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歯科矯正・歴史小噺

調べてはいないが、
昔より歯を抜かない症例は増えている気はする。
技術革新により、今まで抜歯症例であったものが非抜歯で治るようになったのか?
患者の主訴という「神の声」を聴いてしまうと、歯科医師は抗えないから?
はたまた、
抜歯症例を扱えない歯科医師が非抜歯を掲げるようになったのか?

行き過ぎた非抜歯信仰は考えものだが、過去にこんな時代があった。

「力をかければ歯は動く」という認識は大昔のギリシャ・ローマ時代からあったようですが、現在の歯科矯正の基礎を創ったのはアメリカのアングル先生だ。

この人、
1892年に世界初の矯正歯科医院を開業し、
1900年に歯科矯正学を教える専門学校を開校、
1925年には、矯正と言えばだれもが思い浮かべる、
歯の表面にくっつけるあれ、エッジワイズ装置 を考案した
歯科矯正界のレジェンドであり、教祖様です。

この方の思想が「非抜歯矯正論」
すごく簡単に言うと、
正しいかみ合わせになるようにすべての歯を並べれば、
それに併せてアゴの骨も大きくなるので、
歯の位置は安定する っていうもの。
教祖が提唱したので、みんなこの思想に賛同します。

ところが、非抜歯治療を続けるうちに、
おや?と思ったヤツはいたようです。
その一人がケース君。
「じっくり検討した結果なら、抜歯もやむを得ない」という立場を表明したことで、教祖の遣わした弟子デューイ君と、学会誌上で大バトルが起こったそうです。
教祖に反逆するって勇気あるなぁ。
これが矯正歯科業界では有名な 抜歯・非抜歯論争1911 だ。
結局、非抜歯派の勝利に終わったようですが、当たり前だな。
教祖に歯向かったら破門だもん。
保身に長けた歯科医師なら抜歯論に賛成しないでしょ。
その後は、非抜歯派優位で進んでいきます。

しかし1925年、ルンドストローム君のアゴの大きさは矯正治療では変えられないとする「歯槽基底論」が出てきたりして、流れが少しずつ変わっていきます。
そして1930年、教祖が亡くなる。これが契機となったのか
1940年、アングル先生の弟子だったツイード君が、非抜歯治療をして後戻りした100症例を、抜歯して再治療したという報告をしました。
身内から教祖批判が出たものだから大騒ぎとなったらしい。
教祖がいなくなって、やっと自分の立場を表明したわけだ。
それがまたキレイに治っていたようで、忖度の必要のなくなった歯科医師は、どっと「抜歯矯正論」に流れていきましたとさ。

参考文献:歯科矯正学 第6版 医歯薬出版株式会社 2019

以後は、キチンと検査をして抜歯の適応症なのか、非抜歯の適応症なのかを見極ましょう!となりました。

歯の大きさでいうと
歯科矯正を希望する人間が多い国の中では、日本人の歯は大きい。
現代人の歯の大きさは
アジアでは大きいほうから 
華北、朝鮮、日本 > 華南、東南アジア北東部 > アイヌ
世界的には
メラネシア人やミクロネシア人、オーストラリア先住民は大、
日本人は中、
ヨーロッパ人は小 だそうです。

参考文献:[新装版]アフリカで誕生した人類が日本人になるまで 
溝口優司 SB新書

加えて日本人は 鼻が低くて上向き、下アゴが小さくて後ろ付き という
骨格的な問題を抱えている者が多く、
どうしても類人猿っぽく見えてしまう。
抜歯は何も、アゴが小さく歯が大きいという不均衡を正すことだけが目的ではない。
抜歯をしたスペースを使って、前歯を後ろに移動することで、
この類人猿っぽさを改善できる利点もある。
こういうオプションも手にできるので、抜歯を全否定することはないと思います。

日本人には「仲間といっしょ」「多様性に無関心」「空気感に左右される」という気質があるようです。だから
知り合いの◇◇さんが〇〇矯正を受けているから私も~ 
ということが起こりやすい。
これではアングル時代に逆戻りなので、
歯科業界には教祖や狂信者が出現しないことを祈りたい。

#歯列矯正 #歯科 #エッセイ #学問への愛を語ろう #業界あるある

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