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格差【エッセイ】一〇〇〇字

 同じクラスに、英辞書のページを食べる「変わり者」と噂された、Sという男がいた。
 半世紀以上も前の、北海道の高校一年の時。Sは、単語を丸暗記した後に、喰ったらしい。目撃していないので、真偽のほどはわからないが。英語ではいつもトップだったし、全国でも、常に上位に入るくらいに、優秀だった。しかし、家庭は極めて貧しかったようで、学生服は傷み、冬でも裸足だった。便所に行くにも。給食はなく弁当だったのだが、食べている姿を見ていない。そのSは、在学中に、入水する。
 “親ガチャ”という言葉がある。生まれてくる子は、親を選べない。生まれてくる家庭が裕福かもしれないし、極貧かもしれない。運によって、人生の多くが決まる。
 家庭の経済状況によって、最初に直面するのが、「教育格差」である。裕福な家庭は、一流大学を合格するだけの環境が整っている。小さいときから塾に通い、小・中学校の“お受験”にお金をかけられる。結果、一貫校に入れば、高校受験の負荷もなく一流大学合格に向けた勉強に励むことができる。
 東大学生委員会学生生活調査WGのデータ(2020年度)によれば、在学生の親の年収は1050万円以上の層が最も多く、42.5%(不明を除いた割合。以下同じ)。750万円以上では、80%を超える。また、親の職業は、管理職が最も割合が多く、38.4%だった。
 貧しくても、「自助」でなんとかした者も知っている。親友であるAがそうだ。中学から新聞配達をやって学費を貯め、岩手の片田舎から東京の同じ大学に入ってきた。生活費も、私と同じ店でバイトし稼いでいた。しかし4年で卒業し、大手小売企業で活躍した。
 Aだけでなく、親に頼らずに、それなりの人生を歩む者はいる。しかし、貧しいがゆえに受けたい教育の機会に恵まれず、なかにはSのように自死に追い込まれる者もいる。家庭の差によって、将来が決まってしまうなんて、あまりにも理不尽ではないか。
 「子は、国の宝」。せめて大学教育までは、教育費や生活費を国が保障すべき、と考える。そんな福祉国家(税率が高いとはいえ)は、いくつもある。その国々では、教育への投資を、重要な経済政策と考えている。少子化で国が先細りにならなくて済むだけでなく、格差を縮める方策にもなる。それが政治の大事な仕事、ではないか。そう主張し続けたい。
 Sがそんな国に生まれていたら、命を失うことなく、グローバルに活躍し国を支える一人になっていただろう。

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