業員の満足度や成長につながる各種施策を行うことも可能になります。

例えば、AIによりデータを解析し、従業員の生産性が高い業務が何なのか、モチベーションが高まる行動が何なのかを識別します。それを踏まえて、一人ひとりの従業員に適した業務のアサインメントを検討することができます。

また需要予測、販売予測に基づく、従業員の作業負荷予測を行うことで適切な増員を行い、負荷の集中を回避したり、モチベーションの予測や離職の予兆をつかむことで、プロジェクト環境やタスクそのものの課題を先手先手で見つけて改善を実施し、従業員満足度の高い職場の実現に向かうこともできます。

他にもこれらアナリティクスによる予測結果と、並行して実施したパルスサーベイの結果を照らし合わせて、従業員エンゲージメントの効果的な向上施策を導出することも可能になるでしょう。

もちろん、ERPとAIの組み合わせは採用にも役立ちます。今いる従業員のスキルや経験に関するデータとERP内での実際の業務データを組み合わせて学習をすることで、応募者が実際の職務にフィットしているかどうかを予測し、採用プロセスを迅速化するというAI活用もあります。


リアルタイムのデータドリブン経営を実現する

そして、初めの方にも書きました。ERPが扱うデータは企業の基幹システムのデータです。その刻一刻と変化するデータを、現代のAI/アナリティクスで迅速に活用することができるというのは、データドリブンな経営の重要なステップです。より多量の、より優れたデータは、企業のビジネス環境をより見晴らしがよい視点で、かつより解像度の良いレンズで見渡すことができるようになります。これまで見えなかったものが見えるようになることで、製品・サービス開発、オペレーション、顧客体験、ブランディングも改善されていきます。

AI/アナリティクスと組み合わさることで、最新データを反映した経営KPIの可視化、モニタリング、複数の戦略シミュレーションにより、素早い経営判断が可能になります。また、意思決定の結果は、ERPにフィードバックされることで各プロセスを通してアクションに移ることが可能です。

例えば、競合の急な攻勢により仕入れ状況や受注状況に変化が見られた時、AIが素早くその結果を予測し、それによるビジネスインパクトを算出して経営層にアラートをあげ、対応施策も提示します。データに基づいた複数のシナリオシミュレーションが行われ、調達、製造、ロジスティクス、マーケティングそれぞれでどのように対応すべきか、素早い判断ができ、かつ迅速に実行されます。これにより、リアルタイムのデータドリブン経営が実現されることになります。


終わりに

以上、企業システムであるERPに、AIを活用していくことでどのような付加価値が実現されるかについて解説しました。

企業の基幹たるプロセスとデータを用いた意思決定、戦略策定と実行は、企業経営のアジェンダのトップに上り詰めています。

これまでERPシステムは、企業内の様々なファンクションを統合することに成功してきました。今後、AIを掛け合わせることで企業は事業活動とその舵取りを次のステージへと進めていくことが可能になります。それは、大量のデータを分析し、予測を立て、将来の業績向上をもたらすアクションを遂行していくことで実現されます。いかにERPとAIを組み合わせてプロセスとデータが持つポテンシャルを解き放っていくかは、競争上の差別化を図る上でもとても重要なポイントになるでしょう。

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