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父親の帰宅 01

季節は一〇月に入っていたが、ごく最近に大きな手術を二度受けて体力を消耗しているマサにはまだまだ容赦のない暑さだった。日中はエアコンがある実家の座敷で読書などをして静かに過ごし、夕方日差しが陰ってくると、高校時代野球のロードワークで走り慣れた道のりを、ゆっくりと歩いた。

少しハードな散歩が終わると、左肩を気遣いながらシャワーを浴びる。左鎖骨は折れて完全に骨と骨とが離れていたので手術が提案されたが、三度目の全身麻酔は絶対に嫌だと断り、左肩をバンドで固定して、自然治癒を促す治療が選択された。

何かのはずみで鎖骨がずれれば即手術と担当外科医から聞かされていたので、シャワーなどは特に用心していた。事故後、一ヶ月ほど風呂に入ることができなかったので、シャワーを浴びて身体を清潔にできることがことほど幸せなことだとは思わなかった。

シャワーを浴びて、この日もいつもどおり、七時前にマサは母親と祖母と夕食を取った。眼窩の手術で顎の筋肉も切断したので、口を開けて食べものを咀嚼するのは一苦労だったが、リハビリの一環と考えて、特別柔らかいものを選んで食べずに、普通の食事をしていた。

お粥のたぐいは病院食でうんざりしていたので、歯ごたえのある米がやたら美味しく感じた。

食事をあら方終えて、ニュース番組を見るでもなく眺めていた。祖母はまだ食事の途中だったが、インターホンが鳴って、玄関に出た。マサの座る椅子の位置から祖母の表情が辛うじて見えるのだが、祖母の只ならぬ変化にすぐに気がついた。

予兆も何もなかったわけだけど、すぐにピンときた。この状況をずっと怖れていたからだと思うとマサは後に語っていた。だから何が起きたのか瞬間的に理解できたのだと。

この日蒸発してからまったくの音信不通の状態が続いていたマサの父親が一二年ぶりに突然帰宅した。

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