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父の帰宅 02

父親はマサが一一歳のときに、二〇〇〇万円ほどの借金を作って突然蒸発した。その後手紙ひとつ寄越すことなく、家族は彼の所在についてもまったく知る由もなかった。

マサが生まれたときから家庭環境は劣悪で父親が蒸発したあとも経済的、精神的に強烈な負担を強いられていた。加えてマサはこの父親から、暴力や精神的な虐待を受けていた。その張本人が突然帰宅した。マサの家庭環境については後にマサが心理カウンセラーに提出したレジュメで後述する。心理カウンセラーはまず家庭の成り立ちを祖父母の代まで遡って聞き取るのだがあまりにも複雑で何度も確認されるほどだった。

その虐待者が突然夕食中に現れた。理由は仕事で近くまで来たからということだ。そして子どものことが心配でといけしゃあしゃあといった。マサが受けてきた苦痛を考えればこの発言を簡単にできるこの男は完全に病気だ。マサは瞬時にその場を離れた。一緒にいると絶対に精神的に調子を崩すと思ったからだ。そしてシンガポールにいるヒサコさんに電話をしたがヒサコさんは電話に出なかった。マサは自分の動揺を落ち着けようと必死に努めた。ここでパニック発作を起こすわけにはいかない。マサは必死に動揺をコントロールしようと努めた。結果マサはパニック発作をこのとき起こさなかった。後にカウンセラーに提出したレジュメよりこのときのマサの心境が綴られている。

──あまりに突然の帰宅だったのでかなり驚きましたがちょうど食事中で僕は冷静に考えて一緒にいると調子が悪くなると思ってすぐに自分の部屋に戻りました。動揺していたので自分を落ち着けようと必死になって、なんとかそのときはパニック発作は起こさず、自分でも大丈夫だと判断しました。僕がバイクで事故を起こしたと祖母から聞いたとき父はニヤッと笑いました。父はバイク好きでよくレース場などでも走ったりしていました。僕はその吐き気のする笑いの意味がすぐに分かりました。俺の血がこいつにも流れているのだなという意味の笑いでした。先生も知ってのとおり僕が原付で三〇キロくらいで学校に通っていただけです。バイクは寒いし危ないので乗ろうとはまったく思いません。

翌日僕がリビングにいると父が話しかけてきて僕がアメリカにいたことなどを祖母から聞いたらしく「世界に出ていって働いた方が面白いぞ」といっていました。お前にいわれなくても分かっていると思い無視しました。どうやら父親はフィリピンで働いているらしいです。

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