ほとけさまのおしえ「水無月」
早いもので今日から六月です。
六月のことを、和暦では「水無月(みなづき)」と申します。
六月というとまっ先に思い浮かべるのが、「梅雨の長雨」です。
半袖に衣替えした途端に、長雨に凍えることも多いですよね。
十分に水が潤う季節というイメージですが、なぜ「水の無い月」と言われるのでしょうか?
これは「無(な)」はもともと連体助詞で「の」という意味だったそうです。
つまり水無月は「水の月」という意味になるので、これなら納得ですよね~。
梅雨は鬱陶しくもある反面、大いなる「水の恵み」ももたらし、様々な作物も「大きく育つ」時期です。
そういう意味では日本の気候には「なくてはならない時期」ということになります。
そして実は仏教にとっても「なくてはならない時期」であったのかもしれません。
というのもお釈迦様がまだマガダ国の王子だった頃、インドにも雨季が存在していました。
そしてその雨季はなんと「四ヶ月」も続いたのです。
王子のお釈迦様には雨季専用のお屋敷があり、退屈しのぎに毎晩「美女団」を呼んで盛大に宴が催されておりました。
妖艶な「宴の舞」を見ても、どこか心に「厚い雲」が垂れ込めていたお釈迦様は、宴の後酔いつぶれて「露わな姿」の美女たち見て「幻滅」してしまいます。
そして表面だけ着飾り雅やかに整えても「虚しい」ように、贅沢な暮らしばかりして人生の「本当の目的を見失っていた自分」に気づくのです。
それが後の「出城」に繋がり、厳しい修行の後に悟りを開き、人々に多くの教えを残すことに繋がります。
そういう意味では雨の時期があることで仏教が誕生するきっかけになったとも言えるのです。
今日は晴れておりますが、これから曇天に「憂鬱な心持ち」になることも多いでしょう。
でもそういう時には雨空を見上げながら、様々なことに「思いを巡らしてみる」のもいいかもしれません。
そして、自分の今ある姿を少しだけ「客観視」できたら嬉しいなと思っております。
☆今日の一句☆
水無月を
皆好きにする
教えかな
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