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第1章 ヨウとおジィ 昔ばなし 05

「おジィ。僕は西脇みたいな人間があんま好きじゃねーんだ。それで、ああいう人間に命令されて、はいはいということをきいていることが、きついんだ。なんとなくやり過ごすことが、きつい。でも中学校へはいかないといけないと思うし、そうやって悩みだすと、苦しくて、生きていけない。困ってしまっているんだ」

「ヨウ、さっきの生ける屍教師のいうことを聞くことと、お前があの男に魂までくれてやるのは、訳が違うぞ。そういうふうに考えて、中学校へ行くことができねえもんか?」

「うん、そうなんだけど……」

わしは、どちらかというと学校へ行きたいという思いが強い人間だったから、ヨウの思いをうまく想像しきれんかもしれんがな、といいながら、おジィは出がらしの茶葉を捨てて、新たな茶葉を急須に入れ、ポットから湯を注いで、茶をいれ直した。緑茶と茶菓子というものは、平成生まれの僕と大正生まれのおジィを、うまく繋いでいる。

「お前が別に好きで登校拒否をしているわけではないじゃろうし、もっと簡単に物ごとを捉えられたら楽なんじゃろうな」

「親父はあんなだけど、とりあえず生活費は入れてくれてるし、かーちゃんは飯を作ってくれて、こうやって屋根のある家に住まわせてもらって、学校に行かせてもらえて……。それを行きたくないなんて、ただの甘えのような気がするし。でも、朝起きて、学校に行くことを考えると、頭や身体が凄く重く感じて、授業の様子なんかを具体的に想像すると、身体からどんどん力が抜けていくんだ」

「色んな価値観があることを分ってくるから、迷うんじゃな。学校だけがすべてじゃないと。でも義務教育は相変わらずお前達にとって強者であって、ほかの価値観は貧弱じゃ」

「うん、中学校も卒業できない人間は、もうその後の人生たかが知れてるって思いそうになると凄く怖い。でも正直、そういう思いに支配されている」

ふたつ目のお萩をおジィは旨そうに口に運んだ。九十を過ぎてもおジィはしっかりと食べることができる強い胃袋の持ち主だ。おジィがそういう仕草をあまり見せないのだが、窓際に立ってしばらく物思いに耽るように遠くの空を見ていた。そして空に目をやったまま僕にいった。

「ヨウは小さい頃からちょくちょくわしの書棚から、戦時中の写真集なんかを取り出して読んでおるな」

「うん、見てて怖いけど、でも、なんかどきどきもするから」決して気分がよくなるようなことは書いていなかったけど、時代を感じさせる当事の軍服や、同じ日本人にはとうてい思えない、鋭い目つきの旧日本軍の顔つきに、僕はどこか惹き付けられていた。

「法事やなんだで、親戚がそういう話をしているのを聞いたことがあるかもしれんし、お父さんから聞いたかもしれんがな。わしは、いわゆる帝国陸軍という、昔の軍隊に所属しておったんじゃ」

「うん、なんとなくは知ってる。おジィはすげー戦闘の生き残りで、すげえ兵隊だったって、親戚のおじさんとかが、酔っ払って話してくれたことがある」

「まったく碌なことを語らんな、あいつらは。まあしかし事実じゃ」

「おジィがあの書棚にある写真集に出てくるような兵士だったんだって思うと、興味が湧いた。だから読んだのかもしれない」

「わしは、誰もがそうであるように、あの時代を日常として過ごしておったし、他方、本で読んだりすると別世界の残酷物語のようでもあるな」

おジィは二十三歳のときに狙撃兵として出兵した、太平洋戦争の話をしてくれた。インドのインパール戦線だ。おジィが自ら戦争について話してくれたのはこれが初めてだ。

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