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「夕鶴」(3の2)【エッセイ】二〇〇〇字

―『ゆう子抄』と吉四六劇団と、私―

吉四六劇団、「造形劇場」は、大分市大字下徳丸(最寄り:鶴埼駅)にあった(「あった」というのは、後に何回か移転を余儀なくされるからである)。
 私が、劇団を訪問したのは、小説から類推すると、8月10日前後、と思う。
 高田くんの紹介があったこともあるが、野呂さんをはじめ劇団員全員が暖かく迎え入れてくれた(野呂さんは、適性があれば入団させようとも考えていたようだ)。21歳の私と年が近い、19歳の長男、「海老蔵」似(いま思えば)の悟(さとる)くんは、特に。ママさんは、小説にあるとおりに入院中で、不在だった。

 劇団員は、悟くん以外は5、6名、と記憶していたが、小説を調べると、妹の奈津ちゃん(11歳)、徳永貴美子さん(24歳)と、菊竹さん、小杉さんの4名だった(子役は、奈津ちゃんを中心に、公演先の小学生を使っていた)。
 初日こそ客として歓迎してくれたが、次の日からは団員並みに扱われた。当然ながら、芝居の稽古よりも農作業の手伝いが主だった。高田くんから聞いていたので驚かなかったが、「肥桶」運びもあった。入団候補へのテストの意味合いがあったようだ。北海道のド田舎の出身の私だから「肥溜め」は知っているが、「桶」を運んだのは初めてだった。時期的に、畑を耕すことはなく、その日の食材の野菜や果物を採集する役目が私だった。その作業も、悟くんが一緒だった。採りながら、悟くんが、話してくれた。野呂さんとゆう子さんのこと、ママさんとの三角関係という、複雑な事情を。悟くんは、ゆう子さんが入団し、新潟に一旦戻るまでの4か月間で、ゆう子さんと父親のことを認めていて、団員の中心俳優としての自覚があった。ゆう子さんが戻ってくることを切望していた。

 ここまでは、普通の19歳だった。しかし、芝居の稽古が始まるとがらりと変わった。高校以来の発声練習や、柔軟運動、基本的な動きの練習を団員とともに繰り返す。彼の声質、声量、動きは見事だった。高校演劇と、プロの差を感じた瞬間だった。特に、能・狂言の仕草は、美しく惚れた。(いまは残っていないが写真があった。悟くんを真似て、背筋を伸ばし、右腕を水平に、扇子を前方に向けている私の。自分ながらキリリとして、カッコいいと、少し思ったもんだ)。
 
 公演は、学校が夏休みのため、8月は少なかったが、在団中に、2、3か所の小学校での公演に同行した。小説によれば、それ以外に8月14日、15日に臼杵の漁村、風成(かざなし)の、旧盆公演があったようだ。新鮮なメカジキの白っぽい身の刺身を、どこかでご馳走になったと記憶していたのだが、風成だったようだ。公演前夜か打ち上げだったのだろう、漁師も一緒だったと思う。野菜中心の劇団飯だったからなおさら、美味しかった。

 劇団員が少ないので、(ただ飯は食べさせてもらえないから)当然、団員並みに使われた。主に大道具、小道具をはじめ、照明・音響器具、メイク道具一式などを運ぶ力仕事は、私の役目だった。私は170cm少しだが、団員のなかでは一番大きかったから、なおさら。驚いたのは、野呂さんや悟くんの身長は160cm位と小説に書いてあった。芝居をしている姿は、私よりもはるかに大きく感じたからだ。

 本番の際には、重要な役目があった。「幕引き」である。やらせてくれた、というほうが正解かもしれない。拍子木をはじめに一つ大きく打ち、続いて早めに刻んで打ち、次第に強く、間を置いて打つ音に合わせて、その間に幕を引く。何回も練習した。そのタイミング、速度、摺り足。とても難しい。芝居に参加しているという実感があった。

 舞台袖から、「吉四六」劇を堪能した。野呂さんの吉四六さん。藤山寛美のようなメイク。普段のダンディーな姿と違い、袖で思わず笑ってしまいそうになり、口を手で覆うこともあった。そのときの「おへま(吉四六さんの妻)」役は、徳永さんがやっていた。ママさんの入院で、急な代役。徳永さんは夜遅くまで、悟くんの吉四六さんを相手に、野呂さんに指導されていた。野呂さんが大きく見えた。私も見学していたので、野呂さんの、その厳しい顔が浮かぶと、なおさら吹き出してしまいそうになるのだ。
 
 劇団は、滞在中に1度、引っ越すことになる。
 小説を読んで、その事情を知った。野呂さんとママさんとの関係が最悪な状況になり、名義人がママさんだった建物から出て行かなければならなくなったのだ。8月21日のことだ。先は、大分県大野郡千歳村にある、新福寺の境内。住職の誘いで決まったようだ。団員は本堂の裏の細長い部屋が寝場所となり、野呂さん(後に知るが、ゆう子さんとの2人の新居)用の部屋と、稽古場・食堂・台所となるプレハブを組み立てる。当然、私は、力仕事が中心。
 
 写真は、松下竜一『ゆう子抄』から。

(3の3に、つづく)8日(水)9時アップ予定

「夕鶴」(3の1)


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